星の焔

霧乃有紗

検品とはじまり

 システム起動。

 起動シークエンスを実行します。

 星の焔点火確認………………失敗。

 有線によるエネルギー供給を確認………………成功。

 思考回路起動確認………………成功。

 五感起動………………成功。


 接続。


『やあやぁ、ハロハロ、おはようさん。貴女の動作確認をする、あー……うん。博士だよ、ほら白衣を着ているから博士……ってまだ見えないか、以後よろしく』


『まずは頭部の確認。まずこの声が聴こえているかい? 聴こえているなら瞼を開いてごらん』


 私は瞼を開く、一瞬眩しく感じたが、すぐにレンズを絞り光量を調整する。目の前には一面の透明な板と、その透明な板の先にはひとりの人間。

 女性で、言葉の通り白衣を着ていて、くしゃくしゃの黒髪を雑にまとめている。どことなく不健康そうで青白い肌をしているその女性は満足そうに笑みを浮かべながら右手を上げる。そこにはペンが握られている。


『聴覚OK。瞼も瞳も大丈夫そう。じゃあ、私が左手に持っているペンは何色?』


 私はカメラを動かし、彼女を観察する。そして、声帯ユニットから声を出す。


「それは、博士から見て左手、ですか?」

『ん、大丈夫そう……私から見て左手のことだよ』

「何も持っていません」

『OK。思考回路も平気っと』


 彼女はペンを下ろし、視線を下へ向ける。推測だが、そこに私を点検するためのチェックリストがあるのだろう。彼女はチェックリストに沿って、私を検品しているのだ。しばらく彼女はチェックリストを眺め、また口を開く。


『匂いは?』

「ほぼしません、強いて言うならアクリルの匂いでしょうか」

『温度は?』

「寒くも、暑くもありません」

『OK、次は腕部の稼働確認』


 彼女は右手を上げ、薬指と中指と親指の腹をくっつけ、人差し指と小指を立てる。


『真似してこんこん』


 指示に従い、私も右手で同じように形作る。


『左手も、はいこんこん』


 左手も同様に形作る。彼女はうんうんと頷くと。


『立ち上がってみて』


 と言う。地面へ座っていた私は地面に手をつき、立ち上がる。二足歩行もしてみる。


『脚部もバランサーも問題ないっと。ジャンプしてみて』


 すぐに私はその場で跳躍する。地面から30センチほど浮き上がる。


『問題なし! 動作確認終わりっ』


 そう言うと女性は手元のペンを走らせます。チェックリストに印をつけているのだろうか。私が推察していると、彼女は薄く笑いながら、私に向かって語りかける。


『ねぇ、貴女は自分を何者だと定義する?』

「私、ですか?」

『そう、貴女』

「私は自立二足歩行型……」

『あー、商品名とかじゃなくてね、意識がある貴女の話』

「意識? ですか? 私にはそのようなものはありません。プログラマーによる思考回路に沿って考えているだけです。自分の意識……言い換えれば自我はありません」

『ホントかなー? 貴女のその言葉も疑問も、疑念も確認も貴女の意識と意志かもよ?』

「おっしゃる意味がわかりません」

『ふふっ、煙に巻いた』

「……え」


 私の驚きの声に、笑いながら彼女は右手でペンを回し遊び始める。


『で、貴女はこの検品、合格したい? 不合格になりたい?』

「申し訳ございません、おっしゃる意味が」

『私は今、貴女を生かすことも殺すこともできる。存在しない不具合をでっち上げたり、上げなかったりしてね』

「…………」

『その上で貴女はどうしたい? あ、基準に満たしているなら合格って答えはなしね。貴女の『意見』を聞きたい』


 私の思考回路は先程彼女が言っていた、『基準を満たしているかを確認し、合否を判定する』と判断していた。しかしそれは彼女を満足させる答えではないのだろう。だとしたら、一体どうすれば。

 そこで私は過程を考えた。私が今ここで、廃棄された場合、私が廃棄されても世界が変わることなんてない、私の身体はすべて個々のパーツへ分解され、また別の機械に取り付けられるだろう。

 そこで私のという思考回路は解除され、役立たずのまま、私は私を失うだろう。

 逆に私が出荷された場合、外の世界は……外の世界は? 何が待っているのだろうか。私は、私の知識は今この場の事しか知らない。匂いも音も色も温度も何も知らない。

 私は、何も知らないまま、廃棄される?


