第2話: 負けイベント
──そうして肉眼(?)で確認できる距離まで近付いた彼女は、ふむ、と肉塊の中で首を傾げた。
どうしてなのか、その理由を理解するためにはまず、眼下の惑星……そう、黄土色の大地の説明をする必要があるだろう。
その星……星だと該当するモノが多過ぎて説明が紛らわしくなるので、マスタード(色が似ている)……『惑星M』と呼称するが、その星は生物が誕生するには理想的な位置にある。
言ってしまえば、地球とほぼ同じだ。
恒星との距離がちょうど良く、他の惑星との周回軌道上にあるわけでもなく、公転と自転の速度もちょうど良い。
質量の程は不明だが、水を留めておくだけの質量を保持しているのは一目でわかり、火山活動を始めとして、磁場も形成されているのが確認できる。
磁場が形成されているということは、惑星内部の外核部分にて、溶岩のように溶けた金属がグルグルと対流を起こしているということ。
つまり、『惑星M』と呼称する眼前の星は、惑星としてはまだ比較的若い星なのだ。
年老いた惑星は、徐々に冷えてゆく。火山活動も徐々に治まり、最終的には外核で起こっていた対流運動も停止する。
地表は有害な宇宙線に対して無防備に晒される定めにあるが、それは現時点より数億年~十数億年は後のこと……で、だ。
話を最初に戻し、何が言いたいのかと言えば、だ。
『惑星M』は、生物が誕生するに至る要因を全て兼ね備えている。
つまり、環境的な意味では地球の歴史と似たような過程を経て、今に至っているわけなのだから、もっと緑に溢れた環境になっているはずなのだが……うん。
だからこそ、不思議なのだ。
宇宙から見下ろした惑星の地表には、海がある。
陸地があって、火山活動も確認できる。白い雲も見えるので、気流が発生しているのも分かる。
ご丁寧に、『惑星M』には地球の月と似たような衛星までセットだ。これだけ、生命が誕生できるための下地があるのだ。
地表は黄土色だけではなく、様々な色があってしかるべきなのだが……見た感じ、そう見えないが……まあ、いいか。
『とりあえず、着陸するか……』
判断を下した彼女は、そのまま着陸姿勢に入る。
ゴウ、と。
大気圏へと突入する。途端、押し潰された大気の圧縮熱によって、肉塊が高熱にさらされるが……大丈夫、その程度では肉塊にダメージなど入らない。
一瞬とはいえ数千℃の高熱にさらされた肉塊は、そのままの勢いで……大地へと着地した。
衝撃で周辺の地表がめくれ、砂埃が空高く舞い上がり、衝撃波と熱波が放射状に広がり、数百メートル上空まで飛んだ岩石が、パラパラと重力に引かれて落ちていく。
いちおう、砂漠(あるいは、荒野)と思われる地点を狙ったうえで、かつ衝撃を和らげて着地をしたわけだが……まあ、うん。
わずか数メートルの隕石が落ちただけでも、場所によっては相当な被害をもたらすのが、大気圏を突入した飛来物である。
場所を選んだところで周囲に被害が及ぶのは変わりなく、万が一近くに生命体がいたら、衝撃波だけでも即死するほどの破壊力であった。
……で、だ。
とりあえず、彼女は肉塊より触手を伸ばし、アメーバのように地表へと広がりながら……いくらかの触手を大地に突き刺した。
そのまま、ごくん、ごくん、と。
ポンプのように大地を吸って食らいながら、地下へ地下へと触手を伸ばし続ける。その速度、人類が作り出すドリルとは比べ物にならないぐらいに速い。
『おほ~……なんとも心地良い腹触り、豊富な元素の味……う~ん、三ツ星上げたいぐらいだ……』
どうして地下にも伸ばすのかって、地下奥深くへ向かった方が、熱エネルギーも一緒に取り込むことができるからだ。
加えて、磁場が発生するあたり、鉄やニッケルもあるのは確定だ。ともに宇宙ではありふれた物質だが、一か所に集まっているわけではない。
例えるなら、外核にて対流を起こしているソレはドロドロに煮詰めたカラメルソースで、宇宙のソレは中身がすっかすかでふわふわな綿飴……と言えば、想像しやすいだろう。
宇宙空間で掃除機のように小一時間かけて吸い続けるよりも、地下奥深いところにある金属を1分かけて取り込んだ方が、はるかに膨大な量が手に入るのだ。
