第4話 初めての町・レトラント
森を抜けて町らしき場所にたどり着くため、慣れない森を歩いていた私はゴブリンに襲われていた親子を見つけた。最初は怖かったけれど、見捨てられない、という想いからゴブリンどもを奇襲して、何とか2人を助ける事が出来た。その後は目的地も同じだったため、馬車を失った二人と共に町へ向かって歩き出した。
~~~~~~
「そうでしたか。マヤさんは旅を」
「えぇ。と言っても、ほんの少し前に旅を始めたばかりなので、慣れない事ばかりなのですが」
偶然助けた商人らしい男性、トレイシーさんと雑談混じりに歩きつつ、周囲を警戒する。
「トレイシーさんはもしかして商人さんか何かですか?さっき買い付けが、とか仰ってましたが」
「えぇ。実はこの先のレトラント、という町にあるとある商会の支店長を任されているんですよ」
「えっ!?支店長さんだったんですかっ!?すごいですねっ!?」
支店長ってマジでっ!?ってきり個人の商人さんかと思ったけど違うんだ。
「いやぁ、片田舎の支店ですからねぇ。大都市の支店長とは比べ物になりませんよ。他に適任がいないからって殆ど押し付けられたようなもので。はははっ」
驚く私に対し、トレイシーさんは笑いながら謙遜を口にした。
「へ~」
謙虚な人だなぁ、と思いつつ頷く。ん?待てよ、もしかして……。
「あの~、トレイシーさん。つかぬ事をお聞きしますが……」
「はい、なんでしょう?」
「仕事を紹介してもらう事って、出来ます?」
「はい?」
私の質問にトレイシーさんはキョトン、とした顔で首を傾げた。
「あ、え~っと、大変お恥ずかしい話なのですが、私、現在無一文でして。早急にお金を稼ぎたいなぁ、と思って居たのですが。何分初めての町なので、どこで仕事を探そうかと考えていたんですよ。そしたらトレイシーさんが支店長だって言うので、何か紹介してもらえるようなお仕事は無いかなぁ、と」
恥ずかしい話だけど、今は四の五の言ってられないっ!早急に仕事を見つけないと弾の補充すらままならないしっ!若干羞恥心で顔が赤いしあんまりトレイシーさんの目は見れないっ!けど今は気にしないっ!気にしないったら気にしないっ!
「あぁ、成程。それで私に。しかし、今の所支店での働き手は間に合っていますから、難しいですねぇ」
「あ、そうですか」
だ、ダメだったか畜生ッ!いや薄々分かってたけどねっ!支店長だって言うからちょっと期待してたけどやっぱダメかぁっ!ハァ、別の仕事探さないとぉ。
「と言うか、マヤさんは『冒険者』ではないのですか?」
「え?冒険者?」
肩を落とし、ため息をつきたくなる所に聞こえて来た単語。それを私は思わず聞き返してしまった。
「おや?マヤさん冒険者をご存じないのですか?」
小首をかしげて問いかけてくるトレイシーさん。……ってしまったっ!もしかして冒険者って、あのゲームとかに出てくるっ!?でもゲームとかアニメの通りとも限らないしっ!どうしようっ!知ったかぶりは不味いっ!間違ってたらメッチャ恥ずかしいっ!
「あ、え~っと」
ど、どうする?何か良い返事はっ!?……はっ!そうだっ!
「じ、実を言うと私、少し前まで世捨て人同然の両親と暮らしてたもので……」
「ほう?」
「世の中に冒険者、という人たちがいるのは知っていたのですが、どういった事をしているのかまでは知らず。……そもそも両親が少し前に亡くなって、遺言に従って旅に出た次第でして……」
「あぁ、そうだったのですか。すみません変な事を聞いてしまって」
「ア、アァイエ、ダイジョウブデス」
申し訳なさそうな顔しないでトレイシーさんっ!これ今私が即興で考え出した『無知を誤魔化すための設定』だからっ!でもそれは言えないぃっ!ぐはっ!罪の無い人をだまして胸が痛いぃっ!
「おや?マヤさん大丈夫ですか?」
「あ、あはは、大丈夫ですっ。さっきの戦闘で、少し疲れただけで」
うぅ、誤魔化すための苦笑すら心が痛い。と、とりあえず話題を変えないとっ!
