第17話 夢が叶う
「おはよう!」
部室の扉を開けてそう挨拶をすると、そこには椅子に座ってギードの尻尾を掴んで遊んでいるライム先輩の姿があった。
「おう! ようやく来たか!」
「いいところに来たファル。助けてくれないかい?」
ギードは私に上目遣いで訴えてくる。
「可愛い……」
私は気が付いたらその言葉を残していた。ギードは性格こそ悪くても見た目は可愛らしい黒猫の姿をしている。そう思ってしまうのも仕方ない。
「可愛いのはいいけど、助けてくれ」
ライム先輩はその場で立ち上がり、ギードはようやく解放されたかのように窓から逃げていく。
「それじゃあ、魔法の練習を始めるかのう!」
結果的には、お互いが納得する形で解決したからいいかと、話は魔法の練習へと移行する。私は椅子に座り、ライムが正面に立って私に指示を出す。
「それでは、魔法をこれから伝授していくぞ」
「よろしくお願いいたします!」
「まずは、この間入れた水がこの机の上に置いてあるから、またあの時と同じように水が動いていることを想像してみるんじゃ」
「想像……」
「心を落ち着かせてから、目を閉じるんじゃ」
私はあの時と同じように水が鳥のように羽ばたくことを想像し、目を閉じた暗闇の世界に水を映し出した。一通り終わったら目を開けて深呼吸をする。
「いい感じじゃな、次はそれを魔導書に書いてある手順で行うんじゃ。まずはこの水を自在に操る魔法を実践する。これは水を扱う魔法の中では全ての基礎になるから非常に重要じゃ。心してかかるようにな」
「はい!」
それから一通り魔導書の説明と実践での注意点、魔法を扱う時のコツなど様々なテクニックを教わった。
「魔法を使う時は想像力が大切じゃ。不可能だと思えばその時点で魔力の流れは断ち切られる」
「わ、分かりました」
それでも中々上手くは使えなかった。水も一つも動かないし、実際に魔法を使っている感覚にはならなかった。それでも諦めない。まだ始まったばかりだからこそ、ここが踏ん張りどころだ。
「少し力み過ぎておる。魔法は力ではない」
「はい!」
「あのグラスの水を掬い取る感覚じゃ。掴むのではなく包み込むように想像してみるんじゃ」
「難しい……」
「諦めたら夢は叶わんぞ!」
「は、はい!」
ライム先輩は教えは時に優しく、時に厳しい。でも、こうして魔法を教えてもらえることが幸せだし、私自身も楽しくて仕方がなかった。
それから日が暮れるまでライム先輩が付き合ってくれた。それでも、そう簡単には魔法は使えない。
「今日は、この辺りで終わっておこう」
「まだ行けます!」
私はまだやりきれていない。自分に残された余力がある限り、使い果てるまでやりきりたかった。
「ダメじゃ。まだ一日目じゃろう? 一朝一夕で出来るものではないぞ」
「それでも、まだ出来ることがあると思うんです!」
私は自信を持ってそう告げた。私の心はまだ太陽のように熱を持ってる。だから、諦めるなんて絶対にしない。
「…………お主の本気、伝わってきた! もう少しだけ付き合ってやろう。じゃが、無理は絶対にさせんからのう!」
「はい!」
少しずつ本で読んだ体育会系の部活動みたいな活気が溢れてきたように感じる。そうして、一日はあっという間に過ぎていき、もう日は沈んでいた。
「もう終わりじゃ! ワシも疲れたぞ……」
「私はまだ……」
私は踏ん張って立ちあがろうとすると、少し視界がくらむ。
「危ない!」
ライム先輩が私のことを支えようとするも、その行動も虚しく私の体を貫通した。そして、私はなんとか机に捕まって転けずにすんだ。
「じゃから気を付けろと言ったんじゃ! やっぱりお主はバカ真面目じゃな!」
「もはや、反論できないですね……」
私はその場で座り込み天井を眺めながら身体を落ち着かせる。流れてくる汗を拭っていると、白くてふわふわしたタオルが視界に入ってくる。私は振り返って机の上を見ると、ギードがタオルを咥えながら持って来てくれていた。
「お疲れだね、これはプレゼントだよ」
「え? ありがとう……」
ギードが気を遣って私にタオルを渡してくれるなんてあまりにも意外だった。
「ギードが気を遣うなんて珍しいのう」
「いつも言っているよ。ボクは誠実だってね」
「また、尻尾触らせてくれるか?」
ギードはライム先輩の言葉を無視して窓から飛び出していった。まさかこのタオルを渡すためだけにここに来たんだろうか。ちょっとは可愛いところもあるなと心の中で感じておこう。声に出したらまた偉そうに、「当たり前さ」とか言ってくるはずだ。
