この鋼の体には、凡人の俺ともう一つの魂が宿っていた
蕪菁
第一章【鎧として生きることになった】
第一幕【白色の目覚め】
1-1【魂の器】
目覚めの前の、まぶたの裏に光を感じる暗くも眩しい瞬間。
だが、
永遠に続くのか、それとも箱のように狭いのか。
目の前の空間の広さも把握できず、彼はただ自らの意識が覚醒していくのを本能的に察していた。
(変な夢だ……起きないと)
脳が目覚めへと向かい、彼の中であらゆる思考が回り始める。
目覚ましなしで目が覚めた。朝食は何にするか。今日の予定は何だったか。
覚醒前特有の気だるさを頭に抱えつつ、目覚めの直前に一瞬だけまぶたに力を込める。
その時初めて、彰は自分の体に違和感を覚える。
全身を巡るはずの筋肉に感覚がなく、まるでまぶたに手応えがない。
それどころか、目覚めの直前にも関わらず視界はただただ白い。
カーテン越しに感じる光を感じることが出来ず、自分の体への違和感が徐々にはっきりとした感覚となっていく。
「――――」
彰の耳が自分以外の声を捕える。
彼の部屋にテレビはなく、目覚ましもスマートフォンが鳴らす無機質な電子音だ。
では屋外で大声を出している人がいるのか……いや、彼の耳に届く声は壁越しではない、同じ空間に立つはっきりとしたものだ。
声の主は一人ではない。四、五人が自分を取り囲み、何かの話し合いをしているように聞き取れる。
一人暮らしの彰にとって、目覚めの前に他人の声が聞こえるのは異常な状況だ。
(え、マジ……泥棒っ?)
目覚めの前特有の
その直後、広がっていた白色の世界が溶けるように消滅し、彼を現実の世界へと引き戻した。
最初に目についたのは、トラスを組んだ鉄骨に支えられる高い天井だった。
「……えっ?」
天井に一列で並ぶ昼光ライトが彰の方を照らす。
鉄骨の梁にはレールが通されており、そこにはクレーンが吊るされている。
一般人の自宅とは程遠い、工場を思わせる見慣れない光景が広がっていた。
「ん、今誰が喋った?」
「いいや、私たちは別に……え、ちょっ、アレを!」
右の耳元から聞き慣れない男女の声が聞こえる。
その方向にぎこちなく顔を向けると、確かにそこには白衣を着た見知らぬ男女が立っていた。
二人とも浪人生である彰より年上の、三十代くらいのいかにも学者を思わせる容姿だ。
女性の方が顔を向けた彰を見て、恐怖に近い驚きの表情を見せる。
黒ぶち眼鏡をかけた男の方も表情をしかめ、まるで彰に対し警戒心を抱いているかのようだ。
だがそれ以上に、彰は自らの視界に対し強烈な違和感を覚えていた。
小さい。傍に立つはずの人間が明らかに小さかった。
それほど距離が離れていないのに、その視界のせいか彼らのサイズ感がまるで精巧なフィギュアのように見えてしまうのだ。
「おいおいおい、何で勝手に動いてるんだ!? 誰も操作していないはずだぞ!」
最初に目に入った黒ぶち眼鏡の男が叫ぶ。
「分かりませんよそんなのっ。確かに起動には成功しましたが……」
今度は反対側から若い男の声が聞こえる。
そちらに顔を向けると、西洋人風の男が驚愕の表情を浮かべ背後に飛びのく。
そのまま倒れそうなほどに身をよじるその姿に、いよいよ彰は自身に起きた異常を認識せざるを得なくなった。
顔を前方に向けつつ、彰は自らの体を起こそうとする。
だが体を少し起こしたところで、自分の前腕と腹部、そして脛の辺りを拘束されていることに気付く。
何度か両腕を動かしてみるが、拘束具が外れる気配はない。
彰が右腕の方に視線を向けると、分厚い金属で作られた到底人に使うものではない拘束具が目につく。
しかし、そんな拘束具以上に、彰は自らの腕を見たことで思考が停止してしまう。
「あれ……え、これ……何だ…………?」
彰の目の前にあったのは、黒鉄で出来た鎧のような腕だ。
鋭い先端が特徴的な指は、無骨なパーツを組み合わせる事で繊細に動く関節を形成していた。
関節の隙間からは円筒のパーツがわずかに覗き、指を動かすたびにそれが微かな音を立てて駆動している。
