第3話: 歴史は繰り返される
もりもり、もりもり、と。
アメーバのように薄く広がって『惑星M』の地表を覆い隠してゆく『肉塊』だが、分かった事というか、意外なモノが見つかった。
それは、地中奥深くにてポツンといくつも点在している、謎の空間だ。
広さは、バラバラだ。
数百平方メートルにも及ぶ広大な空間もあれば、1人が寝泊まりできる程度の広さがいくつも並べられた空間もある。
内部の雰囲気や作りが異なるその空間は、明らかに意図して作られたモノで……共通している部分がある。
それは、ミイラ化した遺体が、いくつもの金属の装置の中に収まっている、というものだ。最初、彼女はそれがなんなのか分からなかった。
だが、その装置ごと内部のミイラを取り込むことで……疑問はすぐに解決した。
結論としては、それはある種の冷凍ポッド……いわゆる
この長期保存というのは、ただ凍らせるわけではない。
特定の手順を厳密の計算をもとに行うことで、人間を生きたまま、老化させないまま、何十年、何百年、長い時を保存し、しかるべき時に解凍して覚醒させるというモノである。
……が、しかし、それはあくまでも、正常に機械が動いているのが前提の話である。
肉体を冷凍保存するのは、非常に繊細な作業である。
冬眠が行えるよう肉体のメカニズムが備わった生物ですら、失敗してしまうことが珍しくないぐらいで、その期間だってせいぜい数ヶ月間だ。
そんな機能が備わっていない生物を、数ヶ月どころか数百年にも渡る時を強制冬眠させて乗り越えようだなんて……ある種の自殺行為と判断されても致し方ない行為である。
『……こんなので、よく冬眠しようと思ったな』
実際、取り込んだ装置から、情報を会得した彼女は……すごい事をやるもんだなあ、と驚嘆していた。
いったいどうして……理由は、この装置そのものが繊細過ぎて、ほんのちょっとした異常が起こっただけでも内部の者が死ぬ構造になっているからだ。
電源の異常がわずかでも起これば、プログラムが誤作動してしま、正確な冬眠手順が継続できず、眠ったままミイラ化する。
振動などで内部の者が少しでも動けば、肉体に掛かる圧の変化によって内分泌液の循環に異常が生じ、そのままミイラ化する。
同様に、内部を満たすガスの循環がわずかでも狂えばミイラ化するし、冷凍するための溶液が劣化してもミイラ化する。
コンマ何秒の一瞬の狂いだとしても、それが放置されたまま10年、20年と経過すれば、それが命取りとなってミイラ化する。
あらゆる不安要素を完璧に防ぎ、何一つ異常が起きないまま正常に稼働し続けたうえで、ようやく100年、200年、冬眠が可能となる……そんな装置だったのだ。
……当然ながら、地表が完全に巨大昆虫で侵略完了した状況で、それが可能なわけがない。
最短で、3日間。最長でも、2ヶ月。
それが、地中に隠れ潜んでやり過ごそうとしていた者たちの、生きた年月であった。死因のほとんどは、電源の供給が不安定になったことによる、そのままの衰弱死。
ミイラ化したのは、年月による経過ではなく、人工冬眠する際に使用される薬液の化学反応によるもの……まあ、いまさら原因を究明したところで、意味はないけど。
各部屋の傍には発電装置……というか、装置を動かし続けるための電源その他諸々の設備があったのだけれども、どうにもならなかった。
いかに長くスタンドアローンで稼働できるようにされてあっても、異常の有無を確認し修復する保守員が定期的に点検を行うことで、初めて理論上の機能が成立するのだ。
