九霊家の人々 3

 一方、九霊一郎は長年「傍流」の者として、目立たず、静かに身をひそめるようなかたちで、本家とは別種の「ささやか」な稼業、日銭商売を地道に続け、一人息子の正和も父同様、心技体揃ったバランスのとれた穏やかな青年に成長し、狩猟を含めたアウトドアの技術、サバイバル能力を身に付けながらも、あえて、人間の逆の側面も学びたい、と大学は当時慶応大学に新設された総合メディア学科に進んだ。


 正和が、そのように首都圏南部にて最新の人知のあり方というものを学んでいるさなか、父一郎のそれまでの静穏な生活に波乱が起き始めたのが、衆院議員次郎が「元パチプロ」の履歴をアピールしてパチンコ業界保護を明確に打ち出した直後あたりからだった。


 九霊本家の「参謀」役になっていた西海の助力により、一郎の意向が汲まれて、次郎の政界進出の発端に一郎の存在ありき、の側面は長年表沙汰にはなってこなかったのだが、世の中全体、政情不安定な流れのなかで「認知戦」「情報戦」のようなものも始まっており、西海や一郎の意思などとは関係なく、一郎と次郎の過去のいきさつが掘り返され、一郎自身の履歴もつまびらかにされ、「パチまみれ議員の誕生に異母兄弟の存在あり!!」と喧伝される事態となった。


 特にやましいところのない真っ当な「商売」を営んでいたところを、「政商」扱いされ、狩猟の趣味が「危険人物」認定を助長する格好になった。


 この騒動のさなか母ひさのが老衰のために穏やかに息をひきとったのを看取った直後から、一郎も動き始める。


 当初、小料理屋、ヨガ教室からスタートした旭川市内での店舗経営も、ビル2棟所有しての多角経営に広がっていたのだが、信頼できる上級幹部社員にほとんどを委ねるかたちにして、妻を伴なって密かに上京した。


 コンサル業を畳んだ時に、以降パチンコ、パチスロとは無縁で生きようと決め、ここまで来たのだが、現状そうのんびり構えてもいられず、長年薄くつながり、たまに連絡を取り合い、数年に一度のペースで顔を合わせていた、業界の「ディープ・スロート」的存在、川西とホテルメトロポリタンのラウンジで会い、妻も伴い、諸情勢についてのレクチャーを受ける。妻の清美は一郎の年齢9つ下でコンサル業をしていた時に知り合った「元業界人」でもあったので、話を聞きたがった。


「まず、もう『野党連合』が政権奪取するのは確実だろう。そうなればパチンコ、パチスロはマニフェスト通りに違法扱いになって廃絶だ。だが現実、今日も都市圏を中心に6千の店は営業しているし、そのまま、はいそうですか、とはならない。パチンコ、パチスロは『退廃娯楽廃絶』の一部分に過ぎず、もっと愛好者の多い文化芸能方面、野球、サッカー、格闘技、音楽、マンガ、アニメ、映画、このあたりも無傷じゃ済まず、奴らの都合の良い方向、つまりは太平洋に出て向こう、反対側の大陸まで『覇権』を及ぼすために欠かせない『国民皆兵化』に邪魔なものは全て何らかのメスが入り、いままで通りというわけにはいかない。となれば国は分断され、一種の内戦状態になってもおかしくはない」


 一気に川西にまくしたてられ暗澹とした雰囲気のなかで清美が口を開く、

「そう。私たちはたまたまキリのいいところで業界からFIREして、全然逆の『健康志向』の方にシフトして、いい流れに乗ってたってことなんだろうけど、最近つくづくその『健康』とか、もっというと『潔癖』とでも言うべきなのかしら、お客さんの様子なんか見てても、まっしぐらにその方向しか見てない感じがして、怖いって思ってたのよ。それも何かしら『国民皆兵化』を見据えての策略だったってこと?」


 川西が受ける。

「それは、間違いない。昔、パチンコ攻略雑誌を発明した人が日課のようにSNSで『戦争絶対反対!』ってつぶやいてたけど、まずもってパチンコ、パチスロほど『軍事政権』にとって邪魔なものはないよ。君らもわかると思うけど、パチとかスロにハマった連中ってのは、雨が降ろうが槍が降ろうがホールに来てただろ?あれみりゃ、ああ、こいつらいざって時に使えねえ、って思うわな。自分の台が当たってる時に、火事だー!!!って叫び声が聞こえても、すぐに立ち上がったりしないやつらだもんな。戦争やるのにそんな性根のやつらがいたんじゃお話にならないってことさ」


