第11話 和解


 煌天様の心情を思うと胸がいっぱいになり、すぐに言葉が出てこなかった。


 ――だから彼は私に全てを隠して……。


「……そんな内情まで私に明かしてもよかったのですか?」

「ええ。あなたにならお話ししてもいいと思ったのです。かたくなだった陛下の心を開き、他人の昔話に心を痛めて泣いてくださるあなたのような方になら」


 言われて初めて私は自分が泣いていることに気づいた。

 こらえようとしているのに、自然に涙があふれて止まらない。


「私は陛下にできるだけ長く働いていただきたいと思っておりましてね。陛下を助けてほしいとまでは申しません。せめて避けないであげてくださいませんか? 仕事も手につかないご様子で、大変困っておりまして」


 私に優しげな口調で告げる史厳さんだったが、すぐに肩をすくめ、「だいたい、妃が王を避けるとは……」と小言をこぼし始める。

 気持ちの切り替えが速い人のようだ。


「ああ、すみません。つい長々と話してしまいました。仕事に戻りますので、私はこれで」


 史厳さんはそう言うと私に一礼して去っていった。

 彼の後ろ姿を見つめながら思う。史厳さんはきっと煌天様のことがとても好きなのだろう。勤務中、主人のため妃をいさめにくるほどに。


 彼の話を聞いて煌天様と天煌様に対する疑問が氷解した。

 煌天様は身内を手にかけた自分を許せなかったのだろう。

 人格がわかれてしまったのは、きっと彼があまりにも優しすぎたから。


 見事に咲き乱れる花々を見て、庭の手入れに励む煌天様の姿を思い出す。

 政務で多忙な中、植物を大事に世話して慈しんでいた。本当に誠実で優しい人なのだ。

 それなのに私は、見舞いにきてくれた彼を話も聞かずに拒んでしまった。私のことをとても気遣ってくれていたのに。顔を合わせたら、きちんと謝りたい。


 天煌様のことも驚きと恐怖にとらわれ、彼の人となりをちゃんと見ていなかった。

 ただ冷酷なだけの人ではないのかもしれない。

 医官を呼ぶように命じ、体を抱え運んでくれたのだから。


 ――まずは知ることから始めよう。煌天様と天煌様のことを。


 私はそう決意し、準備をするため一度殿舎に戻っていった。




 王の園林ていえんに夕日が差し、辺り一帯に咲く草花を黄昏の色に染めている。

 園林をとぼとぼと歩く男性が一人。

 袖が汚れた白い作業着をまとい、手には桶を持っている。

 悩み事でもあるのか溜息をつき、疲れきった表情だ。

 ボーッとしていて前もよく見ていない。

 そのため、足もとの小石につまずき、水が入った桶をぶちまけそうになった。


「あっ!」


 危機感に満ちた声が響いたところで私は飛び出し、彼の腕を掴み止める。

 私が体を支えたおかげで水はこぼれずに済み、彼もどうにか転倒を免れた。


「……す、翠蓮!?」


 煌天様が大きく目を見開き、作業着姿の私を意外そうに見つめてくる。


「お手伝いします。一人では大変でしょう? 体調もよくなりましたので」


 私は唖然としている煌天様から桶を奪い、近くの植物に水を与える。


「……私が怖くないのですか? 天煌のことも」


 煌天様は信じられないというような顔をして尋ねた。

 そんな彼に今の率直な思いを伝える。


「天煌様については正直、まだ怖いと思う気持ちがあります。でも、天煌様のことももっとよく知って受け入れたいと思うのです。彼はあなたの半身、天煌様は煌天様でもあるのですから」


 ――だから、天煌様とも向き合うことができるはず。


「……私の半身」


 目を見開いたままつぶやく煌天様に、私は微笑を浮かべて語りかける。


「実は水やりはほとんど済ませていて、残りはこの辺りだけなのです。お疲れでしたら、陛下は執務に戻られても大丈夫ですよ」


 私の言葉を聞いた煌天様は、複雑そうに眉を曇らせて口ごもった。


「陛下?」

「あ、あの、『陛下』ではなく、以前のように呼んでもらえないでしょうか? できれば王ではなく、一人の男として接してほしいのです」


 しばらくポカンとする私だったが、少し彼の気持ちが理解できて、また笑みを浮かべる。


「わかりました。では、これまで通り『煌さん』で」


 返事を聞くと煌天様――煌さんはようやく笑顔になった。


「ありがとうございます!」

「私もお礼を言わせてください。刺客から守り、介抱してくださったこと。それと、申し訳ありませんでした。あなたを避けてしまって」

「いえ、謝らなければいけないのは私の方です! あなたにずっと嘘をついていたのですから」


 煌さんは謝罪した私に慌ててかぶりを振り、面目なさそうに口を開く。


「あなたに早く真実を伝えて謝りたいと思っていました。でも、なかなか言い出すことができなかった。あなたとの心地よい関係を崩したくない。きっと気安く接してくれなくなる、そう怖じ気づいてしまって……。申し訳ありませんでした。そして、私の方こそありがとうございます。刺客から守ろうとしてくれて」


 頭を下げられ恐縮する私だったが、謝意を拒むのも悪い気がして、小さく頷き受け入れる。

 互いに謝り感謝するなんて、私たちはどこか似ているかもしれない。


「では、作業を続けましょうか。これからは毎日またここに来て植物のお世話をしますね」


 硬かった煌さんの顔がパッと明るくなる。


「はい! 私も水をやります。この時間が私にとって唯一の息抜きなのです」


 穏やかな彼の笑顔を見て思った。煌さんは煌さんのままなのだと。

 彼が彼らしくいられるように少しでも力になりたい。

 どうしてこんな気持ちになるのだろう。誰かに尽くしたいと思うなんて。


 ――何だか少し胸が熱いわ。


 私はトクトクと高鳴る胸を押さえつつ、煌さんと園芸作業を続けるのだった。

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