第29話 ヨーヨーと金魚
「遅いっ!」
食べ物からおもちゃまで数多くの露店が円を描くように並ぶ噴水広場。その一角で、ある程度は自粛した怒号が飛んだ。
やっぱり怒られた!!!
しかし意外なことに目を三角にして腕組みしながら私たちを待ち構えていたのは、鮎川先輩ではなく真澄君だった。
「どこで道草食ってたわけ!?たかが公園半周分だろ」
可愛らしい顔を怒りに染める真澄君に保君が面倒そうに答えた。
「半周っても2kmあんだぜ。妥当な時間じゃねぇの?」
「それにしてもかかりすぎだよ。てかさ、なんで背負われてたの?あけびちゃん」
そう。
私は保君に背負われて帰ってきたのだ。
私をおんぶしながらダンボールを四つも重ねて持って現れた保君を見た瞬間、薫君と真澄君は眉根を寄せ、鮎川先輩と稜汰君はポカンと口を開け、深見先輩にいたっては吹き出した。
そして1番初めに彼らから出た言葉といえば、「前、見えてるの?保」だった。ごもっともな質問だ。
「実は、腰が抜けちゃって」
「どうやったら腰抜けるの?こんな軽いもの持って」
ダンボールをバシバシ叩きながら訝しげに私を見る真澄君と目を合わせられない。
というか、軽いんだ。やっぱり真澄君も意外と力あるんだな。
「保、何かイタズラしたんじゃねーの?」
花壇のオレンジ色のレンガに腰掛け、膝に頬杖をつく稜汰君が薄く笑う。保君は顔色一つ変えずに肩をすくめた。そして、私の背中に朝からずっと重くのしかかっている登山リュック(お父さんから借りてきた、小さめサイズのもの)に目線をやる。
「してねぇよ。重そうなもん背負ってるし、ぎっくり腰じゃねぇの?」
ひ、酷い。ちょっと怖いけど優しいと思ってたのに、責任転嫁して人をぎっくり腰扱いだなんて!
歯噛みした私はハッとぎっくり腰、じゃない、腰が抜けた理由を思い出した。
そうだ、私、おでこ……!!
素早く額を両手で覆って俯く。真澄君の視線をヒシヒシと感じながらも顔を上げられない。
正直あの時保君に何か言われた気がしたっていうか確実に言われたんだけど、展開が早すぎて頭に入ってこなかったんだよね。
「……保、あけびちゃんに何かしたでしょ」
「だから、してねぇって」
質問というよりは確認のような真澄君の言葉にも保君は白を切るだけ。
「保が脅迫かセクハラしたとしか考えられないね。その凶悪そうな顔が物語ってるよ」
「誰が凶悪そうな顔だ。てめぇなんか嫌いだ」
顔を歪めた保君に、真澄君がふわりと微笑んだ。
「残念だなぁ。長い付き合いだし、僕は結構保のこと好きだよ。ピーマンの次くらいに」
「それ何位だよ。しかもピーマンってお前の嫌いな食いもんだろうが」
雰囲気が険悪になりケンカが勃発しそうになった瞬間、手を打ち鳴らす乾いた音。
「はい、そこまでぇ。仕事するよぉ」
稜汰君の隣に座っていた鮎川先輩が立ち上がりながらジーンズの土埃を払う。
「あけびちゃん」
後で詳しく聞かせてくれるよね、と柔らかな笑みを口元に貼りつけつつ目は全く笑っていない真澄君に私は何度も頷いた。
稜汰君も立ち上がり、ダンボールのフタに人差し指を引っかけてできた隙間を興味なさそうに覗く。
「でも、仕事っつってもなぁー。せっかく保とあけびに追加備品持ってきてもらったのに必要なさそうだぜ」
え?
