第18話 色のない世界へ

 私はあれからライム先輩と約束していた「デスト・アヴニール」について調べていた。大図書館には数多くの本が置かれていて、「デスト・アヴニール」のことが書かれた本もよく見つかった。



「デスト・アヴニール」



 それは、ローレンが魔法を求めた結果、禁忌の魔法を手にしてしまう。事件を起こした張本人である未来学部1年生の「アルノ・ヴニール」は自我を失い、無差別に魔法を放ち続けた。確かに魔法を求めるローレンは彼のようになりかねない。禁忌の魔法は学園側が保管し、誰も手にできないよう仕掛けが施されていると書かれている。色々な本を見てもどれも同じようなことしか書かれておらず、禁忌の魔法の正体もアルノがどうやって禁忌の魔法を扱ったのかも、ライム先輩やライム先輩が言っていた「イカロス・プーぺ」という工学部の部長さんも一切言及がなかった。


「特に収穫なしか……」


 先生や生徒たちに聞いても結局は突っぱねられるのがオチだと分かっていたから、聞くこともしなかった。無駄に人と言い争いたくもなかったし、秘密部のことを嗅ぎ回られたら厄介だから音を立てずに去るのが1番だと思いながら、今日も部室へと向かった。


 すると、何やら部室の中から誰かが言い争っている声が聞こえた。私は中にいる人にバレないように扉に耳を当てて中の声を聞き入れる。



「ワシは、認められんぞ」


「ボクはキミの夢を叶えようとしたんだ。それに前からそういう約束だったはずだよ?」


 どうやら中でライム先輩とギードが言い争っているようだった。まあ、秘密部の部室だからその二人だろうとは思っていたけど、言い争うのは珍しいかもしれない。


「それでも、ファルをその世界に連れて行くのは嫌なんじゃ。もし行かなければいけないならワシが行く!」


「キミはダメだよ」


「どうしてじゃ! ファルを危険に晒したくはないんじゃ……」


「でも、キミはファルに事件を解決するようにお願いまでしていた。その事実は変わらないんじゃないかい?」


「それは……」


 話の内容から私が何か危険なことに巻き込まれるかもしれないということがわかった。そして、おそらく「デスト・アヴニール」に関する内容であろうとも推測できる。それなら、私はライム先輩が私にくれた恩をここで返す絶好の機会だ。私は、すぐに部室の扉を開けた。


