3.

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一方その時、嵐のように過ぎ去った女子2人を見送り、部室に残された椋恭介は、自分の言動を振り返って頭を抱える思いをしていた。初対面の女子に対して、挨拶も碌にせずに「かわいい」と告げてしまうなんて──。

望月優に背中を押されるようにして現れた彼女は、確かに可愛らしかった。同じウルフヘアとは言え、あの柔らかな雰囲気は自分とは似ても似つかない。あの時、初対面の彼女にいろいろと言おうとはしていた。しかし、口をついて出てきたのはという言葉だった。


楠見千歌。ぎりぎり名前だけは聞き取れた。赤く染まった頬を見せて走り去っていく後ろ姿を、恭介はただ呆然と眺めるしかなかった。遠くから優の「あとでラインするねー!」という声が聞こえる。



「ムッック!!」



強めの肘打ちが脇腹に入り、恭介は我に返った。振り向くと、3年生でギターの倉持元気くらもち げんきが意地の悪い笑みを浮かべている。その隣では、同じクラスでドラムの関流星せき りゅうせいもニヤニヤと笑っていた。



「何今の?!」



倉持が一際目を輝かせながら詰め寄ってくる。



「いや...僕が聞きたいっす。ほんと」



恭介は疲れたように答える。



「髪型がーって言ってたけど、確かにオソロだったよね。えー、チカちゃん」



倉持は早くも親しげな呼び方を始めていた。



「ジャージ着てたけど、運動部かな。恭介知ってる?」

「初見。一緒にいたもう1人の、望月さんと同じなら多分、陸部」

「へぇー。スポーツできる美人系なのに、反応がウブな感じ超いいわ」



普段から彼女を取っ替え引っ替えしている倉持の目がまた怪しく輝きを増す。



「げぇ。いつもの倉持先輩の女好きトーク始まった」



それを見て関は顔を顰める。



「俺ぁ、後ろにいた子もいいなと思ったけどね!」

「センパイ...練習しましょ」

「な、チカちゃん、恭介いかないなら俺貰っていい?」

「ジョーダンやめてくださいよ。倉持先輩が言うと怖いっす。ほら、もっかい合わせますよ」



ベースを構え直した恭介は曲のワンフレーズを掻き鳴らす。倉持のからかいをかわすには、音を出すのが一番だ。けれど、ベースの弦を押さえる指先に、わずかな震えが残っていた。


この突拍子もない出会いは、確かに恭介の心に何かを残していったようだった。



その日の夜、自分の部屋で恭介はベッドに寝転がり、スマートフォンを見ては起き、また見ることを繰り返していた。朝見たたけのこ占いの画面が、暗い部屋で妙に鮮やかに輝いている。



(運命的な出会い、か)



ゴールドのオーラを纏ったたけのこが、今でも愉快なダンスを踊り続けていた。恭介はなんとなく画面に指を伸ばし、踊るたけのこをなぞってみる。今朝は単なるラッキーアイテムのように感じていた占いが、今となっては不思議な重みを持っているような気がする。


天井を見上げながら、あの場面が何度も頭の中で再生される。突然開いたドアから覗いた望月優の顔。そして、彼女に背中を押されるようにして現れた楠見千歌。同じ髪型で、比較的背の高めな女の子。困惑と照れが入り混じった表情。真っ赤に染まった頬。逃げるように走り去る後ろ姿。



(きっと素直で優しい子なんだろうな...)



自室のデスクチェアに座り直すと、無意識のうちにベースを手に取っていた。弦を優しく撫でると、低く落ち着いた音が部屋に響く。普段なら即興で技術的なフレーズを試してみたくなるところだが、今夜は違った。指先が紡ぎ出すメロディは、どこか明るく軽やかな調子を帯びている。


まるで、自分が受け取った彼女の印象そのもののように──。


ふと、スマートフォンの通知音が静寂を破った。画面を覗き込むと、望月優からのメッセージが届いている。走り去る中で聞こえてきた約束通りの連絡だった。



【いきなり驚かせてごめんね

千歌がさ、髪切ったら椋くんを思い出すって散々周りから言われて。私も思ったし、そんな2人が友達同士なら面白いなって連れていったの。おせっかいだったらごめん!】



(面白いって、流石の望月さんだ)



思わずふっと笑みがこぼれる。望月優という人は前のクラスの時もそうであったが、いつもこうして周りの空気を軽やかに変えてしまう不思議な魅力を持っている。そして今日、その魅力は思いがけない出会いをもたらしてくれた。

恭介はOKと親指を立てるたけのこのスタンプを押し、返信を打つ。



【望月さんのお陰で友達が増えそうです。楠見さんに変なこと言ってしまって申し訳ないと伝えておいて下さい。】



送信ボタンを押した恭介は再びベースを手に取ると、さっきよりも少し弾むような音色で演奏を始めた。

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