「そ、それで冒険者、というのはどんな物なんですか?」
「あぁはい。冒険者、というのは世界各地にある冒険者ギルドに登録した人々の事を指します。冒険者たちはギルドが紹介する依頼を受け、それをこなす事で報酬の御金を得る。まぁ早い話が便利屋のような物ですね」
便利屋。まぁ確かに私の中にある冒険者のイメージは、色んな依頼を受けて報酬を得ているから便利屋って表現も頷ける。
「我々のような商会の人間だと、道中の護衛なんかで冒険者を雇う事もありますし、簡単な手紙の配達を頼んだりもします」
「へ~。色んな仕事があるんですね。冒険者って」
「はい。薬草や鉱石などの採取もそうですが、護衛や配送などなど。仕事はまさに千差万別です。あとはさっき遭遇したゴブリンなどの魔物を討伐して生計を立てている冒険者も多いそうです。っと、マヤさん魔物については?」
「え?あ、あぁ。そっちについては聞いた事があります。さっきのゴブリンみたいな化け物の事ですよね?」
「えぇそうです。あぁ言った危険な魔物の討伐依頼は後を絶たないそうで。聞いた話では冒険者の仕事の大半はそういった魔物討伐だそうですよ?先ほどの戦いを見ていましたが、マヤさんも戦闘は出来るようですし。ですので先ほどは戦うマヤさんを見て冒険者の方なのでは、と思ってしまったんですよ」
「あぁ、成程」
話を聞いた限りだと、冒険者って言う存在は私が読んだラノベや見たアニメに出てくる冒険者と大した違いは無いみたい。まぁそれなら冒険者登録、してみても良いかも。今の私に出来そうな事と言えば、この≪
「あっ、所でクレイシーさん、冒険者って……」
「パパァ、私もう疲れたぁ」
冒険者についてもっと聞きたかったんだけど、メリッサちゃんがそれを遮って不機嫌そうな顔でクレイシーさんを見上げている。あぁまぁ、子供の足で森を歩くのは大変か。
「おぉそうかメリッサ。じゃあパパがおんぶしてあげよう」
「うん」
結局、メリッサちゃんはクレイシーさんが背中におんぶする事に。
「ところでマヤさん?今何か聞きかけていましたが、何でしょう?」
「あ、あぁいえ。今は良いです。メリッサちゃんも限界でしょうし、今はとにかく町へ行きましょう」
「はい、分かりました」
いかんいかん。雑談にばかり集中しちゃって周囲への警戒が疎かになってた。襲われなかったから良かったものの、森を抜けるまで気が抜けない。疲れはあるけど、もうひと踏ん張りだっ!
~~~~~~
その後は、特にこれと言った動物との遭遇やゴブリンの奇襲も無く森を抜けられた。そこから更に歩いて、時折休憩を挟みつつ2時間ほどかけて、私達3人はようやく町の傍までやってきた。幸い、日が完全に落ちる前には町の近くまでこれたけど、でも西の空がオレンジ色になりつつある。まだ悠長な事は言ってられないね。
あと少し、と体に鞭打ち歩いていると……。
「あ、あれ?クレイシーさん、なんか前方から馬が来ますよ?」
「え?」
メリッサちゃんをおんぶして歩いていて、クレイシーさんも疲れたのか俯いていたけど、私の声を聴くと顔を上げた。って言うか、なにあれ。馬の上に、兵士らしい人が跨ってる?町の兵士なのかな?
とか思って足を止めていると、ん?何か先頭の騎馬兵の人が私の方を指さしながら叫んでる。なんで?と思って居ると瞬く間に騎馬兵が私達3人を包囲、って、えぇっ!?
「そこの者!動くなっ!?」
「ひょえっ!?」
や、槍ィっ!?急に槍突き付けられましたぁっ!?なななな、何でぇっ!?思わずグリースガン持ったを両手ばんざーいッ!やめて刺さないでぇっ!
「今すぐクレイシーさん親子から離れろっ!」
「え、えっ!?」
「早くしろっ!」
なんでなんでぇっ!?私何も悪い事してないよぉっ!でも従わないと不味そうだしっ!と、とりあえずゆっくり離れようっ!
「クレイシーさんっ!よくぞご無事でっ!あなたの帰りが遅いと奥様が心配しておいてでしたっ!」
「つ、妻がですかっ!?」
「はいっ!念のためにと出て来たのですが正解でしたっ!」
何か後ろでクレイシーさんと私に槍向けているのとは別の兵士さんが話してるけどっ!
