真の愛、頂戴します
白瀬 いお
1.これは運命?
薔薇の王国シュラブローズ、侯爵の位を王家より授かるカークランド家には、青薔薇の乙女と呼ばれる美しい少女がいる。
蒼銀の緩くカーブした長い髪は太陽の光に照らされれば美しい輪を描き、夏の青空を閉じ込めたかのような瞳は全てを見透かすように輝く。ぽってりとした唇は赤い口紅が彩り、瞼には銀色とグレーのアイシャドウが乗ってその少々つり目がちな目を彩る。
齢十五歳にしては発育の良い胸部、くびれが美しい腰、そして適度に大きな臀部。何れも皆の欲情を掻き立てるような、しかし触れることを躊躇う美貌を持つ彼女は、所謂高嶺の花だ。
文武両道、淑女としての振る舞いも身につけている彼女——リリス・カークランドは、その美しさを讃えない者がいないほどと言われている。
「……だから、何だというのかしら」
美しさは、武器である。リリスにとって、それはレイピアの腕前、乗馬技能、そして頭脳に並ぶ誇れる武器の一つだ。けれども、そうでしかない。ただそれだけのものを皆挙って褒めそやし、リリスの機嫌を取ろうと必死になる。
そんなものは、彼女が求めるものではないとも知らずに。否、知ろうともせずに、精巧な人形を褒めるようにリリスを青薔薇の乙女と呼ぶのだ。
この美貌が領地の役に立つのならば良い。旗印でも何にでもなろう。しかし、この顔ばかりを求める男なぞに何の価値があるものか。せめて領地運営に秀でているのならば、彼女はその者を婿とすることに抵抗がない。どんな顔でも構わない。
「本当は、わたくしは……」
リリスに与えられている部屋は、上品ながら絢爛な調度品で彩られている。どこまでも、彼女を引き立てるための部屋。疲れを取るための場所ではなく、ただ眠る間もより美しく見せるための場所なのだと、幼い頃から漠然と思っていた。
しかしそれも、明日からは変わる。リリスはこの屋敷を離れて、王立アルバロサ魔術学園の女子生徒寮へと入寮することになるのだ。そうなれば、少しだけはリリスの好みに寄せた部屋を作れるかもしれない。
そう考えて、彼女は自分の気持ちを持ち直す。少しの間だけでもありのままで過ごせる可能性があるというのならば、それに縋りたいのだ。
「ああ、でも……あの方も入学なさるのよね」
家格だけで結ばれた婚約者。十年婚約して、合計十回しか会ったことのない男も同時期に学園へ入ることになっているという。だが、相手はリリスのことを好んでいないようで、会う度に顔を顰められる。
そんな男と結婚後上手くやって行けるだろうかと若干の不安もあるが、何とでもするしかない。それに、学園生活では極力関わり合いにならなければ良いのだと彼女は口角を上げる。今までずっとそうして来たのだから。
「向こうの過失で婚約破棄が出来れば、一番良いのだけれども」
そうなれば、男でも女でもリリスにとって良い相手を好きに選ぶことが出来るようになる。薔薇の王国シュラブローズでは、男女の婚姻が推奨されているが、同性同士での婚姻も可能だ。勿論条件はあるが、過去に同性同士で婚姻をした王族と貴族もいる。
そんな思いを抱くリリスを置いて、時間は過ぎて行くのだ。夜も深まり、寝なければならない時間になってようやく彼女はベッドへ腰を下ろす。
メイクは全て洗浄の魔術で落としてしまい、着替えも自分の手でネグリジェへと替える。今日一日だけでも良いからと父母に頼み込み、侍女の役目を奪っての一時の自由をリリスは味わったのだ。
それがリリスへ仕える彼女らへの辛い当たりとは分かっていても、ただ一度だけ、自分の手で服を着替えてみたかった。それさえも、彼女は控えていたのだ。
ふかふかのベッドへ身を横たえ瞼を下ろすと、睡魔の手がそっと頬をなぞる。そのまま深くへ溺れさせるように、ただ、彼女の意識を微睡みへと落として行くのだ。
