目指すは青春

ヒントを兼ねたプロローグ


……ここ、僕の場所なんだけど。



この辺りで1番広いツツジ公園。木々に囲まれたウォーキングコースと大きくてカラフルな遊具たちが、近隣の住人の人気を集めていた。



いつも賑やかなその公園には、大きな噴水がある。それをぐるりと囲む、2m程の高さのツツジの垣根を越えた小さな空間。花の季節になるとピンクや赤、オレンジや黄色、そして紫に囲まれた花園になる。


知る人ぞ知る穴場であり、秘密基地として利用する子どもたちも少なくなかった。そして、子どもたちの誰もが自分しか知らない場所だと信じて疑わなかった。



が。



ただいまそんな花園に涙で顔をぐちゃぐちゃにする少女と、呆れ顔の少年が座り込んでいる。



「うう、うぐっ、うっ、」

「泣きすぎでしょ。まさか吐かないよね?」



泣き方が可愛くない、という感想は流石に口に出すことは控える。



そもそも誰だよなんで僕の秘密基地にいるんだよ。そんな文句を飲み込んだ少年が面倒くさそうに尋ねると、彼女は涙を拭って口を開いた。



「み、みんなが、いじめる。姫後ってみょうじが……姫の後ろだから、わたしにぴったりだって。じみでブスで……お姫様にはなれないって」



あ、チョウチョ。

モンシロチョウ、だっけ?



少年は自分の目の前をヒラヒラと舞う蝶を目で追いながら興味なさそうに肩をすくめた。



「へー。そんなにブスじゃないと思うけど。たしかにお姫様にも見えない。王子にしておけば?」

「わ、たし女の子だもん。王子じゃない」



少女がしゃくり上げながら悔しげに少年を睨む。



そんな泣きっ面じゃ怖くもなんともないね。



短いけど柔らかそうで触ってみたくなる茶色い髪の毛。それをふわふわ揺らす少女の顔は涙と鼻水で濡れていて、お世辞にも可愛らしいとは言えない。確かにお姫様は無理だ。




「わがままだなぁ。これあげるから、泣き止みなよ」




仕方なしにズボンのポケットの中をごそごそと漁った結果、指にコツンと当たったストラップを引き抜く。


目の前で揺らしてやれば、少女は涙を溜めた目をまん丸くしてストラップを見つめた。



「……可愛くない。それ、タヌキ?」

「犬だよ、犬」



幼稚園でべた褒めされた僕の手作りストラップを可愛くないタヌキだと!?



「へへ、ありがと」



それでも嬉しそうに頬を染めて微笑み、宝物に触れるかのようにストラップを両手で包み込んだ少女。なぜか少年は胸がキュッと苦しくなった。


胸の痛みの原因も分からないまま、ツツジの花を1輪毟って少女の髪に飾ってやる。



ん、悪くない。




「似合うよ。姫さん」




他意もなく少年がそう言って笑うと、彼女は驚いたように息を飲み、恐る恐る頭のツツジに触れた。そして、再び嬉しそうにほころんだ。


それは、花が開くような笑顔だった。



「うれしい」



一瞬目を奪われた。



慌てて彼は立ち上がる。スボンについた草を払いながら、何となく少女を直視出来なくて視線を彼女の髪に飾られた花に定めた。



「送ってあげる。おうちはどこ?ほら立てよ。手、つなご」

「だけど、わたし、」

「いつまで手を差し出していればいいの、僕」



ぶっきらぼうに手を差し出すと、おずおずと少女は戸惑いながらも手を伸ばした。



触れそうになって引っ込めて、掴みかけては逃げる。そんな小さな手にイライラした少年は離れかけた手をガシリと捕えて引っ張り上げた。




「かえろう」

「えっ、ねぇ」




柔らかい手が離れないように、しっかりと握り締めて歩く。道は知らないけど。



「なまえっ、なんていうの?」

「えっ」



絞り出されたその言葉に、少年は思わず足を止めて振り返った。



「おなまえは?」



どうやら聞き間違いではなかったらしい。



ツツジのようにピンク色に染まった頬を強張らせる少女は、緊張した面持ちで少年を見つめる。どうして少女が自分の名前を知りたがるのか全く理解出来ない少年は、戸惑いつつも口を開く、が、すぐに閉じた。



なぜか急に照れくさくなったのだ。



「名前なんて、そんなにたいせつなことじゃないよ」

「だけど、でもね、わたしはたいせつだと思う。だって呼ぶときこまるし、お手紙も書けないし」



困ったように瞳を揺らして自身の左耳を軽く弄る少年に少女が不安を抱き始めたその時。



「……たもつ」



小さな小さな声だったが、少年は確かに【たもつ】と名乗った。


少女は目を数回瞬いた後、うんうん、と嬉しそうに頷いた。



「たもつくん」



例えば好きな人とか大切な家族とか。



そういう人を呼ぶように少女が少年の名前を紡ぐと、彼は一瞬顔を曇らせた。それは本当に一瞬。


その理由を少女は知る術は無かったし、彼もまた教えるつもりも、ましてや今更訂正するつもりもなかった。



言ってしまったものは仕方ない。



少年は「うん、そう。キミの名前は?」と半ば社交辞令のように尋ねると、彼女は柔らかな笑みを深くした。



「あけび」



花が咲き、蝶が舞う4月某日。



「あ、あのね、たもつくん。わたし、足おそいから、走れないかも」

「だれも走るなんて言ってないだろ。ゆっくり歩いてあげるよ。僕だって疲れることはしたくないし。気が合うね、姫さん」



この日は少女が初恋の王子様と出会った日であり、10年の月日が流れた後、少年が後悔することになった日である。

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