第15話 町田にて 3

 柚は七星班に所属している士師を従えて、車で横浜へと向かっていた。


 先ほど、柚組本部のもとにある連絡が入った。その連絡は横浜支部からのもので、拠点としているビルの中が突如とつじょとして爆発し、仲間同士で殺し合いを行っているとのことだった。連絡元によると仲間割れを起こしている組員の中に能力者と思わしき人物が紛れているらしく、柚はその人物の正体を掴むため、そして加勢をするために横浜に向かっていた。


 今、彼女は士師二名を乗せた車を前方に、そして自身と士師一名を乗せた車をその後ろに走らせて高速道路上を移動していた。運転手含め全員が武装をしており、それぞれ常時臨戦態勢に入っていた。


 車内に緊張が走る中、突然柚のスマホが鳴った。彼女はすぐさま応答し、張り詰めた声で電話越しの相手に言った。


「状況は?」


「支部内の構成員のうち七人が死亡、十三人が重症です。ビルの中にいた者は全員脱出しましたが、中区で銃撃戦が勃発しています。相手の能力者が妨害しているのかわかりませんが、警察の到着が遅れているようです」


「わかった。それどころじゃないことはわかってるけど、周囲の一般人を巻き込まないように避難をさせて。それから私含める士師をそこに送っているから、合流するまでなるべく応戦は控えること。いい?」


「了解しました。それと組長、たった今仲間から連絡が入ったんですが、どうやら相手の中に鬼沢班のメンツが見えたそうです」


「鬼沢班?」


「はい。確認できるところだと十数人はいます。しかもそいつら能力を──」


 そこで突然、柚のスマホ越しに爆発音が響き渡り、相手との通話が切れた。柚は舌打ちをし、黒くなったスマホの画面を見て溜め息を吐いた。


「鬼沢班に能力者が?」柚の隣で通話を聞いていた士師が言った。


「にわかには信じがたいけど、そうみたい。まさかこんな馬鹿なことをしでかすなんてね」


「能力者って数が少ないんじゃなかったんですか? それなのに十数人って……」


「七星班や私に報告せずに仲間に迎え入れたのか、それとも──」


 後天的に能力を手に入れたかだ、彼女は思った。桜大を含め鬼沢班に属している班員が超能力を所持していないことは既に確認済みだ。なのに彼らの中に能力者が存在しているということは、もはやそうだとしか考えられない。


「やつらの目的は何でしょう?」運転手が言った。


「反逆だろうね、おそらく。鬼沢班と聞いただけでピンときたよ。私と班長である桜大君とは折り合いが悪かったからね。たぶん、この襲撃は彼が首謀したものだと思う。そして彼も何かしらの能力を持っていると考えたほうがいいね。まぁ、いずれわかるよ」


「クソが」隣の組員が溜め息を吐いた。「だろうと思ったぜ。俺はあいつのことが気に入らなかったんですよ。同じ仲間のくせして俺たちや組長を敵対視していたし、裏でコソコソと怪しいことをしていましたからね。これで答え合わせになったってことだ。あいつらは今まで組長への裏切りを企てていたんですよ。いっそのこと全員殺してしまいましょうか」


 柚は考えた。全員殺すという案は悪くない。敵対者を一人でも生かしておけば再び組織に牙を向けるかもしれないし、何より世間をおびやかす能力者は七星班の殺害対象になる。ここで裏切り者の末路を組織内に知らしめておけば、今後勝手な行動をする者も激減するだろう。それに、言い方は悪いが埋め合わせはいくらでもいる。


 しかし、本当にそれが正しいのだろうか? いくら鬼沢班を潰せる権利を持っていたとしても、鬼沢班全体を悪と見なして皆殺しを行うのは間違っているのではないだろうか? 人間が残虐性をあらわにするのは大義を得ているときだ。もしここで皆殺しという選択肢を取ってしまえば、私は暴君と同じことをしていることになるのではないか?


 柚は隣の士師の言葉に何も返さず、ただ黙って窓の外を見た。ひょっとしたら、私は少しお人好しなのかもしれない、彼女は思った。今までこんな性格をしているからこそ部下にも舐められて反逆を起こされているのだろう。時に人は、残虐になる必要があるのかもしれない。


「あのトラック、何か変じゃないですか?」突然、運転手が口を開いた。


 彼の言葉を耳にして、柚は前方を走っている大型トラックに目をやった。言われてみれば、確かに様子がおかしい。前方を走る仲間の車のさらに前に、やけに速度を落として走っているトラックがあり、それはまるで意図的にこちらに接近しているように見えた。


 煽り運転だろうか、柚はそう思ったが、次の瞬間あることに気づいて息を呑んだ。そういえば、あのトラックは高速道路に入ったときから一緒じゃなかったか──。


 柚は能力の発動を試み、その瞬間トラックは車に向かって衝突した。トラックはその長い車体で前後の車を巻き込み、前方の仲間の車はレーンを飛び越えて反対の道路に飛び降りた。柚が乗っている車は執拗しつように衝突され、車はついに走りを止めた。


 柚は突然の衝撃で頭を打ってしまい、額が割れてそこから流血した。強烈なめまいを振りほどき、彼女は頭を上げて車内を見た。運転手は気を失ってハンドルに突っ伏しており、隣の士師は骨を折ったのか腕を鷲掴みにして苦痛であえいでいた。彼女は続いてトラックの運転席を見た。そこには助手席にいる者も含めて男性二人が柚を凝視しており、彼女に向かって人差し指を向けていた。


 もっと早く気づくべきだった、彼女は思った。こいつらは最初から私たちのことをつけていたんだ。おそらく、あいつらは鬼沢班に所属している裏切り者に違いない。


 先に変化があったのは助手席の男性だった。彼の人差し指の先に小さい火花のような物体が現れ、それは徐々に大きさを増していった。続いて運転席の男性が行動に出た。彼の指先が十字に割れ、そこから彼は銃弾を連続的に発射した。それと同時に助手席の男は指から炎を放ち、柚の車には銃弾の雨と炎が降りかかった。


 柚が能力を発動したのはその瞬間だった。

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