第3話 初陣
異世界へと転生した私は、あらゆる銃器や兵器などを購入する事が出来るチート能力、≪兵器市場≫を使ってまず装備や銃を取り寄せ、ひとまず転生した小高い丘から見えた町らしき場所を目指し、まずは眼前の森を抜けるために歩き出した。
~~~~~~
「ひぃ、ひぃ、キッツ」
小高い丘を降りて、森に入ったものの、慣れない森歩きに重い装備を背負っているため、早々に息が上がるっ。既にあちこちから汗が吹き出し服に張り付いて気持ち悪いっ!プレートキャリアも通気性悪いしっ!あぁもうっ!これ脱ぎたいけど大切な装備だから脱げないしぃっ!マジこんなのに慣れていく自分が全く想像つかない。
「ハァ、ふぅ。ちょっち、休憩」
多分、1時間と歩いてないはずなのにもう疲れた。あぁしまった。タオルでも買っておけばよかったぁ。確かその他のタブにあったよなぁ。
失敗したなぁ、なんて思いつつ適当な木の幹に背中を預けてその場に座る。そこから周囲を見回す。見える範囲に動くものは無し、と。
今私の居る森の中は、鬱蒼としたジャングル、というほどでは無かった。森というには木々の間隔が広く、林というには間隔が狭い。ちょうど森と林の中間的な場所、って感じ。とはいえあちこちに人が屈めば隠れるくらいには大きな茂みがあったりで視界の通りは良くない。茂みがあって人間が隠れられるスペースがあるけど、それはゴブリンにとっても同じ事。
私が女神様から与えられた情報の通りなら、ゴブリンの大きさは精々小学生児童、それも低学年の子供程度。単純な腕力なら人間の成人男性の方が勝るらしいけど。でもゴブリンは手製の石斧やこん棒などで武装して襲い掛かって来るし、単独では行動しないんだとか。最低でも4匹程度のグループを作って活動し、場合によっては100匹を越える程の大きな群れを作る事もあるらしい。
更にゴブリンは体色が緑のため、森では保護色が働いてより見つけにくいんだとか。それを考えれば、一刻も早くこの森を抜けないと。
「ふぅ、よし」
休憩は終わりっ!立ち上がってもう一度周囲を見回してから、小物入れでもあるポーチからコンパスを取り出す。さっきまでいた丘から町らしき場所までの方角は確認済み。ミリオタ関係でサバイバル系の動画とか見た事あったけど、おかげで方位の確認とかが重要だって知ってたから助かったわ。じゃなかったら方位も確認しないで丘を下るところだったし。
「確か、町らしいものの方角は北西方向だったから、あっちだね」
包囲を確認して、進むべきルートを確認するとコンパスをしまってまた歩き出した。
草木や小枝を踏むコンバットブーツの音が響き、それに混じって聞こえる鳥のさえずりや枝葉が風に揺れる音。それだけがヘッドセットを通して聞こえる。ヘッドセットには銃声などの爆音から耳を守り、逆に小さな音を増幅して聞こえやすくする機能がある。けれど今の所変わった音などは無し。たまに鹿やイノシシらしい影が遠目に見えるだけで、向こうもこちらに気づいたのかすぐに離れていく。……現時点で怖いのは熊だなぁ。熊の頭蓋骨って銃弾くらいなら弾くって言うし。グリースガンじゃ太刀打ちできないかも。
「うぅっ」
そう思うと体がブルリと震える。熊との遭遇戦なんて冗談じゃないっ。
「と、とにかく急がないとっ」
日暮れ前に森を抜けたいのもそうだけど、熊とばったり遭遇なんてのも怖くてヤだ。とにかく既に疲れた足に鞭打って前へ前へと進んでいく。
~~~~~~
あれからどれくらい歩いただろう。幸いまだ日は高い位置にあるけど、徐々に傾き始めている。時折休憩とコンパスで方位を確認しながら歩いているけれど、まだまだ森の切れ目は見えない。う~ん、まさか方位磁石が何かの影響で狂ってるとか?ここファンタジーな世界だしそれもありえるのかなぁ?それはそれで最悪なんだけど。
「ハァ、いつになったら森を抜けられ……」
≪……ァァァ……ッ≫
≪……ィィィィ……ッ≫
「ん?」
不意に何かが聞こえた気がした。咄嗟に近くの木の陰に隠れる。そこからグリースガンを構えつつ前後左右を確認する。目に見える範囲では何もない。けど確かに何か聞こえた。悲鳴のような、馬のいななき声のような。……はっ!?もしかして事故か、もしくは襲われてるとかっ!?