「あ……ファル……」


 ライム先輩が私の方を向いてそう言葉を漏らした。


「いいところに来たね。ファル」


 それに対してギードは生き生きとした声を私にかけてきた。


「さっきの話、聞いちゃいました、すみません」


「別にお主が謝ることでは……」


「デスト・アヴニール事件に関してなにか進捗があったんですか?」


 私がそう問いかけると、ギードはすぐに口を挟んだ。


「実は、ライムはボクに事件の謎を教えて欲しいとお願いされていたんだ。そして、その謎を解く鍵を用意したんだよ」


「鍵?」


「ボクは、夢の案内猫だ。だから、その夢も叶える義務がある」


 よく分からない主張だけど、ギードに協力してもらった事実は変わらないからここは取り敢えず話だけでも聞いておく。


「そこで、ボクはこの魔導具を作っていたんだ」


 ギードがその言葉を放った直後にどこからか指パッチンの音が鳴り響いた。それと同時に光が突然現れて視界を奪われる。


 そして、再び視界を取り戻したと思えば、そこにはさっきまでなかったはずの3m以上ある大きな時計が突如として現れた。


「でかい……」


 私とライム先輩は二人して同じ言葉を呟いた。


「これは『時空間装置』という過去の事象を見ることができる魔導具さ。この魔導具を使って事件当時を見に行き、ライムの夢を叶える寸法さ」


 ギードは突然とんでもない魔導具を出してきた。今までに見たことがないし、過去の事象を見ることができるって危険が詰まった魔導具だとすぐに分かる。


「どうやってこんなにでかい魔導具を出したの?」


 私はこの魔導具を出したことにも驚いたけど、この魔導具をどうやってここに出したのかが気になって仕方がなかった。


「ここにワープで飛ばしてきたのさ」


 その答えはあまりにアルティナの使いらしい発言だった。さも当たり前にように凄いことを成し遂げる感じもギードらしい。


「あと、途中で聞こえた指パッチンは? どうやって鳴らしたの?」


「ボクの指だよ」


「嘘でしょ……」


 もはや猫とは何かすら怪しくなるようなことを平気で連続でやってくる。おそるべしギード。

 私はその後、召喚された魔導具を間近でマジマジと見つめる。時計は長針と短針がしっかり動いていて、時刻も正確だった。ただ大きいだけのようにも感じる木製でできた鳩時計。時計をじっくり見ていると時計の中心、針が回る本の場所が何かボタンのようになっていて、押せそうだった。


「ギード、このボタンって何?」


「過去を覗くことが出来るボタンさ」


「なにそれ……」


 ギードは言動は全体的に怪しいから、少し信じられない。


「ああ、押すと起動していつでも動かせるようになるだけさ。気になるなら押してご覧?」


 私はギードのことを信用しきっている訳じゃない。だから、容易に勢いに流されないようにしないといけない。


「私は押さないよ。何があるか分からないし、もっとこの魔道具について教えてもらわないと」


 そうギードに告げて様子を伺う。すると、ギードは、ため息を吐いて時計に向かい、言葉を残す。


「ボクは手荒な真似はしたくないんだけど、命令だからね。ごめんね、ファル」


「ファル……!」


 突然ライム先輩の私を呼ぶ声が聞こえてきた。すると、次第に私の頭の中に色々な情報が入り込んできた。学園に来てから見た夢や実際にあった出来事、嫌味な言葉と無数の濁った色が混ざり合う。濁流に流されているかのような感覚が私の思考を遮ってくる。頭が動かない。痛い。冷たい。苦しい……


「私は……」


 気がつくと私は無意識の内に時計のボタンに手を掛けていた。どうしてそんなことをしたのかなんてまったく分からない。そんな状態でさらに頭の中に無数の言葉が溢れてくる。


「私はライム先輩を救いたい」


「私はライム先輩を救いたい」


「私はライム先輩を救いたい」


「私はライム先輩を救いたい」


「私はライム先輩を救いたい」


「救いたい」


「救いたい」


「救いたい」


「救いたい」


「救え」


 もう何も考えられなくなっていく。救いたいという感情が私を押し潰し、他の感情は徐々に薄れていった。


「分かった」


 


「だめじゃ!」


 その瞬間、ボタンは私の手によって押された。そして、頭の中に侵食してきたあの言葉がすっと消えて、解放されたように心も体も軽くなる。ボタンが押されたからか次第に時計の表面が突然歪みだし、針や数字が書かれた盤が黒く澱んだ色へと切り替わっていく。


「行ってらっしゃい」


 ギードは低い声で突然そう告げたその瞬間、


「色のない世界へ」


 私の視界は一瞬にして闇の中へと引き摺り込まれていった。





 気が付くと、そこは何も見えない真っ暗な世界だった。目は開けているはずなのに、何も見ることが出来ない。私は身体を起こしてその場で立ち上がり、服を表面についたザラザラとしたものを振り払う。


「ライムせんぱーい! ギードー!」


 私はおそらく入ったであろうあの魔導具を探しながら、ライム先輩とギードにひたすら呼びかけ続けた。けれど、全く返事がない。周りは一つも灯りがなく、自分の手や足すら全く見えないほど暗闇で精神的に少し心細い。もうこの際、あの意味深なことを告げていたギードでもいいから横にいて欲しいと思うほどには不安な空間だった。

 確かギードは、「色のない世界」って言っていた。もしもこの場所がその世界なら、ずっとこの暗闇のままなのだろうか。それに、ライム先輩は大丈夫だろうか。心配だけど、今は巻き込まれていないことを願うしかない。

 私は不安になりながらも勇気を出して一歩ずつ前に進んでいく。その間もライム先輩のことを呼び続けたけど、一向に返事がなかった。普通に歩くよりも体力を大きく消耗するせいか疲れがすぐに溜まっていく。私は少し休もうと思ってゆっくりと腰を下ろすと、後ろから何かの気配を感じた。


