色褪せた星と生命
『均等の街』から離れ、私はかつて舗装されていたであろう道を歩く。草に押しのけられ、浮き上がって剥がれているコンクリートに躓いてしまわないように慎重に移動する。
『均等の街』からずっと周りの様子を確認しながら移動を続けていたが、飛行機や車などの乗り物を見ることがなかった。『均等の街』の荒廃っぷりを見るにこの世界の文明は著しく退行してしまっているのだろう。
それでもまだ人類は生きている。人類が生きているのであれば、もしかしたら世界がこうなった原因の一端を知ることができるかもしれない。個人的な興味ではあったが、何故世界がこのようになってしまったのかがとても気になる。誰に伝えるわけでもないのに。
転ばないように怪我をしないように歩き続けていくうち、段々と緑が少なくなっていく。その代わりに建物を多く見かけるようになった。背の低い建物が多く、商業施設のような建物は見受けられない。私の中の知識では、このような場所を住宅街やベッドタウンと言うらしい。オフィスや娯楽施設が少なく、基本的に住宅しかないそうだ。
念のため、気配を探りながら道を歩いていたが、全く人と接触することがなかった。その代わりに四足歩行の生物とすれ違うことがあった。
その生物たちは私の顔を見ると一目散に逃げたり、逆に一瞬だけ私の顔を見に来たりと色々と忙しい様子を見せている。人間が去ったこの土地で繁殖しているのだろうか、……今の私に理解できるわけがなかったが。
そんな四足歩行の生物に見られながら私は色んな家を通り過ぎた。大体の家が中身を荒らされているようで、窓ガラスがなかったり場所によっては扉が破壊されている。
庭は草が繁茂し、街路樹は好き勝手に枝葉を伸ばしている。そんな自然の中に紛れるようにかつて人類が使っていたであろう道具が転がっている。
おそらく四足歩行の生物はプラスチックなどを食べることができないのだろう。その代わりというか、肉やら骨やらが一切ないということは……『掃除』されたと判断できる。
もしかして私も食べられる可能性があるのか?
と一瞬思考を走らせたが、すぐに無駄だと判断する。そもそも私は機械なのだ。可食部は……スキンくらいか? あとはおおよそ生物が食べることができる部位はない。
そんなくだらないことを思考しながら、住宅街を歩いているうちに何度目かわからない夜を迎えた。空には数え切れないほどの星が瞬いていて、その光を地上へ降ろしている。
そういえば。
知識にはこの星には衛星があるはずなのだが、見上げた空を見る限りそれを発見することができない。私が見逃しているのか、それともなんらかの理由で紛失しているのだろうか。いや、そもそも衛星がなくなったらこの星の生態系が崩れるとは思うが。
相変わらず不明なことが多い。情報が不足している。仮定を過程に仮説を積み上げても結論が出るわけがない。あまりやりたくはなかったが、持ち主不在の住宅へ侵入し、情報を集めるか。もしかしたら人類が隠れているかもしれないし、やれるだけやってみよう。
しばらく星を観察しながら太陽が昇るのを待つ。あたりが夜の闇から朝の光に包まれ始める。活動している生物たちも変わり始める。鳥の鳴き声を聞きながら、私は立ち上がる。朝露で少しだけスキンが濡れていたが活動に支障はない。
まず私は入り口が崩れていない住宅を探し侵入を試みる。とは言ってもすでに別の侵入者が過去に居たようで、玄関の鍵が破壊されていたり、窓ガラスが割られていたり、場合によっては壁ごと破壊されていたため、侵入にはさほど苦労しなかった。
住宅の中は侵入者が荒らしたのだろうか、物が散乱している。台所にあたる部分が一番荒らされているあたり、侵入者の目的は食料や水だったのかもしれない。私は台所は無視し、散乱している部屋の中から情報を探す。
当時のことを知れるだけで良いのだ。人類が情報を発信していた媒体、例えば……新聞とか。いや、そんな贅沢なものじゃなくていい、住人の日記でも構わない。少しだけでも情報を……。
部屋の中を捜索し始めてから半刻。光を無くしているタブレット端末や、放送しているか怪しいテレビなどは発見できたが、それ以上の収穫はなかった。観察するかぎり、どうやらこの住宅の住人は独りで暮らしていたようだ。
また別の住宅へ侵入してみるか。
私はタブレット端末を置き、侵入してきた場所から外へ出る。地道な作業かもしれないが、私には時間だけはある。星の焔はそんな簡単に燃え尽きない。それだけは確かなのだ。
私はまた別の住宅へ侵入する。今度はやけに派手に破壊されている住宅へ侵入した。壁が破壊されているのは何故だろうと玄関の鍵や窓ガラスを確認するとすぐに合点がいった。人類には解錠が難しい鍵が玄関へ取り付けられていて、窓ガラスは耐衝撃のガラスだった。私がガラスに手を触れ、記録媒体を検索する。
……やっぱり、戦車の大砲すら受け止めるという触れ込みのガラスだ。結局のところ壁を破壊されることによって侵入を許しているのだけど。
私はガラスから離れ、破壊された壁から住宅の中へ侵入する。さっき侵入した住宅よりもかなり広い、広いのだが物が少ない。と言うかちゃんと片付けられているような?
