日本列島のパチ文学

辻タダオ

「パチ文学」作者の娘でございます。

 死んだ父が歴史学者だった影響もあったのか、なかったのか、

なんとなく「ネット考古学」分野には興味があって、時間をみつけては、

「ネットサーフィン大全カンブリア紀編」を読み、「1の母でございます」のような『2ちゃん』の『コピペ』の類をあれこれ精読し、愚かな死を迎えた父の在りし日の姿をそこはかとなく思い浮かべ泣き笑いしていたのだった。


 この場合の「泣き笑い」だが、「笑い」の成分のほうが圧倒的に強い。

というのも「父の死」によって、残された家族の「リスク」が大幅に軽減されたからだ。


 父は列島のかつての「首都圏」南部に残って、最後まで「抵抗」を続けていたから。


 それも「パチ」なんていうもののために。


 人類から愚行権を奪うな!と。


 生来、「化学物質過敏」「電磁波過敏」気味であった私からみれば、「パチ」はそもそも体質的に無理なので、父のいうところの「愚行」という軽いニュアンスの言い回しで表現されてはたまらないのであり、どう考えたってあんなものは「悪行」や「罪業」と呼ぶにふさわしいものとしか思えなかった。


 母や私が、いくら説得しても、本人は頑として持論を曲げずに、虚飾と汚濁と荒廃と化学物質と電磁波にまみれた旧東京に残り、地下組織による抵抗運動に加わり、そこで命尽きることになった。


 自分たちには理解不能な支持のしようもない「運動」に加わり、その影響は係累にも及ぶ可能性大であるにも関わらず、制止を振り切って飛び込んでいったその運動体のなかには、「演者」という肩書を持つ、そして憎むべき電子楽器を持つ、年若い「愛人」もいたのがわかっていたので、父の死を悼む、惜しむ、そういう気持ちが大きなものにならなかったことについては、何ら責めを負うべきものではない、と私は考え、実際、訃報に接したときは「バカよ。あなたは」と乾いた言葉しか出てこなかった。


 母は若干落涙していた様子もあったけど、「これで安心して暮らせるわね」とハッキリ口にした。


 旧知の顔、かつては親しく、「お馴染みの顔」といってもよかった、家族ぐるみの付き合いのあった、「運動員」の面々からの、迷惑な支援要請もこれではっきりと断ることができる。「ウチにはもう関係のないことですから」と。


 そう、「パチ」がらみの運動員たちの厚顔無恥さには辟易させられっぱなしだったし、何かにつけ父の「高邁なお考え」のあれやこれやを、べらべらとまくしたてては、カンパをあおごうとするんだけど、まずその着ている服から発する「香害」をどうにかしろって話であって、そのようにデリカシーが全くないところ、この人ら皆がほぼ例外なくもつ特徴だった。


 なので、父の死後、ひとり、ふたり、ぼつぼつ入れ替わり立ち替わり、当局の監視網を潜り抜けて訪ねてきてた者ども全員に、そのたびごとに「絶縁」を申し渡した。母も私もそのことでかなり精神的な負担が和らいだのだった。


 これでもう「パチ」なんていう不浄のものと一切合切の縁を切ることができた、と。


 そんなバカものどもの誰か一人、もう誰かは思い出せないくらいなのだが、こちらが「いらない」という意思をハッキリ示しているにも関わらず、「遺品です」と無理矢理置いて行った、上部の封が開いた、赤い「レターパックプラス」、ギッシリ詰まった紙ベースの資料がいまにもあふれてこぼれ落ちそうな「レターパックプラス」が、玄関先の靴箱の上に、私も母も、どちらからとも何も言いださぬまま、およそ数日放置されていた。何しろ元から散らかっていた場所だったのでそれ自体、埋没したような状況にもなっていた。


 その捨て置かれた「レターパックプラス」の封の切れた頭の部分から、こぼれ落ちそうだった紙が、春一番の影響で玄関先に散らばった時、たまたま私が居合わせたので、仕方なくかき集めて、台所の大きなゴミ箱に放り込んでやろう、としていたところ、ぎっしり詰まったword書体タイピングによる印刷物群の散らばったほぼ中央に、父の「手書き」、油性ペンで記されたと思われる大きな9文字「日本列島のパチ文学」、表紙の一枚が否が応でも目に飛び込んでくる。


 なにとはなしに、付近に転がっていた1ページ目の紙から、ナンバリングの順にまず並べて、サラっと読み始める。


 すぐに、「これはこんなところに放っておいてよいはずのものではなく、可及的速やかに処分したほうが身のためだ」ということは立ちどころにわかるような内容だった。


 しかし、なんだろう、こんな私であっても「禁制を破る」ことの背徳への快感のようなものを覚える心性が備わっていたのか、だんだんと引き込まれていった。


 母の気配はなかったので、急いで全てかき集め、自室に持ってきて自分のデスク上で、まずは順番を整えることに集中した。


 それは禁止、弾圧の対象となった「パチ」に関わっていた者たち個々の、「パチ」への関わり具合や、「パチ」に対する入れ込み具合、つむぎ出された「パチ」讃歌、禁止弾圧前後の闘争の様子、禁止弾圧前の時代のノスタルジックな回顧録、架空の「パチ」天国の様子を描くユートピア小説……etc