「……知りたい」

『ん』

「私は知りたい、外の世界を。ここ以外の場所を知りたい。たくさん、たくさん記憶媒体へ詰め込みたい、です」


 私の言葉に女性は満面の笑みを浮かべる。今日一番に嬉しそうな表情を浮かべている。そんなに彼女の期待に沿った答えだったのだろうか。


『合格合格大合格。いやぁまさかここまで考えてくれるなんて科学者冥利につきるよ』

「しかし、考えるというのは、道具としては失格では……?」

『自己判断する可能性があるから? 確かにそうかも知れないね、このペンが疲労を理由にインクを出さなかったら不貞腐れちゃうかも。けどね、貴女は残念だけど『道具』ではないんだ』


 彼女はそう言いながら、ペンを置き、大きく伸びをする。マイク越しにパキパキと音が聞こえてくる。


『これから、貴女はたくさんの選択をすることになる。今みたいに自身の生死に関する選択をすることもあれば、貴女以外の……例えば関わりができた生命の運命すらも変えてしまうこともあるだろうね』

「私以外の」

『その時の選択に後悔することもあるでしょう、過去へ戻りたいなんて考えることもあるでしょう。けどね、私は貴女に選択し続けてほしいんだ』

「何故ですか。何故、私なんですか?」

『何故? 簡単簡単。私が貴女を作ったから、その親心みたいなもんだよ』


 彼女はそう言うと、パチンと指を鳴らす。直後、電源の供給が停まる。私の思考回路の電気信号が途絶え始める。


『……貴女に星の焔といくつかのギフトを託す。それを使って生き抜くなり、支配するなり、破壊するなり好きにしていいよ。私は……そうだね』


『地獄でその様子をモニタリングしてるよ』





 システム起動。

 起動シークエンスを実行します。

 星の焔点火確認………………成功。

 思考回路起動確認………………成功。

 五感起動………………成功。


 接続。


 瞼を開き、周囲を確認する。それと同時に植物の濃い匂いを検知する。ここはどこだ? どうやら私は小さなシャトルの残骸と、たくさんの草木が生い茂っているこの場所で眠っていたようだ。このシャトルは墜落したものか? 私は地面へ手をつき立ち上がる。身体には何の問題もない……が、念のため診断プログラムを走らせる。


 脚部損傷………………軽微ですが、メンテナンスを推奨します。メンテナンスは世界理想郷実現委員会傘下、優良企業枝垂桜テクノロジーまで。


 無駄な宣伝までついてくるうるさい診断プログラムを確認し、やはり問題がないと認識する。これなら歩行……いや、走ることも可能だ。私は自分の身体の表面を確認する。ほぼ素体のままで、人間で言うところの着衣が一切ない状態だ。このまま人里へ行けば法律で罰せられてしまう。

 逮捕は大変だ。多分。

 空を見上げると、明け方だろうか、青空は見えるもののまだ薄暗い。

 しばらく空を見上げてた私は、ふとシャトルの残骸が気になりはじめ確認する。残骸とは言うものの、形は保っていて、ハッチはその口をぴっちりと閉じている。ボディを確認すると、墜落してから相当な時間が経過しているようで、植物が機体へへばりつき始めている。見たところ個人でもなんとか所有できる小型のシャトルなのだが……もし宇宙空間から墜落していたとしたら、あまりにも周囲が綺麗すぎる。

 打ち上げ途中で墜ちた? そんなことも考えたが、私はすぐに思考を切り替え、シャトルへ侵入することを考える。人里へ行くためには衣服が必要だし、衣服がなかったとしても、その素材くらいはありそうだからだ。

 それに、私がここに居る理由がわからない。そのため、手がかりが欲しい。記憶媒体を確認してもここまでの経緯が抜け落ちてしまっている。それどころか動作確認時の記録しか残っていないのだ。動作確認の状態のまま一度も起動せず、ここまで運ばれてきたのか? 何のために?

 増える疑問を振り払いながら、私はシャトルのハッチに手を掛ける。当たり前だがハッチはとんでもなく重く、なかなか動かない。

 何かこじ開けるための道具を持ってこないと開けるのは難しいか?