他の店は子どもたちで賑わっているのに、私たちの屋台は閑散としていて。もしかしたら子どもには見えないようになっているんじゃないかと疑うレベル。
「はぁ?これって店開いてたのか?」
片眉を上げた保君に「まぁ、一応な」と深見先輩が、足元にある水色のビニールプールに目を落とした。ゆらゆらと浮かぶ水ヨーヨーたちは全部色や模様が違って、とても綺麗だ。
うーん、ヨーヨー釣りってなかなか魅力的だと思うんだけど。実際、私も小さい頃に縁日に来たら挑戦してたし。でも、やっぱり最近の子たちの心には触れないのかなぁ。
「おほほほほほ!閑古鳥が鳴いていらっしゃいますのね!」
……この笑い声は。
顔を上げれば、勝ち誇ったような輝かしい笑顔を浮かべる豊条さんが立っていた。なぜかピンクの袋の綿飴と、赤いヒラヒラした尻尾の金魚が1匹入った金魚袋を持って。
背後で「閑古鳥って女子高生のセリフか?てか鳥に頭突つかれればいいのにぃ」と鮎川先輩の舌打ちが聞こえたけど、振り返らないでおこう。
「どうかしたのかい?豊条」
こよりを針金に巻いて釣り仕掛けを作っていた深見先輩が豊条さんを見て小首を傾げると、彼女は急に頬を染めながら俯いた。
「あっ、いえ、あの、これを深見様にお渡ししたくて」
「ん?」
ずいっと勢いよく金魚と綿飴を差し出された深見先輩は、困ったように笑う。
「あー、わりぃな。気持ちだけ受け取っておくぜ。ほら、豊条、甘いもの好きじゃろ?俺が貰うのは申し訳ないっつーか」
断られた瞬間泣きそうに歪んだ顔は【甘いもの好きじゃろ?】という言葉に再び赤みと喜びを取り戻した。
「そんな、深見様、私の好みを分かってくださっているなんて嬉しいですわ」
「え」
私たちは、彼の顔に【しまった】と書かれているのを確かに目撃した。
「この金魚と綿飴を私だと思って!か、か、可愛がってくださいませ!」
「えっ」
何言ってんのあいつ、と眉根を寄せた鮎川先輩に稜汰君が「しー」と人差し指を唇に当てる。
真澄君と保君はボソボソ小声で罵り合っている。時々なぜか「あけび」「こけし」というワードが耳に入ってくるので、私はなんとか聞こえないふりに努めた。
金魚と豊条さんを交互に見やった深見先輩。眉尻を下げて笑った後、おずおずと差し出されているものを受け取る。
「ありがたくいただいておくよ、豊条」
「ふ、深見様……!」
まつ毛を震わせながら彼を見上げた豊条さんは、息を吐いてこちら側に向き直った。その顔は、それこそ水を得た魚のように生き生きとしていて。
「ウチの金魚掬いはあなた方とは大違いの繁盛ぶりですわ!やはり同じ水の中のものを掬う遊びでも、所詮ゴムは生物の敵ではないと覚えておくことね!」
ゴム=水ヨーヨー。
生物=金魚。
と、頭の中で変換しつつ私たちは少しだけ顔をしかめる。
彼女は「ご覧になって!」とビシリと私たちの隣の屋台を指差す。それにしても、豊条さんと私たちのテンションの温度差が激しい。
「とれた!!」
「ねぇ、とれたよ!見て!」
「あっ、破れちゃった!」
「もう1回!」
「俺も!」
指の先を目で追うと、大繁盛の金魚掬い。一際賑わっていた隣って白蓮高校担当だったのか。楽しげな顔や悔しそうな顔、真剣な表情に、嬉しそうな表情を浮かべて水槽を囲む子どもたちは金魚掬いに夢中。
それに、接客してる白蓮高校の人たちも優しそうだし、一部の子どもだけじゃなくて全体を見渡していて手際もいい。すごい。
ほほほ、と口元に手を当てて優雅に微笑んだ豊条さんは「ああ」と思い出したように口を開いた。
「まぁ、もちろん私たちが金魚掬いではなくヨーヨー釣りを担当していたとしても、あなた方のお客様はみーんなこちらにいらっしゃっていたに違いありませんわ」
【お客様】ねぇ、と綿飴を持って走り回る子どもたちを見て鼻で笑った保君を豊条さんが真っ直ぐ見つめた。
「ええ、お客様よ。それもあなたよりもずっとずっと可愛らしい方々」
「別に俺は可愛くなくてもいいんだよ」
彼女に言い返した保君の肩に、爽やかな表情の稜汰君がポンと手を乗せた。
「安心しろよ、保は可愛いぜ」
「死ね」
「生きるってば」
自身を見向きもせず吐き捨てた保君に、稜汰君もすかさず答える。真澄君が深見先輩が持つ金魚袋を人差し指で軽く撫でながら、眉根を寄せた。
「てかさ、この金魚、まさか自分の高校の担当だからって勝手に持ってきたの?」
「まぁ!失礼ね!きちんと自分でお金を払って掬いましたわ!……10回程、失敗してしまったけれど」
ぷりぷり怒りながらも最後の方は小声で呟いた豊条さんに、真澄君が呆れながら「高級な金魚貰ったね」と深見先輩を見上げた。
1回200円だから、つまり2000円の金魚ってこと?すごすぎる。
「では、一つでも売れることを少しだけお祈りしておりますわ!弱小ボランティア研究会の皆様、ごきげんよう!」
私たちを睨みつけてから、肩を怒らせて隣へと戻っていく豊条さんの背中を見送った後、鮎川先輩が首に手を当てて傾けた。ごきっ、と音が鳴る。
「何しに来たのぉ、あいつ。話聞いてるだけで疲れたんだけど。んで、深見が貰った金魚、名前はコメね。決定」
「コメ、か」
顔の前に金魚袋を掲げ、悠々と泳ぐ金魚に苦笑する深見先輩。
コメって……あ、豊条さんは米子さんってお名前だもんね。
「さて」と鮎川先輩が髪をかきあげた。
「じゃ、客寄せの方法考えよーか」
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