第19話 よろしく先輩

「ボランティアの内容も頻度も特には決まってない。平日は放課後や行事で学校内の雑用を頼まれたりするし、休日は色んな施設やイベントに参加したりする」


活動内容に関するプリントを貰った私達は、それに目を落としながら深見先輩の話に耳を傾ける。


へぇ、結構活動内容は豊富な感じなんだな。なんだか楽しそう。


うんうんと相槌を打つ鮎川先輩がペットボトルを弄りながら付け加える。



「ちょっと遠出して泊まりがけになったりすることもあるし。あ、その場合は交通費と宿泊費くらいは出ること多いかもぉ」

「他校のボランティア部と合同で活動することもあるな」



泊まり!?そ、そ、それは青春っぽい。でも合同は絶対に緊張する気がする。


人と関わることが苦手な私にとっては壁になることばかり。それでも不思議なことに、私はこのドキドキと不安を嫌なものだとは思えなかった。理由は分からないけど。



「で、本題はここから」



深見先輩は腕組みして私たちをぐるりと見た。



「このボランティア研究会は、廃部寸前じゃ」

「知ってますけど」



す、鈴原君……。


即答した鈴原君に気を悪くする様子もなく、深見先輩はただ笑みを浮かべただけだった。



「キミらが入ることで部活成立ラインである部員数4人は確保されるが、廃部は職員会議で決められたもの。おい鮎川、舌打ちすんな。……そう簡単には覆らない」



続きを急かすように、最上君が指先でトンとテーブルを叩く。


「で?部員が2人になった時点ですぐに廃部にならなかったってことは免れる条件か何かはあるってことだろ?」

「そこそこ話が分かるね、あんた」


鮎川先輩がビシッと親指を立てた。最上君は嫌そうな顔をする。深見先輩が「続けるぞ」と軽く咳払いをした。



「ボランティアっていうのは募集人数に制限かけてるものもある。たいてい定員に達した時は先着順で締め切られる場合が多いだろう」



ここで質問じゃ、と深見先輩が薫君に目を向ける。先輩は人に話して聞かせるのが上手だ。自分に話が振られるとは思っていなかったであろう薫君が、小首を傾げた。



「人数制限を設ける場合に、役立ち度が微妙な無名団体と地元でも評判のいい有名団体からの二つの応募があったらキミはどうする?」

「……先着順関係なく有名団体をとるな」



だよねぇと頷いた鮎川先輩が頬杖をついて深見先輩とバトンタッチするように口を開く。


「で、話はとぶんだけど、白蓮高校ってあるじゃなぁい?あそこのボランティア部って、地元どころか全国でもそこそこ有名な規模と評判なんだけどぉ」


白蓮高校って、東高校から1時間程かかる街中にある学校だよね。話の展開的に、まさか。



「白蓮って人数多いから、分担して基本的にはこの街のほぼ全てのボランティアに出てるって噂」



彼女は上目遣いで私たちを捉え、口角を吊り上げた。


「つまり、募集制限があるボランティアで白蓮を圧してウチが選ばれれば、価値ある部活として廃部は免れるってわけぇ」


そ、そんな。


「つか、アバウトすぎね?人数制限で切られたのか信頼度で切られたかなんて確かめようがねぇだろ」



肩をすくめた最上君に鮎川先輩が挑発的な視線を送る。



「先着順じゃ負けない。あたしの情報収集力知らないわけぇ?」

「知るわけねぇだろ」


睨み合う彼らに深見先輩が溜め息を吐いて「どこにパイプがあるかは知らないが、鮎川は毎回ボランティアの募集がかかったその日に速攻応募してるからな」と補足した。



「そ。あたし東高の情報屋だから。よろしく」



満足げに片目を瞑る彼女を深見先輩が不可解そうに眉根を寄せて見る。



「そんなこっ恥ずかしい肩書き、初めて聞いたな。お前の情報収集力は学年でも有名だが」

「カッコつけさせてよ馬鹿深見ぃ」



鮎川先輩が勢いよく深見先輩の脇腹を小突く。彼は結構痛そうに柳眉を歪めた。それを満足げに見た鮎川先輩が私たちに向き直る。



「ま、そういうわけで。こっちは好きでボランティアやってんのに、人数が多いだけの奴らに部活潰されるなんて冗談じゃない。戦うしかないよねぇ」


5枚の紙がテーブルに並べられた。


「はい、入部届け」


入部届け、白紙なんですが。項目も枠線も無い。


にこりと紫を細めた深見先輩が頬杖をつきながら人差し指を紙に向ける。



「名前と学年とクラスを書けば、十分じゃ」



……どうにも、手が伸びない。のほほんとボランティアに参加するわけじゃなかったなんて。


口火を切ったのは、立花君だった。


「んじゃ、書こうかな」

「あ!?マジかよ稜汰」


ギョッとする最上君に、立花君が「本気だぜ、おおいに青春できそうだからな」と頷きながら紙を引き寄せる。


せ、青春。そのワードに胸が一瞬高鳴る。


「僕も入ろ」と鈴原君が深見先輩からペンを受け取って迷いなく必要事項を書き始めた。


「真澄、お前には向いてねぇだろ」


最上君が目を丸くすると、鈴原君は否定することなく頷いた。


「ま、似合いはしないよね。でもさ、なんか燃えるじゃん?」


……似合わなくても、燃える?


不敵に上がった彼の口角に、私は思わず姿勢を正した。


で、でもなんか厳しそうだし。戦いって表現が私には、ちょっと……。そうだ、薫君は?



