第10話 煌天の壮絶な過去
「おい、翠蓮。いつまでそうしているつもりじゃ。もう体はよくなっておるのじゃろう?」
小龍が
「そうだけど、まだ外に出たくないの」
私は臥牀に横たわったまま弱々しく返した。
「煌という男に会うのが嫌だからか? 王であるにもかかわらず、主に身分を偽っていたという話じゃったな」
小龍は煌さん――煌天様が焔王であることを知っている。私を心配した彼に問い詰められ、煌天様にまつわることを全て話したのだ。
あの時は小龍もかなり怒っていたっけ。
「避けたくなる気持ちもわかるが、閉じこもってばかりいるのも体によくないぞ。気晴らしに散歩にいくのはどうじゃ?」
私は上体を起こし、ぼんやり窓の外を眺めながら答える。
「気が向いたら行くわ。あなたは遊びにいってもいいわよ。人に見つからないようにね」
小龍はしばらく私を気遣わしげに見つめ、「わかった」と言って窓から出ていった。
元気のない彼の後ろ姿を眺めながら思い悩む。
あの宴からもう半月。小龍にもだいぶ心配をかけてしまっている。
少し外に出てみようか。植物の様子も気になるし。昼間なら煌天様も後宮には現れないだろう。
私は立ちあがり、身支度を整えて部屋から出ていった。
昼下がりの日差しを受け、春の花々が色とりどりに咲きほころんでいる。
ここは私と煌さんがよく会っていた
ここに来るのは気が咎めたが、花を見ているうちに嫌なことは忘れてしまっていた。
どの草花も手入れが行き届いている。私たちが育てていた植物も。私がいない間も彼がしっかり面倒を見てくれていたのだろう。
一緒に眺めた牡丹や鈴蘭もまだ美しく咲いている。
「おや、もうお体はよろしいのですか?」
半月前の記憶を思い起こしていると、後方から男性の声が響いた。
私は少しビクッと肩を震わせて振り返る。
焦げ茶色の官服を着た、見覚えのある男性が後ろに立っていた。
「……あなたは確か、史厳さん」
暎暎から聞いた話によると、史厳という太監は王の補佐官を勤めているという。宦官でありながらあらゆる学問を修め、二十四の若さで秘書監の座に就いた鬼才だそうだ。
王の側近である彼がここにいるということは、まさか煌天様も――。
「陛下はいらっしゃいませんよ。仕事に追われておりましてね」
周囲を見回した私に、史厳さんが苦笑して告げる。
「なぜあなただけがこちらに? ここにいることを咎めにきたのでしたら、すみません。今出ていきますから」
「いえ、あなたに会いにきたのですよ。聞いていただきたい話がありましてね」
「……私に? いったい何のお話でしょうか?」
目を瞬いて尋ねると、史厳さんは溜息をついて語り出した。
「陛下のことです。気になる女性に身分を偽っていたことが露呈し避けられているとかで、気落ちしてさっぱり仕事を進めてくれないのですよ。まあ、避けられる要因を作ったのは私なので、あまり責められないのですが」
――気になる女性? 誰だろう。
……まさか、私?
「……その要因というのは?」
「庭いじりをする際は身分を悟られないようにと進言していたのです。冷酷非道と恐れられている王の趣味が庭いじりなんて、威信が損なわれてしまいますからね」
史厳さんの話を聞いて、泥だらけで庭いじりをしていた煌天様の姿を思い出す。
何も知らない人が見たら、誰も彼をあの焔王だとは思わないだろう。
王の威信に傷がつけば、他国から侮られることにもなりかねない。史厳さんの言うことは理解できる。
「まあ、本当に好きな女性になら明かしてもいいと私は思うのですよ。でも、陛下はそうなさろうとしない。ここでは特別な女性を作らないと決めていたから」
そういえば、陛下は妃に一切興味を示さず、関わりを持たないという話だった。
どうしてだろう。今更ながら理由が気になる。
「何か事情があるのでしょうか?」
思いきって尋ねた私を、史厳さんはしばらく値踏みするように見つめて口を開いた。
「姚妃様は焔の王がどのように選ばれるかご存じでしょうか?」
「ええ。確か、最も強い王子が王位につかれるのですよね。そのための決闘も頻繁に行われていたのだとか」
桜蘭様が茶会の席で教えてくれた。野蛮な慣習だと、それは批判していたのだっけ。
「その通りです。継承者争いは凄惨を極め、兄弟が殺し合っても黙認される。十人いた王子は血で血を洗う争いを繰り広げ、陛下も幾度となく殺されかけました。ご存じかと思いますが、煌天様は優しいお方。とてもご身内を手にかけることはできなかった。ですが、最も大切にされていたお母上と同腹の兄君を惨殺され、心の均衡が崩れて変わられたのです。天煌様に」
煌天様の壮絶な過去を知り、私は胸が詰まって束の間、呼吸ができなくなる。
「天煌様は容赦なくご身内を手にかけていかれました。兄弟同士の殺し合いを推奨し、戦に明け暮れていた先王さえも」
史厳さんは過去へと思いを馳せるように
「煌天様は天煌様を止められなかったことに罪の意識を感じるようになられました。己を保てなかったご自身を強く責め、罪滅ぼしのために即位されたのです。必ず焔の血なまぐさい慣習を変え、自分の代で野蛮な王朝を終わらせるのだと決意して」
史厳さんの目がゆっくり開き、
「妃を迎えることは、他国との戦を防ぐ手段として受け入れられた。ですが、今話したような事情があり、お妃様方とは関わろうとされなかったのです。ご理解いただけたでしょうか?」
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