第7話 賞賛と嫉妬
廃坑でのコボルド討伐を無事終えた俺とフローラは、荒野を抜け、ようやく街の門が見えてきた頃にはすっかり日が暮れかかっていた。正直、体はクタクタだが、気持ちは高揚している。何しろ報酬も大きいし、これでまた一歩、底辺から抜け出せる手応えを感じられたからだ。
「はぁ……疲れたけど、戻ってこれたね」
「ええ。頭目を倒せたし、ギルドにもきっと喜んでもらえるはずです」
フローラの笑顔にも疲労より達成感が勝っているのが伝わってくる。何より生きて帰れたことが嬉しい。あれだけのコボルド集団、正直自分たちだけでどうにかなるのか不安だったが、意外となんとかなるもんだな……いや、フローラと剣のおかげか。
ギルドに着くと、夜遅いにもかかわらず人で賑わっている。いつものように受付カウンターへ向かい、討伐の証拠――コボルドの頭目が身につけていた兜や首輪を差し出した。
「これが討伐の証拠です。群れの大半も倒したか、逃げ散ったかで、もうあの廃坑には大きな脅威は残っていないと思います」
俺がそう言うと、シェリルさんが目を丸くして兜を確認する。続けてフローラが廃坑で見つけた鉱石の欠片を少しだけ見せると、周囲の冒険者たちからどよめきが起こった。
「まさか本当に、二人だけでコボルドの頭目を……すごいじゃない!……そこそこ強力な群れだったはずよ。大丈夫だったの?」
シェリルさんが心配そうに聞いてくるが、俺たちが無事こうして帰ってきたことが答えだ。フローラが控えめに微笑んでみせる。
「かなり危なかったですけど、何とか……。レイさんの剣さばきと、私の剣術で乗り切りました」
「疲れてるでしょうに。本当によくやったわ。ちょっと待ってて。報酬の手続き、急いで準備するから」
シェリルさんが慌ただしく奥へ駆けこんでいったところで、周りにいた冒険者数名が俺たちを称賛するように寄ってくる。中には以前まで俺を笑い者にしていた連中も混ざっている。
「おまえ、実は強かったのか?」
「フローラの剣の腕もかなりのもんってことか。ちょっと教えてほしいくらいだな」
底辺冒険者と馬鹿にされていた頃とは打って変わった扱いに、正直むずがゆい。だが、一方で「これが実力で掴む評価なのか」とちょっと嬉しくもある。
そんな温かい空気の中、ひとりだけ明らかに不機嫌そうな男がいた。――ガルドンだ。
ガルドンはギルドホールの奥で足を組み、取り巻きを従えながらこっちを睨んでいる。周囲が俺たちを称賛すればするほど、険しい眼差しを向けてきた。
いくら元パーティのリーダーだったとはいえ、今の俺に関わる理由なんてない。そう思って軽く視線を外そうとしたが、ガルドンはわざわざ立ち上がり、俺たちの近くまで歩を進めてくる。
「ほう……あの底辺冒険者が、ずいぶん偉くなったじゃないか」
「……ガルドン。何の用だよ」
その傲慢そうな顔を見ただけで、どうにも苛立ちがこみ上げる。だが、俺から喧嘩を売るつもりはない。できれば無視したいが、奴は大声で言い放った。
「まさかお前みたいなゴミ装備男が、コボルドの群れを討伐するとはな。どんな“裏技”を使ったんだ?」
「裏技って……ただ戦っただけだ」
嘲りの混じった口調に周囲の冒険者がギョッとする。ここまで直接的に嫌味を言うのは、見ている方が引くレベルだ。
フローラが一歩前に出て、きっぱりとした態度で返す。
「レイさんの実力は、本物です。それに、私だって一緒に戦いました。二人が力を合わせた結果に過ぎません」
「ふん……まぁ、確かにお前の剣術はなかなか筋が良さそうだあ。……お前、良かったら俺のパーティに来ないか? “もっといい装備”を揃えてやれるし、何より俺の女にしてやるぞ?」
ガルドンは舐めまわすような視線をフローラに向ける。
その提案に、フローラは目を丸くしてから憤ったように首を振った。
「冗談でしょう? 私はレイさんと組むと決めています。そんな話、聞く価値もありません」
