声劇台本まとめ 作:雪乃猫

雪乃猫

「本姫」一冊目 ・男:女=1:1 20~25分劇

・登場人物一覧

少年(男)・・・本作主人公の高校生男子。世界が嫌い。しかし何より嫌いなのは自分である。


お姉さん(女)・・・古本屋店主の黒髪ポニテの丸眼鏡高身長歳上不思議お姉さん。服装は柄シャツにサルエルパンツと奇抜である。


※セリフは基本「 」が付いてます。心情描写は何もついてません。登場人物名の下にセリフがあります。

 

以下本編です

 ________________________

少年(モノローグ)

僕は夏が心底嫌いだ。だからと言って好きな季節もないが、四季の中でも特に夏が嫌いだ。街中では陽炎が立ちのぼり、大して美味しくもないスイカやラムネがスーパーに並ぶ。そんな浮足だった季節がどうにも好きになれない。

 

「あっつい・・・この暑さはまだ夏休みを継続した方がいいだろ。アホみたいにポンポンポンポンとビルを建ててるせいで暑いのなら、爆破して更地にした方が幾分か世のためだな」


お姉さん

「その意見には概ね同意だよ少年。そして暑いならウチの店でコーヒーでもどうだい?」


少年

「・・・あ、自分ですか?」


お姉さん

「君以外にこの通りに人は居ないのだから、君以外ありえないよ」


少年

いつもと違う道を使って家路についていたら、変なお姉さんに声をかけられた。黒髪ポニテの丸眼鏡高身長で柄シャツにサルエルパンツのお姉さんでおまけに足元は下駄である。普通に不審者であるが、後ろには善生堂と書かれた看板を掲げた古本屋らしき建物がある。


お姉さん

「そう警戒しないでくれ少年、私はただこの古本屋善生堂の店主として客引きをしているだけだよ。今時の学生は古本なんかより、電子書籍でサクサク本を読んでいる子の方が多いだろうが、紙の本をじっくり読むのも、味があって良いものだよ」


少年

「いや、結構です。自分は電子書籍すら読まないので」


お姉さん

「アイスコーヒー1杯無料でどうだい?」


少年

「・・・客引きなのにそっちが損するような提案して何がしたいのですか?」


お姉さん

「確かに金銭的には私の損だが、暇になるはずだった時間が少し面白くなる可能性が出てくる。それに、私はお金に執着がなくてね、よく父からも叱られたものだ」


少年

「・・・でしたら、少し涼しくなるまでゆっくりさせていただきます」


お姉さん

「ありがとう、少年。ではどうぞ」


少年

「失礼します」

店内に入る瞬間にチラっと来た道を振り返ると、後ろから運動部であろうか?走ってくる人影が見えた。苦々しい思いと共に俺は店内にスルリと入り込む。


お姉さん

「くつろいでくれたまえ。ウチは古本屋が主な業務だが、最近はほぼ喫茶店みたいになっているからね、立ち読みしながら飲んでもいいよ。コーヒーに砂糖とミルクはいるかい?」


少年

「砂糖はいらないです、ミルクはお願いします」


お姉さん

「はいよ、ただ今から出すのは昨日の夜から抽出している水出しのコーヒーだから一回ミルクを入れずに飲んでみてくれないかな。そっちの方が美味しいかもしれない」


少年

「わかりました。ダメそうならミルクを入れます」


お姉さん

「素直でよろしい。私も昔はコーヒーが苦手だったのだが、いつの間にか生活の一部になってしまっているよ。しかし、こういうものにこだわりだすと、キリがないのは今も昔も同じようだね。・・・はい、当店自慢の水出しコーヒーだよ」


