変化

第20話 新しい連絡先


今日もいい天気だ。

あ、飛行機雲。



「Ciao!早いなぁ」

「え、あっ、おおおおはよう」



ぼーっと窓の外を見ていた私の隣の席ににこやかに腰掛けた稜汰君。彼が誰に挨拶したのか一瞬本気で分からなかった。



ただ今の時刻7時20分。私と彼以外に教室にいるのは寝ている薫君だけ。つまり私に挨拶してくれたことは言うまでもないのだ。



く、クラスの人に挨拶してもらっちゃった!【乙女座が今日のラッキーさん】って結果が出た今朝のテレビ番組の占い当たってる!



「薫はー、あー、起こさねぇ方がいいかな」



私と同じ列の先頭で突っ伏している薫君を敬礼するように手を額に当てて眺める稜汰君。



「寝不足なんだって」

「……へぇ」



頷くことで会話が終了してしまったために訪れた妙な静けさが居心地悪くて、内心慌てて話題を探す。



「えーと、早いんだね!」



何が、と言いたげな表情の彼に、私は消え入りそうな声で「……り、稜汰君も、登校」と付け加えた。直後、再び訪れた沈黙に逃げ出したくなる。



ややややっぱりちょっと馴れ馴れしかったかな!?でも、鮎川先輩から名前で呼び合うように言われたし……。



それに、人と仲良くなるためには自分から近づいていかないと駄目だって【人間の友達をつくろう】の124ページに書いてあったし!!というか何よりこの赤面症を本当に何とかしたい!



間違いなく赤くなっているであろう火照る頬を押さえながら、チラリと彼を見上げる。ちょっぴり目を丸くしていた稜汰君は、やがて柔らかく頬を緩めた。



「……本当は朝起きるのは苦手なんだけどな。今日は、早く目が覚めたんだ」

「そそそそうなんだ」



よかった怒ってない!!



多少動揺が滲み出ちゃった気がしなくもないけど、私はとりあえず笑顔で頷く。



「あけびと薫は毎朝一緒に来るのか?」

「うん、家がお向かいさんだから、小学生の頃からほとんど毎日一緒に登下校してるよ」



何気無く答えてからハッとする。まずい。



「私が駄目駄目だから薫君に甘えちゃって。あー、私ちょっと、気持ち悪いかな……」



いくら幼馴染とは言え、付き合ってもいない男女が10年以上登下校を共にするのはドン引きものかもしれない。


私もそれを頼んだことは1度も無いけど、当たり前みたいに思っていた節もあるし、何より薫君も【嫌だ】とは言わなかったから。



まぁ、でも、彼がそんなことを言う筈はない。表情からはあまり窺えないけど、彼は優しすぎるんだもの。とにかく、不快に思われるのは仕方がないとしても薫君は悪くない。


そこはなんとか説明をつけなくては、と半ば決心するように稜汰君を見上げると、予想に反して彼はきょとんとしていた。




「なんで?」




いや、え、なんでって……。



不思議そうな顔の彼と見つめ合う、困惑顔の私。



「別にいいじゃねぇか。優しい幼馴染がいてくれてよかったな。大切にしなきゃ」



え、



「う、うん!うん!もちろん!」



私はとれちゃうんじゃないかってくらい必死に頷いた。



なんでか分からないけど、すごくすごく嬉しい。その喜びは薫君のよさを分かってくれたことからきたのか、彼の優しい笑顔からきたのかは分からない。でも、胸が温かくなった。



私の謎の勢いに押されてか若干困ったように眉尻を下げた稜汰君は、左耳の赤い小さなリングピアスを弄る。



「そ、そんなにいい笑顔見せられちゃあ、ちょっと照れるな」

「えっ」



さっきの興奮が嘘のように興奮が収まり、それと交代するかのように再び顔に熱が集まり始めた。



て、テンション上げすぎた!!




「あー……、いつも朝は早いのか?」




咳払いをしてどこか気まずそうに尋ねる彼に、「う、うん」と答える。ピアスを弄り続けながら稜汰君は私と目を合わせることなく、そわそわと言葉を紡いだ。



「お、俺も明日からも早起き頑張ってみようかな。あけびがいるし」



な。


その言葉の意味を理解して私が硬直するのと彼のスマホが鳴ったのは、ほぼ同時だった。



「もしもし!おお、保か」



飛びつくように耳に当てたスマホを通話の相手を確認してから、ほっとしたように右耳へと持ち変える。



「へぇ、そこまで来れたか、頑張ったな!あとは次の道を右に曲がって直進。階段は奥な。待ってるぜ」



そう言って通話は終了した。稜汰君はスマホをそのまま机の上に置きながら「ごめんごめん」と私に笑顔を向けた。その表情からは先程とは違って余裕が滲み出ている。



「保が道に迷ったみたいでさ。いやぁ、人間ってあんまり変わらないよな」

「は、はぁ」

「あ、そうだ」



彼は思い出したようにパチンと指を鳴らした。す、すごい映画に出てきそう。



「昨日先輩たちとライン交換したよな。あけびにも聞こうと思って忘れてたよ」

「もしかして、私の、ライン?」

「他に誰がいるんだよ。あ、もちろん後で薫にも聞くけどさ」



再びスマホを弄り出した彼に慌てて私も倣う。



ライン!!!

友達の、ライン!!!



「QRコード、俺が読み取っていい?」

「あ、もちろん。えーと、どこから出すんだっけ、ごめん、ちょっと待ってね。えーと、」



わたわたとラインのあちこちを探していると、ふわりと柑橘系の匂いが香った。



「ゆっくりで大丈夫。場所わかる?」



ひ。


少し身を乗り出した稜汰君との距離の近さに息が一瞬止まる。長いまつ毛がゆっくり上がり、目がばっちりと合った。



「あ、あった!!ありがとう!!」



反射的にのけぞりながらQRコードを差し出せば、彼はそれを読み取ってから離れた。



「Grazie!」

「こちらこそ、ありがとう!!」



ぎゅっとスマホを握り締めてお礼を言えば、パチリと目を瞬いた彼は、ゆっくりと頬を緩めた。



「よく分からねぇけど、喜んでもらえて何より」



……ちょっと、顔に出しすぎたかもしれない。



通知が来たのでラインを開けば、稜汰君からだった。トーク画面には、両足を上げて威嚇してるレッサーパンダの上に丸っこい字で「よろしく」と書かれたスタンプ。



かわいい。というか、友達とラインしてしまった!!!何か返した方がいいかな!?ああでもインストールしたばっかりで、かわいいスタンプとか買ってない!!



「あ、そういえばその犬のストラップって手作りか?」

「はい!?」



スタンプを一生懸命探していた私は、思いもよらない質問にギョッとして跳び上がった。稜汰君の指先を目で追えば、私の携帯で揺れるストラップ。



「ああ、これ?たぶんそうだと思うけど」

「……たぶんって?」

「小さい頃にね、初めて会った子に貰ったの。なんだかぶっきらぼうだったけど、優しかったな。……実は、今も引きずってる初恋なんだ」



なんだかちょっと恥ずかしい。



人差し指で柔らかくストラップをつつきながらはにかんで答える。



……あれ?



何のコメントも無いため、若干不安になりながら彼を見る。今度こそ引かせちゃったかも。


しかし、私の意図に反して稜汰君は驚いたように目を見開いていた。彼の唇がゆっくりと動き、「ストラップ」と掠れた声で言葉が紡がれる。



「……それって、保の、」


え?

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