 そういったものが一見雑多に寄せ集められているかにみえ、実は父一人の「思考実験」によって生み出された一個の壮大な「作品」であるかの如くに見える「紙の山」だったのだ。


 節約のためであろう、全て「両面印刷」なので、ナンバリングの通りに正しく配置するのはかなり骨の折れる作業だった。


 その作業をしながら、ふと、これを紙ベースで残した父の「意図」を考えた。

私の「化学物質過敏」「電磁波過敏」を父が知っているのは間違いなく、DVD-R等の電磁データでは絶対に目を通さないだろう、と予測し、それが為にわざわざプリントアウトして、ピンポイントで私に向けてこれを残したのではないか?、と。


 なので、どこかに私に向けて言いたかった、言い残したかったことが、書かれているかもしれない、という思いも浮かんできたので、なおさら、漏れや抜けがないよう、作業を進める手付きもより慎重に、したがって速度も遅くなってきた。


 もちろん、そのギッシリ詰まった文字列で展開されるであろう父の主張に賛同したり、さらに踏み込んで、その「遺志」のようなものがあるのならをれを継ごう!というようなことには、絶対にならないであろう、ということは「決意」などの大仰な心の動きもそこに介在する余地はないレベルであって、一瞬でもそのような心の惑いなどに囚われるはずもなく、実際そのとおり、完読後も自分の「パチ嫌い」な性向は変わりはしなかった。


 ただ、私たちの体制のもとでは禁止も弾圧もされていないけど、大っぴらに顕彰、賞賛されいているほどのものでもない、「腐女子作品」を楽しむときのような調子で読む分には、それはそれで、それなりに面白いではないか、と感じた。


 リアルな「パチ」行為の愚行は認めがたいが、文章上の「愚行」はあってもよいのではないか、と。「腐女子作品」に慣れ親しんでいる感覚でそう思ったのは確かなのだ。


 「パチ」のなかに「腐女子」の要素がまったく皆無ではなかった、というのも多少はあった。


 しかし、そんなことより、何をそんなに好き好んでパチなんかに堂々と大っぴらに人々が入れ込んでいたんだろう、というまさに「腐った」好奇心をくすぐられたってところが、「パチ文学」を読み進める原動力になったのは。確かだ。


 私にも父同様に腐った面はある。分野は違えども。

と、ある意味覚めた目で自分自身を俯瞰でとらえなおすきっかけになっていたかもしれない。「パチ文学」を読む行為が。


 実際の執筆の経緯がどのようなものであったかは、まったくわからない。

父はあくまで「学者」であったし、「小説家」然としたところはなかったように記憶しているから。


 誰かからの聞き書き、何かからの引用、収集した資料の丸写し、もかなり混ざっている気もする。しかし「論文」のように出典等が何も明記されていないので、ほんとうのところはまったくわからないのだった。


 ただひとつ言えるのは、「パチ」というものがどんなものであったのか、という唯一無二の最後の「記録」が、いま自分の目の前にある物体としての多量の紙なのだろうという確信はあった。自分がこれを廃棄すれば「人類史」からパチの存在は未来永劫消え去るのかもしれない。


 電磁波の影響が少なく、エシカルな視点で作られた各部品を結集して製造された、政府推奨機器である、文章入力、保存、出力特化型のワードプロセッサーで、丹念にその原稿をタイピングで「書写」し、全頁漏れなく完遂した。その作業遂行の間にほぼ内容も頭に入っていた。


 父は「パチ」を守る立ち位置だったのだが、このある意味での「大著」の内容全部が全部「パチ」讃歌ではなかった。父の意図は「愚行権」の死守にあったのだから、「パチ」が愚かなものであることの具体内容も詳細まで伝える必要があったのだろうし、愚かゆえに楽しい!と強調されるような箇所も多々目に付いた。


 生来の「パチ嫌い」の私だが、むしろそういう部分の方に引き込まれていったのだった。


 紙に印字して、特に娘である私に伝えたかった何か隠されたメッセージというものがあったのかなかったのか、の件だが、そういう気配はこの大部千幾百ページには無かった。しかし誰にあてたものであるにせよ、「パチ」とは、もしかするとかなり面白いものなのかもしれない、と思わせるだけの熱量は充分感じ取ることが出来た。


 これからその「愚かな」パチの長旅へあなたを誘うことになる。


 




 












 







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