第2話:病気じゃない

 中二の春にようやく、僕は彼女に告白をした。彼女は戸惑いつつも受け入れてくれて、初めての恋人が出来た。麗音以外は誰も知らない内緒の関係だったけれど、毎日が楽しかった。ある日のこと。


「実は、相談があって」


 好きな人が居ると、同じクラスの女の子から相談を受けた。彼女の名前は天龍てんりゅう月子つきこ。インパクトのある名前と中性的な見た目から、白王子なんて呼ばれていた。ちなみに何故白なのかというと、僕も同じくあだ名が王子だったから。月子が白で、僕が黒と、知らない間に区別をつけられていた。


「相談って、恋愛相談かよ。なんで僕に」


「その……間違ってたらごめんね? 安藤さん、同じクラスの朝川あさかわさんと付き合ってるよね?」


 朝川というのは当時付き合っていた彼女の苗字だった。下の名前は陽子ようこ。彼女との関係を知るのは麗音だけだった。


「麗音から聞いたの?」


 問うと月子はただの勘だと答えた。しかし明らかに目は泳いでいた。麗音は勝手に他人に僕らの関係を話すことは絶対にしない。するとしたら、何か理由がある時だけだ。その理由はすぐに察した。


「……ふぅん。なるほどね。君もそうなんだ?」


「……うん。そう。好きな人は、女の子なんだ。私は多分、安藤さんや朝川さんと同じ」


「同性愛者ってことね」


「……うん」


「……そう。で? 天龍さんは誰が好きなの?」


「えっ! えっと……ね……と、隣のクラスの水元帆波って分かる?」


「あぁー……あのちょっと腹黒そうな感じの」


 当時の僕は帆波とはほとんど面識はなかった。月子のことにもあまり興味がなく、二人が仲がいいことなど気にしていなかった。


「う、うん……まぁたしかにちょっと女子から嫌われがちなタイプではあるかもだけど……話してみると意外と芯の通った子でね。腹黒いのはまぁ……否定出来ないんだけど……でも……」


 好きなんだ。一呼吸置いてそう言葉にした彼女の声は震えていた。


「……そ。なら、僕じゃなくて本人に伝えなよ」


「……安藤さんは、怖くなかった? 告白する時」


「……怖くなかったと言えば嘘になる。けど……いずれは向き合わなきゃいけないから。自分らしく生きるためには避けては通れない道だから」


「自分らしく生きる……」


 それだけではなかったが、それは口にはできなかった。


「……私も、頑張ってみるよ」


「おう。頑張れ」


「うん。ありがとう」


 それから数日後に月子が好きだと言っていた彼女から同じ相談を受けた。彼女は麗音から何かを聞いたわけではなく、自力で僕と陽子の関係を察して相談を決意したらしかった。彼女にも告白することを勧めると、彼女は不安そうに言った。「でも、向こうは男の人が好きかもしれないじゃない?」と。


「そう見える?」


「……」


「本当は気づいてるんでしょ。大丈夫だよ」


「……もしかして、あの子からも同じ相談されたりした?」


「さあ?」


「……そっか。……ありがとう。月子と話すよ」


「そうしな」


 こうして、二人は無事に付き合うことになった。


 しかし、そこから数ヶ月経った冬のこと。母が二人きりで話がしたいと僕の部屋にやって来た。


「なに。話って。最近成績上がってるから褒めにきたの?」


「成績なんてどうでも良いわよ。あなたは女の子なんだから」


「……ああそう。じゃあなに?」


「……最近よくうちに来る女の子と、いつも部屋で何してるの?」


「何って何? 普通に遊んでるだけだけど」


「じゃあなんでいつも鍵掛けてるの?」


「あんたが勝手に入ってくるからだろ」


「……海」


「何?」


「……あの女の子とどういう関係なの?」


 母に問われて、僕は意を決して彼女と付き合ってることを打ち明けた。すると、母はこう言った。


「……海。あなたは女の子なのよ」


「……分かってるよ。そんなの。母さんがそう言うのも分かってた。でも好きなんだ」


「病院に行きましょう」


「……は? なにそれ。同性愛は病気だって言いたいわけ? だったら僕は病気で良いよ。治療されて無理矢理異性愛者にされるくらいなら死んだ方がマシなんだけど」


 すると母は僕の頬を叩いた。そして泣きながら「貴女のためを思って言ってるの!」と怒鳴った。


「……何があなたのためだよ。あんたが気にしてるのは僕じゃなくて世間体だろうが。女の子だから女の子だからってさ……うんざりなんだよ!」


 怒鳴り返すと、騒ぎを聞きつけた父が駆け寄って来た。父は母の味方をして、僕を否定した。言い争った末に、僕は家を飛び出した。騒ぎを聞きつけたのかちょうど隣の家から出てきた麗音と目が合う。どうしたのかと聞いてくれたが、今は話したくなくて逃げ出した。近所の公園でブランコを漕いでいると「みーつけた」と、兄が明るく声をかけてきた。その隣には心配そうに僕を見つめる麗音が居た。彼から目を逸らし、僕は二人に事情を話した。


「あぁ、そっか。やっぱりあの子お前の恋人だったんだ」


「……気づいてたんだ」


「なんとなくね」


「否定しないの」


「しないよ。俺は海の味方する。……海はいつだって、俺の味方してくれてたからね」


「お、俺も。俺は海の友達……だから」


「……ありがとう。二人とも」


「ん。じゃあ帰ろう」


「……やだ。帰らない」


「じゃあ今夜はどこで過ごすつもり?」


「この辺」


「野宿は危ないよ」


「けど、帰ったら病院連れて行かれるもん」


「「病院?」」


「……女なのに女が好きなのは、病気だって」


「……それは違うよ。同性愛は病気じゃないし、治療出来るものじゃない」


「それ、僕じゃなくてあのババアに言ってよ」


「……そうだね。分かったよ。じゃあ、俺だけで説得してくる。それまでよろしくね。麗音くん」


「えっ、あ……はい」

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