「く、クレイシーさんっ!状況説明お願いしっ!」
「貴様っ!勝手に喋るなっ!」
「ひぃっ!?」
だ、ダメだぁっ!しゃべらせてもらえる状況じゃないぃっ!?かといってグリースガンを使ったら絶対まずいよねっ!?下手したら転生初日からお尋ね者街道まっしぐらじゃんっ!それは流石に不味いってぇっ!……あぁ、私が何したって言うんだ。は、はははっ。あぁもう、笑うしかない。
「ちょ、ちょっと待ってくれっ!彼女は私と娘を守ってくれた命の恩人だっ!乱暴はやめてくれっ!」
「「「「……。えぇっ!?」」」」
あ、良かったクレイシーさん説明してくれた。おかげで槍も引っ込んだ。あ、あぁ、良かった。あ、あと少しで、漏らす所だったぁ。
「は、はははっ」
女としての尊厳は守られた。でも恐怖で張り付いた笑顔だけは、しばらくもとに戻らなかった。
~~~~~~
「「「「大変、申し訳ありませんでしたっ!!!!」」」」
あの後、クレイシーさんが兵士4人に事の次第を説明してくれた。森でゴブリンに襲われ、馬を殺され馬車も大破し絶体絶命だった所を私が助けた事。目的地も同じだったので道中の護衛を頼んだ事などなど。
そして話を聞くと、兵士の人ら4人はすぐに馬から降りて、深々と私に頭を下げてくれた。
「は、ははっ、いやまぁ、間違いは誰にでもありますから。どうかお気になさらず」
いやまぁ、正直に言うと怖かったし半分パニックにはなったよっ?でもさ、だからって町を守ってる兵士の人らに『この落とし前どうしてくれるんっ!?あぁっ!?』みたいなこと言えるわけ無いし。
「お、おぉッ!寛大なお言葉、誠にありがとうございますっ!」
あっるれぇ?なんか、隊長らしい人からすんごい感謝されてない私?まぁ良いか。それより話をしていたせいでますます日が落ちている。
「そ、それより町の方へ行きませんか?ここで話をしていても日が暮れたら不味いですしっ」
「確かに。ごもっともですな。ではお三方、どうぞこちらへ」
その後、周囲の騎兵の人らに囲まれながら私達は町の入り口までやってきた。
「あぁっ!あなたっ!メリッサッ!」
すると門の傍で兵士らしい人らと一緒に居た、少しメリッサちゃんに似た金髪の女性がトレイシーさんらに気づいて駆け寄って来た。十中八九トレイシーさんの奥さん、だよね?駆け寄って来た女性が涙ながらにトレイシーさんと抱擁を交わす。
「良かったわあなた達が無事でっ!早くに帰ってくるって聞いてたのに帰りが遅いから私心配でっ!」
「あぁリンダ。道中ちょっとトラブルがあってね。心配をかけてすまない」
「いいえっ!2人が無事に帰ってきてくれて嬉しいわっ!」
「ママッ!」
「あぁメリッサッ!あなたも無事でよかったっ!」
トレイシーさん達家族は、嬉しそうに抱擁を交わしていた。その姿を見ていると、何だか疲れも吹き飛ぶ気がした。涙を流しながらも笑みを浮かべている奥さん。再会を喜んで笑みを浮かべるメリッサちゃん。それを見守るトレイシーさん。
今度は、自分も含めて守ることが出来た。この手にある銃のおかげで。そう思うと自然と視線が手に握られたグリースガンに移る。
「ありがとう」
武器にお礼なんて、可笑しいって思われるかもしれない。でも良いの。今日という日を乗り越えてここまでたどり着く事が出来たのも。トレイシーさん達を守れたのも、全部この手の中にある銃の、グリースガンのおかげなんだから。
誰かを守る事の出来た喜びと誇らしさで、私は笑みを浮かべながらグリースガンを見つめていた。
~~~~~~
あの後、私は一先ずトレイシーさんが支店長を務めているという商会に案内された。メリッサちゃんは奥さんの『リンダ』さんと一緒に、私にお礼を言うと先に自宅の方へ帰って行った。
案内されたのは『エルディウム商会・レトラント支店』と書かれたお店だった。ちなみにこの時、私は店名が読めたことを安堵していた。
理由は簡単。文字がアラブとかの象形文字みたいだったからっ!何あの文字っ!?なんて読むか分からないのに文字を目にするだけでその上に日本語で文字が浮かんでくるのっ!いやまぁこれも女神様から貰った加護の効果だけどっ!って言うかそもそも言葉が日本語で通じてる時点で結構ヤバいんだけどさっ!
