第47話 世界の頂点 3
先日までキノコ雲が立ち上っていた場所は半径百五十メートルの荒野と化していた。範囲内のものは全て吹き飛ばされ、爆風を受けた周囲の建造物は骨組みと化していた。アタリ、大樹、煉瓦、柚は車から降りると荒野に足を踏み入れ、その中心地へと向かっていった。荒野の中にあるのは砂と土のみで障害物はほぼ存在せず、まるで士師と峰が正々堂々と戦えるように用意された領域のようであった。
四人は横一列になりながら中心に
そして彼らは目にした。口にくわえたタバコに火をつけて、例のスカジャンを着用していた男性、峰の姿を。
「逃げずによく来たな」アタリはバットを肩に乗せて言った。
「君たちとは決着をつけたかったんでね。逃げるのは君たちをなぶってからにするよ」
峰は煙を吐き出すと顔を上げ、そして興味深そうに四人を見回した。
この時、峰は四人の雰囲気が変わっていたのを直感した。昨日の今日で疲労は溜まっているはずであり、柚に関しては腕の欠損で大幅に体力を削がれている。しかし四人にはどこか強者の風貌があった。
峰は自身の目を通してすぐに理解した。変化したものは彼らの精神であった。それも負のほうにではなく、正のほうにだった。仲間の死を乗り越えたことによって彼らの覚悟は深まり、峰はおろか死すらも恐れない心を手に入れたのだった。
「なるほどね」峰はタバコを捨てると笑った。「はいはい、そういうことね。人間の営みに挟まれるビッグイベントってことか。仲間を失って覚醒したってことなんだろうけど、それはただの思い込みでしかないからな。君たちはどうせ僕には勝てないんだ」
「言ってろ。そんなのは戦ってみてわかることだ」
アタリはそう言うとバットを構え、他の三人も臨戦態勢に入った。峰は歯を見せて大きく笑い、そしてアタリに手招きすると言った。
「来なよ。天国にいるおばあちゃんにいいとこ見せてやりな」
そんな煽りは今のアタリに効かなかった。彼は峰を見定めたまま走り出し、そして峰も彼との距離を詰めた。峰は様子見のつもりで拳を放ち、それがバットで防がれると今度は回し蹴りを試みた。一連の動作は一瞬のうちに行われたものであったが、アタリはそれを全て受け止め、そして隙を突いてナイフを振った。刃は峰の胸を大きく切り裂いたが、彼は出血の寸前で傷を治し、一瞬にして元通りの肉体を取り戻した。傷をつけられたことで峰は頭に血管を浮かばせ、怒りのままアタリに殴りかかった。
アタリは打撃の勢いで飛ばされ、続いて大樹と柚の魂が彼のもとに近づいた。二人は峰の前後から接近することで彼を挟み、同時に拳を繰り出した。峰はそれを受け止めると彼らの拳を掴んで離さず、突如舌を出した。その舌の上には紫色に光る円形の魔法陣があった。中には五芒星とその周りにまとわりつく蛇が描かれており、円の周囲には英語、ラテン語、ヘブライ語など複数の言語で崇拝を求める言葉が書かれていた。
魔法陣は徐々に光を増していき、二人は即座に危険を察知した。柚は能力を解除、大樹は手を切り離すことで峰の拘束から逃れ、それから一歩遅れて峰の能力が発動した。突然彼の足下から木の根のような物体が現れ、徐々に周囲の侵食を始めた。その根に触れた昆虫などは一瞬で灰になって消え去り、柚は能力を中断させるために峰への攻撃を試みた。
峰は舌を出したままその場に立っていたが、彼女の魂が近づいてきたのを見るととっさに能力を解いて根を消し、魂に殴りかかった。拳を出しては柚からの殴打を受け止め、再び攻撃する。その過程で峰はあることを理解した。それは柚が予想以上に弱体化しているということだった。先日一対一で戦った時は柚の攻撃には力が乗っており、その上動きにも無駄が見られなかった。しかし今となっては勢いで押しているだけであり、いくらでも隙ができていた。
当然、峰はその隙を見逃さなかった。彼は柚の脇腹を殴り、彼女が怯んだところを見てその顔面に連続で打撃を加えた。しまいには彼女の魂を本体のほうへ投げつけ、彼女の肉体と激突させてしまった。
その様子を見ていた大樹は逆上して峰に跳びかかり、勢いに任せて連続で殴りかかった。峰はその攻撃をただ受け流し、大樹を蹴り飛ばして間を置くと今度はその額に魔法陣を浮かべた。その模様は五芒星を刻まれた山羊へと変わっており、魔法陣が光ると同時に峰の腕は先ほどの木の根へと変化した。
峰はその腕で大樹に殴りかかり、大樹は反射的に両手でそれを受け止めてしまった。すると大樹の両手は即座に崩壊を始め、続いて彼の腕も煙と化していった。危機を直感した大樹は意図的に両腕を切り離し、それと同時に峰は彼に向かって打撃をくらわせた。大樹はその攻撃を顔面で受けてしまい、アタリと同様に吹き飛ばされてしまった。
士師の人間を三人連続で打ちのめしたことに峰は
「君が一番弱いくせにッ! 今更役に立とうとするなッ!」
峰は言うと煉瓦の顔面に穴を開ける勢いで殴りかかった。しかしその拳は命中の寸前で止められた。彼の拳はいつの間にか再起していた柚によって止められており、峰は思わず面を食らってしまった。
復活したのは彼女だけではなかった。見ると、いつの間にかアタリと大樹が彼のもとに戻っており、各々拳やバットを使って峰の頭部を破壊しようとしていた。その場から脱却しようにも彼の体は煉瓦によって固定され、その上拳も使用不能になっている。退路を断たれた峰は突然体を発光させ、その場で爆発を起こした。その影響で四人は一斉に吹き飛ばされた。至近距離にいた煉瓦と柚は火傷を負い、アタリと大樹は地面と強く衝突して動けなくなっていた。
そんな彼らの様子を見て峰は次第に高笑いを始め、そして彼らから離れるように空中を飛び始めた。
「その様子じゃもう戦えないだろう!」峰は得意になって叫んだ。「これで決まりだ!
峰はその場に響き渡るほどの甲高い笑い声を上げ、アタリたちを見下ろしながら離れていった。
士師たちは敗北したように思われた。今やまともに立てているものは誰一人おらず、彼らはただ地面に倒れて峰が逃げる機会を与えることしかできなかった。しかし峰の
そして、それはアタリだけではなかった。大樹は回復を済ませて立ち上がり、離れていく峰を
アタリは超高速で峰のほうへと飛んでいった。彼らの距離は刻一刻と近づいていき、アタリはバットを構えて攻撃に備えた。峰は先ほどと同様に飛来を続けていたが、突然近づいてくる殺気にようやく気づくととっさに振り返った。
彼の目に映ったのは、仲間と正義のために戦う勇ましき士師の姿であった。そしてそれが彼の敗北を決定する瞬間の光景であった。
アタリは峰の頭に向かって力いっぱいバットを振り、そして彼の頭を粉々に破壊した。
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