「いやいやっ、考えすぎだってっ!」
思わず脳裏に浮かんだイメージを、声を出して否定する。
というかそもそも、聞こえたからってどうするの?行ってみる?音だけじゃ何が起きたか分からないし、気になる自分も居るのも事実。いやいや、今の私の第1目標は森を抜ける事ッ!安全を考えるのなら回り道してる余裕はないっ!無いんだけど……ッ!
「あ~~!これで何かあって見捨てるような形になったら後悔しそうだしっ!聞いちゃったもんは仕方ないっ!」
何かに巻き込まれるんじゃ?という不安はあるし、合理的に考えるのなら無視した方が良い。でも聞いてしまったから。無視できなかった。無視して『あの時あぁしてれば』って後悔するのは、嫌だったから。
って言うか、私って自分が思ってる以上にお人よしなのかな?通り魔から見ず知らずの女の子庇ったりしちゃうし。まぁ結果的にそれで死んじゃった訳だけど。
「……行ってみるしかない、か」
ここまで来たらもうどうにでもなれっ!と半分自暴自棄になりつつも、とにかくまずは状況確認をっ!って事で音のした方へと足早に向かった。
茂みや木の影を警戒しつつ進んでいくと、前方に森の切れ目が見えて来た。
「ッ、あれはっ……」
でもそれ以上に気になった物があった。茂みの向こうに、ひっくり返った馬車らしきものが見えた。馬車と言ってもファンタジー世界の貴族が使うような物じゃなくて、幌張りの平民とかが使うような馬車。それがひっくり返っているみたいだった。
しかも悪い事に、ヘッドセットから僅かに『ギャァギャァ』と汚い声が聞こえる。まるでカラスの声を壊れたマイクで録音してそれを聞いているような、だみ声みたいな酷い声が聞こえてくる。でも人の声じゃないし、かといって獣っぽくも無い。
≪く、来るなっ!このっ!≫
ッ!今度は別のが聞こえて来たっ!でも言ってる言葉ははっきりわかるっ!間違いない人の声だっ!これは、間違いなくトラブルの予感がするけどっ!もう近くまで来てるっ!とにかく、状況の確認をっ!
森の切れ目が近い。とりあえずその手前の大き目な木の影に隠れて、そこから様子を伺う。まず目に映るのは、大破した馬車と倒れて動かない馬。そして馬車の傍で西洋剣を振り回す男性。そしてその男性と向かい合っている、5匹の緑色の小型の化け物……。
『ご、ゴブリンッ!?』
ゲームやアニメの中でしか知らない空想の生き物が、今目と鼻の先に居る。簡素な腰布を纏い手には粗雑なこん棒や石斧、石槍が握られている。そのゴブリンたちは、まるで男性を嘲笑うかのようにゲラゲラと汚い笑い声をあげている。しかしゴブリンは、何て言うか見た目が醜悪だった。生物的な嫌悪感を抱く、そんな狂暴にして醜悪な顔立ちをしていた。アニメやゲームではない、リアルなゴブリンを前にするとどうしようもない嫌悪感や忌諱感がこみあげてくる。まるで台所でGを目撃したような、ゾワゾワと肌が泡立つ嫌な感じがする。
『気持ち悪い』
素直にそう思えるほどの醜悪さ。思わず吐き気がこみあげてくる。思わず口元に片手を当てる。……ダメだ。吐いてるような場合じゃない。何とか吐き気を抑えて、もう一度状況を確認する。
男性はゴブリンを近づけまいと遮二無二に剣を振り回している。素人の私でも、あの人が剣に慣れていないのは目に見えている。それに対し、ゴブリンたちは警戒するでもなく、威嚇するでもなく、まるで素人丸出しの男性を嘲笑うかのように、指さしゲラゲラと笑うばかり。『見ろよあいつ、素人だぜ?』と言う嘲笑の言葉が今にも聞こえてきそう。
