守りたいもの
「兄ちゃんおかえりー」
学が家に着くと、弟の光が絵を描いていた。半年ほど前から絵を書き始めた光は、最初は白黒だったが今は色鉛筆を使い、小学生にしては随分としっかりとした絵を書くようになっていると思う。学は感心しながらも、もう少し活発な遊びをした方が良いのではと不安に思っていた。
「また絵書いてたのか、たまには外で遊べよな」
学は光にそう言うが、光は反応をせず黙々と絵を描いている。こういう小言を聞き流せるのは、ほどよく力を抜いて育てられがちな弟の特権かもしれないと学は思った。
「夕飯作るから、ぼちぼち片付けろよ」
「うん!」
都合の良いときには全力で返事をする弟に呆れて笑いながら、学は台所に立って夕飯の準備を始めた。パックに入ったカット野菜をレンジで蒸し。その間に朝出かける前に冷蔵庫に移して解凍した下味着きの鶏肉をフライパンで焼く。
米もまとめて冷凍してあるので、野菜ができたら米もレンジで温めて準備は完了する。学が光の夕飯を作るようになってから、最初は多少凝った物を作ったりもしていたが、だんだんとシンプルな物に落ち着いた。
「あ、この鶏のやつ美味しいよね」
大して代わり映えのしないメニューだが、おいしいと言いながら食べてくれる光は愛される才能があると学は思う。光は好き嫌いが無いわけではないが、学の作った食事に文句を言ったことは無い。光なりに気を使っているのだろうかと学は思う。
夕飯を終えて、学と光は一緒に学校の課題を始める。光の課題は国語や算数だけでは無く、絵のスケッチもあった。おそらく光の興味に合わせた課題を出しているのだろう。学はイタミのカリキュラムの立て方に感心した。楽しめる課題がないと、光はなかなか勉強が続かない。
「ただいまー」
学も自分の課題を進めていると、玄関の鍵が空いて声が聞こえる。母親の祥子が帰ってきたのだ。声を聞いた光は、先程の絵をもって玄関に向かった。
「お母さん。今日はこれ書いたよ」
「あら、上手に描けてるじゃない」
祥子はそう言うと、光の頭をなでた。光はうなずくと、満足をしたのかまた課題に戻る。
「ご飯できてるよ」学が言う。
「ああ、助かるー、ありがとうね。最近任せっきりでごめんね」
「次の本が発売されるのってそろそろだっけ」
「そうね、難病の子供を持つお母さんが書いた絵本でね、読むと勇気づけられる人が一杯いるんじゃないかな」
父親が亡くなって、学が夕食を作るようになってもう一年ほどになる。学の父親の正彦はフリーランスのエンジニアだった。忙しいながらも時間に融通が利く人だったので、もっぱら夕飯は父が作り、光と学と父で食卓を囲むことが多かった。祥子は小さな出版社で働いており、夜は遅くなりがちだったが、活き活きと本を作る祥子を家族は誇りに思っていた。
父が亡くなったとき、祥子は家族との時間を取るために転職しようとしたが、学が家事を引き受けると宣言したのだ。
「あんたは部活もあるでしょ、家のことは心配しなくても良いの」
祥子はそう言ったが、学の心は決まっていた。祥子がどれだけ本気で仕事をしているか知っていたからだ。それに、学としても自分と小学生の光の生活を考えると、母親がしっかりと働いていた方が安心だった。
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