内心、言語やら会話に少なからず違和感を覚えていたけれど、変に悶えて注目されたくないし、とりあえず黙ったままトレイシーさんの後に続いた。
まずは支店の中に入り、トレイシーさんが状況の説明をした後、私は支店の奥にある応接室へと通された。そこで待っているように言われ、職員さんらしい女性が出してくれた紅茶(みたいな味と色のお茶)を飲みつつ、ヘルメットを取ってソファに座り待つ事しばらく。
「いやぁすみません。お待たせいたしました」
「いいえ。お気になさらず」
お茶を飲んでいた所に何やら小さな布製の袋を持ったトレイシーさんがやって来た。
「本当に申し訳ない。助けて頂いた恩人だというのに待たせるような事になってしまって」
そう言いつつトレイシーさんが私の向かいのソファに腰を下ろした。
「いえ、ホント大丈夫ですから」
申し訳なさそうに声を上げるトレイシーさんへのフォローとして、私も例文じみた言葉を微笑みと共に返す。
「そう言っていただけると助かります。が、助けられた人間として、まずはお礼を言わせてください」
トレイシーさんは姿勢を正し、真っすぐ私を見つめている。それにつられて、自然と私の背筋も伸び、表情も引き締まる。
「マヤさんのおかげで、私と娘は無事家族の元に戻る事が出来ました。一人の人間としてそのことに感謝すると共に、一人の父親として、娘を守って頂いた事に深く感謝を申し上げたいと思います。ありがとうございます」
トレイシーさんは深々と頭を下げた。
「そこまで言っていただければ、私も全力で戦った甲斐があるという物です。お二人が無事で何よりでした」
正直、一度は見捨てて逃げようとも考えた自分が居ると思うと、こんな事を言える立場じゃないのかもしれない。でもそれを口に出すべきではないし、結果として二人が助かったんだから、よしとしよう。うん。
「ありがとうございます。それと、報酬という訳ではありませんがよければこちらを」
「え?」
顔を上げお礼を口にしていたトレイシーさんは、先ほど手にしていた袋を私の前に差し出した。
「どうぞ、お納めください」
「え?あ、は、はいっ」
何だろう、と思ったけどお納めください、なんて言われて。ちょっと緊張しつつも袋を受け取った。直後、中から『ジャラッ』と何か音がした。ん?待てよ、こういう音どっかで聞いた事あるような?
「それはゴブリンから守って頂いた事と町までの護衛への報酬です。中には小銀貨が5枚と大銅貨が5枚。中銅貨が5枚入っております」
「……えっ!?」
なんだっけ?と思って首を傾げてた所に伝えられた中身の内容ッ!って言うかお金っ!?あぁあの音、硬貨がぶつかりあう時の音にそっくりだったんだっ!って言うかっ!?
「えっ!?ほ、ホントに良いんですかっ!?お金なんて貰っちゃってっ!?」
「それはもちろん。その報酬はマヤさんの労働に対する正当な対価とお考え下さい」
「対価、ですか?」
思わず、手の中にあるお金の袋に視線が行き、ついでゴクリと固唾を飲んだ。別にお金が欲しくて助けた訳じゃない。いや、貰える事自体は無一文の身としては大変嬉しいんだけどさっ!
