第6話 一家に一台とまでは言わないけれど

 ずらりと整列した、叶南ちゃんのための身体ボディ達。

 一機一機に僕なりのこだわりを詰め込んで生み出しただけに、改めて眺めると壮観だ。


 これならきっと、叶南ちゃんも喜んでくれているはず。


「どの身体ボディがいい? どれでも、好きなのを選んでいいよ」

『好きなのって言ったって……数が多すぎて、何がなんだかわかんないっての』

「確かにね。目移りしちゃう気持ちはよくわかるよ」


 製作者の僕ですら、一番のお気に入りはどれ? と問われても返答に困ってしまうからな。

 すぐに決めるのは無理だろう。


 ましてや叶南ちゃんは年頃の女の子である。

 自ら着飾る衣装にはこだわるのも当然。


 これは実質デートと言っても過言じゃない。

 ウィンドウショッピングに付き合うつもりで、この状況を楽しむとしよう。


「そうだなあ……とりあえず僕のおすすめはこれ。SG型なんてどう?」

『えす、じーって何?』

「スクールガール・ドレスの略だね。学生服をモチーフにしてるんだ」


 言いながら、叶南ちゃんにもよく見えるようにSG型の前に携帯端末をかざす。


 上半身のメインカラーは紺色ネイビーブルー

 胸元にはアクセントカラーのレッドでリボンを模した装甲が隆起している。

 股関節部を保護するためのスカートも、上半身と同色。


 これらは僕が通っている高校の学生服をイメージしたデザインだ。


 頭部は小学生の時、叶南ちゃんが好んでいた髪型のハーフアップを思わせる形状にした。

 人間でいう耳の位置にはヘッドホンのような形状のパーツがあり、マイクやオートバランサーといったセンサーが複数内臓されている。


 そして、このドレス最大の特徴は、背面のバックパックだ。


 リュックサックに似た背面機構には、大型のバッテリーや冷却機構、通信機器の類が内蔵されている。

 このドレスは学生服がモチーフであることからもわかるように、市街地で長時間、安全な出力で駆動することを想定しているため、他の身体ボディよりも軽量かつコンパクトなデザインになるようこだわったのだ。


 武装も護身用のスタンガンが右手に仕込まれているだけ。

 ただ、生身の人間がまともに組み合ったらまず勝てないくらいのパワーはある。


『……悔しいけど、可愛い見た目してるわね。これ、あんたが考えたの?』

「デザインは外注。おけらドリルってイラストレーターさんに原案をお願いした」

『誰、それ?』

「その筋では有名な人」


 可愛い女の子型のロボットを描かせたら天下一品のクリエーターだ。

 僕もあの人の腕前には全幅の信頼を置いている。


 なんていうか、愛?

