Episode.4-2:事情聴取
「悠姫............?」
その少女を認識するや否や、俺は意図せずそう言葉を漏らす。
限りなく黒に近い焦げ茶色の髪は背中の中ほどまで伸び、彼女の大部分を構成する身体は触れば崩れてしまいそうなほどに華奢であった。しかし、全体的に穏やかで柔らかい顔のパーツや小柄な背丈のおかげか、そんな不健康じみた特徴は全て打ち消され、さらに性格も合わさることによって観測する我々にはごく一般的なふわふわとした女子高生というイメージのみが残る。
それが俺の知る『金村悠姫』という少女であり、今、目の前にいる少女でもあった。
だが、彼女が何故ここに? そもそもここは何処なんだ?
さまざまな疑問が解消されずに頭の中を占拠していく中、着席をして向こうを向いていた悠姫は俺の声に気が付いたのか、尋常じゃない程の驚きと共に、弾かれたようにしてこちらを向いた。
「し、詩遠先輩!? どうしてここに......?」
そして、耳に染み付いた声音でそんなことを問う。......が、その内容は悠姫から発されていたものとは遠くかけ離れていて。
何となく、本当に何となくだが今何が起こっているのかを察せた気がした。
「......俺とて可愛い後輩の質問に答えてやりたい気持ちは山々なんだが、如何せんこっちも全く事情を把握してなくてね」
その答え合わせをするべく、俺は彼女に交渉を持ち掛ける。
「情報交換といこうか、紫水」
それに対して彼女は、「............わ、分かりましたよ」と、渋々といった様子で首を縦に振った。
俺達はそれぞれいつもの席に着く。相変わらずこの空間がどこなのかは不明だが、椅子や机の備品などは傷み具合まで現実世界と同様のものだった。
この位置関係で紫水と対面するのはほんの数日ぶりはずなのだが、何故だかそれはほんの少しだけ懐かしく感じる。
少々息を整えると、二人の間に蔓延るぎこちない空気感を取っ払うようにして声を出す。
「こっちから話を持ち掛けたんだ、俺から話すよ。......まあ、とは言っても分かっている範囲でしか話せないがな」
そう言い、俺はここ数日にあったことを出来るだけ細かく話す。どうでもいい会話や、昨晩の悠姫との少々恥ずかしいやり取りも、全て。
そして今朝、公園に咲いていたリナリアに触れた瞬間に突然ここへと来てしまったところまでを話すと、俺の言葉に頷くだけだった紫水は固く閉ざしていた口を開ける。
「ありがとうございます。大体の事情は把握しました」
その言葉はえらく事務的で、普段彼女が操っていた抑揚のない声音とはまた違った冷たさを感じた。
そのまま数秒間何かを考えこんだ紫水は、一切表情を変えないままに顔を上げる。
「それじゃあ次はわたしから、ですね」
そうは言うものの、続く言葉はなかなか紡がれない。......まあ、おそらく彼女が隠している情報量というのは膨大だろうし、どこからどう話せばいいのかを延々と考えているのだろう。
正直俺としては一から百まですべてを知りたいのではない......というか、今一気に聞かされても咀嚼しきれないのは俺の頭のレベルから考えても明白であった。だから俺は、彼女にとある提案をする。
「......じゃあこうしよう。俺が知りたいことを質問するから、紫水はそれに対して答えてくれればいい。本当に答えたくないものは拒否しても良いからさ」
紫水はこくりと頷く。
「それじゃあまず一つ。......ここはどこだ?」
「......現実から分岐した亜空間、だと思います」
「だと思いますって......というかそもそも亜空間ってのがよく分からないんだが」
「ごめんなさい......私も本当にそれ以上は分からないんです」
紫水は申し訳なさそうに謝る。もはや今となってはその言葉の真偽も察することが出来ないが、感覚的にどうも彼女が嘘を吐いているとは考えづらく、ひとまずはそれを飲み込むことにした。......まあ、そも詳しく説明されたとて今度はそれを信じることが出来るかという問題が生まれてきそうだし、少なくともここが現実の世界ではないということだけを事実として捉えていればいいだろう。
そう考え、次なる質問に移行する。
「二つ目の質問。紫水はさっき、俺がここに来るまでの話をえらく淡々と聞いていたが、お前はこれについてどこまでを知っているんだ?」
さて、ここからが本題だ。悠姫が霊体で彼女の身体を乗っ取ったわけではないのならば、紫水は多かれ少なかれこの件について一枚噛んでいるのは間違いない。彼女には申し訳ないが一つでも多くの情報を吐いてもらうぞ。
そう意気込んで彼女の返答を待ったのだが、数秒と待たないうちに、そんな俺とは対照的に紫水はあっけらかんとした様子で回答を返す。
「えと.........ほとんど全部、ですかね。少なくとも、恐らく詩遠先輩が聞きたいであろうことは知っていると思います」
「.........え」
あまりにも自然に言うものだから、そんな情けない虫の音のような言葉を漏らすだけで、彼女の言葉の止め時を逃してしまう。
「さすがに、よく分かりもしないものを実行したりはしませんよ。身体は私のでも、魂は悠姫先輩のものですからね。無碍にすることは絶対にできません」
「——ちょ、ちょっと待て」
もう少し続きそうであった彼女の言葉に横入りする形で言葉を発する。まるで停止ボタンを押されたかのようにして静止する彼女を横目に、頭の中に突然入り込んできた情報を整理してから改めて口を開いた。
「理解が追い付かないから一つずつ確認していくんだが......まず、口ぶりから察するに、これは紫水が意図的に起こした事なんだな?」
「はい、そうです」
「......それは何のために?」
それに対しては即答せずに、俺から目を逸らして数秒考えるも、
「ごめんなさい、言えないです」
とご丁寧にお断りされてしまった。......まあ、とりあえずは質より量でいこう。次だ次。
「それじゃあちょっと視点を変えて。この件のトリガーは何だ?」
「............」
再び黙り込む紫水。しかし、その沈黙は先ほどよりもかなり長い。
それは彼女が答えを思い出そうとしているわけではなく、ただただ答えを出し渋っているだけだということは間違いないのだろうが、彼女のその思考の本意は全く察せなかった。
即答するわけでもなく、さりとて回答を拒否するわけでもなく。それが示すのは、『トリガーが何か』という質問の回答を俺に開示することに、彼女にとってのメリットとデメリットが共存しているということ。.........いや、本当にそうだろうか?