ただ、幸いな事にゴブリンどもは私に気づいて無い。ここまで来ちゃったし、ここであの人を見捨てるのも後味が悪いッ。こうなったら、私がここからグリースガンで……。
と、グリースガンの狙いをゴブリンたちに向けた時。
≪でも、今の私に当てられるの?≫
「ッ」
不意に、後ろ暗い考えが浮かんできて思わず息のみ、反射的に木の陰に隠れた。そしてそのネガティブな考えが、どんどん広がっていく。
≪相手は5匹。こっちは1人でしかも素人。当てられるの?1マガジンで仕留めきれる?≫
≪リロードは?ゴブリンとそんなに距離離れて無いんだよ?討ち漏らしたら近づいて殺されるかも?≫
≪まだ気づかれてない。逃げれば襲われないかもしれない≫
「ハァ、ハァ、ハァ」
怖い。怖い怖い。ネガティブな考えが、感情が、止まらない。それに合わせて、ついさっき感じた『死の恐怖』がぶり返してくる。
あのゴブリンのこん棒で殴られたら、ヘルメットごと頭を潰されるかもしれない。あの石斧で斬りかかられたら、プレートキャリアごと体を裂かれるかもしれない。あの石槍でプレートキャリアごと貫かれるかもしれない。最悪のイメージが次々と浮かんでは消えていく。恐怖で息が上がる。心臓がうるさい。汗が止まらない。
戦って、勝てる見込みがない。ゴブリンたちは銃を知らない。ならビビッて逃げだすかもしれない。運よく1マガジンで仕留めきれるかもしれない。けれど……。
『勝てるかもしれない』という淡い期待を、『死ぬかもしれない』という巨大な絶望が簡単に押しつぶす。絶望が、恐怖が、後ろ暗い感情が、皆『逃げろ』と促す。『生きるために逃げろ』と生存本能が叫んでいる。
ここは、本能に従って逃げるべきなのか?でも見捨てるの?あの人を?生きる確率を上げるために逃げるべきか?それとも危険を承知であの人を助けるべきか?どっちが正しいのか分からない。逃げるべきか、戦うべきか。本能は逃げろと叫んでいる。私だって死にたくないっ!折角、折角転生までしたのに、こんなところで死にたくないよっ!
弱気な考えがどんどん膨らんでいく。『もうダメだ。逃げよう』。そんな後ろ暗い考えがついに思考を支配し始め、逃げるために俯きながら背を向けた時。
「パパッ!」
声が聞こえた。あの男性の物でも、ゴブリンの物でもないっ。ハッとして顔を上げ、まさかっ!思わず振り返った。よく見ると、男性の後ろにまだ小さい女の子が隠れていた。
「大丈夫だメリッサッ!ここはパパに任せなさいっ!」
男の人は、娘らしい女の子を庇いながら振り返って声を上げているけれど、その瞬間ゴブリンが動いたっ!
『ギギャァッ!』
「しまっ!」
一瞬、男性が視線を離したすきに槍を持っているゴブリンが動いて、槍で男性の剣を弾き飛ばしたっ!?飛ばされた剣がカランカランッと音を立てて転がる。
「くっ、剣がっ!」
『ギギャギャッ!』
『ギャハハハッ!!』
ゴブリンたちが武器を失った男性を嘲笑っている。
「ぱ、パパッ!」
「大丈夫だメリッサッ!メリッサは命に代えてもパパが守るっ!」
「や、ヤダっ!そんなのヤダっ!パパァッ!」
「ッ!」
声が、ヘッドセット越しに耳に突き刺さる。女の子の悲痛な叫びが脳に突き刺さる。男性は、あの人は自分の命を捨ててでも娘を守る気だ。でもそうなったらあの子は?残される人の想いはどうなるのっ?目の前で大切な人が死ぬ恐怖は、私には分からない。
『でもッ!それでもっ!』
思わず、グリースガンを握る手に力が籠る。死ぬことがどれだけ怖いか。大切な人との別れがどれだけ悲しいかっ!今の私には痛いほど分かるっ!
