9.それがなんか、楽しかった。

「貴様は――」

 怒りのあまりか、破天の声が裏返っている。

「貴様は、なんなのだ」

「そういや、まだ名乗ってなかったな。マリヤ・モトム、三十六歳、童貞だ」

 あらん限りの決め顔で名乗る。

「理念も、理想も、覚悟すらない貴様がっ、何故っ、我が眼前に立ちはだかる!」

 どうやら気に食わなかったらしい。語調が荒くなった。

「貴様は、なんの為に生きているっ!」

「うわ、なんか本格的なこと聞いてくんのな」

「答えろ!」

「んー、特にないかなw」

 破天の気配が一回り膨れた気がした。怒りのあまりってやつか。

 なんかもう問答無用って感じだけど、俺は言葉を続けた。

「強いて言うならさ、大切なもののためだよ。まあ、その大切なものがコロコロ変わるんだけどw」

 横目でリルちゃんを一瞥いちべつする。

 破天が食って掛かってきた。

 ここまであいつの戦い方を見てきて理解した。

 あいつは俺と同じ格闘スタイル。重力を操る魔法で相手を拘束するクラウドコントロールと質量崩壊による高い攻撃力を誇っている。

 でも、何より厄介なのは――。

 破天の突き出した掌底を潜り、隙だらけのボディに右フックを叩き込もうとするが、俺の背後に発生させた重力球で距離を取らされる。

 それを見込んだ破天の踏み込みから強烈なミドルキックが飛んでくるが、更に飛び退いてそれを回避。

 と思いきや、破天はミドルキックに見せかけた踏み込みで俺の後退を誘っていた。

 まんまと思惑通りに動いた俺の慌てる顔に破天の掌が被さり――。

「あいででででっ!」

 顔面に思い切り重力球を押し付けられた。

 破天の掌に向けて顔面全体どころか頭ごと、紙屑みたいにグシャグシャと丸め込まれるような感触。俺の強化魔法がなかったらリアル福笑いとか笑えないスプラッタだぞこれ!

「くそっ!」

 腕を振って反撃しようとすると、予めわかっていたかのようにサッと後退してそれを躱す破天。

 そうなんだよ。

 こいつ、能力頼みの力押しじゃなくて、能力を最大限に活用できる格闘術をきちんと身に着けてるから厄介なんだよ。

 防御無視の重力攻撃に、どんな攻撃も逸らすイナーシャルキャンセラー持ち。そしてそれらを有効活用できる格闘術。攻防バランス高すぎだろ。

 正直、俺がこいつについていけてるのはそれこそ能力によるブーストのおかげに他ならない。

 FPS、TPS、格ゲーくらいしか戦闘術の訓練を受けていない俺は、破天の攻撃が見えていてもフェイントに引っかかってまともに食らっちまう。

 アホみたいに頑丈な身体が重力崩壊にも耐えてくれるから致命傷にはならないけど、結構痛い。

 リルちゃんの剣技といい、こいつの格闘技といい、魔法使いってのは魔法だけ使えるばかりのやつらじゃないのかよ――って、そうか。

 魔法使いは魔法使い同士でデスゲームじみた命のやり取りを強いられる。

 死にたくないなら強くならなきゃいけない。

 若い肉体のまま寿命もないのであれば、戦う術を模索する時間は十分にあるってことだ。

 何十年何百年と修練を続けられて、それが自衛に直結するなら努力しないわけにもいかない、か。普通するよな、うん。

 あー、星5とかそんなに強いなら格闘技なんて泥臭いものいらないじゃんー、そんな強くなって俺を困らせて楽しいかよー。

 言ってもしゃあないから言わんけどー。

 お互い攻め手に欠けて睨み合ってる現状だけど、破天はまだまだ気持ちに余裕がありそうだ、マフラーで顔の下半分隠してるからよくわからんが。

 そしてまあ、さらに困ったのは、こんな状況で高揚していく自分の感情だ。どこの戦闘民族だよっていう。

 なんかね、楽しいんだよね。こんなにワクワクするの、いつ以来だろう。

 異世界に来てからもこの力がどのくらいのものなのか、自分自身を壊したりしないか恐る恐るって感じで鬱屈うっくつしてたから、全力を発揮できるのが妙に心地好い。

 それはそれとして、破天の攻撃は俺に効かず俺の攻撃は破天に当たらない――千日手だ。

 勝ち筋はある。

 格闘術を修めてるといっても、身体は生身のはずだ。俺のスーパーパワーなら掠めるだけでも結構なダメージを与えられる。ハズ。

 だから、一撃でも叩き込めれば俺の勝ち確定だ。

 そして、魔法使いには魔力切れがある。だけど少なくとも、俺の魔力はまだまだもつ。

 であれば、とるべき戦法はただ一つ。

 攻めて攻めてガンガンいこうぜ!

 どうせ破天の重力じゃ俺を潰せないわけだし、その内疲れて晒した隙に一撃叩き込むか最悪魔力切れを待ってブチかませばいいだろう!

 そうと決まれば。

 こちらの出方を窺っている破天に、まずは一発、大きくかます。

 身を低くした踏み込みで5mほどの間合いを一気に詰め、右足を踏みしめてからの右ストレート!

 この時、意識は相手の横を通り過ぎるくらいの気持ちで。そして破天は俺の右側に重力球を作って重心ごと拳をズラそうとするから、大袈裟なくらい内側へ捻じり込むように……!

