それでも私は愛します! ~愛しの先輩が『犬になりたい』変態さんだったとしても~

九戯諒

プロローグ 告白!条件?犬!?

 高嶺の花———それはまさに、玖我磨先輩を称えるために生まれたような言葉だ。


 成績は常に学年トップ。芸術の才能も有り、幼少期にピアノの本格的なレッスンを受けていてクラシック音楽への造詣も深い。肩下まで伸びた艶のある黒髪に、学園中の誰もが憧れる完璧な品性と無敵の美しさを兼ね備えた孤高の天才生徒会長。

 私は、無謀にも、そんな彼女に告白をした。

 学園に入学したばかりの四月。桜の舞い散る校舎裏、彼女の私的な時間を奪ってしまうことに、一抹の罪悪感を覚えつつも……。



 「……木花さん、と言ったかしら?」

 玖我磨先輩は私の二つ上。私は玖我磨先輩を一方的に心から愛しているけれど、玖我磨先輩は当然、私のことなど一ミリも知らない。玖我磨先輩の視点では、この春に入学してきた名も知らぬ一般生徒がいきなり生徒会長たる自分を校舎裏に呼び出し、唐突に告白をしてきた……という状況だ。


 「はっ、はい。木花このはな桃華ももかと申しま……しゅッ⁉」

 突然、玖我磨先輩の白い手が伸びてきて、私のあごに触れた。少し冷たい手指が、ツーっとあご先から耳元まで、なぞるようにしてゆっくりと上がってくる。

 「せっ、先輩っ、何を……」

 「私のことを愛しているというのなら、どんなことも、本気でやる覚悟はおあり?」

 玖我磨先輩は、優しい声をしていた。

 「もっ、もちろんです。玖我磨先輩のためなら、パシリだって何だってやります!」

 「そう、本当に?」

 玖我磨先輩は、その奥に夜を宿しているような暗い瞳で、ジッと私の目の中を覗き込んだ。私の考えていることから体の内側まで、その全てを完全に見透かしてしまうような、黒い瞳……。

 私は、思わず生唾を飲んだ。

 「ほ、本当です!」

 耳元で鳴っているみたいに、激しく心臓が鼓動していた。


 玖我磨先輩が私の目を見つめていたのは、実際には数秒くらいだったと思う。けれど、玖我磨先輩が再び口を開くまでの数秒が、私にはひどく永遠のように感じられた。

 「そう。なら先ずは、執行委員会に入ること」

 「……え?」

 予想外の一言に、私は気の抜けた声を出した。

 「なあに、この程度のこともできないの?」

 「あ、いえっ、執行委員会に入れるように頑張ります!」

 ……執行委員会って、確か生徒会的なヤツだよね?

 私は自分でも良く分からないまま、立派な返事をしていた。

 「そう、じゃあ次。私を、

 「……はい? ふ、フクジュウ?」

 フクジュウ? フクジュウって何? 福十? ……いっぱい幸せにしてってこと?

 私は混乱し、返事をすることができなかった。

 そんな私には構わず、玖我磨先輩は話を続ける。

 「そして、できるだけ完璧に……私を、

 「……え、は?」

 とうとう、私の頭は真っ白になった。

 頭からつま先まで完全にフリーズしてしまった私は、口を開け、ただ玖我磨先輩のことをボンヤリと見つめるだけ。

 「これが条件よ。私が、あなたの告白を受け入れるためのね」

 「……う、受け入れる?」

 『受け入れる』という一言に、カチコチに凍り付いていた私は、一瞬で我に返った。

 だが……この時の私は、まだ何も知らなかった。

 玖我磨先輩の、『犬として愛して欲しい』という沼のような願望の、底なしの深さを。


 「なあに、できないの?」

 「い、いえ、やりますっ! やらせていただきますっ!」

 「……そう」

 私の全てを見定めた玖我先輩は、静かに微笑した。

 桜の舞い散る校舎裏。小刻みに弾むバスケットボールの音、少し遠い女子生徒たちの掛け声。

 「なら、これからよろしく、私の可愛いご主人様」

 「よっ、よろしくおおねがっ」

 ———ボタボタボタッ!

 玖我磨先輩の笑顔に、鼻血が地味に勢いよく垂れてきた。

 「ちょっと、大丈夫?」

 「えへへっ、ぜ、全然大丈夫なので、気にしないでください……」

 私はポケットティッシュを丸め、鼻に入れた。まさか愛する人に告白してオッケーをもらい、そのわずか数秒後に無様な姿を晒してしまうとは……。うん、帰ったら泣こう。


 こうして、私と玖我磨先輩の、不思議で、夢のような、ちょっぴり甘辛い関係が始まったのだった。

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