少年

「ありがとうございます」


お姉さん

「そうかしこまらないでいいよ、楽にしていってくれ。ちなみに、善生堂は初めてかい?」


少年

「このお店は初めてです。さっきの道も通るのは初めてなので、間違い無いかと思います」


お姉さん

「だとしたら、ここのルールを教えておこうかと思う。君がまたきてくれた時に戸惑わないようにね」


少年

「それは親切にありがとうございます」


お姉さん

「君の後ろの本棚にある古本たちを見てもらってもいいかな?」


少年

「これですか?」


お姉さん

「その本棚の本というか、このお店にある本は全て売り物なのだが、値段がついている本と付いていない本があるのはわかるかい?」


少年

「そうですね。背表紙の下に値段が貼ってある本と、貼ってない本があります。ただ、貼ってない本は軒並み古そうですね」


お姉さん

「フフフ、君は着眼点が非常にいいね。その通り。値段が書いてない本は全て値段のつけようのない本でね。金銭での売買はしていない。だから値札をつけていないというより、付けられない」


少年

「だとしたら、今自分がこの本を欲しいと言ったらどうするのですか?」


お姉さん

「簡単な話さ。その本と同価値かそれ以上の本を私に提供すればいい」


少年

「物々交換ですか?」


お姉さん

「その通り。ただし価値基準は私だけどね。どんなに一般的に高価で価値のある書物でも、私の気持ちを惹きつけられなければ、ここでは無価値になる」


少年

「それはまた傲慢ですね」


お姉さん

「傲慢かどうかは君次第さ。それに、このルールの穴をつくとすれば、世間一般的に無価値と言われるような本でも私の気持ちさえ惹きつけられれば、ここの商品なら何とでも交換ができる。つまり書籍化や商業価値のようなところに私は左右されない。素人の書き殴りでも面白ければ私は買い取るさ」


少年

「そうですか。でも、残念ながら本の持ち合わせはないので、購入は見送らせていただきます」


お姉さん

「それでもいいさ。ゆっくりコーヒーを飲んで、本を読んでいくといい。幸い、読むものがないなんてことはないからね」


少年

店主はそう言い手元の本を読み始めた。コーヒーはミルクを入れずに飲んでみたがとても美味しかった。店内を見渡しコーヒー片手に歩く。綺麗に本が敷き詰められた本棚の壁が立ち並び道を作っている。店内は本と最低限の耐震を確保する柱で構成されている。今時の書店のように派手なポップは一切ない。そして、図書室を連想させる古い紙の匂いで店内は溢れていた。そんな雰囲気のせいか学校を思い出し、ため息をすると、後ろから下駄の音がカランコロン聞こえてきた。


お姉さん

「少年、いい本は見つかったかい?」


少年

「いや、そもそも俺は電子書籍すら読まない人種です。紙の本なんてもっと読みません。そんな人間に、本の良し悪しなんてわからないです」


お姉さん

「確かに一理ある言い分だ。けど、私は文学こそ大衆に広く開かれるものでは意味がないと思っていてね、そして現代ではそれが確立されている。学術的選民思想はやはり流行しなかったね」


少年

「何が言いたいのですか?」


お姉さん

「ん?わからないかい?少年は本の良し悪しがわからないのでなく、わかろうとしていない。そう言ったんだ」


少年

「店主さんは傲慢な上に、嫌味なようですね」


お姉さん

「よく言われたよ。しかし、私の目からみると少年の方が少々傲慢だけどね」


少年

「その発言の理屈は?」


お姉さん

「ロジカルにいうのであれば、この本という紙束には著者の血肉と思想が詰まっている。それを開きもせず、確かめもせず、「わからない」で済ましている少年を傲慢と言わずして何と言ったらいい?」


少年

「確かにその理屈なら傲慢なのかもしれませんね。ただ、それは本に血肉と思想が詰まっている前提の話じゃないですか?今時の本に詰まっているのは、一部人間にとって都合の良いビジネスチャンスです。」