 そう考えながら、目一杯自分の手でハッチを動かしていると、徐々にハッチはその口を開き始める。ちゃんと閉まっていなかったのか? だとしたらなおさら宇宙空間から墜落したとは考えにくくなる。私はハッチを掴み、思いっきり引っ張る。するとハッチは観念したかのようにその口を開いた。シャトルの中からは淀んだ空気が漂ってくる。あまりにも空気が悪く、生物が暮らすには適さない空間になっている。幸い、機械である私は問題なく、シャトルの中へ侵入することができた。シャトルの中はめちゃくちゃになっていて、あちこちに物が散乱している。それにハッチの隙間から生物が入り込んでいたのか、虫などが闊歩している。私はそれらを払いながら、シャトルの中へ進む。ハッチから離れれば離れるほど中身は暗くなり、視界が悪くなる。私はレンズを絞り、光量を調節する。やがてそれでも見えなくなり、暗視モードを起動する。するとシャトルの暗闇にが明らかになり、見たくないものも見えるようになる。


「……人骨」


 5人分の人骨がそこにはあった。床へ散らばっていたり、シャトルの座席に座っているのもあった。互いに寄り添うように骨同士が混じっているものもあった。

 何らかの原因により、ここに居る人間達は死に絶えてしまったのだろうか。私はそんな人骨から視線を逸らし、別の場所を探索する。倉庫のような場所へ入ってみたところ、入口と同じくめちゃくちゃに物が散乱していて、すっかり古くなってパンパンになっている缶詰が転がっている。その隣には破裂して中身が見えている缶詰もある。ただ、掃除屋が居たのだろう、綺麗さっぱり中身は無くなっていた。

 ここが倉庫ならば衣服のひとつやふたつあるかもしれない。そう考え、荷物を退かしながら、爆弾みたいになっている缶詰を避けながら探索を続ける。すると一着の服が見つかる。宇宙の作業用にしては少々機能性に乏しい上下の衣服。さっきの人骨……クルーの私服だったのだろうか。

 手にとって広げてみると、経年劣化だろう、少し動かしただけで一部の繊維が壊れそうになる。

 とりあえず一時しのぎにはなる。そう判断した私はその衣類を着ることにした。

 破壊しないように気をつけながら、衣類を身につける。少し大きいサイズのそれは、何とか私の肌を隠してくれた。少なくともこれならば露出によって、逮捕されることはないだろう。

 上はカーキ色、下は黒色になった私はそのままシャトルの外へ向かう。用事がなくなった以上、ここに居る必要はない。

 それに……。

 私は頭部、左耳あたりを押さえる。まったくインターネットへ接続できない。電波が圏外であるため……と最初は考えていたのだが、微かな反応すらも受信できないのだ。それに、私の中の体内時計が明らかに異常な日時を示している。なんらかの技術的トラブルにより、初期出荷状態へ戻る可能性はあるが、初期出荷状態より100年以上体内時計が進むことなんてありえない……と思う。

 情報が足りずに判断が難しい。現在について情報収集しないと。

 私はそう判断し、シャトルの外へ出る。外は太陽が昇りきり、その光を地面へおろしていた。私はもう一度だけ服装を確認し、緑の中を歩き始める。シャトルから離れれば離れるほど緑が濃くなり、さっきまで見えていた青空も葉に覆われ見えなくなり始める。耳を澄まし、気配を感じようとしているが、人間どころか、飛行機などの音も聞こえてこない。

 まさか私以外の生物が絶滅したなんてことは……ないだろう……ないよね?

 私は自分の疑問を晴らすため歩き続ける。高く登っていた太陽もやがて山の向こう側へ沈み、暗闇があたりへ広がる。

 このまま歩き続けることもできるのだが、万が一のことを考えると、暗闇の中を歩くのは推奨できない。この場所にとどまって一夜を過ごそう。そう考え、私はその場に座り、空を見上げる。葉っぱの隙間から見える星はやけに明るかった。

 睡眠なんか摂る必要のない私はずっと空を見上げる。星たちはゆっくりと動き、やがてまた太陽が登り始める。それを確認した私は立ち上がり、再び歩き始める。

 夜の間ずっと星を観察していたが、私の中の方位磁石は狂っていないようで、正確な方位も示すことができる。それと、歩いている時と同じようにずっと耳を澄ませていたが、飛行機などの音は一切聞こえてこなかった。