『それにしても、細かい銅の粒子とかじゃなくて、土で形成されていて一安心……ヨシヨシ、生きている微生物がいっぱいだ……これで、作れるモノが一気に広がるな』
それに、注目すべき点は地下だけでなく、地表もそうだ。
見慣れ過ぎて誰も気に留めない『土』は、実は、宇宙には存在しない物質の宝庫であり、宝の山である。
特に、『微生物』と呼ばれる生物。
あらゆる生命体は、この微生物に生かされていると言っても過言ではない。何故なら、微生物は全ての生命活動の根本を支えている重大な存在だからだ。
どれだけ偉大な生物でも、微生物がいなければ必ず絶滅する。ぶっちゃけてしまえば、微生物が死ねば、全ての生命体もまた絶滅するのだ。
微生物以外にも、ケイ素、アルミニウム、鉄、カルシウム、カリウム、ナトリウム、マグネシウム……それ以外にも、植物の生育に不可欠なリンも……そりゃあ、彼女もテンションが上がるわけだ。
言うなれば、金銀財宝が詰まった袋の中に手を突っ込んでいるようなもので……おまけに、『水』も大量に確保できるのが確定していたのも、彼女のテンションを上げる十分な理由であった。
──グギャー!!
だからこそ、気分良くこの星……『惑星M』を食らっていた彼女は、邪魔が入ったことに……ちょっと、気分を害した。
『……ん? なにアレ? 虫? 昆虫?』
けれども、あくまでも、ちょっとだけ。
どうしてかって、邪魔に入った存在は生き物なのだが、それは彼女が想定していた人型のソレとは違い……言葉通りの姿をしていたからだ。
おそらく威嚇しているそいつらは、なんかデカい。
目測で、約5メートル前後だろうか。
二足歩行の昆虫もいれば、四足歩行の虫も……とにかく、人間だった時の記録にある虫とは、色々と違っていた。
あと、数も多い。
特に、素早い巨大昆虫が接触してきたわけだが、その後方……地平線の向こうから近付いてくる集団は、全て巨大な昆虫であった。
……これはどういう、もしかして、敵として認定された?
巨大昆虫たちの意図が分からない彼女は、気にせずそのままゴクンゴクンと大地を食べていると。
──グギャー!!
威嚇を無視されたと思ったのか、それを理解する知能があるのか、不明なままに、そのうちの一匹がブシュッと謎の溶液を吐きかけてきた。
瞬間、ドジュウ、と。
白煙と異臭が立ち昇る中、肉塊の表面が焼けただれる。それを見て、巨大昆虫たちは嬉しそうにカチカチと
ムググ、ズムン、と。
擬音にすればそんな感じで、焼けて溶け落ちた部分の傷が塞がる。直後、内側より肉が盛り上がり……瞬く間に、肉塊は元の形に再生した。
それを見て激昂した巨大昆虫たちは、小手調べはここまでだと言わんばかりに一斉に飛び立つと、肉塊へ向かって次々に溶解液を吹き付け始める。
巨大な恐竜ですら、一瞬で骨すら残さないだけの……が、残念ながら、巨大昆虫たちが思い浮かべた結果にはならなかった。
何故ならば──既に、『肉塊』は対策を終えているからだ。
もはや、肉塊にとって、吹き付けられる溶解液はただの粘液に過ぎない。むしろ、成分を根こそぎ吸収されて養分に変えられるだけで、何もかもが逆効果にしかなっていなかった。
『ん~、お返しじゃい』
いや、それどころか、逆に巨大昆虫たちは、武器を彼女に与えてしまった。
一瞬で成分を解析し終えた彼女は、巨大昆虫たちが吐き出した溶解液よりも数百倍は強力な粘液を──弾丸のように撃ち出して、巨大昆虫に当ててゆく。
その威力は、もはや生物が出せる代物ではない。
カスる以前に、霧状にまで分裂した粒子を浴びた部分が一瞬で液状化するほどで、呼吸として僅かに吸っただけで、臓器が溶けて次々に落下してゆく。
粘液の弾丸を食らった昆虫にいたっては、当たった衝撃で放射状に広がり──そのまま巨大な空洞を開けて、絶命させていった。
『よしよ~し、貴重なたんぱく質だ、きっちり利用させてもらうぞ』
そうして一方的な虐殺を終えた後は、貴重なたんぱく質の確保である。
