第33話 10月6日・仏滅

 その日の朝、俺は機嫌が悪かった。なんとなく布団から出るのが億劫でもぞもぞしていると、ゴミ収集車が去っていた。昨日は珍しく掃除をし、台所に散乱していたゴミを片付けて誇らしい気持ちになっていたのだが・・・

 

 俺は学生時代から部屋の掃除が苦手であった。ごくまれに来客の予定があると、見苦しくない程度には片付けるが雑然としている。言い訳すれば清潔の度合いは人によって異なると思う。姑が窓枠の埃を咎めるような基準でいえば、清潔であったためしはないかもしれない。

 こんな俺でも清掃のバイトをしたことがある。関西発祥?のフランチャイズチェーン清掃業だ。一ヶ月程度の短期間であったが年末の繁忙期で忙しかった。当時俺はバブル崩壊後の就活に失敗して、日銭が必要だったので後先考えず応募した。

 自分の部屋は綿埃にまみれていたが、現場もそう変わらなかった。オフィスや一般家庭など毎日違う現場に行ったが、目に見える範囲はともかく家具や寝具、事務機器を片付けると、見慣れた物体が散乱していた。

 一番楽だった現場は、当時まだ珍しかった億ションの広いリビングだった。モノが少なく生活感が乏しい。ただテレビが大きく革張りのソファは如何にも高そうだった。どんな現場でも終わったときは、「なんという事でしょう」というナレーションが聞こえてきそうだったが、そこはあまりに変化に乏しく達成感がなかった。

 

 勤め人をしていたころ俺の机は汚かった。毎日のルーチン業務の他に進行形の案件の資料やすでに終了しファイリングを後回しにした資料が、積みあがっていた。パソコンの中はファイルやフォルダ―が散乱していた。

 勤め先がISO活動を始めたとき何の因果か俺が6S運動の責任者になった。表面上この件に関して上長と同等の権限があったそうだが、俺は行使する気が起きなかった。正直言ってISO自体を外部監察官の小遣い稼ぎと馬鹿にしていたこともあり、最低限の報告書を作るだけにとどめた。

 それから数年経ったある日、上長が突然キレた。俺に机を片付けて整理整頓をしろといい出した。そして事実上6S活動の主導権を握った。

 その当時俺の営業成績は良くも悪くもなく横ばいだった。金にならない仕事が増え資料の山が決壊しそうだった。俺は古いタイプの人間で紙に出力した資料を好んだ。ノートパソコンやタブレットが支給されなかったので、出先で見るとき必要だったが、改版され不要になった資料を溜め込む悪い癖があった。

 隣に座ってる上長からすればストレスが溜まって仕様がなかったのだろう。俺に当たりが強くなった。怖くなった俺は仕方なく整理整頓を始めた。

 そして今さらながら気づいたが、社内の業務資料の多くは内容が重複していた。さらに紙ベースでファイリングしなければならない。マニュアル通りに処理していたら時間ばかりかかってしまう。週に一度、得意先訪問しない日を作り事務処理に当てたが時間が足らず週末自宅に持ち帰った。(もちろん毎日サービス残業している。)

 机は片付きパソコンの不要なファイルやフォルダーは削除された。6S活動報告書の中身は、専ら自分の業務結果になったが内容は充実した。ただこれを維持するのはご免だったので手抜きをすることにした。社内報告書は内容が重複する場合、添付する資料はどれか一つのファイルにした。見積書や図面、単価表など日々更新が必要な資料は、パソコンから出力する頻度を減らしファイリングは月末のみとした。

 社内資料に関して、俺が手抜きしていても上長は黙認した。自分は馬鹿正直に処理していても内心無駄な作業と思っていたのかもしれない。年イチのISOの内部監査では、上長自身が作成したファイルを提出していた。

 

 勤め人をしていたころ年に数回半休をとっていた。ある日得意先の都合で商談が延期され、納期が近い案件も無く予定がぽっかり空いた。俺は午後納品するついでに直帰することにした。(本当は前日までに届を出すのだが、上長は一言了解といって大概認める。)

 そして帰宅すると庭に見知らぬ人物がいた。そこにいた一回り以上年上の女性が、俺に気づくと事情を説明しだした。どうやら斜め前の家の人らしい。屋根の工事箇所を確認するのに、ウチの庭からだと角度が丁度良いらしい。俺は咎める事もなく聞いていたが、庭がすっかり荒れちゃってと言われたときはカチンときた。

 確かに姉や義兄が来ると自宅や庭がキレイになる。一緒に住んでいるときは姉がこまめに手入れしていた。ひょっとしなくても俺の整理整頓清潔の許容度は広い。悪く言えば不潔なのだろう。自分が不快と思わなければ他人がどう思うと無関心だった。

 スラム街や汚屋敷の住民になるのはご免だが、多少散らかってないと落ち着かない。困った性分だ。


 朝晩冷えるようになって、明け方目が覚めても二度寝するのが常になった。ニートになった俺には目覚まし時計は無用の長物となり、時間の経過を気にしなくなった。

 だが世間は俺を置いてけぼりにして常に動いている。自動車の排気音で玄関先に放置したゴミ袋のことを思い出した。ゴミ集積所は歩いて1分もかからない。寝起きの機嫌の悪さを忘れて布団を蹴飛ばしたが遅かった。俺が気づいたのは収集車が出発する音だったのだ。

 そういえば収集車が何時ごろに来るのか把握してなかった。おまけに勤め人していたころの習慣がすっかり抜け時間にルーズになっている。堕落したものだ。




 



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