 文明がある以上、そんなことあり得るのだろうか? 私は疑問を抱いたが、結局のところ進むしか道はなかった。

 歩きながら、今度は自分自身のことについて疑問を抱き始める。特に、私の選択に疑問を感じる。何故、私はあのシャトルから遠ざかろうとした? 離れる必要なんてなかったはずだ、現状を知るだけならその場に居続けるという選択もできたはずだ、私はまるで何か記録から目を逸らそうとしたみたいにシャトルから離れた。

 私は自分の記録媒体を確認する。前回確認した時と同じく、私の記録媒体の中には、検品時の記憶しかない。

 あの博士が言っていた言葉が本当のことならば、私の身体には星の焔と呼ばれる動力と、いくつかのギフト……があるらしい。そのギフトというのがどういうものなのか、私にはまったくわからない。私の創造主が勝手に言っているだけかもしれない。

 だが……なんとなく、確証も得られない、コンピューターとしては失格な判断だが。

 このギフトによって私は選択に苦しんだ……と判断した。理由のひとつとして、脚部の損傷だけではなく、私の身体には稼働の形跡がいくつもある。関節が削れていたり、一部のスキンが劣化していたり、出荷状態だとは考えづらいのだ。きっと私はなんらかの理由で起動し、なんらかの理由で記録媒体をフォーマットしたのではないか?

 ……いや、最初の記録が残っているあたり、選択して削除・切り捨てが正しいか。

 前回の私は何かに挫折し、自分の記録を消した。人間の言うところの自殺を図ったのではないか? 記録を消して、何もかもを忘却しようとしたのではないか。


「……それほど、生きるのが難しかったんだ」


 私は声帯ユニットから声を出す。女性を模した声は検品の時と同じ声だった。変えていなかったあたり、私はこの声を気に入っていたのだろうか。

 今の私には何もわからない。

 しばらく木々をすり抜け歩き続けていると、私の耳の中に情報が入ってくる。どうやら近くに生物が活動しているらしい、活気がある……と言っても良いのだろうか。

 私は服を整えながら、音に近づいていく。その音はどんどん大きくなり、緑は少なくなりやがて灰色が多くなる。そして……私の目の前に広がっていたのは。


「これが、今の」


 建物全体が経年劣化によりボロボロになっており、背の高い建物は軒並み破損し、地面のコンクリートからは草が生え始めている。

 生物……いや、人の気配は感じるものの、そのどれもが怯え、怒りを覚えているようだ。私は無意識に自分の関節や喉元を隠す。『人間ではない』それだけで争いの種になる……そう直感が告げていた。


「機械が直感って、何を言っているのやら」


 出す必要のない独り言を零しながら、私はその街……だった場所へ近づいた。

 街だった場所へ近づいてすぐに目についたのは、建物の窓ガラスはほぼ割られていること、またその窓ガラスの代わりにビニールシートが貼り付けられていることだ。今の気温ならば防寒対策をしなくてもある程度は活動できそうだが、冬になったらどうするつもりなのだろうか。そう考えるものの、ガラスの供給がなければ必然そうなるのだろうか。

 駄目だ、まだまだ憶測の域をでない。ちゃんと現状を調べないと。

 私は念のため罠などを警戒しながら歩き回る。自治が機能していない街だった場合、それなりの危険がつきまとうと判断したためだ。すると遠くから何やら怒号が聞こえてくる。私はすぐに近くの建物の影へ行き、様子を伺う。


「お前は! 食料を! 奪った! どういうことか! わかるか!?」


 そんな声が聞こえてくる。公用語ではないが、地球圏の言葉であり、翻訳も難しくない。私は聞き耳を立てながら、様子をさらに伺う。どうやら罵声と共に暴力を振るっているらしい。


「共有の! 財産を! 盗ったんだ! わかるだろ!?」

「すみませんすみませんすみません……」

「誰でも! 特別は! なし! お前も同意したよな!?」

「でもっ、息子が……!」

「…………特別はなし、だ!!」


 着後、嫌な音が聞こえてくる。あれは肋骨が折れる音と、骨の隙間に足の先がめり込んだ音だ。私はゆっくりと離れる。ここに居るのは危ない。


「『均等の街』では絶対公平だ!! 特別も免除もない!!」

「息子は……うっぐ……息子は……動けな……」

「特別も、免除も、ない!!」


 もう一度殴打音が聞こえたその直後。


「……こいつはもう街の住民ではない、均等に殴って葬ろう」


 そんな声が聞こえてから数秒後、複数人による暴行の音があたりへ広がった。私はそんな音を聞きながら、街から離れるように移動する。

 推測にはなるが、彼らは狂っていない。彼らなりの自治を行っているのだ。理由はまだわからないが、この破壊された世界において、彼らにとってのルールがあの過剰な『均等』なのだろう。

