魔王代理と、軽い口約束と

「本日の魔王様は、ご機嫌が宜しいようで良かったです。初めて笑顔を拝見致しました」


「……すこぶる、健康状態が良いのでご気分も良いご様子でしたから」



 すこぶる、と言う所で俺に頭を向けたクオが恐ろしい眼力で睨み付けてきた。『余計なことをするな』という圧をヒシヒシと全面に感じて、ごめんなさい! と心の中で何度も頭を下げた。




「健康状態が良いと言う事でしたら、結界の様子も見に来て頂けますよね?」


「恐れながら、我々も自分達の土地の整備で手がいっぱいなのですよ」


「条約――お忘れなのですか。互いに力を合わせないと、直ぐに均衡が崩れてしまいますよ」


「……っ」



 クオが言い負かされているのか、シフの言葉に返す言葉を失っていた。色々と分からないことだらけだが、要は俺達が人間の領域を守る結界を確認して、足りなかったら補強してあげれば良い話なんじゃないのか?

 どうやって結界を維持してるのかは分からないけど、お互い協力し合っている関係なら手助けしてあげればいいのに。



「ロー・ガルデア殿下……どうか、我々をお助け願えませんか」


「ですからシフ殿」


「殿下! お願い致します」



 それでも断ろうと声を掛けるクオを無視して、人間代表の皆様が一斉に頭を下げてきた。その熱意と迫力に押されてしまった俺は、クオにされた忠告を無視して口を開いた。



「わ、かりました。力になれるか約束はできませんが、確認だけなら……」


「ありがとうございます!!」


「……ちっ、バカが」



 クオが、皆に聞こえないくらいの小さな声で悪態をついていたけど、口の動きで何を言ってるのかは分かった。

 これは……後が怖い。




「ったく、何も知らん小僧が勝手に出来もせん約束を交わすなバカが」


「いや、あんなに大変そうなの見ちゃうと断れないよさすがに。念のために、約束できないかもって前置きはしておいたんで……」



 案の定、クオのお説教タイムが始まった。別室に人間ご一行を下がらせて、俺達も会議室に移動してからすぐに始まったクオ劇場。



「あの、まず結界って何? 魔力か何かを使って街を守ってるって事だよね」


「そうです。魔王ロー様の内に秘めている強大な魔力の一部を使って、それぞれ人間の境界と我々魔族の境界を妖魔の襲撃から守っているんです」


「魔王の魔力で……」



 ウェルターの説明では、境界を守っている結界を維持するには、常に魔力を放出し続ける必要があり、どの魔族よりも計り知れない量の魔力を持っている魔王がその役割をになっているそうだ。

 勿論昼間は妖魔は現れないためほぼ魔力を使ってはいないが、夕方を過ぎてからは結界にく魔力を高めるので、魔王だけでは負担が大きい為、各地に境界の結界補助の役割を持つ魔族が常に交代制で待機をしているらしい。



 魔族の魔力と魔王の魔力によって結界を守っているらしいが、シフの話によれば近頃は結界が破られる傾向があると。



「実はロー様は、歴代稀に見る程の魔力を多く持ちすぎるゆえに、反動により数ヵ月に一度……深い眠りについてしまわれるお身体なんです」


「おとぎ話の姫様みたいだね」


「眠りにつくことによって、内で暴れだす魔力を抑え込んでいるのですが、ここ最近……眠りにつかれる回数が増えてきていました」


「それは、なんで?」


「……わかりません」



 眠っている間は、魔力が極端に抑えられてしまうために結界の魔力も弱まり、魔族の方はまだしも人間の境界まで回す力が足りなくなるらしい。

 もちろんその間は結界に待機している魔族が足りない分を補って補助はしているが、本来のものよりはどうしても弱くなってしまう。


 そこで、魔王の衰退すいたいを疑った人間達が様子を見に此方こちらにやってきたのだという。

 なるほど、それで俺が必要だった訳ね。


 でも、こんなのだけ続けても一時しのぎにしかならない気がするけど……と口にすれば「分かったような口を聞くな」とクオに怒られた。



「そう言えば、さっきシフが言ってた条約って何の事?」


「――お前は知らなくていい」


「さすがにここまで来たら俺だって部外者じゃ居られないよ! 言える範囲で良いから教えてください。そしたら何か力になれるかも……」


「そう簡単な事じゃない! お前の役目はもう終わった。さっさと帰るなりなんなりしろ」



 これ以上関わるな、というように怒鳴ったクオは、怒りに任せてそう告げると、振り向きもせずに部屋を出ていってしまった。



「あーあ、クオ様が声をあららげるなんて珍しい。まあ、僕もぶった奴って大嫌いなんだよね。ではでは!」



 飄々ひょうひょうとした様子で毒を吐きつけたヤーンも彼の後を追うように出ていってしまった。

 やれやれ……というようにマーレイが俺の真向かいの席に腰を下ろして呟いた。



「まったく、興味本位だけでこの案件に首を突っ込むのはオススメしませんよ?」


「この世界へ無理やり俺を連れてきたのはアンタ達じゃないですか。勝手に連れてきておいてもう用済みだからさようなら、ってのはさすがに虫が良すぎない?」


「ほう、なかなか口達者なんですね。おびえるだけの子ウサギではないようで、少し感心致しました」



 マーレイは相変わらず上から目線での言葉だったけど、その瞳は興味深そうに向けられていて、口元も嫌みな感じではなく自然と浮かんだような微笑みに見えた。

 真っ赤な髪の毛のアダインは、最初の印象からずっと変わらず快活そうな笑みでマーレイの隣へと座った。



「マーレイさん、ロウトには話してやっても別に良いんじゃないっすか? 俺、ロウトの事嫌いじゃないぜ」


「あの、どうも……です」


「私からもお願いします。楼人様が納得をされるまで、お話をしたい」



 俺の隣に座ったウェルターが、真摯しんしな眼差しをマーレイに向けた。

 それに根負けしたのか、マーレイは深く溜め息をくとゆっくり口を開いた。



「そう言えばまだ正式に名乗っておりませんでしたよね。私はマーレイ・カリュウと申します。このガルデア国の外交・政治・そして異界の扉の番人の役割をさせて頂いております」


 めちゃくちゃ多様な職種を併用してるんだな。マーレイは条約について説明をしてくれた。

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