年老いた英雄達
魔王となってから、人に感謝されたのはいつぶりだろうか。
マナリアと共に過しているため、彼女の感謝の言葉を聞くことはあれどそれ以外の人から“ありがとう”と言われた事など、少なくとも私の記憶には無い。
あの戦争と言う狂気に飲み込まれた男は、ただ家に帰りたかっただけなのだ。
その理由を私が作ってあげたのである。
その家が、魔物によって滅んでいるかは知らないが。
久方ぶりに人に感謝され、魔王と降臨したことにより安らかな日々を送る人が一人でもいたのだと実感した私は、なんとも言えない感情を胸に抱きながら我が家へと帰る。
何度も言うが、私のやっている事は決して正しくはない。
だが、その自己満足とも言える偽りの正義によって平穏な日々を取り戻せた者もいる。
少なくとも、私がやっている事が完全な間違いではないのだと、何となくそう思ってしまった。
「おかえりなさいお爺ちゃん。どうでしたか?」
「“ありがとう”と言われたよ。マナリア以外の人に礼を言われるとは、長生きはしてみるものだ」
「それは良かったです!!少なくとも、その方はお爺ちゃんに救われたんですよ!!」
「........だといいがな」
まるで自分の事のように喜ぶマナリア。この子は私の苦悩を知っている。
そんな中で、一人でも感謝をする者が現れたのが嬉しかったのだろう。
世界的に言えば、私を憎む者の方が圧倒的に多いのだ。
「あ、お爺ちゃんにお客様ですよ」
「ほう。私にか。とは言っても、この地に来る客人は一人しかおらん。魔王を討伐する英雄でもない限りな。そうだろう?ゾーイ」
「なんだい気がついていたのか。昔は魔法に頼りきった気配探知しか出来なかった奴が、随分と鋭くなったものだね」
「魔王となると決めたのだ。例え、お前が再び剣を持ったとしても、決して負けぬようにな」
「剣はいつだって持っているが?」
「そういう意味では無い」
振り返ると、そこには若干色の抜けた赤髪をした老婆がいた。
シワが増えても尚その顔はたくましく、背筋は私よりも伸びている。
大男が持つことすら出来ないような巨大な剣を背中に背負いながらも、その腕や身体はあまりにも細かった。
勇者ザレドと共に魔王の討伐に尽力した英雄の1人、大剣豪ゾーイ。
当時は二十歳そこそこの野蛮な女であったが、歳を食えば人は変わるらしい。
その好戦的な笑みは未だ健在だが、闘志は感じなかった。
「旧友が友人の心配をして顔を見せに来たと言うのに、茶のひとつも出さんのか?これなら前の魔王の方が礼儀正しかったかもな」
「家族は良いのか?」
「なぁに。夫は既に他界し、孫たちも大きくなって曾孫も見た。アタシには十分すぎる余生だよ」
「羨ましい限りだ」
ゾーイはそう言うと、背中に背負った大剣を地面に突き刺して腰をかける。
剣は己の魂であり、生涯を共に過ごす友であると教わる騎士達が見たら発狂してしまいそうだ。
「ふぅ。死ぬ前にもう一度ぐらい友人の顔を見ようとここまで来たが、年老いた身体には堪えるねぇ........アタシたちも随分とジジイとババァらしくなったものだ」
「全くだ。墓にはなんと書いて欲しい?」
「お前の言葉なんざいらんよ。アタシは後20年ぐらいは生きるつもりだからね」
「なるほど。そう書いておくとしよう。花の費用は孫にでも請求するか?」
「........」
冗談を言うと、私を軽く睨みつけるゾーイ。
彼女は、魔王討伐後に国に残ることなく旅に出た。
理由は“まだ見ぬ世界を見てみたいから”。
大剣豪ゾーイは、自分より強いやつと戦いたがる癖がある。当時の私達は、どうせ道場破りの旅をするのだろうと笑いあっていたものだ。
それから数十年後。
今度は私がその背中を追うように旅に出たある日、偶然ゾーイと再会したのである。
その時には既に家庭を持っており、子供まで産んでいたのだから驚きだ。
あの、“自分より弱いやつに興味は無い”と言って、言い寄ってくる男共の骨をへし折り笑っていたゾーイがだぞ?
