第3話:私はあなたほど強くはないから

 兄が説得を試みてくれたが両親の考えは変わらず。すると麗音の母が「しばらくうちに泊まりなよ」と言ってくれた。麗音が「え゛」と踏み潰された蛙ような声を出す。


「なに。嫌なの?」


「い、いや……嫌というか……その……向こうのお母さんが許してくれないんじゃ……ほ、ほら、俺と海ちゃん、幼馴染とはいえ男女だし……そうじゃなくても……あんまり俺のことよく思ってないし……」


 僕と麗音は兄妹のように育ったが、親同士の相性は実はあまり良くなかった。特に母親同士が。麗音くんとはあんまり仲良くしない方が良いと子供の頃に言われたほどだ。基本的に母の意見にあまり逆らわない父も、それに対しては流石に言い過ぎだと言ってくれたのを覚えている。だけど、今回味方になってくれなかった失望は大きかった。


「大丈夫。よく思われてないのはあんたじゃなくて私だから。でもお母さんはともかく、お父さんはそんなにうちのこと敵視してないし、空くんはむしろ好意的だし、空くんが味方になってくれればなんとかなるよ。あの人、息子には甘いからねえ」


 結局、彼の母親の言う通り兄の説得で僕はしばらく鈴木家に居候することになった。


「というわけでしばらく海のことよろしくお願いします。……麗音くん、信頼してるからね? 君のこと」


 妹に手出したらどうなるか分かってんだろうなという圧をものともせず、麗音は言った。「俺は海が好きです。だから、彼女を傷つけるようなことは絶対にしません」と。それを聞いた兄は「君のそういうところ、ほんとカッコいいよね」と柔らかい笑みを浮かべて去って行った。兄がいなくなると、彼は自分が恥ずかしいことを言ったことに気付いたのか、真っ赤になった顔を隠した。


「……その、ごめん。お兄さんの前で好きとか言って……」


「良いよ別に。兄貴は揶揄ったりしないし。……ありがとね」


「……うん。あ、えっと……泊まるのはいいけど、その……俺の部屋で寝るのは……勘弁してほしいかな……も、もちろん何もしないよ! しないけど……その……俺が、寝れなくなっちゃうから……」


「……昔はよく一緒に寝たのにね」


「……ごめん」


「良いよ全然。……異性からそういう目で見られると気持ち悪いって思うけどさ、君だけは、平気なんだ。……君は僕が嫌がることは絶対にしないっていう安心感があるからかな」


「……その言葉は嬉しいけど……苦しいなぁ」


「ごめん。……友達でいたいっていうわがまま聞いてくれてありがとう」


「……ううん。俺も君が友達でいてって言ってくれて嬉しかったから」


 そうして彼の家に居候して、数日が過ぎた頃、僕と彼が付き合っている噂が流れた。噂自体は前からあったのだが、同じ家に帰っていることがバレたことで拍車がかかった。


「お前ら同棲してるってマジ?」


「同棲じゃなくて居候。家に帰りたくないから泊めてもらってるだけ」


 同じ部屋で寝てるのかとか、一緒に風呂に入ってるのかとか、ヤッたのかとか、そう聞かれることにうんざりした僕は、つい言ってしまった。そもそも自分は男には興味が無いと。そうすれば矛先はいずれ陽子に向かうかもしれないことは想定していた。だから言わないようにしていた。言ってから後悔した。案の定、好奇の矛先はすぐに彼女に向かった。僕と彼女の周りからは少しずつ人が消えていった。それでも麗音、それから月子と帆波は変わらずそばにいてくれたが、陽子はやがて学校に来なくなってしまった。家まで会いに行ったが、会ってくれなかった。それでもめげずに通ってようやく会ってくれたかと思えば、別れたいと言われた。私はあなたほど強くないから。ごめんなさい。そう泣きじゃくる彼女を、僕は抱きしめてやることすら出来なかった。

 それからしばらくして、彼女は転校した。そのタイミングを見計らったように、両親がようやく謝罪に来た。色々と言いたいことはあったが、素直に家に帰った。しかしそれ以降、両親とはほとんど会話はしなかった。

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