宇宙でのたんぱく質なんて、ある意味ではレアメタルよりもよほど貴重だから、素直に嬉しい。
別に作り出せないわけではないが、やはり、作る物と材料が同じ物質であるのが望ましい。
今後どうするかは決めていないが、襲ってきた相手……そのうえ、いくら食らっても気にならない昆虫(見た目の話)となれば、なんら遠慮する必要性を感じなかった。
一つ、二つ、三つ……次から次に、絶命している昆虫たちを取り込み、溶けた溶液も地面と一緒に啜って取り込む。
バリバリ、バリバリ、と。
鋼鉄よりも固い表皮に外骨格だが、彼女の前では無意味だ。
瞬時にあらゆる手段を作り出して細かく砕き、溶かし、吸収してゆく。合わせて、肉塊のサイズもどんどん大きく、体積を増やしてゆく。
なにせ、戦闘中でも構わず地中を掘り進み、常に大量の物質を取り込み続けているのだ。
ぶっちゃけてしまえば、リアルタイムでレベルが上がり続け、HPが全回復し、バフが掛かり続け、より強くなり続けているも同じであり。
それを考えれば、だ。
一匹でもとんでもなく強敵に分類される生物であろうとも、彼女の前では、『貴重なたんぱく質さんありがとうございます~』でしかなかった。
……。
……。
…………そして、それは……まだ異変に気付いていない、押し寄せようとしてくる巨大昆虫たちに対しても、同じで。
『よ~し、せっかくだし作ってやろうかな、私の考えた最強の昆虫……ヘラクレス・ビッグバン・ビートルをな!!!』
この地上においては捕食者の立場であった巨大昆虫たちは、一体の例外もなく、彼女に食われる未来が確定した瞬間であった。
なにせ、巨大昆虫たちの群れが彼女と接触した時にはもう、肉塊の頑丈さはケタ外れに上昇しており……確認できる全ての昆虫が一点突破に動いてもなお、貫けないレベルに達していたからだ。
しかも、ただ貫けないだけではない。
昆虫たちが肉塊に突撃した瞬間、肉塊より伸びる触手が昆虫たちを即死させ、発射する溶解液でもって逃げようとするやつも逃さない。
傷付いたそばから捕食されて補給され、削るよりも治る方が早く、強大化してゆくのだ。
全方向、どの位置から狙っても変わらず、地面から貫こうとしたやつは、そのまま取り込まれて消化され、肉塊の一部になった。
これはもう無理だ……そう判断した一部の昆虫たちが逃げ出そうとしても、無駄だった。
何故ならば……彼女の食欲には限界が存在しない……いや、あるにはあるけど、それは天体規模の話であり、星ひとつ分を食らっても余裕しかないわけで。
本当に逃げ出そうとするならば、『惑星M』から脱出するしかない。
驚くべきことに、巨大昆虫の中には、それを可能とする個体がいた。
他の個体よりも倍以上に大きく、全てにおいて上位互換のような昆虫が、そうだった。当然、そいつらは、他の巨大昆虫よりも圧倒的に強かった。
しかし……それでも、彼女にとっては、ちょっと歯ごたえがあるね、ぐらいの違いでしかなかった。
なにせ──彼女が作った、『ヘラクレス・ビッグバン・ビートル』に手も足も出ないのだ。
その程度で、彼女に勝てるわけがないのだ。
最初は勇敢に突撃してきたそいつらも、しばらくして、勝ち目が全く無いことに気付き……一匹、また一匹、戦線を離脱して、宇宙へと脱出しようとするやつが現れ始めた。
──その頃にはもう、勝敗は完全に決していた。
『惑星M』の重力圏から脱出出来ない昆虫は、彼女に……肉塊に食われ、その一部になる定めであり。
『う~ん……こいつら、侵略生物ってやつ? 星から星を渡り歩いて、餌を母星に送って、食い尽くしたらまた他の星へ……はぇ~、なんともおぞましい生態だな、こいつら』
それは、遅いか、早いか、その程度の違いでしかなくなっていて。
『ほ~ん、こいつら超能力みたいなのができるのか。道理で、こんな肉体構造で宇宙へ出られるわけだ……おっ、テレパシーっぽいのもできるのか? なるほど、それで連携を取るわけね』
彼女にとって、眼前の昆虫どもに情けを掛ける理由もなくて。
『と、いうことは、さっき逃げたやつらの先に、こいつらの先兵なり、母星がある……ってわけ?』