「……そうか、レイにはもったいないと思ったがな」
フローラを“俺にはもったいない”だと? その言葉に俺も思わず拳を握りしめる。だが、ここで感情的に出るのはまずい。
ガルドンはあくまで表面上は穏やかな笑みを保ちながら、俺を横目で見下ろす。
「ま、いいさ。どうせすぐに逃げられるだろう。底辺男じゃ、いつまでたっても満足に装備も買えないからな」
「……っ」
言い返したいが、感情のまま殴りかかればギルド内での喧嘩沙汰になる。それこそ奴の思うツボかもしれない。
しかし、ガルドンの“フローラへの興味”が嫌でも伝わってきた。どうやら、本気で彼女を自分のパーティに引き込もうと考えているらしい。
そう思っただけで腹立たしさと危機感が募る。
ちょうどそのとき、シェリルさんが報酬の封筒を手に戻ってきた。
「お待たせ! 廃坑コボルド討伐と納品の正式報酬、金貨八枚。それから、追加報奨金として銀貨十枚分のギルドクーポンもつけられることになったわ。二人ともよく頑張ったわね!」
その声に、周囲が改めて拍手や賞賛を送る。ガルドンは鼻で笑ってその場を離れた。どうやら、ここで騒ぎを起こすつもりはないようだ。
「フローラ、受け取って」
「はい、ありがとうございます」
こうして俺たちは、念願の高額報酬を手にすることができた。これでしばらく生活にも困らず、装備の強化も見えてくる。
けれど、さっきまでのガルドンの態度や言葉が、頭の片隅に焼き付いて離れない。感じるのは明確な敵意と、妙な執着心だ。
「……あいつ、本気でフローラを狙ってるっぽいよな」
「ええ。嫌な視線でした。でも、私たちは私たちで強くなればいい。何も気にしません」
フローラの瞳には、確固たる意志が宿っている。あの高圧的な男に屈するつもりは毛頭ないらしい。
それでも、俺はどこか落ち着かない。ガルドンは権力や金にも不自由していない奴だ。何か裏で手を回してくるかもしれない。
……彼女を守るためにも、俺はもっと強くなる必要がある。もちろん、この剣の“進化”を信じつつ、自分自身も鍛えなきゃならない。
そんな思いを抱きながら、俺たちはギルドを出る。
重い扉をくぐると、外はすっかり夜の闇に包まれていた。街灯がぼんやりと路地を照らし、酔っ払いの声が遠くに聞こえる。
ここのところ、強い魔物とやりあったり、ガルドンと顔を突き合わせたり、ずっと張り詰めていたから、心身ともに疲れ切っている。
「……今日はもう宿で休もう。明日からどう動くかは、ゆっくり考えればいい」
「そうですね。装備を整えて、さらに上のクエストに挑むのもありかも……」
フローラが小さくあくびをする。俺も正直、限界だ。
だが、確かに次なるステップが見えてきた。コボルド討伐の成功で、俺たちの評価は一気に高まった。まだ底辺と呼ぶ人もいるかもしれないが、実力を示せばそんな風評はかき消せる。
ガルドンに苛立つ暇があるなら、とにかくもっと実績を積んでやろう。あいつを黙らせるには、それが一番の近道だ。
「フローラ、明日、鍛冶屋のオズベルトさんとこ行って、さらに武器を見てもらおう。あと、防具も新調したいし……」
「はい。私も何か買えるかもしれない。父の形見の鎧はもう古いし……」
そんな会話を交わしつつ、俺たちは宿の入口へと歩を進める。
背後にさっきのガルドンの視線は感じない。とりあえずは、今日のところは大丈夫そうだ。
けれど、この先彼が何を仕掛けてくるかはわからない。フローラを“もったいない”と評したあの男が、気持ち悪いほど執着を募らせているのは明らかだ。
そして俺自身も、胸の奥に静かな闘志が燃え上がっていた。――屈辱を思い知らされるのはもうゴメンだ。
夜風が妙に肌寒い。そんな冷気を振り払うように、俺はフローラと並んで宿の灯りへ急ぐ。
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