友達妾の奮闘記!――殿下と私の秘密のお茶会――【完】

ぺるも

1――序章――

第1話

尾関おぜき、頼んでた資料はまだ終わらないのか?」


「すみません課長、あと三十分程お時間頂いても宜しいでしょうか?」


「ちっ、こっちも予定ギリギリに詰まって忙しいんだよ……ったく、これだからゆとりは使えねえな」



(聞こえてんだよクソジジィが!!)



 一体いつからだったであろうか。二言目にはすみません、という言葉を付けるのが当たり前になったのは。


 課長が最後の声量を落として毒づいた言葉をしっかりと聞き取った私は、痙攣けいれんしそうになるほどひきつった笑みを張り付けながら、心の中で思いっきり奴に罵声ばせいびせた。


 特に大きな夢も希望も持ってこなかった私は、家の近くにある公立の小学校、中学校、学力偏差値も並レベルの高校を出て、やりたいことも見つからなかったので、取りあえず短大を受けて猶予ゆうよを引き伸ばした。



 短大を出てからは、広告やCMでもよく宣伝されているような程々の商社に勤めることが出来て、今や二年目である。


 学力も特段悪いということもなく、何でもそつなく無難にやってこられたので、人間関係も困っていたという事もないし、恋愛も人並みには経験してきたつもりである。



 沢山の友人に囲まれて……という程の華やかさは無いけれども、何でも相談できる親友と呼べる友達もいるし、二ヶ月前までは彼氏もいた。

 謙遜けんそんをしている訳ではなく、私の顔立ちは『良い意味で素朴そぼくでいい』らしい。


 それって褒め言葉なの? と疑問が沸くが、元彼が素朴で何か安心感があると言っていたので、一応褒め言葉として受け取っておく。



 そんな私【尾関おぜき 晴乃はるの】は、今日もまた人をこき使いまくる上司の課長へ頭を下げている。もはや恒例行事が行われているかのように、周りの皆は視線すら寄越よこさない。



 集められた情報をまとめてはファイルに起こして資料を作り、課長に何度もダメ出しを食らいながらまた資料を作り……気が付けば定時を迎えている。

 基本的に残業は一ヶ月に十五時間まで、と決められている為、終わらない仕事を続けることも許されない。


 残業が短いイコール、それがホワイト企業なのかと聞かれると一概いちがいにそうとは言えない。残業に付けて働けない分は、家に持ち帰ってやらないと次の日に更に影響が出てしまう。

 表向きには残業も少なくて良い会社に見えるが、私以外の皆も暗黙の了解で当たり前のように行っているこの勤務形態は、今の日本社会の闇そのものじゃなかろうか。


 皆、自分の仕事に必死だから……他の人が大変な状況でも気にかける余裕なんて一ミリもない。皆毎日何かに追われるように必死に手を動かしている。



「社会人てなんかクソつまらんそうだよね」


「うん、時々何の為に私こんな事してるんだろう? って考える時あるよ」



 奥の席では誕生日の人が祝われているのか、一段と騒がしさが際立つ大衆居酒屋のすみっこにて、その光景を横目にいつものトーンで会話が進む。



 既に真っ赤な頬でかなり出来上がってしまった様子の、現在大学四年生の私の親友である長門ながと美来みくるが私の向かい側の席で勢いよく机に突っ伏した。



「……気持ち悪い」


「またかいな、もうーー!!」



 美来はいつもグロッキーになるまで飲み過ぎた事に気が付かない。毎回介助する私の身にもなって欲しいんだけど、この流れも慣れすぎて逆にないと寂しくなってしまうかもしれない。



「落ち着いた?」


「……うん、いつもすまねーはるのぉ……」



 赤い顔から急に真っ青に変わった親友の謝罪を聞きながら苦笑いを返す。

 トイレの水道で口を何度かゆすいですっきりした様子の美来は、今度は食い入るように私の顔を覗き込んだ。



「晴乃、大丈夫?」


「いや、大丈夫じゃないのは美来の方でしょうが」


「そうじゃなくて――あんまり良くないそうが出てる」


「マジか……」



 いつになく真剣な面持ちでそう言った美来の言葉に、急に気分が一気に落ち込んでいく。

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