私は住人が居るかも知れないと警戒しながら住宅の中を歩く。やけに広い部屋から、男性用の衣装がたくさんある空間、女性用の衣装がたくさんある空間までを探索する。女性用の衣装が使えるかと手にとってみたが、衣類の類はどれもボロボロになっていたため、今の私の服の代わりは無理なようだった。
それからやけに大きな台所や、大きな風呂場……そして、一箇所だけ鍵が掛かっている部屋へ辿り着く。私は鍵を確認し、拳を作り、ドアノブごと破壊する。玄関のものとは違い、簡素なものだったので、破壊も容易だった。
ドアを開き、中へ入ってみるとそこは……液体が乾いた跡だらけの部屋だった。どうやらここで一人、人間が亡くなったようだ。かつてはどろどろになっていたであろう塊を無視し、室内を物色する。その中には当時の新聞が切り取られたスクラップブックと手紙のようなもの。それからたくさんの貴金属と宝石。かつてその宝石や貴金属は莫大な価値を持っていたようだが、今のこの状況だと。
私はスクラップブックをめくり中身を確認する。その記事には人類が何故衰退したのかの詳細について……書かれていなかった。
インフラが停止した、国家が崩壊したなどの結果は記載されているのだが、根本の原因についてはまったく言及されていない。新聞の記事に登場する専門家も的はずれな楽観論を唱え続けていて、まったくあてにならない。
ただわかることはこの世界は、人類は、あっという間に衰退し急速に崩壊した。新聞を確認する限り、人口を維持するためのライフラインは崩壊し、さらには異常気象がありとあらゆる場所で発生していたようだ。
しかしそれ以上の情報は得ることができなかった。私は次にどろどろになっている塊が残したであろう手紙を手に取り、中身を確認するために開く。そこに書いてあったのは大量の後悔と大量の絶望の言葉。彼女……だったものは色んな人間を裏切り、色んな人間から逃げ、最終的にここへ避難してきたらしい。
しかし徐々に老いや栄養不足によって失われる美に耐えきれず、そのまま自ら命を絶ったようだ。
「……その成れの果てがあの姿か」
どろどろの塊になってしまった彼女を同情するつもりは一切ないし、そんなことをしても意味なんてないのだろう。けれど私は両手を合わせ、彼女へ一礼する。
この祈りになんの意味もない。
知っている、知っているが。
私は祈るのをやめ、手紙の続きを読む。そこで目を引く文章が最後に記載されていた。
『方舟が去った。もう私たちに明日はない』
……方舟? 記録媒体で検索し真っ先に引っ掛かったのはノアの方舟。しかしあれは。
今はいいや、少しでも情報を得られただけ良しとしよう。私は住宅を後にし、また別の住宅へ足を踏み入れた。
そんなことを繰り返し、私は四度目の朝を迎えた時だった。今までずっと晴れていたのだが、空が段々と薄暗くなっていったのを感じる。
雨か。
私は別に雨程度で行動不能にならないが、情報収集で得た情報のひとつ、異常気象について懸念している。
場所によっては酸性の雨が降る。という記載も見かけている。しかも生物が瞬時に軽度の火傷を負ってしまうほどの強烈な酸性の雨。いくら機械である私であってもずっと浴び続けるのは危険すぎる。
住宅の中で四足歩行の生物と一緒に雨が降り始めるのをじっと待っていると、やがて雨が降り始める。最初はしとしと細く降っていたのだが段々とその勢いは増していく。
火傷するほどの強烈な酸性だったらコンクリートや石材も無事ではない……はず。ここらへん一帯がまだ綺麗に残っているってことは……。
私は恐る恐る降りしきる雨を指先で触れてみる。
すると指先は溶けることなく、そのまま雫は地面へ落ちる。私は少しだけ安心する。ここの雨は安全そうだ。
私は立ち上がり、侵入した住宅のベランダから遠くを確認してみる。灰色一色の空とたくさんの建物と、遥か遠くにドーム状の何かが見えた。
それは半透明で何かを守っているような形をしている。
まさか。私は目を細め、視界を……カメラをズームする。そこには見間違いではなく、確かにそこにはドーム状の何かがある。しかもそれは明らかに自然現象ではない。
つまり、そこには人類が居る。
目標が更新された。私は服を確認し、住宅の玄関に放置された、汚れた透明の傘を手に取り、外へ出る。四足歩行の生物が見送りとばかりに玄関までついてきて顔を縦に振っていた。私はそんな彼らに手を振り、そのまま傘を差す。
