第6話 コボルドの親玉

 暗く湿った廃坑の通路を、ランタンと光石の頼りない明かりだけで進む。俺とフローラは息を殺し、時折耳を澄ませながら、奥へと踏み込んでいった。

 先ほどのゴブリンとの交戦で気を引き締めたものの、あれ依頼ゴブリンとは遭遇していない。

 このクエストの報酬は金貨。高額ゆえに危険度も高いと承知の上だが、それでも成功すれば俺たち底辺冒険者にとって大きな飛躍になる。踏ん張るしかない。


「このあたり、少し空間が広がってるみたい……気をつけて」

「分かった。無理はしないで、まずは敵の数を確認しよう」


 木製の崩れかけた支柱が何本も立ち並ぶ空間に出ると、鼻を突くような獣臭が漂ってきた。

 何匹かのコボルドが焚き火を囲み、低い唸り声を交わしているのが見える。少なくとも五匹。いや……暗がりの奥に数匹隠れていそうだ。


「レイさん、どうしますか? あれだけまとまっていると、正面突破は……」

「下手に突っ込むと袋叩きだな。けど、こっちも数を減らさなきゃクエストクリアとはいかない」


 廃坑に巣食う小鬼族の殲滅、もしくは“親玉”を倒して群れを崩壊させるのが今回の依頼。最低でも、このコボルドの親玉を倒さなくてはいけないということになりそうだ。

 ゴブリンより知能が高く、嗅覚も鋭いコボルドを正面から蹴散らすのは至難の業。まだ俺たちは二人きりだし、装備だって新品というわけじゃない。

 だからこそ、“親玉”を探り当てたい。頭を落とせば散り散りになる可能性が高い。


「フローラ、先に左右に分かれて、少しずつ距離を詰めてみよう。俺が正面から気を引くから、隙を見て一匹ずつ仕留めるんだ」

「わかりました。上手くいくかな……」


 心細そうにしつつも、フローラはショートソードを構え直す。彼女は軽装ゆえに機動力があるし、剣筋が鋭い。うまく立ち回ってくれれば、コボルドの数を減らせるはずだ。

 俺は腰の“ゴミ剣”を抜く。けれど、あの奇妙な“進化”の手応えをまた感じられるだろうか? オズベルトが研いでくれたとはいえ、頼りすぎるのは危険だ。しかし、ここで逃げるわけにもいかない。


 息を整えて一気に飛び出す。

 通路脇の柱の影から姿を現した俺を見て、コボルドたちが甲高い声を上げる。いずれも棍棒や短剣を構え、反撃の構えを見せた。

 正面にいた一匹に剣を振り下ろすと、外皮と骨を断つ嫌な感触が腕に伝わる。コボルドは悲鳴をあげて崩れ落ちた。


「よし――!」


 叫びそうになるのをぐっとこらえ、すぐに次の動きを確認する。左右に散ったコボルドが、こっちを囲むように走り出しているのが見えた。

 しかしその横合いを、フローラが鋭く駆け抜けていく。狙いを定めて、振り返る暇のなかったコボルドを背後から一閃。粘つく血しぶきが飛び散り、二匹目撃破。


「はあっ!」


 気合いの声とともに、さらにもう一匹が彼女の剣圧を受けて脚部を斬られ、転倒する。素早さと正確さ。フローラが思った以上に善戦している。

 だが、残るコボルドたちは動揺しつつも集団行動を取り戻してきた。四匹、五匹……暗がりからさらに一匹加わったか? やはり多い。


「フローラ、位置を変えるぞ!」

「はいっ!」


 俺たちはお互いの背を守るように移動しながら、敵を散り散りにさせる狙いで岩陰へ誘導する。分狭いところだと一度に大勢は来られない。

 次に飛びかかってきた二匹は、俺が肩の高さを狙って横薙ぎに剣を振る。ズバッと手応えがあり、一匹は上半身を深く切り裂かれて倒れる。もう一匹が俺の足元を狙った爪を振るうが、寸前のところでフローラが止めを刺した。


「ナイス! 助かった!」

「こっちこそ!」


 すでに最初に見えたコボルドの半数以上が倒れている。あと数匹は通路の奥に身を潜めているようだ。

 ……だが、ここからが本番だ。ゴブリンより知能が高いコボルドは、仲間が倒された状況を見て逃げ出すか、あるいは“親玉”を呼びにいく可能性がある。


「レイさん……あそこ、見てください」


 フローラが指さす先、かすかな明かりの奥に、やや大柄なコボルドの姿が見えた。金属製の兜をかぶり、錆びついた大剣を構えている。明らかに周囲のコボルドより強そうだ。

 まさか、こいつが“頭目”か? 実際、他のコボルドたちがそいつを守るように陣を張り、威嚇の唸り声を上げている。


(あれを倒せば、この群れは瓦解する……!)