お姉さん

「少年も随分と卑屈で嫌味じゃないか」


少年

「よく言われます」


お姉さん

「さて、言葉あそびはこの辺にしておこう。最初から言っているが私は暇でね、少年の話を聞く程度なら構わないよ。その小さい器ギリギリに入っている言葉を聞かせてみなよ」


少年

「初対面の人間に話すとでも?」


お姉さん

「嫌なら話さなくていいよ。これは私特有の気まぐれだ」


少年

「店主さんは変わってますね」


お姉さん

「確かに、異常者で変わり者ではあるだろうが、いつ、誰が、「異常は不正解で、変わり者には関わるな」そんな馬鹿らしい妄言を言ったんだい?」


少年

「・・・それには同意見です」


お姉さん

「はじめて意見が合致したね。案外私たち相性が良さそうだ。なら聞かせてくれるかな?少年の心の声を」


少年

この人になら、原因不明の不満を話してもいいのかもしれない。一般人に言えば鼻で笑われ、学生特有の陰鬱感と大きなカテゴライズされて終わるこの感覚を・・・

「そうですね・・・今の高校に合格、入学してもう1年4ヶ月経ちました。まぁまぁうまくやれています。友達もいますし成績低迷も特になく、素行不良というワケでもないので教師とも付かず離れずやっています」


お姉さん

「それはいい事じゃないか」


少年

「いいことです。なんなら恵まれています。教室で1人机にうずくまってる子や、虐められている子、成績低迷をキッカケに道を踏み外した子、そういう人たちから比べれば順風満帆と言ってもいいでしょう。ただ、漠然と自分自身の精神が乾いているんです。心が満たされず常に乾いている。原因不明のこの渇きは厄介です。贅沢な悩みなのは、自分自身でも理解しています。けど、どうしたら潤うのか、どうしたら開放されるのか、それが俺にはわからない・・・」


お姉さん

「・・・少年をさっき招き入れた時、後方から走ってくる集団がいたのには気づいていたかい?」


少年

「はい。何かの運動部でしたね」


お姉さん

「その通り、運動部だよ。ただ、あの子たちはおそらく陸上部だね。さらに言えば種目は短距離と中長距離だろうね」


少年

「見ただけなのにわかるんですか?」


お姉さん

「根拠は走り方と体格かな。あと、君の学校はグラウンドが狭いため球技関連の部活が優先的に場所を取るから、体1つで練習できる運動部は校外に追いやられがち。そうなればフィールド種目や投擲種目の選手らしき体格の部員がいない説明がつく」


少年

「すごいですね。古本屋より探偵の方が向いていますよ」


お姉さん

「褒めていただきありがとう。さて、ここまできて本題だ。君はあのような集団に対する劣等感から、その渇きが発生していると私は考えている」


少年

「・・・結論にたどり着くのが随分と早いですね」


お姉さん

「早い?いや、むしろ遅いだろうね。君が来店した時から考えて今結果が出た。もちろんこの短時間で君のこと全てを理解した気は少しもしない。ただ、これが正解なのであれば年長者として君にアドバイスはできそうだ。聞く気はあるかい?」


少年

「有益だったら、参考にさせていただきますよ」


お姉さん

「では、参考程度に聞いてくれ。ここまで君の言葉には嘘偽りはないのだろうが、その言葉全てが君の本音とは程遠いところにある。これは推測ではなく確信だ。理由は明確に経験値不足。レベルとかではなく人生における経験。あとは本音を導く難易度が現代は昔に比べて高いのも原因だろう。昔の一般人の情報網なんてたかが知れているが、現代人の情報網は世界全体以上と言っても良いだろう。現実世界とデジタルの世界、両方の情報が生きているだけで手に入る。それはそれは不思議な時代だ。昔は隣の国の情報を手に入れるために、船を出して数日間の航行の末たどり着き、さらに通訳人を介して東奔西走をして、また命がけの船旅をするんだ。そんな時代と比べたら、君の生きる時代は情報に溺れているとも言える。そういう時代は、往々にして感性の鋭い人間には少し刺激が強すぎる。ただ、私は少年の渇きを感じるほどの感性を鈍化させず大事にしてほしいと思う」


少年

「大事にしても苦しいだけで、得することなんて無いですよ。こんなもの」


お姉さん

「そうだね、苦しいよ。今は際限なく入ってくる情報が、うまく整理もつかずにただ溜まっていくだろう。でもその中でもがくしかない。少年の渇きの解消はそれでしか不可能と断言する」


