第17話 主人公達との出会い

 そして二日が過ぎた。

 結論から言えば、父オススメの場所は全て蹴った。


 父に連れ回されて向かった先は、とことん悪趣味なカフェ、小さな演劇場、小さな図書館、民度が悪そうな酒場など……とても公爵令嬢を招くわけにはいかないところばかりだった。


 あの日は悪夢だったという表現以外見つからない。


 アリスとの二度目のお見合いまでもうすぐだ。でも計画はちゃんと決まっていない。


 どうしようかと悩みつつも、僕はいつもどおりに瞑想に耽る。今は邸からけっこう離れた川の近くで、釣りを一時的に中断して魔力瞑想を行なっていた。


 水が流れる音が、心に安らぎを与えてくれる。そうしているうちに、魔力の流れが普段とは変わっていることに気づく。


 魔力を水の魔法として扱うために、今この場で行う瞑想が重要だった。体に水が集まり、そして思うとおりに力を貸してくれる。


 そのために必要な繊細な魔力の経路を、心の中でじっくりと辿ってみる。


(あ、掴んだかも……)


 ゆっくりと、坐禅を解いて体を後方へと寝かせていく。同時に、一つの魔法が使えないか試してみる。


 水が集まってくる光景を想像し続ける。清らかな飛沫や、小さな淡い玉が元気いっぱいに、この背中付近に遊びにやってくる。そんな光景を思い描く。


 すると、体がふわりと浮いた気がした。瞼を開けてみると、入道雲が視界いっぱいに広がっていた。


 僕は浮いている。やがて体を起こし、下を向いてみる。


「精霊の寝床……っていう魔法だったかな」


 水が集まり、いつの間にかベッドの形になって浮かんでいる。普通なら沈むはずなのに、僕の体は心地よく揺れているだけだった。


 この前手に入れた海の書も、少しずつ解読が進んでいる。昔の知識や歴史を知るとともに、魔法を覚えていくこともできるなんて、なんて有意義なのだろう。


 でもこの姿って、側からみるとサボっているようにしか映らないんだよなぁ。そこだけが難点だけど、どう思われても別にいい。


 自然と頭の中はお見合いの話に戻る。どうしようかと迷っていたその時、ふと大陸のずっと向こうから変な光が見えた。


 山を超えた先……王都グルガンの方向にうっすらと見えた黄金の輝きは、やがて大きく増長し、爆発するように縦方向に伸びていった。


「あれは……」


 水のベッドに座りながら、じっと観察してみる。恐らく魔法だと思うが、あのような現象はまだ見たことがなかった。


 光は垂直に伸び続け、雲すら突き破っている。まるで光の柱のようなそれは、一体何が理由で発生したんだろう。


 強い興味を覚えた僕は、水魔法を解除するとともに、飛行魔法を使用して現地へと向かった。


 ◇


 その場に到着した頃には、すでに光の柱は消滅寸前で、ギリギリのところで発信源を見失わずに済んだ。


 やはり謎の光は、王都グルガンから生じたらしい。場所はグルガン城から西にしばらく進んだ先にある教会付近のようだ。


 もう王都に来てしまったので、風我は使わずに歩いている。


 この人が溢れる都には、飛行魔法を使える魔導士なんて珍しくもないが、街の中では使わないのが暗黙のマナーだった。


 時間がかかってしまうが仕方がない。周囲の風景に目を配りながら、さっきの光のことを考え続けていた。


 誰もが消えかかった光の柱を見上げて騒いでいる。みんな突然の現象に夢中だ。


 もしかしたら魔導士や聖女、他の魔法を使える誰かが、新しい未知の力を生み出したのだろうか。それとも魔族という、人間と酷似した連中が襲ってきたとか?


 もしくは事故でも起こったのか。まるきり未知の何かが発生したのか。


 これでも魔法については多少知見があるつもりだけど、やっぱり答えは出ない。


 でも、こんな面白い現象を謎のままで終わらせる気にはなれない。困った好奇心に急かされ、ひたすらに歩みを進める。


 すると、光の発生源の近くに騎士達がいて、民間人を通すまいと立ちはだかっていた。


 各所の入り口を封じているようで、ある地点から一向に近づけなくなっている。これじゃあ入れない。


 せっかくここまで来たのに、と残念な気持ちでいっぱいだったんだけど、教会の裏からやってきた人達を見て、僕はあっと声を上げそうになる。


 金髪の髪をした長身の男と、青い長髪を靡かせた清楚に映る女。二人は仲睦まじく会話をしながら、こちらへと少しずつ近づいてくる。


 衝撃が心を走り抜けていた。僕は間違いなくこの二人を知っている。


 それもそのはず、ゲームで何度も操作したことがある二人だったから。ゲームと実物の美しさはやはり違う。


「レスティーナ様だ!」

「ああ、なんて美しい」

「まさに女神だわ」

「あの隣にいるのは、ジュリアン様じゃないか?」

「ジュリアン様だ! アースベルト侯爵家の」

「ああ、見ろ! ジュリアン様が、ジュリアン様が……」


 人々が口々に騒ぎ立てている。涼しげな微笑を浮かべる男——ジュリアンの左手には、白と金で彩られた剣が握られていた。


 彼は騎士達が立ちはだかっていた門から、聖女と並ぶように出ると、高々と白く煌めく剣を掲げてみせる。


 すると剣が輝き、またしても天まで貫く黄金の柱を生み出した。


 民衆は大歓声をあげ、尋常ではない騒ぎが巻き起こる。恐らく彼が持っているのは、作中で登場したグルガンの聖剣だと思う。


 このような演出は、原作では見たことがなかった。ゲーム開始前の世界では、こういったイベントがあったのか。


 ただ、何か妙な感じがした。ヒーローであるはずのジュリアンに、何か違和感を覚えてしまう。


 彼は周囲に笑顔を振りまいた後、剣を腰にある鞘に納めた。すると輝きも徐々に消え去っていく。


 そこで一人の小さな女子が、目を輝かせて紙と万年筆を持って駆け寄った。この世界でも、有名人からサインを貰おうとするのは変わらない。


 でも女の子はそこで不意につまずき、色紙と万年筆を落としてしまう。


「おっと。大丈夫かい」


 そう言いつつ彼は色紙を拾い、転がった万年筆も手に取ろうとした。


 ただ、その万年筆を拾い上げたのは彼ではない。転がった先にいた僕である。


 ゲームで幾度となく目にしていた、ジュリアンの紫に輝く瞳がこちらを映した。


 それは驚きと感動と、言いようのない不思議な引っ掛かりを僕に与えてくれたのだった。

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