Episode.4-9:やさしい彼女の持つ地雷

「んじゃまあ、ちょっくら語るかあ」


 部屋をある程度元の状態に戻し、さらに一息ついたところで俺はそう呟く。結局彼女を騙しきれるような物語はどう頭を捻ろうが生まれることはなかったので、彼女の疑念の目に対してどのように誤魔化すかという方向性で考えを進めていた。......まあ、それもまた完璧なわけではないけれど。


 少々早くなる心音を感じながら、俺は続く言葉を紡ごうとしたのだが、悠姫はそれを遮るようにして声を出す。


「あ、ちょっと待って詩遠。この部屋を探索してて気になったものがあったんだけど」

「探索て、ここは洞窟か何かか?」


 彼女は俺のツッコミなぞに耳を貸すことはなく、床に置かれていたあるものを俺に見せた。


「それは.........栞か? いったい何の本から引っ張ってきたんだよ」


 というか、今俺が読んでいる途中の本なんてあっただろうか? そう思いながらも、悠姫からその栞を受け取り、まじまじと見つめる。

 綺麗な長方形に切り取られた真っ白な台紙には、淡いピンク色をした花弁が複数押し花にされている。そしてその上からラミネートで加工されているのだが.........果たして俺はこんなものを持っていただろうか。


 小首を傾げながら表裏を何度もひっくり返して見るも、やはり覚えがない。

 とはいえずっとそんなことをしていても仕方がないので、俺は視線を上げ彼女に問いかける。


「それで、これの何が気になるっていうんだよ」


 身に覚えはないが、これは見る限り普通の押し花の栞だった。いくら悠姫といえど俺が可愛らしい栞を持っているだけでこれを『気になったもの』とは言わないだろうし、そう表現するに至った理由が何かあるのだろう。それに対して悠姫は、特に質問の意図を気にすることもなく、平生な声音で答えた。


「ああ、それはね。大事そうに飾ってあったから、何か大切なものなのかなあって思っただけだよ」

「飾ってあった......? これを?」


 そう返すと、「所有者がなんでそんなことを聞くんだ」とでも言いたそうな表情を浮かべながらも、俺から栞を半ば奪い取りながら「うん、こんな風にね」と言い、おもむろに立ち上がる。


 そのまま数歩トコトコと歩き、俺が普段使用しているデスクの前に立ったかと思えば、デスクと接している壁にぽつねんと刺さっていた画鋲を抜き取る。そして、栞のリボンを通すためにあけられたと思われる穴に針を通し、それを再び壁に突き刺した。


 端をちょいちょいと触り、床に対して平行になるように調整すると、満足そうに頷いて、ようやくこちらを向く。


「うん、こんな感じだった!」


 その言葉に、視力の関係で少々ぼやける目を凝らして再びその栞を見つめる。しかし、やはりそれが俺のなにかの記憶を呼び起こすということはなく。


「やっぱり知らないな、何だっけそれ」


 それから数秒と待たないうちに、俺は匙を投げた。まあ大方、普段遣いしていた栞の置き場に迷ったからとりあえず壁にぶっ刺しておいたとかそんなところであろう。そんなことよりもはやく話を戻したかったのだが、悠姫はなかなかテーブルの方へと戻って来ず、依然としてまじまじと栞を眺めている。そして、やがて口を開いた。


「てっきり好きな女の子から勝手に取ったのかと思った」


 何を言われても受け流そうと思っていたのだが、あまりに人聞きの悪い言葉であったので俺は半ば呆れながらつい口を挟む。


「お前なあ、俺を何だと思ってるんだよ。.........それに、悠姫は本なんてほとんど読まないだろうが」

「へ? 私?」

「ああ。文庫本はおろか教科書すら...............って、あ」


 キョトンと問い返す悠姫に、脳内では自らの先程の言葉がゆっくりと反芻される。そして、その結果なんとも間抜けな間投詞が口から漏れ出した。


「いや、違っ......これはなんというか......ほら、今何も考えてなくてさ」

「へえ~、ふうん、そっかあ~」


 なんとか誤魔化そうと早口で言葉を紡ぐが、彼女は聞く耳なんて持つ気は無いようで。


 もはや栞なんてものには毛ほどの興味も持っておらず、ニヤニヤと口角を上げながらこちらへと戻ってくる。栞の話題から話を逸らすということには成功したが、思わぬところでそれ以上に深い傷を負ってしまった。