 コボルドの頭目らしき個体は、血走った目でこちらを睨んでいる。どう攻めるか、一瞬で思案する。

 このまま正面から突っ込めば、頭目のみならず周囲のコボルドたちからも集中攻撃を浴びるだろう。数で囲まれれば、いくら連携が取れていてもきつい。

 そこで俺は、わずかに崩れかけた壁を見て思いついた。


「フローラ、奥の支柱の近くまでアイツらを誘導できないか? 崩れた岩があるところ……あそこなら大勢だと動きにくいはずだ」

「わ、わかりました!」


 彼女はすぐに理解してくれたようで、ショートソードを構え直しながらコボルドの頭目を挑発するように動く。

 その動きにイラついたのか、頭目が下卑た笑いを上げ、残っていた三匹の手下に合図した。奴らは一斉にフローラを挟み撃ちにしようと前進する。

 だが、これは計画通り。フローラも逃げ腰を見せながら、わざと足元を滑らせるようなフェイントを入れ、そのまま岩の転がる狭いスペースに誘い込む。


「がるるる……っ!」


 ゴブリンより低く、獰猛な唸り声が通路に響く。頭目のコボルドは大剣を振りかざし、周囲の岩を軽々と砕きながら突き進んでくる。思った以上のパワーだ。

 いっぽう、フローラはスピードで翻弄しつつも、さすがに力負けしそうな雰囲気。俺が早めに援護しないと危険だ。

 ――だからこそ、このタイミングを待っていた。


「フローラ、下がれ――!」


 俺はコボルド頭目が大剣を振るうところを狙って飛び出す。

 視界の端にいる手下が吠えながらこちらに突っ込むが、進路が狭く一度に来られない。結果的に頭目だけが俺の目の前にいる形になる。


(今だ……!)


