第32話 君の花


あまり役に立っていない私は片付けで頑張るしかないとは言っても。



「あけびぃ、ガムテープ取ってぇ。あ、これ片付けて」

「はい!」


「姫さん、そこにハサミあるから気をつけろ」

「はい、ありがとうございます!」


「こけし、邪魔だ。道を開けろ」

「、はい。ごめんなさい」


「あけび、このポスター捨ててくれ」

「はい!」


「あけびちゃん、これ持って」

「はい!って重っ」


「あけび、キミにはパイプイス6脚は無茶ぶりだと思うぜ。ほら、代わりにこっち持って」

「あ、ありがとう……」



稜汰君の親切でパイプイスと交換してもらったダンボールを片付け終えてから、ぐったりと噴水に座り込む。



私って……なんって役立たずなんだ。指示待ち気が効かない非力……最悪だ。ジュン君の手当てをしたくらいで調子に乗りすぎた。



うな垂れていると、「はぁい、ボラ研の皆注目」という鮎川先輩ののんびりとした声が降ってきた。



「担当露店の片付けが終わったら解散していいとのお達しを受けたからぁ」

「んで、勝負ってのはついたのか?」



ドカリと隣に腰を下ろした(ちなみに密かに飛び上がった私を横目で睨みつけた)保君の質問に、鮎川先輩が露骨に嫌そうな顔をした。



「まぁ、勝ち負けで言えば、負けだな」



舌打ちを漏らした彼女の代わりに答えた深見先輩も、どこか不満そうに続ける。



「白蓮はさっさと片付けを終わらせてな、運営に呼ばれてどっか行っちまった。たぶん、何か仕事を貰ったんだろう」

「あたしも【ウチも手が空きました】って言ったんだけど、【白蓮さんに手伝っていただくので大丈夫ですよ。今日はありがとうございました】って笑顔で返されちゃあね」



つまり、東高校よりも白蓮高校に手伝ってもらいたいって判断されたってこと?


稜汰君が手のひらをポンと打って口を開いた。



「あ、そういえば、深見先輩。俺、豊条さんに【深見様によろしくお伝えください】って投げキス貰ったんだけど、いる?」

「い、いらん」



口元を引きつらせて首を横に振る深見先輩。そんな彼を押し除けて、鮎川先輩が勢いよく身を乗り出した。



「何あんた豊条と喋ったわけぇ!?何か言ってた!?」



備品を持って次々に広場から出ていく人たちを見ながら、記憶を手繰り寄せるように眉根を寄せていた稜汰君は「ああ」と頷いた。



「【廃部は免れない運命ですわね】って」

「あの米女ぁ!!」



額に青筋を立てた鮎川先輩に稜汰君が少しだけ困ったように肩をすくめる。



「運命は変えられますよ、ってウインクしておいたら顔真っ赤にしてケダモノ扱いされたぜ」

「僕さ、稜汰はそのうち逮捕されると思う」

「数年ぶりに意見が合ったな、真澄」



ドン引きしてる表情を浮かべる真澄君に、保君が呆れたように首を振った。



「つーわけでぇ、子どもたちに喜んでもらえたのは良いとして。次は絶対白蓮より頼りになるって運営側に思わせるってのが簡単な反省ね。詳しくは後日。じゃあ、解散。お疲れぇ」