 アルバイト店員から店長そしてコンサルタントまでをこなした一郎が

「ああ、たしかにそうだった。偽造カード使ってた奴を捕獲しようとしたら、反撃してきてポケットからナイフ出してきたんだよ。それでこっちも空の玉箱投げつけて応戦してさ、島のなか大騒ぎになってるんだけど、既に箱積んでる客とか、当たってる最中の客とか、ナイフが床に転がってるの目に入ってるんだけどハンドルから手を離さないんだよなあ。まあ、おれはそれ見て、この商売しばらくは安泰だな、と思ったけどね。あの時はね。ははは」と述懐する。


 川西が、九霊夫妻にとっては意想外の驚きの情報をもたらす、

「そう、それでだ。革命側も昔イギリスに阿片でやられたり、富国強兵の日本軍に敗走させられたり、それで欧米や日本に対して積もり積もった鬱憤を晴らすときがきた!とでも思ったのか、表で『パチ廃絶』を叫びながら、その裏で、マンガの『カイジ』にあった『沼』のパチンコじゃないけど、とにかく見た目からして端から非合法なものにしか見えない機種ばかり揃えた『裏パチ』の店に、抵抗運動で邪魔になりそうな知識人層を誘導して廃人同然にしちまおうってな作戦が、もう水面下で動いてるんだよ」

「そうなのか?そうなるともう業界の内部、半分くらいは向こうに取り込まれてるってことになるんか?」

「そうだな」

「んーーー、それは厳しいな。いや、おれは単純に『野党連合』の側には立ちたくないってだけで、いま先々の細かいプランなんぞはなにもないんだが、川西はどうするつもりなんだ?」

「そりゃもちろん、おれは草莽の側だからな。『野党連合』の方が今や資金潤沢なブルジョワなのは間違いない。なんとか一矢報いたいとは考えてる」

「で、もう具体的なアクションは起こしてるのか?」

「ああ。まだ、とっかかりに過ぎないが、その『裏パチ』の正体は掴んでるんで、なんとかそこに取り込まれそうな人らを説得してこっちに引き戻そうってなことくらいはやってる。でもその先についちゃ妙案はまだないな。一刻を争う時だとは思うが」

「『裏パチ』の中はみて、実際に打ったこともある?」

「ああ、ある。で、おまえのことだから行くって言うんだろう?わかったわかった、うんうん、場所も教えるし入り方も教えるから、ちょっと落ち着け。いいか、おまえも、メーカーの開発のヤバそうな、マッドサイエンティストっぽいやつら、何人か会ったことあるだろ?うんうん、そういう連中のなかでも、選りすぐりの、しかも道徳観の欠片もなさそうな奴に潤沢に金と時間と設備を与えて作らせた台ばかりが置いてあるんだ。阿片どころの騒ぎじゃないかもしれん。なので行ったら最後戻って来られないことも頭のなかにいれとかなくちゃって話なんだよ」

「そうなのか。ってことは、いま市場に出回ってるようなやつを、ちょっと波荒に改造して、とかそういう類のものじゃない、ってことか?」

「そういうことだ」

「で、『カイジ』の沼どころじゃない、と」

「ああ、まさに」

「もう造形からして違う、と」

「そういうことさ。いいか、とにかくいちばんヤバそうな奴らが作ったってことだ。やつらはいわば『脳汁ジャンキー』みたいなもので、ドラッグ無しでもイケるぜ、っていうような台を作るのを究極の目標にしてる。個々の人間とか、もっといや国家の尊厳だとかなんだとか、そんなものは眼中にない。究極、世の存在すべてを超えた!神をも越えた!なんぞとほざきだす。どういうことだと思う?」

「あれか、場合によっちゃ死ぬ、とかそういうことか」

「ああ、それだ」

「……そこまでやっちまったってことか……」

「そうなんだよ。だから行って帰ってくるのも並大抵のことじゃないし、そこから『同志』たるべきものを連れ戻してくるとなりゃ、それ自体がもう『軍事行動』だと考えた方がいい」

「んーーーー、これは川西軍事日誌をご教示ねがうほかないな」

「ああ、そうする」


 そして、『裏パチ』店、入店から脱出までの『軍事行動』についてのレクチャーが始まった。

















 




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