Episode.4-10:告白

「お風呂ありがとう。あと、これも」


 父親の部屋から敷布団を調達し適当に敷いていると、悠姫が風呂から上がってきた。彼女はそんな言葉とともに手を振り、袖や丈が余りまくっているジャージを見せつける。女兄弟も存在しないし、流石に母さんのを借りるわけにはいかないしということで、仕方がなく俺が中学時代に使っていた部活のジャージを寝巻きとして貸しているのだが、もう少し小さい頃の服を探すべきだっただろうか。


 紫水の身体が悠姫の身体よりも小さいということもあり、余計にそう感じる。これから決着がつくまではあれこれ理由をつけて泊まってもらわないといけないし、寝巻きくらいは買うべきだろうなあ。


 そう思いながら、悠姫とすれ違うようにして風呂に向かう。

 『もっと悠姫と話がしたくて』だなんだと理由をつけて彼女を引き止めたにもかかわらず、もう既に昼、夕方と時間が過ぎてしまっていた。その間、ほとんど彼女と口を利いていない。


 一度終わってしまった会話を掘り起こすというのは、どうも勇気がいる。......なんてのは結局言い訳に過ぎないわけだけども。話を繋ぐための世間話も普段のように長く続かないし、やはり単刀直入に話を始めなければならないだろうか。

 脱衣所でも、身体を洗っているときも、湯船に浸かっているときも、そのことばかりを考えていた。

 


 結局、そのことについて考えがまとまらないままに部屋へと戻って来る。親には少なくとも今日のところは悠姫を泊めることを言っていないので、風呂の時間が長くなりすぎないようにと短くなってしまったということもある。しかし、根本的には俺の気の弱さが原因であることは分かりきっている。いつものように言い出せない俺に対しての不満点を聞くのがとても怖かった。


 自室のドアのレバーが、いつもよりも重く感じた。ゆっくりとドアを押し、部屋へと入る。


「......あれ?」


 何故か、室内のシーリングライトは光を失っており、廊下から差し込む淡い橙色の光が、逆に部屋へと差し込む。そしてそれは、ベッドで足を伸ばして座る悠姫を照らした。


 彼女は俺の姿を確認すると、何も言わずにちょいちょいと可愛らしく手招きする。

 それに誘われるようにして、俺は思わず止めてしまっていた足を進めた。自分の部屋のなずなのに、なぜだか少し緊張してしまう。


 風呂に入る前に敷いていた布団を足で感じると、そこに腰を下ろす。布団の上に胡座で座るのもなんだかおかしな話なので、敷布団は被らずにおもむろに寝そべる。

 しばらくして、声が聞こえた。


「なんだか、昔のことを思い出すね」


 そんな悠姫の声は、先程よりも幾分か明るくなっていた。


「昔?」

「覚えてないの? 昔さ、軽い症状が出て自宅療養していた時に、詩遠が『悠姫の病気が悪くならないか、俺が見張ってる』って言ってウチに泊まったの。思わずキュンとしたよね、あはは」


 そんなこともあったっけな、と苦笑しながら返す。本当ははっきりと覚えているのだが、恥ずかしすぎてあまり思い出したくはない。

 更にしばらくして、彼女はぼそりとつぶやくようにして告げた。


「......さっきはごめんね。急に癇癪起こしたと思ったら拗ねた様な態度を取って、びっくりしたでしょう?」

「まあ......あんまり見たことが無い悠姫で、ちょっと驚いた」


 悠姫に先程のことを問うチャンスは今しかないと感じ、俺は言葉を付け加える。


「なあ悠姫、さっきのことでまだ怒ってることがあるなら、いつもみたいに遠慮なく言ってくれよ」

「いつもみたいに.........確かに、それが私たちの『ルール』だもんね。うん、そうだよね」


 そう言うと、悠姫は大きく息を吐き、吸うと、再び声を発した。


「先に言っておくね、これは完全なる私の我が儘なの。

 ......昨日、色々話したよね。私の弱いところ、あなたに対して抱えている罪。

 あれだけでも十分恥ずかしいことなんだけど、一つだけ、まだ隠していたことがあるの。これだけは、相手が詩遠であろうと......いや、相手が詩遠であるからこそ、言うのが怖かったこと」


 そこで悠姫の言葉は一旦区切られ、再び彼女は深呼吸を行う。

 一体何を告白されるのだろうかとどぎまぎしながら、俺は静かに彼女の言葉を待った。


「私があなたに執着し始めた時、正直、別に特別な感情は持っていなかった。『私にかまってくれる幼馴染』であるという、本当にそれだけの人。


 あなたもそうだったと思う。私に構っていたのは、私があなたの『幼馴染』だから。そこにあるのは優しさで、きっと他の幼馴染が同じ様な状況になっていたとしても、私にしたように接していたんじゃないかな。


 ......そしてその後、私は唯一の幼馴染である詩遠を鎖で繋ぎ止めるように、依存し、依存させた。あなたのその『優しさ』を利用した。その優しさというのは、だんだんと深くなっていく。歪んだ依存関係は続いていき、やがて。


 .........私は、あなたのことを好きなってしまっていた。


 あなたの話が好き。あなたの声が好き。あなたの気遣いが好き。あなたの私に対する言動、全てが好き。

 それらは全部、元々は無かった、私が創り上げた虚しいものだとしても、どうしてもその感情を殺すことはできなかった。


 でも、私は知っていた。あなたは別に、私のことなんか好きじゃない。少なくとも、ラヴの意味での好きではない。


 好きならば相手に依存するかもしれないけど、その逆は必ずしも真ではない。あなたは、何度か私が囁いた甘い言葉には頑として乗らなかった。まるで私を拒むかのように。


 だから、私は言えなかった。もう一歩踏み出したら、きっとあなたは本当に離れていってしまう。そう考えると、告白の言葉を考えているだけで底冷えしてしまうほどに怖くなった。


 ......さっきの話。怒ってるとかじゃあないの。ただ、今まで自分の中で考えていたものがあなたから直々に言われて、ちょっと、悲しくなっただけ、というか。あはは、ごめんね、こんなに面倒くさい人間で。


 でも、お昼からずっと考え続けて、決めた。もう自分の感情からは逃げたくない。

 もう聞きたくもないかもしれないけど、私が言う権利なんか無いかもしれないけど、もう一度だけ言わせて。...............私は、詩遠のことが大好きです。昔から、ずっと。

 何をしてほしいという訳じゃない。ただ、それを知って、覚えていてくれさえすれば、私は幸せだから......」


 そこで、言葉が途切れる。数秒経っても続く言葉はなく、彼女の話は終了したのだと察した。


 ......悠姫はそんなことを抱えていたのか。ああ、更に自分のことが嫌いになる。俺はなんと情けない人間なのだろうか。うじうじして、自分ではなんにも決心できなくて。


 そんな風に自己嫌悪の渦に飲み込まれたまま言葉を発することができずにいると、彼女は作ったような明るい声を上げる。


「はい、もうこの話はおしまい! 覚えておいてほしいとは言ったけど、あんまり思い出さないでほしいから。それよりも、もっと楽しい話をしましょう? 詩遠、なにか話題ない?」


「む、無茶ぶりだ.........」


 でも、丁度良かった。彼女の告白に対する返答をする前に、一つ、片付けてしまいたいことがあったのだった。俺は、喉元まで出かかっていた言葉を一旦片して、告げた。


「楽しい話かはわからないけど、ちょっと、聞きたいことがあるんだ」

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