第48話 世界の頂点 4

 峰はしばらくの間意識を失っていた。ようやく目を覚ましたころには空は赤くなっており、彼はとっさに起き上がろうと体を動かそうとした。しかし、彼の体は微動だにしなかった。見ると彼の両手両足には釘が刺されており、その肉体は板のようなものに縛られていた。


 彼は自身がどういう状況に置かれているのかを即座に理解し、そして嫌悪感で顔を歪ませた。彼は今、十字架にはりつけにされていた。彼が忌み嫌っていた対象に今、彼は拘束されているのだ。十字架は先ほど戦闘を繰り広げた荒野に立てられており、彼の傍にはアタリたちがいた。四人はビニールに包まれた異物に銅線のようなものを繋げており、その中からは火薬のような臭いが漂ってきた。


 銅線の接続が終わると四人は横一列となって十字架と向き合った。全員峰と目を合わせようともせず、まともに相手をするつもりが無いようだった。


「認めるよ」峰はわずかに笑った。「確かに、これは僕の負けだ。真っ向から戦ってやられたんだ、今更言い訳するつもりも無いよ……お見事だ」


 四人は黙って峰の話を聞いていた。


「君たちは僕という悪を抹消するために奔走ほんそうしてきた。そして今、その目的が達成されるってわけだ。だがご存じの通り、僕の肉体を破壊したところで僕の魂は死なない。ここで僕を爆殺したとしても、また別の場所で受肉するだけさ。だから君たちのやってることは無意味なんだ。……そもそも、僕を悪だと決めつけること自体が間違ってるんだよ。僕はただ人々に楽しい日常を送らせたいから能力を授けてるだけで、直接人は殺してない。なんなら、僕よりも神のほうが人を多く殺しているよ」


「だけど、そのせいで能力を悪用する人が多くなった。それで混乱を招いたのは君だよ」柚は口を開いた。


「それはそいつらの使い方が悪いのであって、僕は悪くない。人というものは愚かだからね。……だが、全員がそうというわけでもなかったらしいな。どうやらこの世界には愚かな人間と賢い人間、悪徳と美徳が同時に存在してるらしい。まだまだ興味があるから、しばらくはこの世に残るとするよ。次は北にでも行ってみようかな」


 そして峰は閉口した。これ以上話すことはないと悟ったアタリは起爆装置に手を置き、そして言った。


「最後に言い残すことは?」


 峰は空を見上げてかっと目を見開き、そして叫んだ。


「僕を崇拝しろ!」


 峰の言葉は間もなく爆発音に呑まれていった。彼の肉体は黒煙に包まれ、次に煙が消えた頃には十字架ごとその場から消えていた。


 この世には悪魔、悪魔に魂を売った者が存在する。彼らは裁きの時が来るまで消えては現れてを繰り返し、我が物顔でこの世を闊歩かっぽし続けるだろう。そしてそれは、たとえ他者──正義の手によって止められたとしても終わることはない。アタリはそれを理解していた。これは転換期であって、終わりではない。士師たちはこれからも悪を狩るだろう。人はこれからも人を愛して生きていくだろう。そして、悪魔はこれからも崇拝を求め続けるだろう。


 その中で変わったのは俺だ、アタリは思った。この戦いによって俺は戦うことの意味を見出し、そして悪魔を倒した。だけど、悪というものはまだ生きている。きっと俺はこれからも戦い続けるんだ。その度に俺は巨大な壁に立ちはだかるかもしれない。だけど、俺には確かに、悪魔に打ち勝ったという経験がある。その上大事な仲間もいる。きっと俺はいかなる事態になっても立ち向かって、そして正義を成し続けるんだ。


 アタリはふと地平線の向こうで沈みかけている日を見た。一日が終わろうとしているその光景は、彼の転換期の終わりが近づいていることを暗示しているかのようだった。

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