ゆっくり、霞がかるようにリリスの意識は夢の海へと沈んで行く。一度きりの、自由と共に。
そうして深く沈んだ彼女は、ふと目を覚ます。体感としては今先程寝たばかりだが、カーテンの合間から覗く光は明るい。しかし、身を起こすことはしない。目も再び閉じて、侍女がやって来るのを待つのだ。
使用人より先に起きていてはならない。それがカークランド家の決まりごとであり、己の主人へ最高の目覚めを捧げるところから彼ら彼女らの一日は始まるのだという。故に、リリスは寝たふりを続ける。
暫くすると、いつもの起床時間になり、扉が四度ノックされた。これに返事をしてもいけない。一拍後、扉が音もなく開かれる気配がして、侍女四人がリリスの四肢へと侍った。
「お嬢様、朝でございます」
幼い頃からリリス付きであった侍女が声をかけて来る。そして、彼女らの手に握られた温かなタオルで足先と指先を温められる中でゆっくりと目を開くことが出来るのだ。
「おはよう、皆。良い朝ね」
「おはようございます、お嬢様。天空の青より美しき我らが姫様」
朝からとろんとした眼差しを向ける侍女たち。しかしいつものことなので、リリスが気にすることは無い。そのままネグリジェを優しく脱がされ、何も纏わぬ姿となると、先程とはまた異なる柔らかなタオルで全身を拭かれる。
それから新しい下着を身に着け、真新しい制服を纏い、髪をハーフアップにされながら同時にメイクも施された。ゆっくり瞼を開くと、鏡にはいつも通り、否、いつもより艶やかなアイシャドウをつけた目元が視界に入る。
「良い質感ね。好きよ、これ」
「ようございました。とてもお似合いです、お嬢様」
それは、リリスに似合う色を全色揃えるという言外の返事。そうして使い切れない化粧品が溜まって行くので、一度しか使っていないものを中心に孤児院に寄付をしたり、領民への配布をしたりしている。
美しいリリスを両親が褒め称え、朝食を終えてからトランクを持つ侍女四人と共に入学式及び入寮へと向かう。生徒が入学式に参加している間に、使用人たちが主人の部屋を整えるという手筈だ。
領地で育てた
「それでは、お父様、お母様。行って参ります」
「気をつけて、リリス」
「何かあったら報告するのよ」
「はい、必ず」
窓から少しだけ顔を覗かせて、リリスを見上げる二人に手を振ると、両親の瞳に薄らと涙の膜が張られて行く。それを微笑みながら暫し見つめた後、彼女が身を中へと戻してレースのカーテンを閉めたのを確認した御者が、鞭をしならせて玉馬へ出発を知らせる。
見慣れた王都の景色をレースカーテン越しに暫し眺めていれば、玉馬の脚の速さによってさほど感慨もなく学園前の門へと辿り着いた。
そこには馬車の列が既に出来ており、生徒たちは皆門の前で降りて徒歩にて潜るようである。ならば、リリスもそれに従うのみ。荷物入れから鞄を取り出して、御者に鈴で合図を送る。すると、馬車が停止して後ろの馬車へ乗っていた侍女が扉を開き、手を差し伸べて来た。
黒いレースの手袋に包まれた指先を掌へそっと重ね、馬車のステップを降りれば、後は自らの足で歩くのみ。
「それでは、わたくしは先に向かうわね。後のことは任せるわ」
「かしこまりました。行ってらっしゃいませ、お嬢様」
侍女と御者、そして玉馬に見送られながら学園の門へと歩み寄るリリス。そんな彼女の横を走り抜けて行った少女がいた。そして、同時に耳に届いたからん、という小さな音。
ふと足を止めて地面を見ると、万年筆が落ちていたのだ。恐らく走り抜けて行った少女のものだろう。
「……ふふ。ここで拾ったのが男の子だったら、きっと運命の出会いようだったのにね」
そう言いながらしゃがみ込んで、万年筆をそっと手に取る。長く使われていたのだろうそれを手に、リリスは門を潜った。
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