第13話

 致は目の前に積まれた書籍を一瞥して、盛大なため息をつく。調査のために渡の持ち物を返してほしいと使用人を通して依頼をしたが、その返事はなかった。後に依頼した集落に関する書籍や九十九家についての記録については即座に出されたのだが。

(これじゃ『ダメ』って言われてるようなもんだろ……)

 にわかに沸き立つ苛立ちを飲み込み、致は書籍を手に取る。貸し出された本は旧翆嶺村を含む、青田町の町史全五巻、九十九家に関する史料類をまとめた自家出版本が一冊だった。

「うへえ、なんか分厚いっすけど、本当にそれ読み切るつもりっすか?」

「……お前、さては市町村史読んだことないな? こういうのはちゃんと項目分けされてるんだ。今の俺らに必要なのは……そうだな、まずは翆嶺地区の近代以降の産業だろ」

 目次を開いて辻村に指し示す。今知りたいのは九十九家がどんな家だったのか、どんな家なのかだ。この自然豊かな村の権力者たる彼らが、どのようにして権力者になったのかは容易に想像できる。

「あー、確かに、翆嶺って明治に合併されたんすよね。んじゃあ、この町史って近代以降のものなんすかね」

「産業とかはそういうことになるな。ただこういうのには大体史料編てのがついてる。ここを見れば多少は江戸時代以前の様子が掴めることがある」

 もちろん史料があればだが、と致は小さく付け加える。

「ほー……どれどれ」

 辻村は物珍しそうに町史をめくっては読み込んでいる。そんな具合で手分けして一時間半かけて情報を集める。二人は適当に寝転がりながら互いの成果を共有する。

「ちょっと意外なんだが……青田町の中でも、九十九家は有力な家だったんだな。てっきりこの辺だけかと」

 自分で淹れてきた茶をすすりながら、致はメモ帳と栞を挟んだ町史を寝そべってメモを整理する辻村に差し出す。

「みたいっすね。梅のことはもちろんっすけど、ダム関連でもかなり活動的だったんすねえ」

 渡された改訂版の町史を物色しながら辻村も頷いた。昭和になってから改訂版として、多くの補足がされた町史が出されている。ここまで熱心に町史編纂を行う場所もそうそうないだろう。特にこんな──山奥の村で。

「まぁ、そうとなると確かにあの掛け軸は重要なんだろうなって感じだなあ……」

「んじゃあ百々瀬家はなんなんすかね?」

「いや、それが……分からない」

「ええ……」

 辻村は口先を曲げて眉間に皺を寄せる。

「言いたいことは分かる。ああ、消されてる可能性が全く否定できない。この町史だって、編集者に九十九家の人間がいるしな」

 町史の編集者欄には九十九孝蔵という名が載っていた。百々瀬家に関する記述はほとんどなく、史料編に載っている古文書に一部記載があるのみだ。編集者欄を指して見せられた辻村は口先を曲げたまま肩を落とす。

「しかも一番上って……編集責任者というか、発起人だったんですかね」

「可能性はあるな。この自家出版もこの人のだし……そういうのが趣味だったんだろうな」

「これ偏向報道では?」

 分かり切ったことを口にされ、致はますます眉間の皺を深くした。

「だから嫌なんだ。結局知りたいことも知れないし。返事は未だにないし」

「まーまー、清水センセ、落ち着けって」

 辻村のなだめるような言葉に、致は文句を言うのを止める。が、内では時間が経つ度に燃料が投下されていく。辻村は念を押すようにもう一度視線を送るが、致はそっぽを向いて席を立った。

(んまぁ、しょうがないかぁ)

 大股でどこかへ行く致の背を見送って、辻村は肩をすくめる。ここで適当に時間を潰していれば、自分で機嫌を直して帰ってきてくれるだろう。それまで真面目に勉強をしようと、辻村はメモを片手に町史に張り付く。どこから見るか、迷った指先で開いたのは民俗・伝承の章だった。

(お、ラッキー。ついでにネタ集めでもするか)

 辻村真は現代ファンタジーもとい、オカルト話を題材にした話を描くことが多い。大抵は流行りの都市伝説や怪事件を題材に短編を量産している。こういった地方の伝承や言い伝えは掘れば掘るほど面白くなる。独自の解釈を確立すればなおさらだ。

 なにより辻村はそういったありもしないことを考えるのが趣味である。

 よって彼女がその章を見ない理由は無い。文面に勢いよく食らいついた作家の端くれは、少しずつその内容を咀嚼していく。

「ん、こういうの、どこにでもあるんだな」

 伝承の一番手を切ったのは、鬼退治の御伽噺だった。物語としては非常に単純で、とある時代に旧翆嶺村へやってきた鬼を山の神の力を借りて退治したという話である。かわいらしいデフォルメされた鬼の挿絵付きで物語は優しく他人事のように語られていた。この物語中に出てくる山の神というのは、翆嶺にある唯一の神社青田神社の祭神らしい。

 翆嶺において鶏肉食が一部タブーとなっているのは、この鬼退治に力を貸した山神の使いが鶏の姿をしていたことに由来するという。この記述を見て、辻村はやっと昨晩のメニューにからあげがなかったことに納得した。あんなに揚げ物があったというのに、王道のからあげがないのは変だと思っていたのだ。

 また、山の神とともに戦った村人こそが九十九の祖先であることが強調して書かれている。これまた分かりやすい偏向報道に辻村は天井を仰ぐしかなかった。

(でも、なんだこの水鬼という表記は)

 あらすじだけ見ればどこにでもある御伽噺だ。村の権力者の由来としても成立しうる、どこまで行っても普遍的な物語と言えるだろう。それだけ多くの人間に選ばれやすいのだろうが、その一点だけが不可解であった。物語中で村に現れた怪物として語られるのは「鬼」もしくは「水鬼」である。前者は挿絵のようなモノで違いなのだろうが、後者に関してはいまいちぴんと来なかった。ただ、文章構成からして「鬼」と「水鬼」はイコールなようなのだ。もちろん「水鬼」にも「鬼」とつくからには人ならざる者、なのだろうが。

(水属性の鬼ってことか?)

 調べてみればこの言葉にも様々な意味があるらしく、特定は難しそうだった。なにより御伽噺内での描写が一切ないのだ。水鬼がやったことも、村人がなにをされて水鬼を恐れていたのかも。どの視点からもなにが起きたのかは描写されていない。ただ災いをもたらした、とだけ書かれているのみである。そこだけが語り継ぐ中で抜け落ちてしまったのか、それとも意図的に欠けさせたのか。「水鬼」を示すのは物語の結果とかわいらしい挿絵のみである。

 いいネタが収穫できたと喜ぶと同時に、釈然としない伝承に辻村は顔を歪ませた。もしかすると自分たちはとんでもないタブーに触れようとしているのではないか。これがもし、丸ごと誰かにとって都合がよくなるよう創られたものだとしたら。

「それは……イイじゃん」

 不愉快な恐怖と不謹慎な好奇心を飲み下して、狼は口の端を釣り上げた。

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