魔王としての1日 2
朝食を食べ終えた私は、大陸の西側に位置する二つの国家が睨み合いを続けている国境へと向かった。
移動手段は、転移魔法と言う移動を簡単にする魔法を使う。
これは理論は構築されていたが、実現は不可能とされていた魔法のひとつだ。
私は、この魔王となる旅の中でこの魔法を何とか完成にまで漕ぎ着けたのである。
空間を入れ替えることで一瞬で望んだ場所へ行けるが、その代わり一度訪れた事のある場所しか飛ぶことは出来ない。
一つ致命的な欠陥を抱えているが、50年近くの旅をしてきた私は、大陸の主要な国家やその周辺国を訪れている。
今も尚、その行き場所を増やすために、各国の首都を巡っているのだ。
「さて........どうやら本当に戦争中のようだな。魔王が現れたことによる魔物の活性化を無視してもなお、戦争をする理由とはなんなのかね?」
私が降り立ったその場所は、それはもう酷い有様であった。
連日のように行われる殺し合いの果てに、地に染った大地は赤黒く染まり、死体の腐った臭いが辺り一面を覆い尽くす。
死体の処理をしなければ感染病などが引き起こされる可能性があると言うのに、彼らはその処理すらもしていなかった。
「........ここに転がっているだけでも、大体10万人近くの死者が出ている。それでいながら、まだ争いを続け犠牲者を出そうと言うのか」
かつて、私の前にいた魔王は人類の平和など考えてなどいなかっただろう。
彼は既に滅んだ魔族達のために、人類と戦っていたのだから。
潰れた城の跡地を探索した私は知っている。あの魔王にも家族がいたのだと。
魔王が書いたと思われる日記には、娘について書かれていた。
その殆どが汚れで読めなかったが、何とか読める部分を繋ぎ合わせて推測するに、彼は娘を愛していたはずだ。
きっと、その姿はそこら辺の父親と何ら変わりない。
彼は彼の平和の為に、人間と戦い敗れたのである。
魔王から見たら、魔族から見たら、人こそが悪だったのかもしれない。
それを確認する術はもう無いが。
「私はかつての魔王に向けて罵詈雑言を吐く資格が無かったな。見ているか?魔王よ。お前を殺したかつての賢者は、今や人の敵となって悪となったのだ。笑えるだろう?」
私はそう言うと、戦争が始まるのを待つ。
まだ両軍が私を認識できる場所に来ていない。
それまでは、ここで亡くなった者達の為に鎮魂を捧げるとしよう。
せめて、その魂だけは安らかな眠りを。
──────
西の小国ベランゼーレ王国と、同じく西の小国ガガランド帝国は激しい戦争を繰り広げていた。
この国はかつて1つの大国として西側の大地を支配していたが、当時の皇帝が死すと国が分裂。
皇太子がガガランド帝国の後を引き継ぎ、何とか国の形を失わずに済んだのだが、その後に待っていたのは激しい戦争の波であった。
今はガガランド帝国を囲んでいる三カ国と何とか不可侵条約を結び、当時の公爵家から分裂したベランゼーレ王国との戦争が続いている。
何度か停戦をしたことはあったものの、かれこれ150年近くは戦争を続けているのだ。
「いつになったら家に帰れるんだ。俺達はこんなクソみたいな戦争のために生きてきた訳じゃないんだぞ」
「おい、口を慎め。指揮官に聞かれたら懲罰ものだぞ!!」
「だってよォ。俺が生まれてからずっと戦争してるんだぜ?上の連中はこの場に出て来ないくせに、いつも上から文句を言って死ぬのは俺達だ。国のため国のためなんて言うが、俺達は国なんざどうでもいい。明日の飯と、命の方が重要だね」
そんなガガランド帝国の兵士の1人が、今日も殺し合いの中に身を投げるのかと愚痴を漏らす。
友人はその言葉を聞かれたら不味いと注意はしたが、その言葉には同意しか無かった。
戦場に駆り出されている多くのもの達は、正式な騎士では無い。
そこら辺で桑を振り下ろし、土を耕していた農家や狩猟で生計を立てていた狩人が殆どだ。
彼らにとって重要なのは国の存続ではなく、その日の飯と安寧のみ。
常に命の危険に脅かされる戦場など、お呼びではないのだ。
「はぁ、魔王は何をしているんだ?噂じゃ魔王のおかげで戦争が止まった国が多くあるんだろう?ここも何とかして欲しいものだね」
「おい。そろそろ本当に耳に入っちまうぞ。やめておけ。それに、見ろ。来たぞ」
血塗れの戦場で愚痴を吐いていると、地平線の向こうから敵軍であるベランゼーレ王国の軍勢がやってくる。
今日も今日とて命の奪い合い。
いつになったらこの地獄のような場所から解放されるのかと、彼は溜息をつく。
そして、その溜め息と同時に、戦場に大きな衝撃が響き渡った。
ドゴォォォォォォォン!!