食われる恐怖に巨大昆虫たちが怯え、おそらくは降参、昆虫たちにとっては忠誠を意味する動きをしていたのだが。
『ん~、別に降参しなくていいよ、最後まで抵抗してくれな。おとなしく食われるか、抵抗して食われるか、その違いだし、最後まで頑張ってね~』
グングンと貯蔵されてゆく、様々な有機物と無機物に。
『おっ、逆探知? いいよ、いいよ、私の狙いはもう分かったでしょ? そうだよ、おまえらの母星だよ、美味しそうだね、ここを食べ終えたら行くから待ってろよ~』
彼女は1人(?)上機嫌であった。
……。
……。
…………一方、その頃。
『惑星M』より遠く、遠く、遠く……星々の彼方の先にある、とある太陽系のとある惑星では、異変が生じていた。
「──どういうことだ? 虫どもが、急に侵攻を止めただと? それは確かなのか?」
「はい、攻撃を受けていた全都市から、虫たちが一斉に退去を始めていると、先ほどからひっきりなしに通信が……」
それは、宇宙より飛来してきた侵略者たちが、急に侵攻を止めたからだ。
そう、その星……『惑星エメレスト』と呼ばれている、その星は、3年ほど前から侵略を受け続けていた。
名称、『バグ』。そう、侵略者たちを名付けた。
バグは、あまりにも強敵であった。
この星のみならず、いくつもの星に移住できるほどに文明を発達させた彼ら彼女らの科学力をもってしても、絶望的としか言い様がなかった。
それは、単純な強さだけではない。なによりもこの星の者たちを恐れさせたのは、その圧倒的な物量である。
倒しても、倒しても、キリが無いのだ。次から次に、星の外からやってくる
そのうえ、一匹のバグの戦闘能力も生物の範疇を超えていて……並みの重火器では、まるで歯が立たなかったのだ。
相手をするには、対バグ用として開発されたロボットが必要となった……だが、用意できる数も、速度も、限界はすぐにきた。
10匹倒して一機が壊れてパイロットが戦死しているあいだに、倍の20匹がやってくるような戦いだったのだ。
歩兵の装備では大したダメージを与えられず、一匹のバグを倒すために、数十名の兵士の命を引き換えにした。
そうして、ジリ貧としか言い様がない戦況を、なんとか3年ほど。他の惑星に逃げ出した者もいるが、大した数ではない。
それも、当然だ。
いくら移住できるだけの科学力を持つとはいえ、住んでいる全ての者達が移住できるような、そんな恵まれた星は一つもない。
中には、『これ以上避難して来るならば、問答無用で撃墜する』と暗に、あるいはハッキリと公言するところもあり……もはや、そう、もはや、だ。
星に残った者たち、星に残された者たち、彼ら彼女らは覚悟して武器を手にし、何時己の死の順番が来るのか……そんなのが日常的になっていた。
「ありえん、確実に向こうが勝てる戦いだったのだぞ。それを放棄して……AI診断は、なんと?」
「判断材料が不足しているので、回答を保留する、と。ただ、退却するしかない事情が生じたのではと、AIは回答を……」
「そんなのは分かっている! しかし、そうではない可能性が怖いのだ!」
「──国王陛下、とにかく、退却してくれたのは事実です。ここで少しでも立て直しを図らねば、再侵略の際には今度こそ……」
「分かっている。だが、それができれば苦労はない……既に、我が国だけでなく、この星はどこもかしこも疲弊しきっているのだ」
だからこそ、不気味だったのだ。
無造作に、どこまでも無機質に、あらゆる者を食らって、殺して、侵略を続けていたバグたちが、ここに来ていきなり退却していった、その理由がまったく分からないから。
「……不気味だ。あまりにも……いったい、何が起ころうとしているのだ……?」
そう、分からないというのは、ある意味では、あらゆる兵器よりも……相手に恐怖心と焦燥感を与える。
それを、バグたちが知っているかどうかは、戦っている者たちには分からなかったが……なんにせよ、友好的な戦法であることには、変わらなかった。
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