端に座る彼に視線を遅れば、じっと入部届けを見つめていた。無表情の裏側で彼が何を考えているのかは、長い付き合いの私でもあまり分からない。


しばらくして薫君は私を一瞥してから、先輩たちに向き直った。


「……入ります」


か、薫君!


唖然として目を見開く私に、薫君が静かに私の根底にあったことに触れる一言を紡いだ。


「あけびの望みが、叶うかもな」


あ。


……たくさん友達つくって、部活なんか入っちゃったりして、青春して、高校デビューするって決めたじゃないか。私。帰宅部じゃ中学の二の舞だし、何の部活に入ったって大変なことはあるし努力が必要だってことは変わらない。それなら、薫君もいるし、それに。



「私も……入りたいです」



私だって1人じゃなくて誰かと、友達と、目標に向かって何かやってみたいよ。



「こ、こけしまで」



愕然としたような声。ちらりと視線を送れば、顔を歪める最上君。何やらほくそ笑む鮎川先輩が小首を傾げて彼に尋ねた。


「あんたは?」

「……俺は入らね、」

「保」


最上君はぷいと顔を逸らし、そんな彼を爽やかな笑みを浮かべる立花君が呼んだ。


「……何だよ」


身構えるように返事をした最上君は片眉を吊り上げる。立花君は、眉尻を下げて実に切なげに薄い唇を歪めた。


「俺のわがままにお前を巻き込むわけにはいかないからな。俺のことは気にせず、好きにしろよ。こっちはこっちで楽しくやるからさ」


う、うわぁ。


「なっ」と口元を引きつらせた最上君はしばらく打ちひしがれたように押し黙った後、テーブルに手のひらを叩きつけた。


身を引いた私の肩をポンと叩いた立花君が「大丈夫だぜ」と囁いてくれた。


「じ」


……じ?


「上等じゃねぇか入ればいいんだろ入れば!白蓮だか何だか知らねぇが、ようはぶっ潰せばいいんだろ!?」


最上君の頬が心なしか赤いのは興奮って言うよりは、たぶん、照れ……?立花君が小さく笑ったところを私は見逃さなかった。


立花君凄い!最上君に【入部してやる】って言わせるなんて!


ただ最上君の発想がちょっと怖い。一応ボランティア部なのに、【潰してやる】って根本的なところが違う。



「入ってやるって何ぃ?上から目線うざ」

「うっせぇんだよ!」



は、と息を吐いた鮎川先輩をギロリと睨みつける最上君。


「まぁまぁ落ち着け。皆、ありがとな。改めて自己紹介な。俺はボランティア研究会副部長の深見 寿道じゃ」


いい名前だろ?と、にっこり笑った深見先輩はサラサラと雑誌の裏表紙に自分の名前を書く。


としみち、って寿の道かぁ。いいな、素敵。


「ちょっと、あたしの雑誌なんだけど。……あたしは鮎川 秋沙。ボラ研部長」


彼女も奪い返した雑誌の裏表紙に大きく自分の名前を書いた。「この3ヶ月何度も片付けろと言った」と言い返す深見先輩のことは無視している。


……あきさ、先輩。可愛い名前。



「はい諸君。入部届け回収」


5枚全ての紙を引き寄せた鮎川先輩はトランプみたいに広げてそれらに目を落とす。深見先輩も顔を近づけて覗き込んだ。



「全然喋んないのが冬堂 薫、イタリア君が立花稜汰、おかっぱちゃんが姫後 あけび、生意気な美少女が鈴原 真澄、目付き悪いのが最上 保ね。覚えたわ」


お、おかっぱちゃん……。特徴に大分引っかかったけど、それでももう覚えてもらえたことに驚いた。それから、何だか嬉しい。だって、特に上級生と関わる機会が無かった私には先輩がいたことなんてなかったから。



「それぞれ名前呼びしてね、決まりだから」


用紙をまとめてクリップで留める鮎川先輩に深見先輩が首を傾ける。


「そんなルールあったか?俺らもお互い苗字呼びだし、先輩たちもそうだっただろ」

「だって5人も突然増えたんだから、呼び方バラバラだったらややこしいし。あ、あたしらのことは好きに呼んでいいからぁ」


……名前呼び。



「あけびちゃん」



ポンと左肩を叩かれて振り向けば、大きな目を楽しげに細める鈴原君。


「僕の名前は?」

「……す、鈴原君、じゃないですよね私ったらホント馬鹿だよね誠に申し訳ないです!ままま真澄君!」


ギリギリと肩に力が込められ始めたので、慌てて全力で謝る。彼に掴まれていなければ、即座に土下座していたかもしれない。


パッと解放され、肩をさすりたい気持ちを我慢して恐る恐る鈴原く、真澄君を見上げた私は面食らう。



「うん、よろしくね」



頬をピンク色に染め桜色の唇が弧を描きはにかんだその表情が、あまりにも嬉しそうで。


立花君……あ、いや、稜汰君って呼んだ方がいいのかな。彼が苦笑を浮かべながら溜め息を吐いた。


「真澄も女の子だったら、泣きてぇぐらい微笑ましいのにな」

「はぁ!?」


半ば悲鳴のような声に私たちが注目すれば声の主は鮎川先輩。深見先輩も目を見開いていた。


「男ぉ!!?」


……やっぱり、そういうリアクションが正しいですよね。




こうしてボランティア研究会略してボラ研に入ることになった私だけど、友達づくりや部活以外にも【青春】と名のつくものがまだあったなんてこの時は思いつきもしなかった。



そう、【恋愛】ってやつだ。



それが分かるまで、あと少し。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る