報告と救援

 水を飲ませてもらって落ち着いてきたのか、逃げ帰ってきた若者はお礼を言うと、しっかりと自分の足で立ち上がった。


「貴方は……確か土木担当をしていた方ですよね。探索組の他の皆様はどうされたのですか」


「はい、ワラドール様。我々は日が登って直ぐに出立しゅったつして夕刻前には帰る算段でいたのですが、運悪く妖魔の集団に遭遇してしまい、散り散りに分断されてしまいました」


 運良く軍の人と一緒に逃げられた者は恐らくどこか身を隠せる場所で堪え忍んでるかもしれないとの事だが、誰がどうなったかは必死で逃げていたので分からないという。



「私も軍人様お二人と土木仲間数人と共に逃げていたのですが、十を越える妖魔の群れに襲われました。その時、魔族の御方が助けに来てくださりました」


「――え、魔族?」


 魔族というワードに反応したのは俺だ。先程のマーレイの冷たい態度からして、どの魔族も同じように人間の事はどうでもいいという考えなのかと思ってたけど、魔族の中にも思いやりのある人物がいるみたいで良かった。

 声に反応して俺を見ると、若者は顔を引きつらせて「ひいっ!」と悲鳴を上げた。どうやら魔王陛下は人間に怖がられているようです、はい。


「こ、こちらはまさか魔王……で、殿下で」


「あー、まあ。そうだ。立ち聞きしてすまないが、話を続けてくれないだろうか?」


「は、はいっ!」


 なるべく威圧的に聞こえないように、そして魔王らしさが無くならない程度に男性に声掛けをすると、上擦った声が返ってきた。



「茶色い髪の背の高い魔族様でいらっしゃいました。多分、風の魔法を使われてました。その方は突風を巻き起こして妖魔と私達の間に壁を作ってくださり、町まで逃げて応援を頼みに行ってほしいと仰ってました」


「風魔法……」



 マーレイは何か心当たりでもあるのか、物憂げに顎に手を当てて考えているようだった。魔族がまだ外に取り残されているならば、マーレイ達も状況が変わってくるんじゃないか?



「その後も次々と妖魔の群れが現れて、逃げているうちにいつの間にか一人になっておりました。とにかく助けを呼ばないと、という思いで必死に走ってここまで戻って参りました……誰か他に帰ってきている者はいないのでしょうか?」


 無言で首を横に振ったシフを見て、若者は絶望的な表情でがくりと膝を折った。


「そこの人間、その風を扱う魔族が現れたのはどの辺りだ」


「ひ、はい。シラハの森の西の入り口から何キロか行った所だと……。私も必死に走ってたので正確かどうかはあまり自信がございません」



 マーレイは普段は敬語を使うのに人間の一般人相手にはとても横柄おうへいな態度であった。場所の確認が取れると、アダインに向けて指示を出す。

 


「アダイン、ウーロンと他数人の魔族と共に森の西側から捜索してきて下さい。道中もし人間が見つかったら状況によって保護は任せます。私はリヤース達と森の東側から参ります」


「承知致しました。それで、ロー様は……如何いかがされますか」


 さすがにこの状況で居残りは絶対に嫌だ。助けに来てくれたという魔族もそうだけど、もし助けられる人がいるなら見つけてあげたい。アダインはまだしも、マーレイは特にもし人間が見つかったとしても無視しそうな気がするし。

 じいっとやる気満々の瞳を維持してこっちに視線を向けたマーレイとにらみ合う。


 はぁ……と根負けしたように溜め息を吐くと、マーレイはひとつ頷いた。


「まあ、貴方様はそういう方ですよね。ご一緒した時間はまだ僅かですが、お考えや性格はもう何となく理解してきました」


「ありがとう。皆の足手まといにはならないように気を付けるから」


「――お礼を言うなど……本当に貴方様は変わっていますね。見ていて飽きません」



 困ったようにそう笑ったマーレイは、門番に向かって指示を出す。



「我々は森の捜索に参ります。開門して下さい」



 魔族に話し掛けられビクッと背筋を伸ばしていたが、元気良く「はっ」と叫ぶと門に手をかけゆっくりと押し開く。



「捜索のご協力感謝いたします。私達も共に参加いたします」


 後ろにシフを始め人間の軍の集団がざっと百名程集まっていた。マーレイはその一団に視線を向けると鬱陶うっとうしそうに舌打ちした。



「我々は人間の捜索をメインにするつもりは御座いませんので。それと、道中もし捜索隊の皆様に何か起こったとしても、我々に助けて貰えると期待はしないで頂けるとさいわいです」


「――はい、承知の上です。不明者が見付かれば我々が保護を致しますのでお構い無く。互いの目的地が一致しておりますので、道すがらご一緒させて頂きますが、どうぞよろしくお願いします」



 何だろうか。もう、バチバチバチーっと火花が飛び交っている気がする。二人とも胡散うさん臭い笑顔を貼り付け、言葉遣いは丁寧なのにガッチガチに戦闘態勢な会話を交わしている。

 俺はアダインと一緒に西側からの捜索に一緒に行くことになった。シフも俺と同じ方向から行くと言ったのだが、奴を警戒しているマーレイが阻止して東側に同行となった。


 こちら側の人間側の代表者はサイロード国軍の分隊長を務めていると言っていたスクラム・ジョンダルクという男だった。

 初対面の時と同じく紺色の肩くらいまでの長さの髪をオールバックにしてポニーテールできっちり止めていた。耳に揺れているピアスが似合ってはいるんだが、そのせいでかなり軽薄なイメージがどうしても付いてしまう。



「それでは……どうぞお手柔らかに願いますね、ガルデア魔王殿下」


「――――うむ」


 うっ……うむ、だなんて。漫画の世界でしか聞いたこと無い台詞! 恥ずかしすぎる。変じゃなかったかなと思ってマーレイにちらりと視線を送ったけど、変な顔にはなってなかったので恐らく大丈夫だろう。

 とにかく生存者の救出は時間との戦いになるので、迅速に準備を整えてからそれぞれ別れて出立した。



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