 腰の剣に強く念じるような気持ちで力を込め、一気に斬りかかる。研ぎ直された刃は、先ほどまでの戦闘でさらに鋭さを増しているように感じる。

 ズバァンッ――と鈍い衝撃音。頭目の大剣ごと、その腕を斜めに断ち切った。

 コボルド頭目が信じられないものを見たという表情で吠え、激痛でのたうち回る。俺は間髪入れず、もう一度刃を振り下ろした。


「これで――終わりだっ!」


 頭目の首筋を深く斬り裂き、獣臭と血の噴き出す熱で顔を歪めながらも、振り抜いた一撃は止まらず地面に叩きつけられた。

 ドサリという落下音と同時に、コボルド頭目は動かなくなる。

 すると、残っていた手下は、一瞬ためらうようにこちらを睨んだのち、悲鳴めいた声を上げて一斉に散り散りに逃げていった。


「はあ……はあ……や、やったか?」


 思わず膝を突きそうになるのをこらえ、フローラを探す。彼女も最後に自分を狙ってきたコボルド一匹を斬り伏せ、荒い呼吸をしていた。


「大丈夫か、フローラ……?」

「なんとか……そっちは……?」

「こっちもギリギリだ。でも、親玉を倒したからコボルドは撤退するはずだ。これで――」


 俺たちの目的は“拠点殲滅、もしくは頭目の討伐による”群れの崩壊”だ。まさに今、まさしくそれをやり遂げたといえる。

 廃坑内に全てのコボルドがいるかは分からないが、頭目を失って大勢の仲間を殺されれば、もう拠点を維持するのは難しい。実質、討伐成功だろう。


「これが……頭目の証拠になるかな……」


 俺はコボルド頭目の首元についていた金属製の首輪と、装着していた兜を外し、それをバッグに収める。ギルドは討伐の証拠を求めているので、この程度は持ち帰らないと。

 フローラは慎重にあたりを見回しながら、一匹ずつ確認している。戦闘不能になっているコボルドがまだ息があるといけないので、警戒は欠かせない。


「……もう動き出しそうな奴はいないですね。逃げたコボルドも、この様子じゃ戻ってこないはず……」

「うん。とりあえずこのエリアは制圧できた。ここまで来れば廃坑での目的は果たしたことになるだろう」


 思わずフローラと顔を見合わせて、安堵が広がっていく。

 何度も危機を感じ、正直撤退を考えた瞬間もあったけど、俺たちはこうして生き延びた。しかもクエストの“達成条件”を満たす形で。


「……よかったぁ。私、ずっと不安だったんです。でも、レイさんと一緒だからここまで来れました」

「いや、俺もフローラがいなきゃこんな大群相手に正面から仕掛けるなんて無理だ。ありがとう」


 思わず口元が緩む。重い疲労感がどっと襲ってきたが、今はそれさえ心地よい。達成感というやつだ。

 ただ、ここで油断して倒れたら元も子もない。まずは洞窟の奥を少しだけ確認して、まだ危険が残っていないかを見極める必要がある。


「もう少しだけ、奥に行ってみようか。何か素材や鉱石が手に入るかもしれない」

「そうですね……でも、無理はしないでください。私たち、もうボロボロですし」


 ランタンと光石で周囲を照らしながら、崩れかけの壁を注意深く進む。敵の気配はもはやない。俺たちは奥へ数十メートルほど足を進めると、がらんとした小部屋のような空間にたどり着いた。


「……こ、これは……?」


 フローラの声が震える。そこには錆びついた箱やバラバラになった木材の山があり、棚のようなものの上には雑多な鉱石の欠片が並んでいた。

 かつて廃坑として使われていたときの名残なのだろう。コボルドたちがそれを勝手に使っていた形跡がある。

 中にはキラリと光る鉱石の塊もあり、どうやら“そこそこ価値のある金属”らしい。少なくともゴミには見えない。


「使えそうなものだけ持っていこう。ギルドに報告する時に一緒に持っていけば、追加報酬がもらえるかもしれない」

「はい!」


 俺とフローラは、持ち運べる分だけ鉱石を回収する。あまり詰め込みすぎると身動きが取れなくなるのでほどほどに。

 何より、俺たちの目的はクエスト達成――コボルドの脅威を取り除くこと。もうその本懐は遂げた。生きて帰って報酬を受け取らないと意味がない。


 通路を引き返し、ゴブリンと戦った大空間を越え、慎重に廃坑の入口へ向かう。途中、少数のコボルドが姿を見せるが、先ほど頭目を倒された影響か、いずれも逃げ去るか気配を消すように縮こまっている。もう奴らにまとまった戦意はないだろう。


 やがて地上の光が見え始めると、俺は思わず胸の奥で安堵の息をついた。

 外へ出れば、灰色の空が広がる夕刻だ。思った以上に時間が経っていたんだな。

 フローラが最後に一度だけ廃坑を振り返った。


「これで、コボルドの群れは崩壊するでしょうか……?」

「頭目を倒したし、ここまで被害を出せば立て直すのは難しいはずだ。少なくとも、ギルドの依頼としては十分達成ってところじゃないかな」


 そう言いながら、俺もふっと笑みがこぼれる。あれだけ怯えていた俺たちが、ちゃんと成果を持ち帰れるんだからな。

 この金貨報酬は大きい。俺たちの生活も一気に楽になるだろうし、装備を新調するチャンスだ。


「ありがとう、フローラ。フローラがいなきゃ、俺はこんな無茶なクエストやらなかっただろうし……多分、成功もできなかった」

「いえ、私のほうこそ。あの頭目を仕留めたのはレイさんの剣さばきですし……凄かったです!」


 フローラが嬉しそうに笑う。少し照れくさい。

 でも、何よりも誇らしいのは俺とこの“ゴミ剣”……いや、”相棒”だ。間違いなく今回の戦闘で、また一段と感触が変わっている気がする。

 オズベルトに見てもらえば、もっと確信できるだろう。“進化”という現象が確かに存在するのだと。


「さあ、早くギルドに戻ろう。シェリルさんも心配してるだろうし、これでクエスト達成の証拠を見せて……堂々と報酬を受け取るんだ」

「はい! 早く帰りましょう!」


 そうして俺たちは、夕闇に包まれつつある荒野を足早に進む。

 振り返れば、廃坑の入り口はどこか寂しげにも見えるが、もうあの中にコボルドの大きな脅威は残っていないだろう。

 今はただ、無事に依頼を成功させた達成感と、次の一歩へと繋がる期待感が俺の胸を満たしている。


 ――ああ、やっぱり冒険は悪くない。

 追放された“底辺冒険者”の俺だって、こんなふうに勝ちを掴めるんだから。

 次はどんな依頼を受けようか? この剣はどこまで進化してくれるのか?

 ワクワクを噛みしめながら、俺はフローラと共に街へ続く道を駆け戻るのだった。

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