「誰?」


 後ろを振り向くと、そこには黒い世界の背景に黄色く丸い形の光がくっきりと映っていた。丸の中は縦長のひし形をしており、まるでくり抜かれているかのように見える。私はギードだと思って声を掛ける。


「ギードなの? どういう状況なの? 教えてよ……」


 私がその物体の目の前に行くとその光は瞳のように私と焦点が合った。その瞬間、背筋が凍るかのような感覚に襲われた。そして、それと同時に私はとある音を耳にする。少し甲高い靄のかかった誰かの唸り声のような音。それは少しずつ靄が消えていくようにその声の輪郭がはっきりとしてくる。その時間はまるで木の裏に隠れたシルエットがただの動物か魔物かを見定める時のように緊張感が走る。


「やあ、ファル。無事に来れたみたいだね?」


 突然聞こえたその声の正体がギードの声だと明確になった。その途端、色々なことを聞きたいという衝動が抑えられなくなる。


「ギード、ここはどこなの?」


「色のない世界だよ」


「色のない世界ってどういう場所なの?」


「それにあの時私に何をしたの?」


「ボクは何もしてないよ?」


「そんなはず……ゔっ……」


 その瞬間、意識が失ったような感覚に襲われた。でも、すぐに意識を取り戻した。


 あれ?


 ギードって、何かしたっけ?



 ギードは約束を守るいい猫


 ギードは約束を守るいい猫


 ギードは約束を守るいい猫


 ギードは約束を守るいい猫


 ギードは約束を守るいい猫


 ギードは約束を守るいい猫


 ギードは約束を守るいい猫


 ギードは約束を守るいい猫


 ギードは約束を守るいい猫


 ギードは約束を守るいい猫


「ギードは約束を守るいい猫」


「じゃあまずはボクについてきてくれるかい?」


「わかった。道案内、よろしくねギード」


「ああ、ボクの目を見逃さないでね?」


 私は見逃さないようにギードの目の光を見つめ続けた。ギードのことは少しだけど、信用している。会った当初のことはよく覚えてないけど、夢を叶えてくれるいい猫だから。

 私がギードのことを知りたいって思ったんだから、最後まで向き合わないと。


「ちなみに、この先には何があるの?」


 私は単純な疑問をギードに問いかける。


「それは着いてからのお楽しみだよ」


 この前言ってたことをそのままそっくり返してくる。でも、辺りは真っ暗でどこかへ繋がっているとは到底思えない。ギードの光がないと目的の方角も分からないし、足元も見えなくて躓かないか不安になるから慎重にゆっくり歩くしかない。


「ギード、もう少しゆっくり歩いて欲しいんだけど」


「仕方ないね、少しだけだよ」


 ギードは私の言うことを聞いてくれる。前までは、どうだっただろう。少し記憶が曖昧で思い出せない。でも、悪い猫ではないのは確かだった。


 その理由は……



「ファル、もうそろそろ目的地だよ」


 ギードは私が考えていることを遮るように報告する。私はそれを聞いて辺りを見渡していると一箇所だけ光が上から当てられていた。


「それじゃあ、ボクはここで失礼するよ。また後でね」


「え? ちょっと待って!」


 私のその声を虚しく、ギードはどこかへと消えていってしまう。


「ギードー! これからどうすればいいのー?」


 大声で呼びかけてもギードからの返事は一切なかった。


「どうしよう……」


 辺りは真っ暗で、分かることといえばあの光が当てられている場所があることだけだった。


 それなら、もう行くしかない。

 私にはもはや他に選択肢はなかった。もし何かがあればギードを恨むしか……



 ギードは誠実な猫


 ギードは誠実な猫


 ギードは誠実な猫


 ギードは誠実な猫


 ギードは誠実な猫


 ギードは誠実な猫


 ギードは誠実な猫


 ギードは誠実な猫


 ギードは誠実な猫


 ギードは誠実な猫



 恨むならボタンを押した私だと思いながら、その光へと近付くことにした。

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