ザレドですら、半笑いを浮かべながら“もうその辺にしてあげたら........”と引いていたあのゾーイが、結婚したんだぞ?
そりゃ、彼女を知るものならば誰でも驚き、そして自分の目を疑うだろう。
私だって最初は別人かと思い、他人行儀に話していたものだ。
「曾孫まで生まれたのだな。めでたいものだ」
「今の魔王に祝われても嬉しかないさ。今のお前は世界の敵。この世界を滅ぼさんとする、地獄の帝王なのだからな」
「それ以外の方法が私には思いつかなかった」
「責めているわけじゃない。アタシなんてのうのうと旅に出て、友人達の墓にも顔を出していないのだぞ?全く........お前と再会したあの日、ザレドとクリスティナが死んだと聞かされた時はタチの悪い冗談かと思ったものだ」
当然だが、私と再会するまではゾーイは二人の死を知らなかった。
私がその事を告げると、最初は冗談だと笑い飛ばし、真剣な表情を浮かべる私を見て見たこともない顔で困惑していたものだ。
そして最後には“嘘だ!!”と言って暴れ始める始末。
慌てて街の外に引きずり出したから良かったものの、あのまま暴れさせていたらあの街は滅んでいただろう。
ゾーイの剣は、一太刀で山をも斬る。
家庭を持ち、子供を産んだというのに、その力は衰え知らずであったゾーイの剣はいとも容易く山を切り裂かんとしたものだ。
私が被害を抑えてなければまず間違いなく、山は真っ二つに切り裂かれ、天は分かれ、大地は崖となっただろう。
「私も同罪だ。魔法の研究に明け暮れて、貴族や王族達の動きに注意を払っていなかった。人が、ここまで愚かだと私は知らなかった」
「知っていたはずさ。旅の中で私たちを付け狙うクズはごまんと居たのだからな。まだ魔族の不意打ちの方が可愛いぐらいだったのを覚えている。結局、アタシ達は信じてしまったのだよ。人は生まれながらにして善であると」
ゾーイも私も、魔王を倒せばその先は勝手に平和になると思っていた。
いや、ザレドやクリスティナも思っていたことだろう。
しかし、それはあくまでも手段のひとつであり、目的ではなかったのだ。
魔王は確かに直接的な平和を壊す要因ではありながらも、決して魔王を倒した事で平和が自ずと手に入るはずもないのだ。
私達はそこを失念し、その後を怠った。
「どうすればよかったのだろうな。毎日毎日、自問自答の日々だ。ゾーイ。私は、私達は何をすればよかったのだろうか?」
「アタシに聞くんじゃないよ。そういう答えはいつだってザレドが出してきた........と言いたいが、正直な話私にも分からない。正解はあったと思うかい?」
果たして、何を持ってして正解とするのだろうか。
それを含めて、ゾーイは私に聞いている気がした。
「........戦争を遅らせることは出来ても、平和を維持することは難しかっただろうな。人が生きている以上、真に平和は訪れることは無い。私達が四人で旅をしていたあの時ですら、喧嘩はしたものだ。その規模が大きくなれば、被害もより大きくなる」
「残念だねぇ。私達がしたことは、無駄だったわけだ。妹の仇は取れたが、あいつが望んだものは手に入らないどころか、最悪の結果を招いた。そしてまた振り出しに戻ってしまった........これからどうするつもりだ?」
ゾーイは私にそう聞く。
私は、亡き友の二人に向けてこういうのであった。
「人が、真に平和を勝ち取るまでは、この世界で約束を果たそうと思う」
「ははっ!!そりゃいい。アタシは先にあの世であの馬鹿どもとその様子を見させてもらうよ。子供がいる手前、魔王の真似事はできないのでね」
「流石の私も、お前を誘うつもりは無い。が、子が天に来ても降りてくるなよ?」
「舐めてんのか?アタシの子だぞ?そこら辺の魔物おろか、お前にすら傷のひとつや二つは付けられるだろうよ」
「ハッハッハ!!そうかもしれんな。マナリアには敵わんだろうが」
「あ?喧嘩売ってんのか?」
「ふむ?何の話かね?」
その後、不穏な空気となった私達を見たマナリアが私達を叱り、ゾーイは“また顔を出す”と言って何処かへと消えるのであった。
彼女は果たして、何をするつもりなのだろうか。
と言うかそもそも、アイツは寿命で死ぬような
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