私だって怖い。怖いよ。戦った経験も無い。銃を扱った経験も無いっ。ゴブリンに勝てる可能性も未知数なのにっ。負けて死ぬ可能性だってあるかもしれないのにっ!けれど心は『それでもっ!』と叫んでいるっ!
逃げ出したい気持ちもあるっ!でも私は『あの人たちを見殺しにはしたくないっ!』
『ギギャッ!』
『ギャハハッ!』
ゴブリンどもがジリジリと2人ににじり寄っていくっ!ここで私が助けなければ、あの2人は多分、死ぬっ。
私に助けられるだろうか?と、そんな疑問が脳裏をよぎる。私に、映画のヒロインたちのように颯爽と敵を撃破する事が出来るのかどうか。多分出来ない。でもそんなの知ったこっちゃないっ!今の私の手にあるのはなんだっ!銃だっ!
私が憧れたヒロインたちが手にし、敵を葬って来た武器っ!私が『力の象徴』とした武器だっ!今の私は、あの通り魔に刺されて死んだただのJKじゃないっ!
私は生まれ変わったんだっ!もう、無力なJKじゃないっ!だからっ!
もう深くは考えていなかった。とにかく二人を助ける事だけを考えていた。だから飛び出したっ!走りながら後部のワイヤーストックを伸ばし、安全装置でもある排莢口を覆っていたカバーを外す。 ボルトはさっきマガジンを入れた時にもう引いてあるっ!だから後は、安全装置のカバーを外せば引き金を引くだけで良いっ!
とにかく近づくっ!近づいて、一気に奇襲するっ!茂みをガサガサとかき分け走り、そして道へと飛び出した。
『ギギッ!?』
「えっ!?」
ゴブリンと男性の驚く声が聞こえる。先手は、こちらが貰うっ!グリースガンを構える。ストックを肩に押し当て、サイトを覗き込むっ。狙うは一番近い奴っ!
とりあえず狙うはそのお腹っ!
「伏せてっ!!」
「ッ!!」
狙うと同時に叫んだ。すると男性が女の子を庇うように、その上に覆いかぶさった。それを視界の端で捕らえつつも、引き金を引くっ!
瞬間、経験した事のない衝撃が掌に、肩に伝わるっ!運動会のスターターなんかとは比べ物にならない銃声がヘッドセット越しにも聞こえてくるっ!引き金を引きながら、とにかくマガジン周りを左手で保持し、とにかく撃ったっ!
『当たれ当たれ当たれっ!』と、願いながらとにかく引き金を引き続けるっ!銃身を左右に振って薙ぎ払うように撃ちまくる。一心不乱に撃ちまくっていれば30発の銃弾は、5秒と掛からず撃ち尽くしてしまった。
マガジンが空になった直後に、思わずハッとしたっ。しまったっ!一気に撃ち尽くしちゃったっ!?本来なら一気に使い切るんじゃなくて、数回の指切り射撃に分けるのにっ!り、リロードをっ!
急げ、急げっ!グリースガンの空になったマガジンを、マガジンキャッチボタンを押しながら引き抜いて、投げ捨てるっ!視線を下に落として、左手でキャリアからマガジンを引き抜きたいのにっ!
「もうっ!」
長くて思うように引き出せないっ!でも何とか抜けたっ!早く、早くっ!ゴブリンが襲ってくる前にっ!
マガジンを入れたいのに、2回ほどミスったっ!?やばいやばいやばいっ!焦るなっ!ゴブリンはまだ来てないっ!今度こそっ!
少しもたついたけど2本目のマガジンを突き刺して、前進状態のボルトにつけられた窪みに左人差し指を入れて引くっ!これでボルトが後退して射撃準備完了っ!!ゴブリンはっ!?