手を叩いた鮎川先輩に、私は立ち上がって「お疲れ様でした」と頭を下げる。



「あ、真澄と薫、あんたらはちょっと居残り。すぐ終わるからあたしの話聞いていくこと」

「え〜、何?僕、何かしたっけ?」



無言で頷いた薫君の隣で、不満げに唇を尖らせる真澄君を見て保君が鼻で笑う。



「俺は先に帰るぜ」

「よく言うよ。1人じゃお家まで辿り着かないくせにさ」

「てめぇっ」



保君を振り返った鮎川先輩がにっこりと笑った。



「ああ、あんたもだわ、保」

「はぁ!?」

「すぐ終わるからぁ」



こっち来いよとばかりに親指をくいっと後ろに向けた鮎川先輩は「俺もか」と少しばかり顔をしかめた深見先輩と先を歩き始めた。



「行こっか」



ぎょっと目を見開いた保君の腕を清々しいくらいの美少年スマイルで掴んだ真澄君は、そのまま彼を引っ張っていく。


その際、近くでボール遊びをしていた子に「あっ、さっきのお姫様みたいなお姉ちゃん」と声をかけられ手を振っていた。



「……えーと、あけびは薫を待つのか?」

「あ、うん」



ポツンと残された稜汰君と私。少し離れたところで話している先輩たちをぼんやり見つめる。



「稜汰君は保君を待つの?」

「その必要は無さそうだ。保は真澄が送ってくれるみたいだから」



彼を見上げて尋ねれば、ちょっぴり残念そうな声で答えてくれた。



「あ、じゃあ帰るのかな?えーと、お疲れ様」

「No」


え。



稜汰君は噴水の縁に腰掛けると、目を泳がせる私ににこりと微笑みかけながら自身の隣をポンポン叩いた。



「1人じゃ寂しくない?薫が来るまで、一緒にいさせてよ」



うっ。



ドキリと心臓が音を立てる。


それを悟られないように「……失礼します」と小さく頭を下げてから人1人分くらいのスペースを空けて彼の隣に座った。



「ん?なんか遠くね?」

「そそそんなことは、」

「うーん、この微妙な距離感はちょっと切ないかな」


ひいっ。


よいしょ、と私が作った距離をあっさり埋めてきた稜汰君に思わず目をきつく瞑ってしまう。



「お、演出がわかってるなぁ、あけび」

「え、はぁい!?」



耳に何か感触があって、触られてると悟るまで1秒。反射的に彼と距離を取る。


稜汰君はパッと手のひらを私に向けて不思議そうに目を瞬いた後、へらりと頬を緩めた。



「あー、Ciao?」



チャオじゃないです!

はぁい、って、別に英語で挨拶したわけじゃないので!



どうしてこんなにも動悸に悩まされなきゃならないんだろう。


息をゆっくり吐きながら先程触れられた部分に手を伸ばすと。


……ん?


何か柔らかいものが髪にさしてあることに気づき、そっと抜き取って見る。


あっ。


「これっ、」

「あけびは色白だからピンクが映えるよな」



ピンク色のツツジ。


時には色気を醸し出す垂れ目を細め、稜汰君は屈託無く笑った。



「たもつ、君」



思わず溢れた名前に慌てて口を閉ざす。彼はきょとんと目を丸くしてから、眉尻を下げた。



「俺は保じゃないぜ」



私、いくらなんでも失礼すぎる!!



「ご、ごめんなさい!えーと、その、これ、ありがとう、嬉しい」



しどろもどろに言葉を紡ぐ私をじっと見つめる稜汰君。責める様子は一切ない。やがて口角を静かに上げ、「……本当?」と小首を傾げた。


本当だよ。


お花なんて貰ったの、人生で2度目だもの。

嬉しくないわけないよ。



「うん、うん。押し花にしてとっておくね」



ツツジを再び髪にさすのも何となく気が引け、潰さないようにそっと手で包み込む。思わず笑みが溢れ、即座に顔を引き締めた。



変な人だと思われちゃう。



チラリと横目で彼を窺うと、稜汰君は気もそぞろにピアスを弄っていた。



「……そんな花1輪で、大げさだな」



その頬が、ツツジみたいなピンク色で。なんだか私も無性に恥ずかしいというか、照れくさくなってくる。



「お、大げさなんかじゃないよ。そうだ、今日は稜汰君の呼び込み、すごかったね」

「あ、ああ。だろ?やっぱり愛があれば不可能なんて無いんだよ」



照れ隠しというか心拍数の上昇を隠すように笑いかければ、稜汰君は自信たっぷりに頷いた。


……そう、私とは大違い。



「でも、あけびも活躍したよな」

「えっ!?してないよ!」



あまりにも現実とかけ離れていて、お世辞にもならないセリフだ。


ありもしないことを褒められると、恥ずかしくなるものなんだな。



「してたって。ほら、男の子の手当てしてやってお友達との仲とりもってただろ」



俯いて内心溜め息を吐いていた私は、「あれ、あけびだろ?」となんでもないことのように言う隣の彼を弾かれるように見上げた。



「み、見てたの?」

「いやぁ、小学生相手とはいえ妬けたなぁ。あんな優しい笑顔付きで優しくされたら男なんて簡単に落ちちゃうぜ?」



いつもならこの彼の言葉で私は真っ赤になって自己嫌悪に陥るんだろうけど、今回は違った。というか、それどころじゃなかった。


み、みみみ見られた!!


まさかあの垣根からの見るも無残な脱出も!?も、もしかしてつっかえたところからすでに見られてたとか!?



頭を抱える私をよそに稜汰君は続ける。



「鮎川先輩に頼まれたんだよ。あけびにキツい仕事やらせちゃったから、ひとっ走りして見てきてくれって。問題なかったらすぐ帰ってこいってね。いやぁ、一見親切だけどよく考えたら人使い荒いよな」



あ、鮎川先輩……。



んで、と茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべた彼は私の手元のツツジを指差した。



「その花は、そこから貰ったやつ」



いっぱい咲いてるからいいかなーって、あ、もちろん謝ったぜ?心の中で、と朗らかに笑う稜汰君。


それもどうなんだろうかと思うけど、それを喜んで受け取る私も私なのかな。ごめんなさい。



「だからそれは、俺からの花」



風でヒマワリ色の髪を僅かに揺らし、片目を瞑ってバキュンと指をピストルみたいに私に向けた稜汰君。



「似合うよ、お姫様」と唇で三日月を描いた。



ああ、なんだろう。



胸がドキドキうるさい。でもこれは稜汰君がかっこいいからじゃない。いや、かっこいいんだけども。これは、続きが気になって仕方ない大好きな本の新巻を開く直前と同じ気持ち。