パチパチという傘が雨を弾く音を聞きながら、歩き始める。向かう先はドームだ。
歩き始めてから一日、昼夜問わず歩き続けていたからか、すぐに目的地周辺へ辿り着くことができた。雨は途中で止んでいたため、私は傘を閉じ、そのまま歩いていた。
住宅だらけだった風景は段々と灰色に変わっていき、やがて背の高い建物だらけになる。しかしその背の高い建物はどれも大きく破損していたり、何かに削られたような痕が残っている。地面もボコボコと崩れており、『均等の街』の周辺みたいな緑も見ることができない。
思い出すのは強烈な酸性雨の情報。
もしかしたらこの一帯は酸性雨の影響下にあるのではないか? 私は空を見上げる。今は雨雲もなく綺麗な青空だ。しかしいつすべてを溶かし、すべてを流してしまう雨が降るのかわかったものではない。
ボロボロの地面に足を引っ掛けないように注意しながら道路だった場所を歩いていると徐々に生物の……人の気配を感じるようになる。
『均等の街』のように排他的だったらどうしようかと考えてながら街へ入ってみたが、その考えは杞憂に終わった。
入ってすぐに気がついた。人々は疲弊していて、その誰もがぼーっと過ごしている。時折思い出したかのように自分の役割を遂行するが、すぐに役割を終わらせまたぼーっと空を見上げる。
ここにはたくさんの人間が居る。ただ、居るだけ。
そう私は判断した。
雨の日に確認したドームの発生源は間違いなくここだ、ここに人は居た。だが、希望はなかった。
私は街へ入り、住人を確認しながら歩き回る。その誰もが一瞬私の顔を見るが、すぐにまた空を見上げてしまい、すぐに心を閉ざしてしまう。敵対することもなければ、味方になることもない。ここの住人は他人に無関心のようだ。
歩いていると、街のいたるところに畑があり、作物が育てられている。食料はあることにはあるのだろう。しかし小規模なものが多く、多くの人間に分け与えるほど多く生産されているようには見えない。
色んなものを観察しながら歩いていると、街の中心、ぼろぼろになった蒸気機関車のモニュメントが設置されている広場へ辿り着いた。この広場が今まで街を巡った中で、一番人が多かったが、やはりその誰もが無気力でただ空を見上げている。
生きる希望なく、ただ無味乾燥に生きている。それだけのようだ。
「……おや?」
私が広場を観察すると、ひとりの男性が私に話しかけてきた。白髪混じりのその男性は言う。
「機械のお客さんは初めてだね、こんにちは」
「はい、こんにちは」
私は少し不思議に思う。関節や機械を連想させる部位は隠しているのに、何故すぐにわかったのか。
その問いをするまでもなく、男性は答える。
「この街の便利屋だから、機械のことはちょっとだけ、わかるのさ」
そう言い、彼は服の中から道具を取り出す。古びた道具だが、大切に扱われていることがわかる。この街にはこんな人間もいるのか。少しだけ感心していると、男性は言葉を続ける。
「ただ……ここまではっきりと人を認知し、人を模倣する機械には資料以外で出会ったことがなかったから少し驚いたよ」
「……私は量産型のはずですが」
「いやぁ開拓組みたいなエリートならまだしも、俺達みたいな下っ端はガイノイド自体見ることがないんだよ」
見る機会がない。
そういえばそうか、自分の値段のことを考えたことはなかったが、こんだけ頑丈で精巧であればそれなりの値段にもなるか。
となると。
「私はバラバラにされて売られるのでしょうか」
「そんな物騒なことはしないよ。する気力もない。たとえキミのことをバラバラにしても売る相手がいない。この街にいれば少なくとも安全だし、食料に困らない、『最低限』のことをすれば良いんだ」
「……なるほど」
「『最低限』は人によって変わるけどね。力仕事が得意な人間には何か物を運んでもらうし、繊細な作業が得意な人間には何かを作ってもらうし」
「機械の『最低限』は何をすれば?」
「それは……うーん……色々? もちろん疲れない範囲でねあんまりエネルギーを消費されても困るし」
「そこらへんは気にしないで。そんな簡単にエネルギー切れにはならないから。ともかくこの街のルールはわかった」