「まあよい、ギードは気まぐれじゃから、また来た時にでもお願いしようかのう」
多分だけど、ギードはもう触られたくないしライム先輩と少し距離を取っているような気がする。何があったか分からないけどそっとしておこう。
そういえば、ライム先輩とギードの関係について聞くのを忘れていた。せっかくのタイミングだし、聞いてみることにした。
「ライム先輩ってギードとはどういう関係なんですか? 昔から知り合いだったとか?」
「あー、彼奴はワシの夢を叶えてくれた猫なんじゃ」
「やっぱり私と一緒なんですね」
「そうじゃろうなあ。ワシは幽霊じゃからもう何にも触れることが出来んのじゃ。そうして40年経った今、なぜかあの黒猫が現れて、「ワシの夢になる」と言っておったんじゃ」
「ほとんど一緒だ」
死んでることと死んでから40年以上経っていること以外は一緒だ。
「ワシはその時、物に触れたいと言ったんじゃ。ワシはこの部屋で40年もいたのに、物にすら触ることが出来んかった。部屋からも出られないとなれば、暇で仕方なかったんじゃよ。どうせワシはもう死んでおるから最後に願いを叶えるのも悪くないと思ってのう。人間として不自由ない身体を要求したんじゃ。そうしたらこの通り、手も足も人間だった時みたいに動かせるようになった。そうしたら、お主まで現れて毎日が楽しくて仕方ないんじゃよ」
ライム先輩は本当に楽しそうにそう語ってくれた。一緒にいて毎日が楽しいなんて言葉、言われたことがなかったから、心から嬉しかった。
「私も毎日が最高に楽しいです。ライム先輩と出会った時はちょっと話しずらいなって思ってましたけど」
「そ、そんなに変じゃったか?」
ライム先輩は慌てたように声をあげる。
「でも、話す度に本当に優しくて、ちょっと不器用だけど頼もしくて、立派な先輩だなって思ったんです」
「ファル……」
「な、なんか恥ずかしいですね……こういうの……」
自分で言っていて少し照れくさくて、言葉が詰まる。私が恥ずかしがっていると、ライム先輩が隣で顔を赤らめているようだった。
「ライム先輩?」
私が声を掛けるとその場ですぐに立ち上がった。
「ま、まあ、ワシは立派な先輩じゃからな!」
「少しは頼っても……いいよ…………」
だんだん声が遠ざかっていくかのように小さくなっていく。そして、また語尾が変わった。
「あの……前から気になってたんですけど、どうして語尾がおばあちゃんみたいになるんですか?」
「へ?」
その質問をするや否や変に高い声がライム先輩から発せられた。
「そ、それは……好きだった小説の人物がこんな感じだったからで……一人で何もすることがないからその人物になりきってたら、染みついたというか……」
「もしかして、40年間ずっとそのキャラになりきってたってことですか?」
「そ、そういうことじゃ!」
なんだか、ライム先輩は思ったよりも変な人なのかもしれない。40年間何もすることがないとそうなってしまうんだろうか。してみたいかと聞かれたらしたくないけど、少しだけ気になってしまう。
「それよりも、次はお主の番じゃ! ファルはどうやってギードと出会ったんじゃ?」
「私は、魔法使いになりたいって思ってたら変な黒猫に導かれて、気付いたらここにいたんです」
それから私とギードの関係性をライム先輩に話した。話している最中に改めてギードが変な奴だと思わざるを得なかった。ライム先輩に聞いても結局謎であることに変わり無い。そんなことをずっと話している時間だったけど、そんな時間も楽しくて幸せだ。
「それじゃあ、そろそろ帰りますね」
「え?」
私の言葉にライム先輩は悲しげな小さい声を発した。
「な、なんでもない!」
「ライム先輩って素直じゃないですよね?」
「う、うるさいぞ後輩!」
ライム先輩はやっぱり素直じゃない。でも、そこがライム先輩の可愛らしくて素敵なところだと感じる。
私が帰ろうとするとライム先輩は小指を突き立てて私の目の前に差し出してきた。
「お主が魔法を使えるようにワシは頑張るからのう! ケジメじゃ!」
「それじゃあ、私はライム先輩が寂しくならないように一緒に仲良くしますね!」
私は差し出された小指に触れられずともそっと添えた。
「ファル……お主ワシの扱いがだんだん酷くなっておらんか?」
