第1話 ルームメイトの田野村風香!
私立
そんな星王には、三つの学生寮がある。
一つはシリウス寮。夜空に輝く一番明るい星シリウスの名を冠した学生寮は、星王の中でも特に裕福な学生が多く、上品で、麗しく、華やかな———私のような庶民とは全く別の星の元に生まれた
シリウス寮に住んでいる人は本当に別次元で金持ちなので、鼻につくとか、嫌味っぽいとか、そういうことが全くない。あ、この人、マジで私とは別世界の人なんだな……っていう感じ。ちなみに、愛しの
次に、レグルス寮。獅子座の一番明るい星レグルスの名を冠した学生寮は、それなりに裕福な学生が多い。けど、シリウス寮の生徒にはいつもニコニコして平身低頭、全同意、全肯定……そのくせ私のような一般庶民にはいつも偉そうで、一夜漬けしたような態度で無理やりにでも上品ぶって、一々全てのことにマウントを取らないと気が済まないような———そんな、ウザい……こほん、少々鼻につく人も少なくない。私は面倒事を起こさないために、レグルス寮にはなるべく近づかないようにしている。
最後は、私たち一般生徒が生活するポラリス寮。ポラリスとは、こぐま座の一番明るい星で、またの名を北極星とも言う。上流階級の令嬢が世間一般の感覚を失わないための道しるべとして、毎年私たちのような一般生徒(一般家庭出身の生徒)が入学を許され、ここポラリス寮で慎ましく生活をしているのだ。
そんなポラリス寮で、私は二人のルームメイトと共に生活をしていた。
「あなた、執行委員会に入りたいですって⁉」
朝、食堂でサバの味噌煮をつついていたルームメイトの
肩まで伸びた上品なブロンド、上品っぽい表情、上品っぽい振舞い、上品っぽい言葉遣い、そして少しだけ大きな胸……。パッと見、つい本物のお嬢様と見間違えてしまうものの、当然田野村も一般生徒である。
……が、星王に通っているというプライドゆえか、それともただの趣味か、はたまた何か特別の理由でもあるのか———田野村は、いつも『ですわ』とか、『ですの』とか、庶民が想像するようなお嬢様言葉を平気で使っている。
「そんなに驚かないでよ」
「木花さん、ご存じありませんこと? 今年の生徒会長は、あの玖我磨様ですのよ?」
「まあ、それは知ってるけど……」
知っているどころではない。私自身、玖我磨先輩を入学式で見て一目で好きになり、一方的に愛し、昨日の放課後、ついに告白までしてしまったのだから。
もちろん、私が玖我磨先輩に告白をしたことは誰にも話してないし、ましてや玖我磨先輩が出した『犬として愛する』という条件など、口が裂けても絶対に誰にも言うことはない。生涯、私と玖我磨先輩の二人だけの秘密である……そう、二人だけの。
「少しでも玖我磨様とお近づきになりたいという安易な理由で、今年は執行委員会入りを希望する生徒が後を絶たないともっぱらの噂ですの。もしかして、あなたもその軽薄な一味ですこと?」
「そ、そんなことないって……あはは……」
私は水をごくごく飲んだ。
田野村は、少し訝しそうな目で私のことを見つめていた。
「……まあ、動機は別にしましても、今のうちに諦めた方が賢明かもしれませんわ。今回の執行委員会入りは、ほぼ、
「都公宮さん?」
「あなた、都公宮さんをご存じありませんこと⁉」
田野村が立ち上がると、安っぽい椅子は大きな音を立てた。食堂中の視線が私たちに集まる。
「み、皆さま、お食事中に失礼いたしました……ですわ」
田野村は静かに椅子に座り直した。
「それで、都公宮って?」
「今年の新入生代表、都公宮
「いくらお嬢様だって同じ生徒なんだし、私にも勝ち目は……」
「オマケに、入学試験では全教科百点満点。先生方の評判も明るくて、シリウス寮では一年生監督を務め、二年生や三年生にも徐々に影響力を持ち始めている……と。あなた、これでもまだ勝算はございますこと?」
「……無いかも」
「ええ、ええ、そうでしょうとも。賢明な判断ですわ」
何故か、田野村は満足そうに頷いている……自分だって、同じ一般生徒のくせに!
私は、少し腹立たしかった。
「んん~、ここの和風御膳は、絶品ですわ~!」
和風御膳(普通のサバの味噌煮定食)を大げさに褒め称えながら、田野村はほっぺたをさする。周りの生徒はクスクスと笑っていたが、私はそれどころではなかった。朝食を食べながら、静かに、執行委員会に入るための作戦を考える。
確かに真正面から正々堂々と戦って都公宮に勝つことは、万に一つもないかもしれない。だがそれでも、私は玖我磨先輩の言葉を思い出す。
『執行委員会に入ること』
『私を、服従させること』
『私を、犬として愛すること』
どんなに立派な令嬢も、裕福な金持ちも、世界の権力者も、決して手に入れることができない最高の特権。玖我磨先輩と二人だけの秘密を共有し、愛し合う。私には、そのチャンスがある。そしてそのためには、何が何としてでも私は執行委員会に入らなければならないのだ!
「香の物も風味豊かで、大変味わい深いですわ~」
「ふふっ、香の物だって」
「ただのたくあんなのにね」
「田野村さんって、面白いよね~」
後ろからクスクスと笑い声が聞こえる。
たとえ相手が誰であろうとも、私は絶対に玖我磨先輩が出した条件をクリアしてみせる。そして、晴れて恋人となった暁には、私たちはお互いのことを深く愛し合い、夢のような……ぐへっ。
夢のような、甘くて……ぐへへっ、二人で愛し合う幸せな日々を……。
「こ、木花さんっ⁉ あなた、涎が出てますわよっ!」
「……ふえ?」
ジュルリ。気が付くと、私は口元から涎があふれてしまっていた。
「木花さん、いくら和風御膳が美味だからといって、レディとしてはしたないですわっ!」
「い、いやっ、これはっ、その……」
『玖我磨先輩との幸せな日々を想像してたら、涎が出ちゃいました。てへっ』なんて、当然言えるはずもなく……。
「こ、ここの朝ごはんは、いつ食べても最高だよね!本当に!」
後ろから、クスクスと笑い声が聞こえてくる。私は赤面しつつ、テーブルに置いてあった紙ナプキンで口元を吹いたのだった……ってか、田野村が小声で注意してくれてたら、こんなことにならなかったのでは?
田野村がいきなりアホほど大きな声で『あなた、涎が出てますわよっ!』とか、食堂中に響きい渡るくらいの大声で叫んだから、私はこうして恥ずかしい思いをしているのだ……いや、マジで。そう思うと、私はだんだん腹が立ってきた。
「さあ、このオレンジを食べて、元気を出してくださいまし」
田野村は、デザートに付いてきたオレンジを丸々一個くれた。
「えっ、いいの⁉」
思わぬプレゼントに、私は秒で機嫌を直したのだった。
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