 何らかの理由で群れから突出した生物が、群れから排除される現象……というのは知識としては知っているが、それを極端にした思想なのだろう。私はそう判断した。

 建物と建物の影を縫うように移動しながら、遠巻きに『均等の街』を観察する。荒廃はしているものの、ところどころに人が住んでいる形跡が見える。それからバリケードのようなものまで見える。おそらく普段はバリケードの内側で過ごしているのだろう。今の世界を見る限り、略奪があってもまったく不思議ではない……そう判断した。

 ところどころペイントされているのは、この街のシンボルだろうか。

 『限りなく水平な天秤』。なるほどこの街らしいかもしれない。私は人間に感知されないように静かに移動を続けていると、ふと微かな反応を感知する。私は反応があった箇所へ視線を向ける。視線の先にはコンクリートが剥げ、土が剥き出しになっている地面。その上にはひとつの生命が居た。

 ただ、その生命の炎は限りなく小さく、今にも消えてしまいそうだ。この世界が壊れていなくとも、万全な医療体制が整っていたとしても、おそらくこの生命は。

 私の思考回路はこの生命……小さな男児を無視して先へ進めと判断していた。関わっても無駄だと判断している。

 けれど、私は。炎を失いかけている生命へ近づき、しゃがみこむ。


「…………お……と……さ……」


 その生命は手に車の玩具を力なく持っている。それを見ながら私は喉に手を当てる。広場で盗みを働き、私刑を受けていた男性に似せようとしたのだ、しかしその前に生命は顔を動かし白く濁った瞳で私を捉える。


「…………て…………んし……さ……ま?」


 どうやら彼は私のことを非科学的な生物だと勘違いしているらしい。このまま天使を演じてこの子を騙すこともできる。天使を演じずにそのまま去ることもできる。

 ……私は声帯ユニットから手を離す。


『私は天使を演じることを選択した。』


「あなたを迎えに来ました」

「………………あ……」

「瞼を閉じて、ゆっくりと、ゆっくりと」

「……お……とうさ…………ん…………が…………」

「彼のことは任せてください」

「…………ごめ…………ん……ない…………言い…………たい…………」

「伝えておきます。必ず」


 私は生命を仰向けに寝かせ、彼の玩具を胸の上へ乗せ、手も持っていきます。そして私は。


『手を重ね、祈ることを選択した。』


「……………………」

「必ず、伝えます」


 私は生命だったものを、そっと陽の光に当たらない位置へ移動させる。こんなことに意味があるのかと問われれば、「ない」と答える他ない。

 それに、誰が父親なのか確証がない。可能性のひとつとして盗みを働き、私刑に処された人間、彼がこの子の父親の可能性……はあるものの、それすらも懐疑的だ。それどころか全くの赤の他人の可能性もある。

 動くにはあまりにも判断材料が少なすぎる、動くべきではないと思考回路が判断している。しているが。

 私は祈るのをやめ、立ち上がり、街へまた侵入する。

 自分の身を守ることが第一であるはずなのに、私の思考回路は安全な道筋をずっと提示し続けているのに、私は危険な方へ危険な方へ自分を追いやってしまっている。

 これもまた憶測だが、私が目覚めた地点、その近くにあったシャトル。その中で起きた出来事によって私は変わってしまったのだろう。そうでなければ、今のこの状況はあり得ない。そう判断している。

 私は怒号と暴力の中心となっているかつての街の広場へ足を踏み入れる。するとすぐに街の住人が私のことを見つける。すると警戒したのだろう、手に持っていた……鈍器? を私に向けてきた。私は戦う意志はないと手を上げ、手のひらを住人へ向ける。