「えぇ。道すがら無一文で困っているという事は聞いておりましたし、せめてもの恩返しになればと少ないですがご用意いたしました。どうぞお受け取り下さい」
「そう、ですか」
お金を貰えるのならそれは嬉しい。でも『本当にこれを受け取って良いのか?』と。私は少しだけ不安だった。今日の私の行動が、この報酬に見合うものだったのか自身が無かった。ただゴブリンを倒してその後はちょっと護衛しただけ。これだけの報酬に自分が釣り合うのか、自分の行動にそこまでの価値があるのか、自信が無かった。
でも今の私にはお金が無い。お金が無ければ生きていけない。装備や弾を買う事も出来ない。だから……。
「ありがとうございます。大切に、使わせていただきます」
お金にがめついと思われても仕方ない。ここは内なる恥を忍んで、私はこのお金を受け取る事にした。
「えぇ、ぜひマヤさんの旅路にお使いください」
トレイシーさんはお金を受け取った私を見て頷いている。これで少なくとも、トレイシーさんとは貸し借り無し、って所かな。報酬も貰ったし。あとは……。っと、そうだ。そういえばさっき聞きそびれた事があったんだった。
「すみませんトレイシーさん、一つお聞きしていいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「さっき聞きそびれてしまったんですが、冒険者ってどうやったらなれるんでしょうか?」
「あぁ、そのことですか。それは簡単ですよ」
「と言うと?」
どんな方法なんだろう?と小首を傾げつつトレイシーさんの話を聞く。
「各地にある冒険者ギルドでは定期的に試験が行われています。その試験を受け、合格すれば良いんですよ」
「えっ!?試験、ですかっ!?」
試験、という単語に思わず眉を顰めた。う~、学生だった身としては試験と聞いて良い思い出は無いよぉ。もしかして筆記試験とかあるのかなぁ?ヤダなぁ。
「はははっ、そう深刻な顔をしなくても大丈夫ですよ。試験と言っても簡単な物ですから」
すると私の顔を見て不安を察したのか、トレイシーさんは笑いながらそう言った。
「そう、なんですか?」
「はい。試験と言っても実地試験みたいなものです。このレトラントにあるギルド支部で行われる試験ですが、内容は至って単純です。当日は私達が先ほど出会った南の森へ行き、そこで『ゴブリンを討伐して証拠の左耳を最低一つ持ち帰るか』、或いは『森に自生している薬草を3本持ち帰るか』。この2つの内どちらかを達成すれば合格となります」
「へ~~」
試験、って言うからどんなものかと思ったけど、確かに内容自体は単純。いやまぁ、片方はゴブリンとの命のやり取りをする訳だから簡単、と考えるのは危ないけど。でも試験の内容ってそれくらいなんだ。なら私でも出来るかも。
「ちなみに、その試験って次はいつですか?」
「え~っと、確か明後日だったかな?確か試験の受付は前日のお昼ぐらいまでやってる、とのことでしたから、明日ギルドに行けば受付してもらえると思います」
「ッ、そうですかっ」
これはラッキー!思わず笑みが零れたっ。町にたどり着いた今、私の新たな目標は安定した収入源を出来るだけ早く確保する事っ!となれば明後日の試験は絶対に逃せないっ!
そのためにはとりあえず明日に備えて休んで。……あぁっ!?
「しまったぁっ!」
宿ッ!私宿取ってないじゃんっ!
「うぉっ!?ど、どうされましたマヤさんっ!?」
「あっ、す、すみませんっ!」
思わず声出してトレイシーさん驚かしちゃったっ!咄嗟に謝るっ。って待てよ、トレイシーさんならもしかしてっ!
「あの、不躾な質問ですが、どこかの宿を紹介してもらえませんかっ!?私まだこの町の宿とか取ってなくてっ!」
「え?あぁっ、そうでしたねっ」
そう言えば、と言わんばかりに頷くトレイシーさん。うぅ、どうしよ~!早く宿取らないとっ!埋まってたら不味いぃっ!折角町まで入ったのに野宿はヤダァッ!
「あぁ、そうだマヤさん。本日は良ければ商会が経営している宿をお使いください。確かまだ部屋には空きがあったはずですし」
「えっ!?」
どうしようっ!?と内心慌てていた所に聞こえたその言葉。それには驚きしか無かったっ!
「い、良いんですかっ!?報酬まで貰っているのに、お世話になってしまってっ!?」
「もちろん。これも私からの恩返しとお考え下さい」
「そ、そう言っていただけると助かりますっ!」
やった~!良かった宿確保できた~!は~~、人助けしておいて良かったぁ。じゃなきゃ今日の宿だってどうなってた事か。やっぱり人助けは大事だね、うんっ!