少年

「それはまたなぜ?」


お姉さん

「少年が陸上部の集団から目を逸らしたからだよ。彼らはきっと生きながらに熱湯に入っている。それもボコボコに沸騰しているやつに。少年はきっとぬるま湯に浸ってる。39度くらいの気持ちの良いお湯に。その中ふと隣を見て、熱湯で必死にもがく彼らを見て少年は焦るんだ。自分はこれで良いのかと。楽な場所で楽をしている自分に対する劣等感。これが少年の渇きの原因だよ」


少年

自分自身を第三者からこうも的確に言語化されると少しの気持ち悪さが湧いてもくるが、何故だろうか、雨上がりのような清々しさが圧倒的に強い。

「・・・なら、俺はどうしたら良いのでしょうか」


お姉さん

「わからないよ。少年のことは少年にしかわからない。だから、君はこれから必死にもがくことになるだろう。今までの人生で培ってこなかった経験値を手に入れるために。そうなれば、これから少年は長く苦しい道を歩くことになる。どこかで急に渇きから解放されたりはしないし、どこで終わるかなんて見当もつかない。お国柄のせいか、多くの他人が妨害もするだろう。けど、変える覚悟を決めたのなら、どうにかなる」


少年

「そうですか・・・」


お姉さん

「そういうものだよ少年・・・さて、今日は閉店だ。店から出よう。コーヒーの料金は後日でいいよ」


少年

「え、無料って・・・」


お姉さん

「道端で会った客引きの言葉なんて信じたらダメだよ。今時の子はそんなことも知らないのかい?」


少年

「いや、でも、今お金の持ち合わせがなくて」


お姉さん

「それなら、今日のお会計は後日金銭ではなく、本を持ってきなさい」


少年

「本・・・ですか・・・では、どんな本がいいですか?好きな作家とかいれば教えてください。店主さんを惹きつける本じゃないと無価値なのでしょう?」


お姉さん

「そうだね・・・なら、君が書いて持ってきなさい」


少年

「え・・・でも素人だし、しかも、学生ですよ」


お姉さん

「本の良さに年齢も玄人か素人も関係ない。私が気に入ればそれでいい。素人の書き殴りでも面白ければ買い取る、そう言ったはずだよ。いつでもいいから持ってきなさい」


少年

「じゃあ店主さんはどんな物語がいいですか?店内にある本は小説が多かったので、好きなジャンルとかあれば・・・」


お姉さん

「そうだね・・・このビルの熱気を吹き飛ばせるくらいの爽快なのを頼むよ」


少年

「・・・わかりました」


お姉さん

「それじゃあ、コーヒーの代金まってるよ。またね」


少年(プロローグ)

次の日、僕は文芸部に入部し読んでこなかった本を必死に読み小説を書いた。そして初めて書き上げた小説を持っていこうと、店主さんのいる古本屋を探したが見つかることはなかった。

あれから何年も経過したが今もあの日の古本屋は見つからない。気づけば20代も終わりに差し掛かってしまった。紆余曲折あり先日作家として書籍化も果たした。

今年の夏はかなり暑く水分なしでは出歩けない。コンビニで買ったアイスコーヒーを上をむき飲み干す。その時、自分の横を奇抜な格好をした人が下駄を鳴らし歩き去る。ふと振り返るが誰もいない。しかし、リュックのサイドポケットに善生堂と書いてある淡い青色の封筒が一封入っている。


お姉さん

「少年、コーヒーの代金はしっかりもらったよ。爽快感ある良い作品だったね。それと、渇きにはなれたかい?作品を見る限り大丈夫そうだけどね。またどこかで物書きとして会おうじゃないか。 善生堂店主より」


少年

和紙製の便箋に書いてある内容はそれだけだった・・・

 僕は夏が好きだ。肌を焼くような暑さと、立ち上る陽炎、店頭に並ぶスイカとラムネ・・・世の中が浮足立ち、僕も浮足立つ。僕はそんな季節を好きなれたようだった。

 遠くの陽炎の向こうで店主さんが笑っていた気がする。随分と歳を取った僕のことを「少年」と言いながら。


『終』

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