その時になってようやく視線を上げゴブリンたちの様子を見た。倒れているゴブリンは、3匹ッ!やったっ! 思わず心の中でガッツポーズをしたっ!見ると腹から血を流して倒れて動かないのが1匹っ!2匹目は、運よくヘッドショットが決まったのか頭から血を流して動かないっ!3匹目は足の辺りを抑えて呻いているし肩も貫通してるっ!これで残りは2匹っ!これなら、勝てるっ!もう一度、今度は一気に撃ち切らないよう、気を付けてっ!
と、狙いを定めた直後。
『ギッ!?』
放心していた様子のゴブリンと私の目が合った。不味い、来るのかなっ!?と思った直後。
『ギギィィィィッ!!!』
「えっ!?」
4匹目のゴブリン、に、逃げたぁっ!?さ、さっきまで男の人をゲラゲラと嘲笑していたゴブリンが、今度は武器を投げ捨て逃げ出したっ!?え、えっ!?
突然の事に驚いて、逃げるゴブリンの背中を視線で追ってしまう。
「はっ!?」
って違う違うっ!まだもう1匹いるんだからっ!
「お、お前はどうするっ!?」
『ギッ!?』
残された最後の1匹も、逃げた1匹を呆然と見つめていたけれど、私が声を荒らげて銃口を向けると、怯えた様子で数歩後ずさる。やがて、悔しそうに表情を歪めるとこちらに背を向けて逃げていった。
「……に、逃げた、か。ハァ」
正直、良かった。今の戦いでマガジン1本分使い切った。弾自体は買ってあるけど、収入源が無く無一文の私には無駄弾を使ってる余裕なんて無い。逃げてくれて正直良かった。
って言うかあれ、なんだろ?終わった、と思ったら急に疲れが。さっきまで重く感じなかった銃まで重く感じる。そういえば、軍事系の動画で聞いた事がある。戦闘時は強いストレスのせいでアドレナリンが大量の分泌されて、普段以上の力が出るけど、逆に戦闘が終わると、その反動で滅茶苦茶疲れるって。これが、そうなのかな?
ヤバい、手も震える。銃が滅茶苦茶重い。
「あ、あのっ」
「ッ!」
声をかけられたっ。思わず反射的に振り返った。そこに立っていたのはさっきの男性と、その後ろに隠れるようにしてこちらの様子を伺う女の子だった。
「大丈夫、ですか?」
「……あっ、は、はいっ、大丈夫ですっ!」
数秒間をおいて、理解するのさえ遅れた。ヤバい、体だけじゃなくて頭まで疲れてる気がする。正直会話をするのも怠いけど。
「そちらは、お怪我はありませんか?襲われていたようですが……」
「はい。あなたが助けてくれたおかげです」
こちらの問いかけに、男性は笑みを浮かべながら答えた。パッと見た所怪我をしている様子は無い。服は汚れているけど、まぁ大丈夫そうかな。
「ん?」
「ッ!」
その時ふと、女の子と目が合ったのだけど、女の子はすぐに男性の足の後ろに隠れてしまった。
「あっ、すみません。命の恩人の前だというのに。娘なのですが、どうにも人見知りが激しくて」
「あぁいえ。大丈夫です」
申し訳なさそうに男性が頭を下げ、私も咄嗟に答えつつ少し震える左手を振った。
「あっ、そういえば、馬車と馬が」
手を振った時、ふと視界の端に映った壊れた馬車と馬の亡骸。それが気になって思わず声が出てしまった。
「あぁ、さっきのゴブリンどもの待ち伏せにあいまして。奴らの投げた槍が運悪く当たって、このざまです」
「そうでしたか」
困った顔で息をつく男性。しかし見事に壊れたなぁ。これじゃあ修理は無理だなぁ。車輪も転倒したせいか一つは真っ二つに壊れてる。……って、そうだ馬車なら荷物積んでるんじゃないの?そっちは大丈夫なのかな?