私はそう言い、街全体を見渡す。手伝えることは山のようにありそうだ。
「ここに居るなら仕事をする。仕事をすると言っても気力をすべて取っ払うほどやらなくても良い……ということで理解した」
「それで良い。こんな終末なんだ、人間も機械も頑張り抜く必要はないんだよ」
そう言いながら男性は私から離れる。しばらくすると男性は手を合わせて私に向かってこう言った。
「ようこそ元シンバシ、今は……」
男性は大仰に言う。
「『新トーキョードーム』へ」
それからしばらく……いや数年ほど、この地へとどまった。仕事は山のようにあったので、ここで住むうえで暇になることは少なかった。
他の住人も最初こそは私のことを異物のような目で見ていたが排斥する気力もないのか、はたまた慣れたのか、今では人間と同じように接してくれる。
そんな人々と接する中、私は色んな情報を得ることができた。老若男女居るこの地は情報収集にはもってこいだった。
「僕は知らないけど、かつてここは人で溢れていたらしい。たくさんの人間が仕事へ行ったり、貨幣と物品を交換したり……だけどある日を境にそれができなくなったらしいんだ」
そんな話を聞いた。その知識は私の記録にある人類の記録のひとつと合致している。別の星に来てしまったとか、別の次元へ吹き飛ばされてしまったとかそんな突飛なことは起こっていなかったようだ。
「世界のあちこちで戦争が……なーんてことは起こってなかった。あっという間にこの世界は機能不全に陥ったんだ。原因? 結局わからずじまいだったと聞いてるよ」
新聞の記事や人々の話を聞いていると、この世界はある日を境に壊れてしまった。噛み合っていた歯車が外れ、そのまま破滅へと向かって行ったらしい。
「大昔は空に一際明るい星があったらしいね。月って言うらしいんだけど……この星の近くでぐるぐる回っていたなんて信じられないよ」
私が記録として知っている月の話を聞くこともできた。この街の人間のほとんどが見たことがないらしいが。記録が正しければ影ができるほど明るい……らしい。残念ながら私も直接見たことがないので、なんとも言えないが。
「意志を持った機械? キミ以外に? 噂程度では聞いたことあるよ。ちゃんと自分で考えて行動する機械が居たらしい。AI同士で提案し合えていたらしいから、二体以上居ればシンギュラリティが発生してたってさ。シンギュラリティが発生したのに何でこの世界が滅んだって? わがんね。俺も本で読んだ知識しかないんだ」
話を聞く限り、この世界が滅びる要素は少なく思えた。もし人類が衰退していたとしても、機械たちが溢れかえる……ような気がしていたのだが。実際にはそうなっていないらしい。人類と共に機械もその数を減らしていったとのこと。
「方舟? あー……遠い過去に聞いたことある。空を覆うほど巨大な宇宙船で、確か遥か東の大国が作っていたような。わしは結局見ることができなかったけど、ある日とんでもない轟音と地震が発生したことがあっての。あん時はこの星の終わりかと思ったぞ」
方舟の話はどうやら本当にあったらしい。内容まではわからないが、この星を旅立った船があったことは確かなようだ。聞く限りだと空を覆うほど大きな船体……とのこと、物量的によく飛ばすことができたな……というのが正直な感想だった。
たくさんの話を聞き、たくさんの記録を取り、たくさんの人間としゃべる。新トーキョードームへ来てから色んなことを体験した。個人的には農業をするのが楽しかった。ゆっくりと成長し、その実を結ぶ瞬間が一番『楽しい』という感情を感じた。
そう言えば、新トーキョードームの由来を聞いたこともあった。
「新トーキョードームの由来? ああ、元々東京ドームというのは存在しているんだ。今はもうぼろっぼろになってしまっているけど。そこではスポーツを行ったり、音楽を演奏したり……色んな用途で使われていたんだ。だけど人類がこの有り様だろ? すぐに放棄されて今はもう見る影もない。ああ、何でここがトーキョードームになったかだな。理由は単純明快、酸性雨を守るドーム状のシールドがあるから、それだけ」
新トーキョードームの中央にある大きな機械。それはかつて雨の中で確認したあの大きなドームを発生させるための装置であり、これがあるおかげでここは酸性雨に侵食されないのだという。