 こりゃ数日はネタにされてしまうぞ。それだけはなんとかして避けなければ。

 そうして最終的に思いついた手段は、とにかく先程の言葉を否定することであった。心にもない言葉を使うという事は憚られるが、背に腹は代えられない。

 そう腹を決めると、依然としてニヤつきながらこちらの動きを見る悠姫に向かって言う。


「ほ、ほんとに違うんだって。何も考えずに悠姫を見てたから名前が出てきてしまっただけであって。いやほんとに! 絶対! 何なら神にでも誓っても——」

「——知ってるからっ!」


 突然、彼女の言葉が部屋に木霊する。先程の様子からは考えられなかったその声量に驚いた俺は思考と口は完全に停止する。そんな様子の俺をよそに悠姫は、今度は虫の羽音のような声量で言葉を続けた。


「詩遠が私のことを好きじゃないってことくらい、とっくのとうに、知ってるから.........」


 それきり、悠姫は目を伏せ黙りこくってしまった。

 一秒、また一秒と時を感じるにつれて、先程の言葉がたとえ冗談だとしても度が過ぎてしまっていたということに気がついてゆく。浅い思考で言葉をぽんぽんと口から出してしまうのは昔からの悪い癖だ。今回も向こうから仕掛けてきたとはいえ、言葉の重みを天秤にかければ、下に傾くのはどう考えても俺だった。


「すまん悠姫、調子に乗って言い過ぎた」


 四角いテーブルの対面に座する彼女に向かって頭を下げる。もはやそんな形式的な謝罪がどれだけ彼女に届くのかということは分からなかったが、なんだか、また余計な口を滑らせてしまいそうだったので、俺は黙って頭を下げ続けた。


「..................私も、急に怒鳴って、ごめん」


 それから数秒すると、頭上から悠姫の声が聞こえてきた。俺の言葉に吊られるかのような謝罪の言葉。しかし彼女の表情はというと依然として翳りが見られ、俺と視線を合わせまいとしているのか、やはり俯いていた。


 お互いに謝り合って、はい仲直り、ということがほとんどであった俺達だったから、その彼女の態度には少し不安を覚える。完全にこちらに非があるというだけに、その感情はより強く。


 下手なことは言わないように、さりとて悠姫を放るということもしないようにしながら頭の中でその原因を探る。


 俺達が今までそのようなことで仲直りができていたのは、恐らく彼女のスタンスのおかげだったのだろう。悠姫と喧嘩をした時は大抵、不満点を言い合って、非を認めるのならば謝って、そうでないのならその理由等を言って、それについて言いたいことを言って......と、それを互いが納得するまで続けていたら、いつの間にか笑顔で終わっていた。


 それはいつしか彼女が口にしたルールで、俺もそのやり取りにおかしな点は無いと思ったので素直に従っていた。曰く、『私達が本当に互いを嫌いにならない限り、喧嘩なんて無駄な時間でしょう? それなら、変に拗れてしまう前に一気に解決させちゃおうよ』と。今思えば、悠姫は俺や友人と過ごせるあまり長くない時間を有意義なものとしたかったのかもしれない。

 と、そんな変なところで合理主義な悠姫であったが、今回だけはその限りではなく。


 俺の謝罪になにか足りない部分があったのかと思い自らの発言を思い返すも、そも彼女はそういう時は追撃を仕掛けてくるのだ。そういうわけでもないのかもしれない。

 くるくると頭を働かせて原因を考えていると、ふと机に影ができる。ちらりと目線を上げると、悠姫は音もなく立ち上がっていた。


「.........ごめん詩遠。今日はもう、帰るね」


 作られた、引きつった笑みを浮かべながらそう言った。

 自然と「帰るって、どこに?」と問うてしまいそうになったが、喉元まで来たその言葉達を押し返す。彼女は『金村悠姫』なのだ。そりゃあ帰るのは金村家であろう。


 しかし、今の彼女の姿でそんなことをさせる訳にはいかないし、それに、俺は彼女ともう少し話がしたかった。本当に今更だけれど、悠姫をもっと分かりたいと思った。

 だから俺は、この部屋を去ろうとする悠姫の手を取る。


「......何?」


 その声はいつもに比べたら全く覇気がなく、冷たい声で。俺は、避けようとする彼女の目をしっかりと捕らえて、言う。


「なあ、悠姫。......今日、ウチに泊まらないか?」


 そう言うと、彼女は言葉こそ発さないが、明らかに困惑した様子を見せる。一体何を企んでいるのだと、そんな様に。

 俺は言葉を続けた。


「変なことはしないさ。ただ、もっと悠姫と話がしたくて」


 建前や大義名分などではないとても正直な自分の気持ちではあるが、いざ口にしてみると少々恥ずかしかった。だが、そんなことを言ってもいられない。俺は表情を変えずにまっすぐに悠姫を見る。


 それから十秒程度、悠姫が手を振り払うこともなく、さりとて俺の提案を断ること無くといった状況のまま時間が過ぎた。そして結局。


「はあ.........もう、分かったよ」


 と、大きなため息を吐きながらも彼女はそう答えてくれた。その時、先程よりもほんの少しだけ自然な笑みを零した。

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