その音は、鼓膜を破らんとし。
その光は、目を潰さんとし。
その熱は、肌を焼き付くさんとする。
一瞬何が起きたのか分からなかった両軍。
そして、彼らは戦場に落ちた1つの巨大な火球がしたい諸共焼き焦がしたのだと気が付く。
『愚かな人間共よ........滅びるがいい』
そして、空を見上げれば黒いローブを被ったひとつの影が。
彼らはその影を見て理解した。あれが魔王アレスなのだと。
彼らはその影を見て悟った。あれは、人間全てを滅ぼせるだけの力を有した化け物だと。
「う、うわぁぁぁぁぁ!!魔王だぁぁぁ!!」
その姿を見ていた兵士の1人が、武器を投げ捨てて逃げ始める。
彼を責めることは出来ない。これほどの力を持った存在を目にして、恐怖を抱かない方が無理があるのだから。
そして、人の恐怖は伝播する。
誰もが武器を投げ捨てて逃げ出し、男の友人も逃げ出そうと背中を向けた。
しかし、その隣に友の姿が無いと気がつくと後ろを振り返る。
彼は、現れた魔王をまだじっと見ていたままだった。
「何やってんだ!!逃げるぞ!!」
「........」
強引に腕を引かれるが、その腕を振り解き魔王を眺め続ける男。
友人はこれ以上ここに居たら自分が死んでしまうとして、友人を見捨てて走り始めた。
暫くすれば、その戦場に立っていたのは彼一人だけ。
彼は、何も言わずに魔王をただただ見つめ続ける。
魔王は、そんな1人の人間が気になり目の前に降りてきた。
「........なぜ逃げぬのだ?貴様、私が魔王アレスであると聞いていなかったのか?」
その言葉は、あまりにも魔王に相応しくない。
「あは、あはは。ありがとう、魔王アレス。アンタのお陰で俺は家に帰れそうだ」
「........この場で私が貴様を殺さないという確信でもあるのか?」
「いや、ない。だけど、やるなら俺の前におりてきて態々そんな言葉を投げかけないだろ。それに、戦場を燃やすよりも俺達を燃やした方が早いんじゃないか?」
「........」
魔王アレスは何も答えなかった。
男は未だかつて無いほどに冴えていた。学も頭も無いただの農民の出だが、彼は人を見る目だけはあると自負している。
事実、彼の友人は途中まで彼を見捨てなかった。
最終的には見捨ててしまったが、一度でも立ち止まって振り返るだけ凄いと言えるだろう。
そして彼は、この魔王が優しき人であると何となく感じていたのだ。
「ともかく感謝しているよ。アンタは噂で聞くほど、悪いやつじゃないかもな」
「........何を戯れ言を。もういい卿が削がれた。自らの幸運を噛み締めて生きるがいい。次は、無いと知れ」
魔王はそういうと、どこかへ消えてしまう。
男は最後までその姿を見送ると、改めて感謝を口にするのであった。
「やっとゆっくり出来る。感謝するぜ魔王アレスさん」
「お、おい!!大丈夫か?!」
結局、友が心配で自分の命を顧みずに戻ってきた友人の声を聴きながら、彼は空を見上げるのであった。
今日の日差しは、ここ最近で一番心地いい。
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