「尊敬できる先輩です☆」
「明日からさらに厳しく教えるから覚悟するんじゃな」
「げっ……」
それから毎日学園がある時は放課後に、休日は一日中秘密部の部室で魔法の鍛錬を行った。中々上手くいかない魔法の難しさに投げ出してしまいたくなるけど、そんな時はライム先輩が背中を押してくれる。。だから、私はその期待と約束を果たすという強い意志で鍛錬を乗り越えた。
そして、その日々から3週間ほど経った。少しずつ魔導書も覚えられるようになり、昨日は少しだけグラスの水を揺らすことに成功した。だからこそ、今日で水を自在に操る魔法を扱えるようになりたい。私はいつものように学園生活を乗り越え、秘密部の部室に入る。
「おはようございます。先輩」
「待っておったぞ、昨日の続きから始めるとするか!」
「よろしくお願いします!」
それから昨日と同じようにグラスに入った水を操るために何度もしたが、中々魔法が実ることはなかった。
そして、時間も大きく流れ、もう日は落ちてしまっていた。
「そろそろ終わりにするぞ」
「分かりました」
私は最後の力をこの一回に乗せる。
グラスに入った水を見つめながら手を前に差し出し、水が動くように想像する。
「水が動くように……」
前みたいに鳥が羽ばたくとかは考えず、水を掬って宙を舞うように軽く浮かせることをイメージする。
すると、グラスの水の表面が少しだけ揺れ始めた。
「そのまま魔力を注ぐんじゃ。何かあれば、ワシが助けるから安心して実行するんじゃ」
ライム先輩の声もしっかり聞いて、その言葉を胸に魔力を流すように想像する。
そして、ふわりと浮くかのようにイメージして、軸をぶらさないように心をさらに落ち着かせる。すると、魔力の流れが眼に見えるかのようにぼんやりと映る。
「魔力の流れを感じたか?」
「はい」
「そうしたら、自分の思う瞬間に魔力を注ぎ込むんじゃ」
私はぼんやりとした魔力の流れが一瞬だけはっきりとした時、魔力を一点に注ぎ込んだ。
結果は…………
「浮いた……」
目の前には、グラスの形をそのまま保ったままの水が少し揺れながらも上空に浮いていた。私はハッと息を吸い込み、目の前の光景に唖然とする。
「出来たんだ…………私にも、魔法が使えました! 先輩!」
その瞬間、私はライム先輩に飛び込まずにはいられなかった。すぐに抱きついて、喜びを分かち合った。
「おめでとう! ファルは凄いやつじゃ!」
私は自然と涙が溢れてくる。これは悲しみの涙じゃない。辛さからくる限界の涙じゃない。正真正銘、喜びと達成感からくる涙だった。
学園に来てから思ったよりも早かったけど、学園に来る前の5年前からこの日のために魔法を求めてきたんだ。ようやっとの思いでここまで来た。ライム先輩もいっぱい助けてくれて感謝してもしきれないし、学園に行くことを許可してくれたお母様や支えてくれた孤児院のみんな、そして師匠がいてくれたからここまで辿り着けたんだ。
「ライム先輩、本当に……ありがとう!」
ここまで泣いたのはいつぶりだろう。泣き顔は誰にも見せたくないけど、今だけはどうしても我慢ができなかった。本当に、魔法を信じて、ここまで頑張ってきてよかったと心の奥底から言える。
でも、これがゴールじゃないんだ。私は「魔法使いになること」を約束として師匠と交わした。でも、その真意は「魔法使いになること」だけじゃない。
私は魔法使いになって、師匠に助けられたように、同じ生きる意味を失った人たちを助けたいんだ。
だから、ここはまだ通過点。ここからさらに大きな目標を叶えるために、魔法を使いこなして偉大な魔法使いになるんだ。
「私、まだここから偉大な魔法使いになるために日々鍛錬を忘れません!」
私はライム先輩に向けて精一杯の力を込めて宣言した。
「お主ならきっと出来るじゃろう。応援しておるぞ」
ライム先輩は私のことをそっと抱きしめてくれた。
あの日はもうずっと涙が止まらなかった。それでも、これだけは覚えている。私は夢を叶えることができたということを。
きっと諦めなければ、夢は叶う。
不可能なんて、この世にはないんだと。
魔法を求め続けてよかったと。
「魔法なんて……求めなければよかった……」
「え?」
私は、その言葉を夢の中で耳にしたことを思い出してしまった。
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