発見と合流

 森の入り口に辿り着くまでの間にも妖魔の容赦ない襲撃は続いていた。後方からの襲撃は後ろに追従していた人間の軍の人達が、前方からの襲撃は先行している魔族がそれぞれ応戦し、なんとか不利な状況にはならずに順調に進行していた。

 森の中は獣道なので、所々人一人が通れるくらい狭い道や、足場の悪い場所も多くあり、奥へ進むのに時間がかかっていた。


 更に森の中を進んでいくと、夜の影響もあり妖魔の数も活気も昼間の時とは比にならない程倍増していて、後ろにいた人間軍団や魔族の人達が応戦やらおとりになって分散させたりして、五、六十ほどの集団だったものが今では俺を含めて十人くらいしか周囲に居なくなっていた。



「魔族の者は恐らく何とかなると思うのでご心配なく。彼らも伊達だてに魔族の軍をやってないですから」


「う、うん……」



 アダインの言葉に頷いた。そんな彼に『人間達は?』等と聞くのは恐らく野暮やぼだろう。穏やかで柔軟性のありそうな性格のアダインでも、魔族と人間の扱いの差は考えるまでもない事なのだろう。

 この件に関し、ほぼ全ての魔族に共通して頭の固くなっている彼らの考えを変えていくにはかなり苦労しそうだな……と苦笑した。



 彼らは彼らで何とかやってくれるだろう事を信じて森を更に奥へ進む。

 右手の草むらがザワザワと風に吹かれた揺れとは異なり不規則に激しく揺れる。それとほぼ同時に抜剣ばっけんしたアダインがくるりとそちらの方向へ向けて剣を横なぎに払う。



「ギュワァァァ!!」


「――ちっ、多いな」


 側にいた魔族の五人も身構えて魔法を放ったり剣を振って応戦を始めた。

 二人いた人間の軍人も援護するように彼らが倒し損ねた妖魔を処理していく。


「……さすが、天下の『魔王様』は高みの見物でいらっしゃいますか?」


「――っ!? スク……ジョンダルク殿」



 皆の戦闘に注視しすぎて気配に全く気がつかなかった。またもや思わずファーストネームが出そうになり、慌てて言い直す。分隊長の彼も、妖魔の襲撃で分断されずに俺達に付いてきていた。

 でも何となくだけど、俺達と共闘する為というよりは俺の動きを為に張り付いて来ている気がする。


 シフの方の軍団と別れる前にひそひそ何か話し合っていた様子だったし、恐らく『魔王』の様子を観察するように命令されているのかもしれない。スクラムは、今の今まで一度も戦闘に参加していない俺を皮肉ったような笑みで見下ろしながらそう言った。

 対する俺は、戦える術を持っていない――というか唯一戦闘に参加できるかもしれない要素である魔力の使い方が分からない。というのが奴にさとられると、魔王では無い事がバレる事に加えて色々と問題になりそうなので、必死に余裕あります的なポーカーフェイスを貫いた。



「そういうジョンダルク殿は行かないのか?」


「俺が出なくてもまだ大丈夫でしょう。それに、今は殿の脇がガラ空きなので、誰かおりが必要では?」


「私には……必要ない。近付くな」



 軽薄な笑みを浮かべ『魔王殿下』の部分だけわざとらしく強調して挑発している。お守りってのもかなり嫌みな言い方だ。無遠慮に距離を詰めてくるのでその分だけ後ろへ下がる。

 だけど悲しきかな……足の長さの差なのか同じ分だけ動いてるハズなのにその距離は一気に縮まり、触れ合える程の至近距離まで近付かれた。


 ふいに上げられた奴の右手に顎を掴まれ、強制的に奴の顔に向けて見上げさせられる形になる。魔族の美形に見慣れてしまったせいか、恐らく人間の中でもかなり整った顔立ちなんだろうけど、彼らと比べると全然だなと思った。



「――まさか、天下の魔王様がこんなにチビッこくて可愛らしい顔してるとはな。その顔でにらんでるつもりなの? そそるだけなんだけど」


 何か無くゾッとするような事を言ってる気がするんだが……聞こえなかった事にしておこう。一向に顎から手を離してくれないので、奴の右腕を払うように右手を振り上げると、その右手はいとも簡単に奴の左手に掴まれ拘束こうそくされた。



「そういえば魔族の交渉こうしょうは男も女も関係ないんだよね? 因みに俺もそういうトコ偏見ないからイケるよ。魔王様だったら全然いける」


 奴の言ってる交渉とは、商談やら会談で合意に至るという意味のソレではもちろんない。その後の会話の結びで嫌でも言いたいことが分かってしまう。ていうか『この』っていう言い方も妙に気になる。

 やはり、あの結界の儀式で俺が偽物の魔王だという事がバレてしまったんじゃないだろうか。俺がボロを出すのを期待してブラフをかけてる可能性も大いにあるけど。


 ……つか、腕力強ぇなコイツ。全く振りほどけない。俺の考えてる事が分かったのか、奴はふっとバカにするように笑った。



「我々人間は魔族の方と違って魔法が使えませんのでね。自然と腕力こっちが鍛えられるんですよ」


 こっち、と言うタイミングに合わせて俺の右手を掴んでいた手の力を強める。奴の指が腕に食い込むくらいの圧力をかけられ、痛みで思わず口から「うっ」とうめきが漏れた。

 その瞬間、俺らの間を裂くように突風が巻き起こった。



「う、何だ――これは」



 息も吸えない程の強烈な風に驚いたスクラムは俺から手を離して二歩三歩と後ろへ引いた。

 対する俺も目が開けられなくて、両腕で顔を覆いながら後ろへ下がると、柔らかい壁に背中が包まれた。驚いて後ろを振り向けば、いつも優しく微笑んでいる俺の見知った人が、見たこともない怒気を含んだ表情カオをして俺の肩をかかえていた。



「う、ウェルター!? どうしてここに」


「楼……ロー様 お怪我はございませんか?」


 慌てているのか、思わず素で俺の事を呼ぼうとした上留さんことウェルターは、鬼のような形相を無かったかのようにかき消すと、心配そうな色を浮かべて俺の身体を力強く抱き締める。

 強烈なハグを正面から受け、鼻と口がウェルターの胸に押し付けられ息が出来なくなり、訴える為に彼の背中をタップした。


 すると、ようやく身体を離してくれたウェルターは、すみません……と一声謝罪してから安堵したように笑みを浮かべた。



「まさか楼人貴方様まで救援組に混ざってるとは思いもよりませんでした。ご無事そうで良かった」


「やはり、あの人間が話していた助っ人はあんただったか、ウェルター」


「ああ、ロー様の依頼案件が落ち着いたから早めに合流しようとここまで来たら、人間の一団が妖魔に襲われているのを発見したんだ」



 妖魔の討伐がひと区切りついたのか、アダインが少しだけ息を切らしてこっちへやってきた。邪魔が入った上に魔族の助っ人がやってきた為、スクラムの様子は先程とは打って変わって大人しくなった。



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