前腕の側面には簡素なエングレービングで金色の模様が施され、手首や肘は蛇腹構造の装甲で隙間なく保護されている。
そこに彰が見慣れた自身の体は存在しなかった。
インドア派故の色白の肌も、中肉中背の平均的な体もそこにはない。
二の腕や肩、目に入った全身が鎧のような装甲に包まれ、その体は周囲の人々と比べても明らかに巨大化していた。
いよいよ思考は混乱を極め、周囲の異常な状況に対し脳が危機感を訴え続ける。
強固な拘束を解こうと全身をよじるも、金属同士の衝突音が室内にむなしく響く。
対して、突如暴れ出した彰を目の当たりにした周囲の人々は慌てて彼から距離を取る。
「は、離して……助けてくださいっ!」
もはや誰が味方かも分からぬまま、周囲に視線を送る彰。
だが彼を見る白衣の人々は一様に恐怖をその顔に滲ませ、彰に近づこうとする者は誰もいない。
それでも彰はとにかく立ち上がろうと必死に足掻き、いよいよ周囲に騒音をまき散らす。
物音に気付いた人々が彰の下に集まるも、全員決まって彰を見て驚き恐怖している。
「俺っ、二鉄 彰って言って……ああいや、てか何かしたんすか! 何がっ!?」
彰は頭に浮かんだことをそのまま叫ぶ。
しかし誰もその言葉に返すことはなく、ついには物陰から様子の違う人々が姿を現す。
紺色のツナギとつばの短い帽子を纏い、その手には映画で見るようなオートマチックのライフルを持つ警備員のような人物だ。
彼らは彰から距離を取り、問答無用で黒色の銃口を向けてくる。
日本にいてライフルを向けられる経験など有り得ない。
その為か、銃口を向けられたという事実に対し彰の脳裏では恐怖よりも混乱が勝っていた。
「何で……何なんすか! 俺なんも悪いことしてないのにッ!」
スクーターでわずかなスピード違反などはしてきたが、決して銃を向けられるような犯罪行為に手を染めたことはない。
彰がどれだけ過去の記憶を引っ張り出してきても、一切思い至る不死が存在しなかった。
しかし、その記憶を辿る中で一つの違和感に気付く。
自分がこの状況に陥る直前……眠る前のことが思い出せないのだ。
自身の名前や古い記憶はいくらでも思い出せるのに、直近の一定期間の記憶がごっそりと抜け落ちていた。
今の彰には、自分がこの状況に至るまでの手がかりが一切存在しないのだ。
その事実に気付き、彰の体から一気に力が抜ける。
全身を動かす度に、わずかな金属音が体から聞こえてくる。
触れ合う指からは体温を感じられず、床に触れる肌には弾力がない。
「俺、体……機械に…………」
有り得ない事実なのに、もはや驚愕する力すら彰には残されていなかった。
力なく体を横たえ、ぼんやりと天井を見上げる。
周囲では人々が何かを話しているようだが、意気消沈した彰の耳には届かない。
実はまだ、自分が悪い夢を見ている最中なのか。
このまま目を閉じれば、見慣れた部屋の天井が出迎えてくれるのか。
しかし、異様な状況に対し彰の意識ははっきりとした現実感を認識している。
はっきりと覚醒した意識の中で、彼は今自分が自分でなくなったという現実を直視していた。
だが現実であったとしても、自分が人間でなくなったことを受け入れられるはずがない。
恐怖と悲しみが彰の胸中で渦巻く。
しかし、今の彼には涙を流す器官すら失われてしまっているようだ。
悲しみを主張することも出来ず、自由も束縛され、もはや彰は自我を保つことも難しくなっていた。
人間の体を失ったことで、心すら金属の怪物になっていくような感覚に襲われる。
おぞましい想像が脳裏に浮かび、スクラップという自らの結末へと結びついていく。
「やだ……こんなの、死にたく…………」
まだ決まってもいないのに、命乞いを口にする彰。
そんな彼の思いを汲み取る者は誰もなく。
そして、一際大きな破壊音が彰の耳に届く……。
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