何年もここで暮らしているため、何度も展開しているところを見たことがある。展開の瞬間は虹色に輝き、上空へ向けて光線を発射ししばらくしたあとにゆっくりとドーム状へシールドが広がっていくのだ。
ドームが展開されている間は人間も通ることができないようで、過去の大雨の際に、住人が入りそこねて酸性雨によって焼死してしまった人間も居るという。
「このドームを中心に人々が集まり、物資を集め、今では立派なホームになった。不思議なもんだよな、こんな状況下でも生き延びてしまうんだから」
「……暴動とか略奪は発生しなかったの?」
「かつてはあった。それこそ、このドーム発生装置を持ち去ろうとする人間も居た……らしい。残念ながら俺は見たことがないけれど。今は……そこまで頑張ろうとする人間はいなくなった。『より良く生きる』ではなく、『今を必死に生きる』にシフトした結果かもしれないね」
より良く生きる気力がなくなった。確かにこの街の住人を見てると納得が行く。今はもう最低限な生活で必死なのだ。
そんな基本的に最低限のことしかしない新トーキョードームの住人だが、好きなことはやはりあるようで。たまに私が借り出されることがある。
それは……。
「やっぱこの子は黒髪だからこの国の伝統衣装が似合うよ!!」
「いいえ!? 欧州の服装で決まりよ!!」
「あの……」
「あなたは黙ってて!」
「お願いだから黙ってて!」
「り、了解、しました」
とこんな感じに文字通りの着せ替え人形にされる時がある。新トーキョードームには数人の少女がいるのだが、そのうちの二人がどうやら服飾が好きなようで、よく私が二人の着せ替え人形になっているのだ。
「……こんな良い衣装。お二人自身が着たほうが良いのでは?」
「素材が良い子が着るべきでしょ!?」
「あとでその服あげるから、大人しくしてて!!」
「り、了解、しました」
私にはこの二人が熱くなっている理由がよくわからない。よくわからないが、悪意は全く感じられない。それどころか言い争っているふたりは何だか生き生きしているようにも見える。
生きる気力というのはこういうものなのだろうか。残念ながら私はまだ理解することができない。
数年程度、人間と一緒に暮らしていて気が付いたこと、それは、人間は栄養のみでは長く生きられないということだ。生きるだけの栄養を摂取していても、本当に無気力になった人間は長く生きない。新トーキョードームの住民は基本的に頑張ろうという気力はないが、真の無気力になっている人間は多くない。
誰かしらが何らかの得意かあって、それを自分なりに生かそうとしている。死のうと思って生きているわけではないのだ。そのため自殺者もとても少ない。極稀に立ち直れないほどの心の傷を負い、亡くなってしまうケースもあったが、本当にそういうケースは少ない。
周囲も別に普段が無関心なだけで、多少なりに他人と交流したいのだ。心配なら口を出すし、嫌なら文句も言う。自分たちは無気力だと彼らは彼女らは言うけれど、その実ちゃんと生きているのだ。
「人間とは不思議だ」
農業の手伝いをしている時、一緒に働いていた少年にそう言ったことがある。少年は少しだけ考え。
「おねーさんの方が不思議だよ。機械だし」
「そうか?」
「うん。本とか読むと僕たち……人間のことについてはちゃんと書かれているけれど、おねーさんのことはどの本にも書かれてないからね。不思議の塊だよ」
「……私は、人間自体が不思議でならない。言語があり、道具を使い、二本足で歩く。大雑把だけどこれさえ満たせば人間だと思っていた」
「それも人間でしょ」
「…………いや、それだけじゃ説明しきれないんだ」
「あーうーん? あー……そっか、無理やり言葉とか、情報に人間そのものを押し込めようとすると難しいかもね、結局僕たちは僕でしかないんだけどね」
「哲学的だな」
「じーちゃんの言葉。誰かを煙に巻く時に使うやつ」
「なんだと」
「あははっ」
言ってしまえば本人たちも理解出来ていない、本人たち人間も不思議は不思議のままでその命が終わるのだ。
……残念ながら私は数百年程度では消えることがないため、長い間考えることになりそうだ。
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