 それでも、破天には届かない。意識していても重力で逸らされ、頭狙いの大振りな拳はしっかり見切られて首の動きだけで避けられた。

 そこから破天の右手が俺の脇に添えられた。添えられただけなのに、脇腹に抉るような痛みが走る。掌に展開した小さな重力球を当てられたのだろう。螺旋丸かよ。普通の人間なら脇腹り抜かれて即死だよ。

 でも俺は我慢できる! 長男だから!

 痛みに怯んで退がろうとする身体を踏みとどまらせ、腕を失った破天の左体側目掛けて右腕を遮二無二振るう。

「この時を、この瞬間を、待っていたよ」

 その一瞬にこれだけのセリフを言い切れたとは思えないが、確かにその一瞬、俺の耳には破天のそんな呟きが聞こえた。

 ぶん回した俺の右腕が、腕を失った破天の左脇腹を薙ぎ払う。

 俺が我慢して作り出した攻撃のチャンスは、確かに破天を捉えた。

 はずだった。

 はずなのに、俺の腕は破天の血塗れの胴の数センチ手前で何かに阻まれた。

 重力じゃない。重力はもっとやんわりと干渉してくる。これは、まるでなにかとんでもなく硬い壁を殴ったような感触――。

 時間にすればほんの須臾しゅゆの間、だけど俺の強化魔法eyeは確かに、破天の襟元から光の粒子が漏れ出しているのを見た。ついさっき、同じものを見たばかりだ。

 魔法で作られた道具、レフくんが破天公戦闘員たちの攻撃魔法を弾いたときに使った護符が、効果を失った時に消え去る際の光。

「高価でな、おいそれと使えるものではなかった」

 俺の視線に気付いてか、破天がそう言った。

 その時にはもう、俺の身体は今までにない程の重力で動けなくなっていた。

 俺ですら動けないほどの重力。まだこんな力を残していたなんて。

 全身の骨が今にも折れそうだ。辛うじて耐えている筋肉もちぎれそうに張っている。内臓が引っ張られて吐きそうになる。脳が重くて思考も緩慢に……。

「これが、我の本領だ」

「今、まで、手加減、してたって、ことか」

「そうだ。貴様が油断し、勝負を決めに来るこの瞬間を待っていた」

「……魔力、か」

「……」

「おまえの、本領って……魔力消費が、激しい、んだろ……?」

「……ここまでの力を出さなければいけない相手はそうそう居ない」

 さっき言ってた『本気はこの倍』ってのはハッタリじゃなかったんだなぁ、きっつ。

「モトムといったか、我と共に魔法使いの世を作らんか」

 魔法使いの世界って、リルちゃんも似たようなこと言ってたな。リルちゃん――九生誓騎士団きゅうせいせいきしだんは魔法使いと異世界人の共生だったっけか。

 ぶっちゃけ、昨日今日この世界に来たばかりの俺はピンとこないし興味も湧かない。

 だから――。

「一緒に、行くなら……リルちゃん一択、だろ!」

「そうか、らばだ」

 負荷が一層増す。

 血の気が引いていくのがわかる、血が落ちていく。

 なのに、意識は昇っていく。

 まだだ、ここで意識を失ったら潰れる。

 いつの間にか四つん這いになってた。

 さっき一瞬意識を持ってかれたときか。

 身体のあちこちから骨の軋む音、筋肉の千切れる音がして喧しい。痛い。

 左肩のあたりから一際大きな音がして、鈍く重い痛みが全身に走ったかと思えば地面に頭突きしていた。

 肩が外れた音だった。

 それでも、右腕一本で上半身を起こす。

「貴様は、この世界に来たばかりだろう。何故、そこまで意地を張る」

 答えようとして、口から出てきたのは言葉じゃなくてどす黒い血の塊だった。

 身体の状態のわりに痛みが少ないのも、強化魔法の効果の一つなんだろか。助かる。

「さて、なぁ……リルちゃんに、本気なのかも、な」

「ふん、俗物が」

 自分でもこんな意地張ってるのが不思議なんだよ。

 でもなんかさ、意地張ってんのが楽しいんだよな。

 身体の奥底からグツグツと、今まで感じたことのない高揚感みたいなのが湧いてくる。まだだ、まだだって立ち上がろうとする。それがなんか、楽しかった。

 だから俺は、こうして死にかけてるわけだが。

 やっぱ、ランクカーストには逆らえないのかね。

 いくら俺の魔法が強力っぽくても、所詮は星1つってことなのか。

 リルちゃんごめんよ、倒せなかったよ。

 でも、時間は稼げたし魔力も消耗させた。なんとか逃げ切って――。

 銀光が疾った。

 白銀の鎧、銀の刃、そして銀光に負けない黒曜の髪。

 リルちゃんが、来てくれた。

「モトムさんっ!」

「己っ!」

 身体が一気に軽くなる。

 同時に祈る。

 きっとリルちゃんは我武者羅に俺を助けようと剣を振るって離脱のことなんて考えてない。

 きっと破天は突っ込んできたリルちゃんに反撃する。

 リルちゃんを、助けなきゃ。

 助けに来てくれたんだ、絶対に、絶対に、絶対に、破天なんかに殺させやしない。

 周囲を確認する時間も惜しかった。

 四つん這いだった身体を起こし様、アッパーカットの要領で右腕を振り上げた。

 狙いもつけていなかった一撃は、破天にもリルちゃんにも被害を及ぼすことなく、拳を突きつけた梢を吹き飛ばしてぽっかりと青空を切り出した。

 破天も、リルちゃんも、俺ですら唖然とした。

 拳の一撃で森に穴が開いたのだ、びっくりだろ。

 でも、おかげで間ができた。

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