神さまが死んだ日

名無之権兵衛

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 静寂が崩れる、音がした。


 目には見えず、手が届かないところで起きた崩壊の音色は、はっきりとぼくの耳に届いた。


 場所の検討はついている。

 すすきヶ原高校一年B組。


 ぼくがいる教室だ。そう、崩壊は目の前で起こっている。

 けど、見ることはできない。手を伸ばすことはできな——


「いいか、お前らぁ!」


 男の怒声が教室に響き渡る。昨今の教師ですら出さない、憎悪を込めた声で。


「少しでも長く生きたけりゃ、大人しくしてろ。さもないと……」


 男は右手の黒い物体を見せびらかすと、そこについていたレバーを引き————




   ————————!




 耳をつんざく轟音が教室を満たす。数多の死を内包した音に、女子たちは悲鳴をあげて震え出す。


「コイツがお前らのドタマをぶち抜くからな」


 男はケケケと笑った。覆面をしていて年齢はわからないけど、たぶん三〇代前半。担任の先生と同じ背格好だった。


 同じような男がさらに三人、合計四人。彼らは教室の四隅にぼくらを囲むように立っていた。


「さて、こっからだが……」


 男は値踏みするように生徒の顔を一人一人眺めた。一部は息を呑み、一部は目を逸らし、一部は涙を流した。


「おい、兄貴。コイツにしようぜ」


 男の一人が女子生徒の腕を掴んで持ち上げた。掴まれたのは金髪のギャル、三神菜穂なほだ。


「おい、何すんだよ!」


 菜穂は体を捻って抵抗するも、引きずられるようにして教室の後方に連れて行かれる。


「何って、ヘヘッ……」


 菜穂の腕を持つ男の顔は覆面をしていても笑っているのがわかった。その笑いにクラス全員が青ざめた。ぼくたちは理解した。これから、この教室で何が行われるか。




   そのとき、一人の男子主人公が教室に入ってきた。




 黒髪、涙ぼくろ、スラリとした長身。


 一目見て寝坊魔の飯富一貴かずきだとわかった。彼は大きなあくびをしながら、いつもと同じように教室の扉を開けた。


 誰もが彼の登場に驚いた。


「な、なんだ貴様は……!」


 一貴が入ってきた入り口付近にいた男が声を発した瞬間、一人の女子が立ち上がり、別の男に正拳突きをお見舞いする。空手部所属で一貴の幼馴染、糸瀬むつみだ。


 むつみは倒れた男の腕を後ろに捻り、太ももと胸を密着させて動きを封じると叫んだ。


「一貴、コイツらやっつけて!」


 一貴の目の色が変わる。


 持っていた鞄を近くの男に投げつけると、一足飛びに奥にいるリーダー格の男——先ほど拳銃を発砲した男へ襲い掛かった。


「クソッ」


 鞄を投げつけられた男は銃を構えるが、


「えいっ!」


 一貴の幼馴染で生徒会役員の妹野薫子が覇気のない掛け声と共に、その男に弱タックルをお見舞いする。だが、彼女の大きな胸がクッションになって、タックルというよりもはやハグだった。


 教室の別の場所では菜穂が声を上げる。


「さっさとはなせよ!」


 彼女は自分の腕を掴んでいた男に蹴りを喰らわした。彼女の足は男の股間に直撃し、男は悶絶しながら倒れた。


 一方、駆け出した一貴はリーダー格の男と取っ組み合いになった。拳銃を持っている相手に対して素手の一貴は右へ左へと飛び跳ねることで相手を翻弄し、最後には拳骨を額に命中させた。


「そこまでだ!」


 教室の入り口から男の声がする。先ほど生徒会役員の薫子にタックル(ハグ)された男は、薫子をヘッドロックしながら空いたほうの手で彼女に銃口を向けていた。


「それ以上動けば、コイツの頭が吹き飛ぶぜぇ」


 そう言いながら男はヘッドロックしてた手で薫子の体を撫で回した。薫子は「うっ」と顔を歪める。


「薫子ぉ!」


 一貴の悲痛な叫びが聞こえる。


 けれども、

 ——ぼくは動くことができなかった。


 彼のように叫ぶことも、悪漢を攻撃することも、……。何もすることができなかった。


 ただ、観客の一人として見ているだけだった。


 それでいいのか?


 ここで動かずして、いつ動くというんだ。


 ぼくは……いや、は————




「ヘヘッ、予定とは違っちまったが、ここでおさらばして——」

「おい」


 男は背後から迫り来る存在に、口を止めた。

 男が振り返る。


 そこには、怒りの形相で男を見下ろすが立っていた。


 櫻崎寛貴ひろき。一貴の親友で財閥の御曹司で文武両道の神童。


「なっ————」


 有無も言わせず寛貴は正拳突きを男の顔面にお見舞いした。一発KOは言うまでもない。




 教室は水を得た魚のように沸き立った。




「すげぇ、反乱軍を倒しちまった!」

「やっぱすげぇ、寛貴は」

「ばかやろう、一貴だってすごかっただろう」

「むつみちゃん、かっこよかった〜」


 クラスメートは口々に賛辞を述べる。例に漏れず、ぼくもその一人だ。


「みんな無事でよかった〜」


 これがぼくのだ。


 教室の前方では、反乱軍制圧で尽力した五人の男女が集まっていた。薫子は「ふえ〜ん、怖かったよ〜」と言いながら一貴に抱きつく。


 ぼくはこれ以上発言することはない。ただ立って拍手をするだけ。




 なぜ喋らないのか。なぜ動かないのか。




 


 強いて言うなら、あそこで自由に発言していいのはあの五人だけで、ぼくたちではないから。


 そう、ぼくたちは民衆モブだ。

 世界は彼らを中心に回っていて、ぼくたちはその取り巻きに過ぎない。




   本当に?


       ほんとうに。

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