~~~~~~
その後、私はトレイシーさんに案内され、近くにあるエルディウム商会が経営しているという冒険者向けの宿へと向かった。幸い部屋も空いていたので、とりあえず一泊だけさせてもらう事にした。ちなみに署名を求められた際、思わず日本語で書こうとしちゃって、でも文字がこっちの言語に勝手に変更されるからビビった。
書きたい文字と書いた文字が違うからびっくりしたよ。まぁ問題なく手続きが出来たから良かったけどさ。
「はい。では手続きはこれで完了となります。部屋はあちらの階段を上がって左手。手前から3つめの203号室をお使いください。こちらがお部屋の鍵となります。外出の際には必ず部屋に鍵をかけ、鍵をフロントにお預けください」
「分かりました」
差し出された鍵を受け取る。とりあえずこれで今日の宿はOK。はぁ~これでとりあえず一安心。っと、そうだ。
「トレイシーさん。今日はありがとうございました。何から何まで」
「いやいや。それを言うのはこちらですよ。マヤさんのおかげで、私はこうして娘と共に五体満足で町に戻り、妻の元にも戻れた。正直に言うと、あの時私は死を覚悟していました。せめて娘だけでも逃がせないものか、と」
「ッ」
その時見えたトレイシーさんの表情は笑っていたけれど、違う。微かに手が震えているのが見える。
この人だって、ゴブリンに襲われた時は怖かったはずだ。死ぬ恐怖がどれだけのものなのか、私は身をもって経験したからこそ分かる。それでもこの人は、あの時娘のメリッサちゃんを守ろうとしていた。大切な誰かを守るために。恐怖を乗り越えて。
でも恐怖を乗り越えても、力が無ければ誰も守れない。自分自身さえも。あの日私が、あの女の子を守って死んだように。
「ですがマヤさんのおかげで、こうして無事に戻る事が出来た。本当に感謝しています。ありがとう」
そう言ってトレイシーさんは私に頭を下げた。
「そう言っていただけると、私も嬉しいです。どうかこれからも、メリッサちゃんや奥さんたちと、家族で仲良く、幸せに生きてください。それが今日の私の、戦いの意味になりますから」
トレイシーさんが、メリッサちゃんが、平和で幸せに生きられるのなら。私の今日の戦いの結果が、それに繋がっていくのなら。私の今日の疲労なんてどうって事無い。歩き疲れた足も、銃を持ち続けて疲れた腕も、この人たちの幸せの為になったのなら。これ以上嬉しい事は無い。
「はい、肝に銘じておきます。では、私はこれで。失礼します」
トレイシーさんは笑顔でもう一度会釈をすると、宿を出ていった。
~~~~~~
あの後、一度部屋に行って荷物などを下ろした後、宿の一階にある食堂で軽い夕食を済ませてから部屋に戻った。
「ハァ~~。今日は疲れた~~」
お腹が膨れた事もあって、眠くなってきた私はベッドにダイブした。あ~~既に手足はパンパンッ!今日はもう一歩も歩きたくな~いっ!でも明日はギルドに行って試験の受付とかしないと~~!あ~~!明日は休みたいなぁ!
今後やらなきゃいけない事とかを考えると、既に億劫になる。でもやるしかない。そうじゃなきゃ生きていけない。……今日から私は、この異世界で生きていくしかないんだ。
ふと、今日の出来事が脳裏をよぎった。
今日はホント、色々あった。転生して、慣れない森を歩いて、初めて戦って、魔物とはいえ殺しをして、歩いて歩いて、疲れ果てて。
「ハァ、これから、身の回りのことは全部自分でやらなきゃいけないんだよなぁ」
今までは家族が居て、お母さんがやってくれた事も全部自分でやらなきゃいけない。そう思うと体の怠さがより一層強まる。……けれど。
「今日、私は守れたんだよね。トレイシーさん達の事」
ベッドの上でゴロゴロしていると、部屋に備え付けれられいたテーブルの上に置いたグリースガンが目に入り、思わず独り言が漏れた。
あの銃で、グリースガンで私は今日、戦ってあの二人を守った。映画で活躍するヒロインたちみたいな、スタイリッシュな戦い方は出来なかったかもしれない。でも守る事は出来た。それが、たまらなく嬉しかった。
命を落として、家族と死別して。その恐怖や怒り、悲しみ。それらが痛いほど私には分かる。けれどそれが分かるからこそ、あの二人を守れた喜びも、より一層大きかった。
私が力の象徴とした銃は、確かに兵器だ。武器だ。それは結局、誰かを殺す事しか出来ない。でも使い方を間違わなければ、今日みたいに誰かを守る事だってできるはず。だから……。
「出来る事なら、今日みたいに、私の力で、誰かを守れたら、良いなぁ」
ふと、想いが言葉となって漏れた。でも今日はもう、これでおしまい。あぁ、ダメだ。眠い。もう、目を開けてられない。もう、寝よう。
ベッドの上で横になりながら、私は襲い来る睡魔に抗わず、そのまま眠りについた。そして、私の異世界転生初日は終了を迎えた。
第4話 END
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