漫画&小説発売記念・書き下ろし番外編

初めての遠乗りと祭りの思い出①


(※時系列としては第三部の内容になりますので、少しでもネタバレを気にされる方はご注意ください)



 炎獅えんしが私と天煌てんこう様を背中に乗せて、草原を駆けていく。

 炎獅は私が先ほど具現化させた大きな赤い獅子ししだ。


 草原に吹き渡る初夏の風がさわやかで気持ちいい。

 空は青く澄み渡り、緑豊かな大地がどこまでも広がっている。

 天煌様に気分転換になると言われ、遠乗りをすることになったのだが、確かにこれはいい息抜きになりそうだ。


「天煌様はこうしてよく遠乗りに出かけられるのですか?」


 後ろから体を支えてくれている天煌様に、私は何気なく尋ねた。


「いや。戦場を駆け回ることはよくあるが、王宮から抜け出して遠乗りをするのは初めてだ。俺が目覚めるのは戦場ばかりだからな」


「……そうでしたか」


 嫌なことをいてしまったようで、何だか申し訳ない気持ちになる。

 天煌様は煌さんが血を見た時にしか表に出ることができない。多くの時間を戦場で過ごしてきたことは、少し考えればわかる。きっと遠乗りを楽しむ機会などほとんどなかったはずだ。


 それなら、今日ぐらいは楽しい気分を味わってもらいたい。これから過ごす時間が天煌様にとっても、いい思い出となるように。


「では、今日は思う存分楽しみましょう!」

「いいのか? 煌天の政務がとどこおって、秘書監たちまで困らせることになるぞ?」


 天煌様に意地悪な笑みを浮かべて問われ、私はここに来るまでの経緯を思い出して答えた。


「もちろん時間の許す範囲で! すみやかに楽しんで帰りましょう!」


 ここには史厳しげんさんの制止を振りきり、半ば強引に連れてこられたのだ。あまり長引かせては、史厳さんや煌さんに申し訳ない。


 でも、短時間で楽しめる場所なんてあるのだろうか。えんの地理にはまだうとく、どこへ向かえばいいのかもわからない。

 天煌様が楽しそうな場所を知っているとも思えないし……。


雛雀すうじゃく、近くに綺麗な場所か楽しそうな場所はない? 空から偵察してきてほしいの」


 私は天煌様の肩に止まっていた雛雀に視線を移して頼んだ。


「わかりました。上空から見下ろしてみますね。少々お待ちください」


 雛雀は敬礼するように翼を額にあて、空へと飛んでいく。

 こういう時、高速の飛行能力を持つ彼がいてくれると本当に助かる。



 雛雀は空を旋回し、ほとんど待たせることなく戻ってきた。


ぬし様~!」

「雛雀、早いわね。よさそうな場所がもう見つかったの?」

「はい。ここから二十里ほど東にある町で祭りをやっているようです。露店などが並んでいて、だいぶ賑わっていました」

「祭り?」


 私はふところにいた小龍しょうりゅうと声を揃え、瞳を輝かせる。


「楽しそうじゃな! 行ってみよう! おい赤毛、東へ向かうのじゃ!」

「いや、俺は人混みも賑やかな場所も好かん。東へは行くなよ、炎獅」

「ああ。俺様もうるさい場所は御免だ。睡眠を妨害されてはかなわんからな」


 行く気満々の小龍だったが、天煌様と炎獅に反対され、しょんぼりとうつむいた。

 私もがっかりして肩を落とす。


「どうした? そんなに祭りに行きたかったのか?」

「い、いえ。天煌様がお嫌なら行きたいとは思いません。皆で楽しめる場所の方がいいに決まってますから」

「祭り以上に楽しめる場所などあるか! とはいえ、我らは祭りになど行ったことはないのじゃがな。そもそも外へ出かけたこともなかったか」

「……出かけたことがない?」


 天煌様に眉をひそめて訊かれ、私はできるだけ気を遣わせないように明るく答えた。


「ええ、りょうから焔に向かった時以外は。妃も公主も基本的に後宮から出ることは認められていませんから。祭りについては宮女たちから話を聞いて。露店には美味おいしい食べ物や珍しい品物が並んでいて、楽しいもようし物が行われているのだとか。実際にはどういうものなのか少し気になっただけです。別の場所へ向かいましょう」


 天煌様はしばらくの間考え込み、小さく舌打ちして口を開く。


「東へ向かえ、炎獅」

「天煌様、私を気遣ってくれているのでしたら――」

「いや、お前の話を聞いて興味が湧いたのだ。俺も祭りには行ったことがないからな。異国の武器など興味をそそるものがあるかもしれん」

「……天煌様」


 私は胸に熱を覚えながら天煌様を見つめた。

 興味が湧いたというより、私の心情をおもんぱかってくれたのではないだろうか。言葉や表情は冷ややかだけど、本当は優しい人だから。


「面倒だが、仕方ない。俺様も食べ物には少し興味がある。干し肉を山ほど食わせてもらうからな!」


 南に向かっていた炎獅が東へと方向転換して訴える。

 彼も私を気遣ってくれたのだろうか。炎獅は天煌様を連想して具現化させた生き物だから、性格や思考が似ているのかもしれない。

 彼らの好意だと、ありがたく受けとめることにしよう。


「ありがとうございます。天煌様も炎獅も」


 笑顔で礼を述べると、駆ける炎獅の速度が更に速くなった。


 草原を越えた東の果てに、にび色の外壁に囲まれた町が見えてくる。

 あの塀の内側にどんな光景が広がっているのか、本当に楽しみだ。

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