九通目 嵐の前

「ここがギフトの出た場所だよ。」

 山間地域の山の中。前略が立ち止まり口を開く。三伏と菊花は慎重に辺りを見渡す。山の中だと言うのに周りに鳥や虫の声はなく、やけに静まり返っている。恐らく。蠢くギフトに怯え、皆何処かへと逃げていったのだろう。静まり返った山は、それだけで何処か寂しく恐ろしい。

 ふと、菊花が獣道のように草花が踏み潰された場所を見つける。だがそれは、獣道と言うにはあまりにも広範囲だ。前略達は見つけたギフトの体は大きかったと報告していた。即ち、この巨大な獣道は、そのギフトが移動の際に地面一帯の草花を踏み潰していったものだろう。この先にギフトがいる。それを理解した三人は顔を見合わせ、黙って頷く。

「今回は様子見。決して刺激はしないようにしよう。」

 前略が改めて二人に忠告する。三人が獣道を慎重に進んでいけば、森に似つかわしく無い、真っ黒い毛の塊がもぞもぞと地面を這っているのが見える。

 ギフトだ。三人は咄嗟に草木に隠れる。幸い、ギフトはこちらに気づいていない。動きと同様、勘も鈍いようだ。毛だらけの大人しそうな風貌は、此方にあまり脅威を感じさせない。だが、ギフトはギフト。決して油断はできない。

「数枚写真を撮ったら帰ろう。」

 小声で話す前略の言葉に二人が頷く。菊花と三伏が携帯端末を取り出し、無音のカメラを起動する。風景を含めて撮ることで、ギフトが如何に巨大かがわかる写真が数枚撮れた。三伏は、ギフトの前に周り菊花と同じように数枚写真に収めると二人の元へ戻って来る。

「寝てるな。」

ギフトの正面に回ったことで、ギフトの顔を写したらしい三伏が、今撮ったばかりの写真を見ながら小声でそういう。這っていたように見えたのは寝相だろうか。なんだ、運が良かった。昼間は寝てるのかもしれないね。前略が考え込むような仕草でそう言った。

「叩くなら昼間か。」

 好戦的な三伏の目に、前略との作戦会議がヒートアップする前に菊花が無言のまま、手で制止した。話を遮る菊花の表情は、早く戻るぞと言わんばかりだ。三伏もその意図に気づき、オフィスへ戻ろう。と頷く。


「ご苦労。状況は把握した。」

 会議室で厳冬が言う。その視線は、三人が持ち帰ってきたギフトの写真に向いている。

 このギフトは、起床時も睡眠時も危険性が低いだろう。様々な報告からもそれは明らかだ。油断は禁物なのは確かだが、過去に彼等が戦ってきた獰猛なギフト達からすれば討伐の難易度も高くない。ここで厳冬は、一つの案を思いつく。

「このギフトを例の異常異能者にぶつける。」

 互いに削り合わせ、我々は漁夫の利を得る。厳冬の言葉にざわめきが起こる。だが、すぐに誰もがそれを良い案だと頷いた。QAT側のリスクが減らせるのならそれに越したことはない。

「場所はどうするんです。」

 立ち上がり、菊花が問う。いくら人気のない山の中とは言え、異能者とギフトが本気で殺り合えばそれこそ山の自然破壊に繋がる。だが、厳冬はその疑問はわかっていたとばかりにスクリーンに地図を映し出す。

「この近くに広い採石場が存在する。私のほうで貸し切っておく。」

地図から見てわかるように、山に隣接する形で切り開かれている採石場は、確かにギフトを誘い出すことが可能な距離だ。菊花はわかりました。と納得し着席をする。

「異常異能者のほうは?どうやって誘導を?」

 今度は敬具が立ち上がり、厳冬に問う。厳冬はその疑問に頷き、菊花と前略のいる方向に向き直る。

「菊花。前略。異常異能者の誘導は任せる。人気のないところまででいい。それと向暑。お前は二人が誘導した異常異能者を採石場まで移動させろ。」

 向暑が異能を発動するタイミングは、入梅。お前に一任する。厳冬の言葉に名前が挙がった四人が口を揃えて了解。と返す。これでいいか。厳冬の問いに敬具ははい。と着席した。

 厳冬は、一つ息を吐く。そうして、今回の作戦にまだ名前を挙げていない三伏へ鋭い視線を向ける。

「三伏。お前はギフトを採石場に誘導しろ。」

 了解。三伏がそういう前に、歳末が立ち上がる。まただ。歳末は、そう感じていた。危険度が低いとは言え、ギフトの誘導に一人しか任命しないなんてやはりおかしい。厳冬は、三伏を危険に晒したがっている。歳末は、改めてそう確信する。

「ギフトに対して一人なんて、拝啓が許すと思う?」

厳冬の鋭い視線から微妙に目を逸らしながら歳末が言う。わざわざこの場に居ない拝啓の名前を出すのは実に情けないが、これが歳末の精一杯だった。のだが。

「問題はないと認識している。ギフト誘導後は先程の四人とも合流する。」

 厳冬の淡々とした反論に、歳末は、でも……と口ごもる。三伏がその様子を見て、問題ありません、歳末さん。と歳末を静止する。

「俺一人でやれます。」

三伏は決意の籠もった眼差しで、そう断言した。歳末はその決定に咄嗟に大声を出そうとする。が、厳冬のみならず、庇おうとしている三伏にまで睨まれてしまえば、もう反論も出てこなかった。わかったよ。消え入りそうな歳末の声でこの作戦会議は幕を閉じた。



「異常異能者の現在地を特定したわ。」

 作戦決行日、当日。春風が待機していた菊花に声を掛ける。


 春風の異能、『桜始開さくらはじめてひらく』は、動物と会話することができる異能だ。そのため、春風は街のいたるところに存在する鳥や虫から情報を得、街の異常を察知したり、人探しをすることに長けている。


「わかった。」

 菊花は立ち上がる。菊花には一つ、あの異常異能者について引っかかることがあった。彼の態度や仕草。そのどれもが知らないもののはずなのに。その顔。その顔だけは。まるで鏡に映った自分のようによく似ている。他にも異常異能者を見たはずの、三伏、敬具、残炎は、皆何もそれに言及しない。戦いの最中、相手の顔まで気にしていなかっただけなのか。それとも、この違和感を拭えないのは自分だけなのか。自分と彼の間には、いったい、何が。

「菊花くん?」

前略に名を呼ばれ、菊花はハッとする。思ったよりも近い位置に、前略の顔が位置しており、思わず菊花は顔を背ける。何その反応。前略は笑いながら、菊花の肩をぽんぽんと二回叩く。

「行こうか。」



 地鳴りのような唸り声がする。大地を震わす叫喚が、追われる者を恐怖へと誘ういざな。バキバキと轟音を立て、木々をなぎ倒し、凄まじい速さで進む。捕まればきっと無事ではすまない。三伏は、その恐ろしい化け物ギフトから逃れるため、ただひたすらに走っていた。

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