保守員がいないどころか、様子を確認する者すらいない中では、ほんのわずかなエラーが死に直結する……残念ながら、そういう話であり、そういう結末であった。
おそらく、この星の住民……巨大昆虫どもに侵略された現地住民たちの科学力で生み出せる限界が、コレだったのだろう。
加えて、昆虫の中には地中を突き進む個体だっていたから、どのみち──というか、現在進行形で荒らされている部屋があるのを彼女は確認している。
既に地表は完全に制圧し、地中に隠れている個体も時間の問題だろう。
一部の冬眠部屋は、事前に見付けた虫たちによって苗床部屋にされているようだが……まあ、見つかっていないのも致し方ない。
地表に比べると、地中はあまりにも広い。
誰にも見つからないまま星の寿命が尽きるその時まで放置されるか、あるいは、侵略生物とはいえ、糧の一つとして命のサイクルの一つとして消費されるか……どちらが良いのか、彼女にはなんとも判断はつかなかった。
『……ん~、肉体構造というか、全体的な造形は人間とほとんど変わらない……のかな?』
とりあえず、彼女としては貴重なたんぱく質であり、あらたな情報の一つでもあるから、『肉塊』の中へとり込む。
ミイラ化しているとはいえ、骨格や筋肉のメカニズムは分かる。
また、臓器も一緒に取り込んだ冬眠装置に保存されていた大量のデータによって、完全に解読が可能となった。
そんな中で、もりもり、もりもり、と。
瞬く間に地中へと広がり、隠れ潜んでいた虫どもを片っ端から食らいつつ、そのまま中心部へ……この星の一切合財を取り込みながら、彼女は思った。
(虫どもの母星に向かうまでの間、これを使って暇潰ししよう)
ちょうど良い遊び道具が手に入ったぞ……と。
……。
……。
…………そうして、だ。
時間にしてわずか二日間程度で、ついに『惑星M』の全てを平らげ、取り込んだ『肉塊』は、昆虫どもの母星へと進撃を開始する。
それは、『連盟種族』といった化け物たち以外の、宇宙を知る者からすれば、あまりにも絶望的な光景であった。
なにせ、惑星が……推定でも直径10000km越えの惑星が、光速の約10%の速度で動いているのだ。
それはもはや、惑星なんて生易しい話ではない。直径10000km越えの、惑星サイズの超巨大隕石である。
その光景を目にした瞬間、間違いなく己の……いや、自分たちの種族の滅亡を想像するだろう。
仮に、地上からソレを見上げたとするならば、だ。
空一面が瞬く間に真っ黒に染まり、太陽の光を遮り、非常に巨大な物体が、スローモーションのようにゆっくりと近付いて来て……そして、終わりだ。
地平線の彼方が赤く光ったと思えば、次の瞬間には惑星間の衝突の際に生じた熱波によって蒸発、あるいは、衝撃波によって塵状になるまで粉々になって絶命である。
ブラックホールから脱出できるような幸運に恵まれて、最初の熱波と衝撃波をやり過ごせたとしても、無意味だ。
直後に、上空数万メートルにまで飛び散った星の破片が、全ての命を丁寧に粉砕し……そして、割れた惑星は『肉塊』に引き寄せられ、混ざり合って一つの物体になるだろうから。
そう、直撃すれば、自分たちが住まう惑星は粉々になる。
かすっただけでも、その被害は文明社会を完全に壊滅させてしまうだけの被害をもたらすだろう。
それこそ、地表の生物の99.999%近くが即死するほどの天変地異を引き起こしながら……で、まあ、うん。
──ぐぎゃー!!