「稜汰く、」

「うん?」



チラリと隣を窺い見る。自身と私の間に手をついた彼は、前のめりに覗き込むように顔を寄せてきた。



「どうした?てか、顔赤いぜ」



ちょ、ちょちょちょちょっと、ちか、近い、



「近すぎんだよボケ」



稜汰君が大きく目を見開く。



い、いやいや待って、今のは私じゃなくて、



「うわっ!?」



次の瞬間、二の腕を掴まれたと思ったらそのまま力強く引っ張り上げられ、立たされた。


驚いたような表情をすぐに平素のものへと戻した稜汰君は、柔らかい微笑を浮かべる。



「Ciao、我が愛しの幼馴染み」

「だから愛しくねぇって言ってんだろ」



不機嫌そうな声を聞きながら状況を理解しきれていない私は、あまり触られたくない二の腕をしっかり掴む手を見つめ、ゆっくりと視線を上げていく。とうとう鋭い目とバッチリ目線がぶつかり、危うく叫ぶところだった。実に危ない。



「……あんま見んな」



瞳を揺らした保君は、ぶっきらぼうに呟いて目を逸らした。



あ、あの、とりあえず二の腕を握るのは本当にやめていただきたいです!!……って言えたらなぁ!



私の願いが届いたのか、腕を離してくれた保君。頭をがしがし掻いて「稜汰」と正面の彼を見据える。



「帰るぞ」

「ん?真澄は?」

「用事があんだってよ。だから稜汰に送ってもらえって先に帰った」



へぇ、と立ち上がる稜汰君。



「あけび」



待たせた、という抑揚の無い声に振り返れば、薫君。慌てて彼に走り寄る。



「お疲れ様。どういう話だったの?」

「人を威嚇しすぎだから気をつけろって言われた。そんなつもり全く無かったんだが」

「そ、そうだね」



やっぱり、この高身長で表情の無いまま見つめられたら怖いよね。頭の片隅で思ったけど口に出さず曖昧に頷いておく。



「……その花」



彼の落とされた目線の先にあるものは、私の手の中のツツジ。



「これ、稜汰君がくれたの。また机の上に飾ってある押し花が増えるよ」



気恥ずかしく思いながらも、どうしても緩む頬を抑えきれずに笑みを浮かべた。



「ああ、あの大事にしてるやつか」

「うん、あ、ごめん、帰るよね?ちょっとだけ待ってもらえる?」



普段と変わらない薫君の顔がほんの少しだけしかめられていたことに、いつもなら絶対に気づいていた筈なのに。この時の私は気づかなかった。


私の頭は別のことでいっぱい。


もしかして、違うかもしれないけど、ひょっとしたら。


ドキドキと心臓がうるさい。


くるりと薫君に背を向け、稜汰君に駆け寄る。



「り、稜汰く」

「つか、帰ってきてからまだ花結と会ってねぇだろ。あいつ相当お前のこと好きだからな。会わせろっていい加減うぜぇ」



彼を呼ぶ声は保君に遮られ、私は思わず足をピタリと止めた。



「かゆ?ああ、花結な!懐かしいなぁ、俺も会いたいよ。きっと美人になってるんだろ」



一瞬首を傾げかけた稜汰君は、それはそれは嬉しそうな顔をした。



「同じ歳とは思えねぇぞ。中身が全然成長してねぇ」



稜汰君は眉をひそめる保君の背中を「んなこと言うなよ。俺の婚約者だぜ?」とポンポン叩く。


彼の言葉に胸を突き刺された気がした。


そうだよね。

私はなんて単純で、まぬけなんだろう。



「ああ、そういや昔それで一悶着あったな」

「そうそう。じゃあ俺、家帰ったら連絡入れてみるわ」



楽しげに話す2人に背を向け、とぼとぼ薫君のもとへ戻る。



「何か用があったんじゃねぇのか」

「あー、うん。でもいいの」



私と2人を見比べてから再び私を見下ろした薫君に、首を振る。彼は「そうか」と頷き、するりと私が背負っていたリュックを抜き取った。自身の肩にかけ、呆れたように私を見下ろす。



「こんな重いもん、役に立ったのか?」



「自分で持つよ!」と慌ててリュックを取り返そうとしていた私は、チラリと稜汰君を横目で見てから小さく笑った。



「……ちょっとだけ、ね」



うん。ありえない。そもそも名前だって違うし。子どもみたいな考えを押しつけるなんてよくないよね。


稜汰君は稜汰君。


……たもつ君は、たもつ君。



私は自分の安易な考えと希望と、よく分からない痛みにフタをして顔を上げる。



「今日はいい天気でよかったよね、薫君」



次のボランティアはもっともっと頑張らなくちゃ。


背負い直したリュックが、やけに重く感じた。

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