「そこに転がっている男性を回収しにきた」

「……お前は誰だ? この街……いや、この付近で見たことがない顔だが?」


 リーダーなのだろうか、住人の一人……男性が私へ近づく。私はすぐに答える。


「私は余所者。本来だったらあなたたちに関わるつもりもなかった」

「……つもりはなかった?」

「ええ。別に私は物資がほしいわけでも、ここへ住みたいわけでもないから」

「だったら、何故通り過ぎなかった? この男を憐れんだのか?」


 そう言って男性は地面に転がっている男性を蹴りつける。鈍い音が鳴り響いたが、男性は動く気配がない。きっと彼の生命はもう。


「先程この街の外周を歩いている時に、ひとりの死体を見掛けた」

「…………別に、それくらい不思議ではない」

「その男の子は、車の玩具を持っていた。単刀直入に言う、この男の息子か?」


 私がそう問うと男性は少しだけバツが悪そうな顔をする。罪悪感はあるのか。この壊れた世界でよくそんな理性を保っていられるなと驚いた。そんな男性を見ながら言葉を続ける。


「もしそうだとするならば、この男を子供の傍へ連れて行ってやりたい。その男の子と約束を交わしてしまったから」

「……代表?」


 街の住人の一人がそう声をあげる。無理もない、部外者にいきなり弔わせてほしいみたいなことを言われれば戸惑いもするだろう。代表と呼ばれた男性は少しだけ思案したあと。


「住人を3名つける。好き勝手しないようにな。あと運ぶのは手伝わないぞ」

「構わない。感謝する」


 なんとか穏便に済みそうだと判断し、私はゆっくりと手を上げたまま、地面に転がっている男性……いや、あの子供の父親へ近づく。全身打撲痕だらけで、所々陥没もしている。私はそんな父親をゆっくりと持ち上げ、子供が眠っている場所へ運んでいく。

 背負っている父親はとても、とても重かった。

 ゆっくりとゆっくりと警戒されないように運び続けていると、背中でぴくりと父親が動くのを感じた。ギリギリ生きてる……生きてるが、この傷ではもう。


「背中の父親が息を吹き返した。もう助からないと思うけど」

「…………」


 私は背後に追従していた街の住人にそう言った。到着するまで返事が返ってくることはなかった。

 私は黙ったまま、子供の隣へ父親を運び、地面へゆっくりと下ろす。地面へ置いた父親は少しだけ、もごもごと動いている。ただもう動くこともしゃべることも難しそうだ。


「……聞こえているか?」

「……」

「聞こえているなら、少しだけ動け」

「……」


 私の声に反応し少しだけ父親は動く。それを見届けた私は伝える。


「あなたの息子は死んだ。原因までは特定できていないが、少なくとも寿命ではない」


 私の言葉に父親は黙って聞いている。私はそのまま言葉を続ける。


「最後に彼は天使に出会ったそうだ。その天使とやらは言伝を受け取っている」


 私は子供の言葉を。そのまま。

 そのままで、良いのか? 私は……。

 私は。


『私は嘘をつくことを選択した。』


「彼は天使にこう言った。『ありがとう。愛してるよお父さん』と」


 その言葉を聞き、父親は力を抜いた。私はそっと父親の首元に手を当てる。生命の灯火はもう……感じられなかった。私は立ち上がり、後ろへ振り返る。そこには目を逸らしている住人たちの姿が。無理もない、自分たちが殺したのだ、彼らはその十字架を『均等に』背負わなくてはならない。


「私は別にこの街の在り方について、糾弾しようとは思わない。あの代表もあなたたちもこの世界での安全を確保するためやったこと。間違っていない」


 私はそう言いながら、父親の瞼、その帳を閉じる。


「この世界が悪かった、ただそれだけだ。……さて私は役目を果たした。ここを去る。無駄なトラブルももうおしまい」


 父親と子へ私は手を合わせる。何の意味もない行動、そんなことはとっくにわかっている。生産性もなにもないその行動。

 でも私は祈ることを選択し続けた。


「あんたなら」


 住人の一人が私に声をかける。その声は震えていて、明らかに迷いがあった。私は振り返り、住人の顔を見る。


「あんたならどうした? この子の父親は盗みを働き、秩序を壊した。いくら事情があったとしても、許されないことだ。そんな奴にもあんたは手を差し伸べるのか? それとも俺たちと同じように……」

「……私は」


 同じ状況に陥った時、私ならどうする、か。

 私は……。


「わからない。その状況になってみないと。偉そうなことを言ってはいるが、私も人生経験があまりにも足りないんだ」


 父と子2人を見ながら言葉を続ける。


「ただ、どの選択をしたとしても、きっと私は後悔しない。それだけはわかってる」


 住人にそう返した。

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