薬屋の翡翠~町で有名な薬屋の裏稼業は神様の薬屋でそこの看板娘をすることになりました~

八重

第一話 薬屋の翡翠

「じゃあ、お母さん行ってきまーす!」

「ああ、芽衣!お弁当!!」

「うわっ!忘れてた!ありがとう!行ってきまーす!!」


 私は坂道を下っていく。


 一週間前にナラの常盤町ときわまちに引っ越してきた私は、今日から新しい高校に転入する。

 常盤町はのどかで緑も多く、どこか懐かしい昔ながらの街並みが揃う場所だ。

 大きなスーパーはないし、デパートもないけれど私は結構気に入っている。

 美味しい空気にゆったりとした雰囲気が私の理想のスローライフにぴったり!!



「新しく転入しました、如月きさらぎ 芽衣めいです。よろしくお願いいたします」


 私がお辞儀をするとみんなが温かく拍手をしてくれた。


「じゃあ、如月の席は窓際の五十嵐の隣な」

「は、はい!」


 席について座ると、隣の五十嵐さんがよろしくねと小声で話してきた。

 私は会釈をして鞄のチャックを開いた。


 授業は運よく前の高校のほうが進んでいたため、苦労をすることはなさそうだった。

 隣の五十嵐さんは……教科書に向かってうつむきながら目を閉じて寝ていた。



 休み時間になり、みんな購買や他の教室へ向かう人がたくさんいる。

 私が一人でお弁当を食べていると、一緒に食べようと隣の席の五十嵐さんが声をかけてくれた。


「ありがとう、五十嵐さん」

弥生やよいでええよ! これから仲良くしよな!」

「ありがとう、や、弥生」


 弥生は満足そうににっこりと笑ってうなずいた。


 しばらくお弁当を食べていると奇妙な噂が聞こえてきた。


「そういえばさ~、うちのおばあちゃん。またあの薬屋の薬で元気になってん!」

「え~! 美香んとこのおばあちゃん90歳やろ~? すごない?!」

「やっぱ『薬屋の翡翠ひすい』のおかげやって」


 卵焼きを口にほおばりながら、その会話を耳にすると弥生に聞く。


「ねえ、『薬屋の翡翠』って?」

「ああ、町で唯一の薬屋やねんけど、そこの店主が翡翠って名前でさ、その翡翠の出す薬が噂やとなんでも治しちゃうらしいねん」


 なんでも治してしまうとはそんなすごい薬屋があるのか。


「へえ~」


 私は興味深く思いながらも、風邪も引かない強靭な身体をしていたため特に縁がないと聞き流した。



 あっという間に放課後になり、帰路につく。

 初日から友達もできたし、一安心などと考えていたら突然後ろから声をかけられた。


「お嬢さん、うちの薬屋の看板娘をやりませんか?」


 ナンパ……?

 はじめはそう思った。だって見るからに怪しい。

 このご時世に珍しく紺色の和服に茶髪、端正な顔立ちに背が高い。180㎝くらいありそう。


「あのー……ナンパなら他でやってください」

「違うよ! ナンパじゃないって! アルバイト募集!!」


 こんな格好でアルバイト募集をするわけ……ん? 薬屋?

 確か今日学校で聞いたのだと薬屋って町で一つしかないって言ってたな。

 もしかして……。


「聞いたことない!? 薬屋のひ・す・い!!」

「ああー!! やっぱり!!」


 やっぱり薬屋の翡翠だ!! こんな若い人だったんだ。

 てっきりなんでも治す薬出すっていうから怪しいおじいちゃんみたいな人かと思ってた。


「ね! ちょっと受付するだけだから!」


 受付するだけ……その言葉に少し興味を持つ。

 だって、引っ越しの時バイトもやめちゃったし。新しいバイトしたいなとは確かに思ってたけど……。


「じゃあ、説明だけ……」

「ほんと!? ありがとう~助かる! 一人で切り盛り大変だったんだよね」

「いや、まだやると決めたわけでは……でも……なんで私……?」


 私は気になったので聞いてみた。


「うなじが綺麗だったから」


(はあ?)


 この人について行って大丈夫だろうか。

 私は一抹の不安を抱えながら、薬屋に向かった。



 薬屋は瓦屋根、木造の日本家屋だった。

 中に入ると木の独特な匂いがする。小さな引き出しがたくさんある棚に低めのカウンター。

 古民家カフェに行ったことがあるけどそんな感じの雰囲気だった。

 すると、店主の翡翠がのれんをかき分けて奥に入っていく。


「あ、あのーここで話をするんじゃあ……」

「こっちですよ」


 なぜか奥に呼ばれる。

 翡翠に続いてのれんをかき分けると廊下があり、しばらくすると庭がでてきた。

 日本庭園の庭石や砂利、小さな池に丸くかかった橋。

 その赤い橋を渡ると、目の前に大きな屋敷がありその中に入ると、先ほどの店と似たような空間が広がっていた。


「またお店……?」


 やがて、一人の人がやってきた。

 その人をよく見ると、ウサギの耳が生えた人間だった。


「え!? うさぎ!?」


 いや、うさぎの耳が生えているわけない。コスプレか。最近はハロウィーンも盛り上がるくらいコスプレ人気だしな、うん、そうだろう。


「おや、美玖様。本日はどうなさいました?」

「最近手が痛くてね、筋肉痛かしら? それに効く薬もらえる?」

「ええ、少々お待ちを」


 そういうと上から三番目の引き出しから薬が入った薬包紙を取り出すとそれを渡した。


「ありがとう、助かるわ。月からだとちょっと遠いのが難点よね……」


 月? え? 月からきたの? この人。


「はい、持続力のあるお薬にしましたからしばらくは大丈夫ですよ」

「ええ、ありがとう、それじゃあまた」


 そういうとうさぎの耳が生えた人はなんとうさぎに変身して去っていった。


(うさぎになった……!?)


 唖然とする私の横で、翡翠が口を開く。


「あの人は美玖様。うさぎの神様です」


 神様……!? え、人間じゃないの? いやでもうさぎに変身してたし……え……?

 手が痛い……筋肉痛………。

 あ! もしかしてうさぎって月に見えるお餅ついたうさぎ!?


「神様って……」


 私はとんでもないところに来てしまったと思った。

 妖怪か何かに化かされているのか?

 ここは何なんだ……。

 答えは翡翠から返ってきた。

 


「ここは神様の薬屋です」


私はとんでもないところに足を踏み入れてしまった―─。

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