「あっ、そういえば荷物は大丈夫ですか?」
「え?あぁいえ。荷物は運んでおりませんでしたのでその点は大丈夫です。元々この道の先にある農村に買い付けの話をしに行った帰りだったので」
「そうでしたか。しかし災難でしたね。ゴブリンに襲われるなんて」
「えぇ。命が助かった事には無論感謝していますが、これでは町に行くまで徒歩で行かないと。幸い、太陽の高さから考えて今から歩けば何とか日が落ちる前には着けるはずです。しかし……」
歯切れの悪い男性は、足元の女の子の方へ視線を向ける。
「ろくに戦う術も無く私達2人で安全にこの森を抜けられるかどうか」
「……ッ」
不安そうな表情の男性の言葉。更に女の子もそれを感じ取ったのか、怯えた様子で男性のズボンの裾をギュッと掴んでいる。
あぁもう、そんな不安そうな顔しないでよ。こっちが『はいさよなら』出来ないじゃんっ!正直体は既に疲れ切ってるけど、ここまで来たらしょうがないっ!『旅は道連れ世は情け』って言うしっ!
「もしかしてお二人は、この近くの町まで行かれるのですか?」
「えっ?そうですが、あなたも?」
「はい。私も元々町を目指していたんです。なのでよければ一緒に行きませんか?戦いは、まだまだ慣れてないんですけど」
「それは大変ありがたいですが、よろしいのですか?」
「えぇ。こうして出会ったのも何かの縁ですし」
もうここまで来たんだっ!どうせ目的地は一緒だし、一緒に行ってやりますともっ!
「分かりました。であれば、ぜひお願いいたします。えぇっと」
ふと何かを言い淀む男性。あっ、そうだ。
「自己紹介がまだでしたね。私は真矢と言います」
「成程マヤさんですね。では私も。改めまして、私は『トレイシー』と申します」
そう言って会釈をするトレイシーさん。見た目は40代くらいの茶髪、初老の男性。よく見ると私が転生直後から着ていた服より、少し質のいい感じの服着てるなぁ。さっきも買い付け、とか言ってたし。商人さん、なのかな?
「それと、こちらは娘の『メリッサ』です。ほらメリッサ、マヤさんに挨拶を」
「こ、こん、にちわ」
トレイシーさんの足の後ろから少しだけ顔を出し小さく会釈する金髪の少女メリッサちゃん。しかし、何と言うか怯えられてる気がするなぁ。まぁ人見知りが激しいって話だったし無理もないかもしれないけど。っと、そうだ。子供と接するときは目線の高さを合わせれば良いって何かで言ってたような。
私はすぐにその場で膝をつき、出来るだけ彼女と目線の高さを合わせた。
「はじめましてメリッサちゃん。私は真矢。よろしくね?」
「ッ、は、はい。よろしく、お願いします」
目線を合わせ、出来るだけ笑顔で。第一印象は大切だって言うし。メリッサちゃんはまだ恥ずかしそうだけど、とりあえず挨拶はしてくれたから、まぁ及第点かな。
「それじゃあトレイシーさん。今すぐに出発で構いませんか?」
「えぇ。日が沈む前には町に着きたいので。行きましょう」
時間を無駄には出来ない。私たちはすぐに歩き出した。そして歩き出した時、ゴブリンの死骸が目に映った。肩と足を撃ちぬかれたゴブリンも、出血多量でかもう死んでいる様子だった。
初めての戦闘。初めての『殺し』。私は今日、初めて生き物を殺した。正直嫌悪感はあった。血を大量に流して倒れている生物を見ると気持ち悪くもなったけど、吐くほどじゃなかった。それは、相手が人間でも、可愛い生き物でもないからなのか。私は自分が思って居る以上に冷酷なのか。或いは今はそんな場合じゃないと頭で分かっているからなのか。どれが理由かは分からないけれど。
今日、私は初めて勝利を収めた。けれど今はそれを喜んでいる場合じゃない。今はとにかく町へ急がないと。
勝利の余韻に浸る間もないまま、私は疲れた足を必死に動かし、トレイシー親子と共に町へ向かって歩き出した。
第3話 END
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