そも紫水がこれを実行した理由を言いたくないと主張する以上、彼女は俺から詳細を隠したいはずだ。そんな中、どんなことであれ情報を公開することにメリットなんて本当に存在するのだろうか。少なくとも、俺が彼女の立場ならイエスマンならぬノーマンになるだろう。
そんな考察がくるくると頭の中を巡る中、ついに紫水はゆっくりと口を開く。
「......先輩は、何だと思いますか?」
......なるほど、そうきたか。結局どのようなプロセスでこの案が出てきたのか不明だが、ただ餌を与えられるのを待っていただけの俺はこれに食いつくほかない。
一旦彼女から目を逸らし、考える。
こうやって出題がなされている以上、少なくとも、俺が想起できるようなことがトリガーとなっていることは間違いないのだろう。そうなると、未だに学校の外で彼女と会ったことはほとんどないわけだし、学校での事となるのは必然だった。
しかしなあ.........学校で会うときも他愛のない会話しかしないし、もしかしたらその会話の中にトリガーが仕込まれていたのかもしれないが、本当に申し訳ないが、それにパッと気がつけるほど俺の記憶能力は優れていない。
うんうんと唸りながら必死に答えを探すも、これといった解は見つからない。そんなこんなをしているうちに、彼女はぼそりと言葉を零した。
「時間切れです、先輩」
「......え、時間制限があるなんて聞いてないぞ」
時間をかければ答えが思いついたのかと聞かれるとすぐには頷けないが、貴重な情報源をそう易々と逃すわけにはいかない。すると紫水は、話し合いを始めてからずっと浮かべていた無表情を崩し、少々困ったような顔で言う。
「まあそうなんですけど、この空間も無限にいられるわけではないので......その代わりにヒントをあげます。そうですね、それじゃあ——『私が大好きなもの』でどうでしょうか?」
どうでしょうか? と問われてもこちらとしては何を言う事もできない。馬鹿正直にその言葉を捉えたならば、本当にヒントと呼んでもいいのだろうかと逆に聞きたくなるようなものなのだが、それこそこのフレーズがとても大事なものなのかもしれないし、文句を言わずに胸に仕舞っておく。
彼女の表情を見る限り、おそらくこの話題ではもう情報を引き出せないと思い、次に移る。
「.........それで、これはいつ終わるんだ?」
あまり深く考えずに、そう言った。
しかし、そんな何気ないものだと思いながら投げた質問は、どうも彼女にとってはそうではなかったらしく、きょとんとしながら問い返す。
「ええと、終わる......とはどういう状態を指すのでしょう?」
そう聞き返すということは、『終わり』と捉えられる地点が何個もあるのだろうか? と疑問には思うものの、別にそこを詳しく聞き質したい訳ではないため、少し言葉を換えて、より自分の疑問が解消されるように質問し直す。
「詳細にはわからないけど......いつかは元に戻るんだろう?」
「元に......?」
「ああ」
だが、彼女の言葉はそこで途切れてしまい、先ほどと同じように少し思慮を巡らせていた。しかしその時の紫水の様子は先ほどとは微妙に異なっているように思えた。
一向に沈まない夕日や、どこからも靴の音がしない廊下などを眺めていると、突然面前から言葉が届く。
「......時に、詩遠先輩は悠姫先輩のことが好きですか?」
「なっ......急に何を言いだすんだよ」
本当に突然だった。正直俺の質問にどう関係するのか皆目見当もつかないし、変に反応してしまった以上堂々と答えることもできずにだんまりになってしまったのだが、紫水が「そんな中学生みたいな反応はいいですから、他意はないですし」と少々毒を混ぜた言葉を加えてきたので、渋々と答える。
「そりゃあ、当たり前だろ。でなければ小中高と同じ学校になんて通わない」
間髪入れずに、彼女は質問を繰り返す。
「もちろんそれは、『ラヴ』の好きですよね?」
「え.........」
精神年齢が中学生の俺は、もちろんその質問に対する答えも言い淀んでしまう。心拍数は急に上昇した。今までは意識しないようにしていたことが、思わぬ人物によってどんどんと掘り下げられてしまうことに対して、一種の恐怖や恥ずかしさを感じたのだろう。
「ですよね?」
依然としてなにも口にしない俺に対して、圧をかけるようにして紫水はそう問う。もはや、ここで「いいえ」と言うことは許されていないようであった。俺は小さな声で、「まあ」とその言葉を肯定する。すると彼女は、珍しく笑みを浮かべ、満足そうにうんうんと頷いた。
そして、「なるほどなるほど......」と言うと、さらに言葉を続ける。
「——それじゃあ、元に戻る必要って、別にないですよね?」
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