そんな、惑星消滅クラスの危機に直面した、巨大昆虫どもの母星は、それはもう巣を突かれた蜂のごとく、とんでもないパニックになっていた。
そりゃあ、そうだろう。なにせ、母星消滅が目前に迫っているのだから。
昆虫どもの母星は、見た目こそ他の惑星とそこまで違いは見られなかったが……しかし、明らかに普通の惑星とは違う点があった。
まず、星の周囲を囲うように、直径数百キロメートルにも及ぶ物体が数百個……昆虫どもと戦った者たちが『アリ塚』と呼んでいた、昆虫どもの宇宙コロニーである。
なんで『アリ塚』なのか……それは見た目もそうだが、構造もまた似ていたから。
そう、その中身は単純明快、移動式の巨大昆虫の巣。
文字通り、内部では昆虫どもが繁殖を行い、宇宙空間を移動できるにまで育て、先兵として飛び立つ……時には、コロニーそのものを落下させて侵略するという、とんでもない代物なのである。
しかも、この『アリ塚』は内部の昆虫たちによる超能力……すなわち、サイキックバリアによって守られている。
相手をする側からすれば、これほど厄介なモノはない。
なにせ、『アリ塚』はバリアを使って盾として鉄壁を誇る時もあれば、超能力を応用して戦艦としての役割を担ったりもする。
そのうえ、放置しておくと内部でどんどん新たな戦力を生み出してゆくのだ。
『惑星M』の者たちは、総力を結集してなんとか『アリ塚』だけは破壊できたようだが……そこで力尽きてしまい、戦局を覆せないまま全滅……という流れであった。
……で、だ。
迫りくる『肉塊』を前に、『アリ塚』は防御の体勢に入る。全ての『アリ塚』、その中には建造途中もあるけれども、それら全てが全力でバリアを張る。
そうするのも、当然だ。理由は、巨大昆虫たちの生態にある。
簡潔に言うと、この漂流宇宙生物の虫どもは、一匹の女王虫だけがメスを産める。時代の女王を産むとなれば、その生涯に一匹(稀に2匹の場合もある)しか産まない。
つまり、女王虫以外のメスは、オスしか産めないわけで。
女王虫が死ねば、その宙域(あるいは、母星の太陽系)の昆虫たちはいずれ絶滅する生態になっているというわけだ。
そして、女王虫は他の昆虫に比べてとにかく身体が巨体であり、身動きが取れないので、巣(この場合、母星)から動くことができない。
……ここまで言えば、分かるだろう。
ここで母星(すなわち、女王虫)を捨てたところで、絶滅は必至。最悪、母星さえ……女王虫さえ助かれば……そんな決死の覚悟で、昆虫たちの全てが動いている……のだが。
その程度で──『肉塊』が止められるわけがない。根本的に、質量が違い過ぎたのだ。
言うなれば、ティッシュペーパー1枚で10tトラックの突進を止めようとするも同じであり……何百枚重ねたところで、結果は何一つ変わらない。
しかも、『肉塊』は『アリ塚』を蹴散らした傍から取り込み、さらに質量を増してゆくのだ……どう足掻いても、止められるわけがないのであった。
『行けー!! 全速前進だー!!!』
両手を振り上げて暢気に突撃を連呼する彼女を尻目に、『肉塊』を受け止める側の虫たちはもう……阿鼻叫喚なんて言葉では言い表せられない状況であった。
『なんだアレは!?』
『分からない、攻撃だ!』
『デカすぎる、逃げられない!!』
『女王を守れ! 守るんだ!』
『母星を退避させろ!』
『駄目だ、向こうが速過ぎる!』
それは、最後を迎える直前の、虫たち同士で行われた信号……それを言葉にしたものだが、なんとも皮肉な話だ。
多少なり内容を変えるだけで、その断末魔は……彼らがこれまで滅ぼしてきたモノたちの、最後の言葉と同じであり。
言うなれば、因果が廻ったというべきか……あるいは、自分たちの番がやってきたと言い返るべきか……定かではないが。
『──逃げなさい! 子供たちよ! 止めて! 殺すならば私だけを──』
なんにせよ、彼らがこれまで行ってきた時と同じく、どれだけ命乞いをしようが、『肉塊』は良心に欠片の罪悪感すら抱かず──この日、その時、一匹の女王虫を頂点とした生態系が、完全に絶滅したのであった。
……。
……。
…………ただ、一つだけ。
『おほ~、たまんねぇ~、腹の中がパンパンだぜ~』
このたび、数多の生態系を滅ぼしてきた侵略昆虫たちの、さらに上に立った彼女だが……はたして、因果が巡ってくるかどうか。
『しかし、う~ん……あまり取り込み過ぎて恒星になっちゃうと、周囲を無駄に燃やし尽くしてしまうし……ちょっと、考えねばならんね』
少なくとも、仮にその光景を目にした者は……誰一人として、そんな未来を想像できないのは確かであった。
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