 熱量が違うんだ。

 僕と同じ。天才だよ、天才。


『これも悪くないんだけどさ、頂点。もうちょっと人間っぽいのないの?』

「と、言うと、もっと生身の人に近いデザインが良いってこと?」

『うん。なんか、これが身体になると思うと、いよいよ自分が自分じゃなくなっちゃう気が……』

「あるにはあるよ。でも、あんまりおすすめはしないかな」

『そうなの? でも、一応、見せてよ』


 叶南ちゃんが望むなら、僕に断る理由はない。

 人間のような見た目。そういう要望が出ることも、想定内ではあったし。


「可能な限り、実際の人間に近いデザインっていうと、このRS型。リアルスキン・ドレスがそうだね」


 ずらりと並ぶ花嫁衣裳カナンズ・ドレスの中で、この一体は異質な存在感を放っている。


 リアルスキン、の名を冠している通り、このドレスは現存する技術の粋を詰め込んで、実際の女性の姿に近付けるコンセプトでデザインした。


 叶南ちゃんの画像を収集し、3Dモデルを作成。

 高校生くらいの年齢になった時の見た目を想定して、目鼻立ちを再現し、肌の質感なんかもこだわりにこだわった。


 今は病院の健康診断なんかに使われる服を着せてはいるけれど、その下も、本物そっくりに仕上がっているとは思う。

 ただ僕、お母さん以外のそういうの、実際に見たことないから予想することしかできない。


 でもなあ、このドレス。

 致命的な欠点があるんだよ。


『え……こっわ。なにこれ』


 ほら、やっぱりね。

 はいはい、不気味の谷不気味の谷。


 RS型は写真に撮って眺めてみるくらいなら、確かに可愛い女子の精巧な人形には見えるのだ。


 しかし、これが実際に動いてみると違和感がすごいのなんのって。


「高級なラブドールメーカーさんと協力したんだけどさ。今はこれが限界」

『ラブドールってなに?』

「でっかくて頭の良い大型犬だよ」

『それ、ラブラドール……?』


 ごめんね、叶南ちゃん。

 君の知識が小学五年生で止まってたの忘れてた。


 汚れちまった僕を許してくれ。

 誓って君以外には欲情したことないからさ。


「どの身体ボディを使うにしても、選ぶのはカナンちゃんだよ。さっきのSG型とこれ、どっちがいい?」

『これは……やめとこうかな。流石に』


 明らかに気後れした声色で、RS型を選択肢から外したらしい叶南ちゃん。

 ちなみに僕は中身が叶南ちゃんなのだったら、どれでも良い。


『でもなあ、この明らかにロボットですって見た目の身体だと、困るでしょ。絶対外とか歩けないじゃん』

「一人では厳しいだろうね。でも僕が隣にいれば大丈夫だと思うよ」

『いや、流石に無理だって。人型ロボットよ?』

「目立ちはすると思うけど……この子達、もう流通して働いてるしなあ」

『は?』


 正確には、性能をダウングレードした廉価版が、なんだけど。


 僕が開発した人型ロボットは、叶南ちゃんが命を落としてからの六年の間に、社会における『珍しいけど、いるところにはいる』くらいの存在として浸透していた。


「こっちにあるTW型、セラピーワーク・ドレスは介護施設で導入されてるんだよね。あとあっち、CS型、コンビニエンスサポート・ドレスは全国の大型デパートとか、首都圏のコンビニなんかで店員さんと一緒に働いてるよ」


 看護師さんの服装をモチーフにしたのがTW型で、売りは外部装甲がプラスチックではなく人肌に近い触感のシリコンでできているところ。触った相手の体温を感知して、表面をもっとも心地よい温度に調節する機能が人気だ。


 CS型の見た目には大きな特徴はない。

 これは働く企業や店舗の要望に従って、カラーリングや装飾を変更できる仕様だから。あと機能が少ないぶん、シンプルに他のドレスより安い。故障した時に、特別な知識がなくてもパーツ交換で対応しやすいところが長所である。


『……一応、確認するけど、私が死んでたのって』

「六年間だよ?」


 西暦で言うと今は、2041年。日本の人口が一億を切るんじゃないかという瀬戸際になって、二年くらいか。


 国民の四割が六十代以上。コンビニも人間一人、AI一機みたいなシフトが既に当たり前になりつつあるこのご時世。


 僕が叶南ちゃんの試作品として開発した『人と共に生きる』というコンセプトのロボット達は、結構簡単に世の中に受け入れられた。


 あえて人間の言いなりにならない。

 思いもよらない反応をする。

 コミュニケーションで成長する。

 仕事はちゃんとするが、完全無欠ではなく便利過ぎない。


 僕の作ったAIやロボットは、今や空想の存在ではなく現実に存在し、社会の一部として働いている。


 この状況を生み出した理由はまず、資金を得るため。

 そしてもう一つは、AIだった。


「このSG型なんかはさ、専用のパーカーを装着すると人混みで目立たない感じにもできるし。気付かれても、うわ、すごいの連れてる人いるな、くらいの認識になってるんじゃないかな」

『に、日進月歩って、ほんとなのね』


 呆れ半分、感心半分といった声をもらす叶南ちゃん。

 博識で偉い。可愛い。


『わかった。じゃあ、このSG型だっけ? これにする』


 他のドレスも見て回って、少し悩んだ後、叶南ちゃんはそう決断を下した。


 僕の趣味もあって、ピーキーな性能の身体ボディも多いからね。

 無難な選択なんじゃないだろうか。


 そうと決まれば、話は早い。


「それじゃ、携帯端末とボディの間で叶南ちゃんの思考が共有できるように設定するからさ。ちょっと待っててね」

『はいはい。よくわかんないから、その辺は任せるわ』


 元々、旧カナンちゃんでも花嫁衣裳カナンズ・ドレスシリーズは動かせるようになっていたのだ。

 それとは比べ物にならないほど高度な思考ができる今の叶南ちゃんなら、なんの問題もなく同期できるはず。


 そう、思っていたのに。


「……なんだ、これ」


 改めて叶南ちゃんのプログラムを開き、僕は戦慄した。

 そこで動いていたのは、自分が開発したものとは似ても似つかない、いや。


 この世のものとは思えない、別の何かだった。


『何? 頂点、どうかしたの?』

「……ううん。なんでもない。たいしたことじゃないよ」


 真っ赤な嘘だ。


 有り得ない。

 C言語のフォーマットが云々とか、そんなレベルの話じゃないぞ。


 文字化けにしか見えない謎の記号の羅列が、常に蠢き、切り替わり、書き換えられ、変化し続けている。


 理論を超越し、理屈を捻じ曲げ、理解を拒む。

 僕は今、何と向き合ってるんだ?


 浮かれていた。

 もっと早く、気づけただろう。


 叶南ちゃんは、僕程度の手に負える相手じゃなくなってしまっていた。


「…………!」


 背筋を冷たいものが滑り落ちていったのを見計らったようなタイミングで、間の抜けた音が鳴った。


 今のは……インターホンの音?

 こんな深夜に、来客だって?


『え、お客さん? 頂点、今、何時よ?』

「さっき二時を回ったところ。誰だろうね」


 何か、嫌な予感がする。


 僕は地下室にも備え付けてあるコンピューターを、玄関のインターホンと接続した。


 画面に映し出されたのは、夜闇の中でさらに際立って黒い人影。

 誰だ、この女の人。


『すみませぇん。聞こえてますかぁ』


 スピーカーから響いてきたのは、やけに耳に絡む間延びした声。


 続く言葉は、僕にろくでもないことの始まりを告げる合図だった。


『わたしぃ、オクシナダ神社の者なんですけどぉ」

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