If it had a NEW BEGINNING

第十八話「"仲間"」 【生存ルート】

 それは"異形"でありながら、明確な"意志"を持っているように見えた。


 俺を嘲笑うように、口元をゆっくりと裂く。

 鋭い牙が、黒い霧の向こうに浮かび上がる。


「……こいつ、"笑ってる"のか?」


 グレンが息を呑んだ。


「そんな……異形が"感情"を示すなんて、ありえない」


 アリスが端末を操作する手を止めた。


「……こいつは、普通の異形とは違うってことか」


 刹那が冷静に銃口を向ける。


「レイト、今まで通りじゃ通じないみたいだな」


 迅が短剣を構える。


「……ちっ」


 俺は舌打ちをする。


 "赤い目"が通用しない異形。

 殺意を向けられているのに、"死なない"存在。


 ――そんな奴が、ありえるのか?


 異形はゆっくりと動いた。

 黒い霧が渦を巻くように広がり、周囲の空気を巻き込んでいく。


「まずい……!動くぞ!」


 刹那の声が響いた瞬間――


 異形が"消えた"。


「ッ……どこに――!」


 刹那が視線を走らせる。


「後ろよ!!」


 アリスが叫ぶ。


 次の瞬間、俺の背後から"斬撃"が走った。


 何か鋭いものが、俺の背中を裂いた。


 ――ズシャッ!


 服が裂け、肌がえぐれる。


「……ッ」


 痛みが走る。


 だが、俺は死なない。

 "赤い目"が俺の"死"を許さないから。


 裂けた肉はすぐに塞がり、流れた血が瞬時に止まる。


「……ははっ」


 思わず、俺は嗤った。


「おいおい……"死なねぇ"のは俺だけじゃなかったってことか?」


 俺にダメージを負わせた。しかし俺の目は反応しない。本来なら死んでいる筈だ。

 しかし、目の前の異形――"変異種"は、なおも嗤っていた。


 その笑いが、妙に"人間じみて"見えたのは、なぜだ?


 まるで、"お前も俺と同じだろ"とでも言いたげな――そんな笑みだった。


 全身を覆う黒い霧が、ゆらゆらと揺れる。

 異形は、俺を試すようにゆっくりと近づいてきた。


 この距離なら、"殺意"を向ければすぐに"赤い目"が反応するはずだ。

 だが――何も起こらない。


「……なぜ、"死なない"?」


 俺は低く呟いた。


 異形は俺の言葉に応じるかのように、再び嗤う。

 ズタズタに裂けた口元が、不気味に歪む。


 ――この異形は、"俺の力を知っている"。

 その上で、あえて"殺意を向けることを避けている"。


「……なるほどな」


 つまり、こいつは"殺意を向けなければ死なない"と理解しているのか。

 普通の異形とは違い、本能のままに暴れるだけの化け物じゃない。


 知性がある。・・・・・・


「こいつ、今までの異形とは"根本的に違う"……!」


 アリスが焦った声を上げる。


「レイトの"赤い目"を警戒している……?まさか……!いや、それより"こいつの目的"は何だ?」


 刹那が銃口を向けながら言う。


「俺たちを倒すことか?それとも……」


 ――違う。


 こいつは"俺"を見ている。

 他の誰でもない、"俺"だけを――。


「……俺に、何の用だ?」


 無意識に、俺は問いかけていた。


 異形は、それに応じるように、霧の奥で口を開く。

 そして――


「……"仲間"……」


 低く、嗄れた声が響いた。


 異形が、"言葉を発した"。


「……は?」


 俺は言葉を失った。


 アリスも、刹那も、グレンも、迅も――全員が凍りついた。


 異形が、言葉を話した。


 それ自体は過去にもあった。

 ただこの異形は、今までと違って目的を持って話している。・・・・・・・・・・・・


「……"仲間"……"同じ"……」


 異形は再び呟く。


 俺の全身に、嫌な汗が流れる。

 まるで"俺を呼んでいる"ような、その言葉に――胸がざわついた。


 "仲間"?

 "同じ"?


 ――何を言っている。


 俺と、お前が"同じ"?

 ふざけるな。


 異形は、俺の前に立ち、じっと見つめている。

 黒い霧が、まるで俺を包み込むように揺れる。


 ――嫌な感覚だ。


 まるで、"俺の中にある何か"が共鳴しているような――そんな気がした。


「……どういうことだ?」


 刹那が銃を構えながら低く呟く。


「異形が……レイトを"仲間"だと思っている?」


 アリスが信じられないという表情で言った。


「レイト、お前……何か"異形と同じもの"を持ってるってのか?」


 グレンが不愉快そうに言う。


 ――違う。


 俺は異形じゃない。

 俺は、ただの"死なない人間"なだけだ。

 "異形"なんかじゃ――


「……"同じ"……"お前も"……」


 異形が、また言葉を紡ぐ。


 黒い霧が揺れる。

 視界が、少しだけ歪んだ気がした。


「……お前は"俺と同じ"じゃねぇよ」


 俺は静かに言い放った。


 だが――


 異形は、ゆっくりと"首を横に振った"。


 まるで、"違う"とでも言いたげに。


 俺の中で、"何か"が軋む音がした。


「――どうする?こいつ、殺れるのか?」


 刹那が、俺に問いかけた。


 俺は――


 その問いに、すぐには答えられなかった。


 俺は、"異形"を前にして初めて迷っていた。


 ――殺せるか?


 いや、違う。

 "俺の力が効くのか"ではない。


 "こいつを殺していいのか"――


 そんな考えが、一瞬でも頭をよぎったことに、俺自身が驚いた。


 今までの異形は、ただの化け物だった。

 俺に敵意を向け、"赤い目"によって勝手に死んでいった。

 それだけの存在だった。


 だが、目の前の"変異種"は違う。


 ――"仲間"

 ――"同じ"


 その言葉が、何度も頭の中で反響する。


 何が"同じ"だ。

 俺は異形なんかじゃない。

 俺は……人間だ。


 ――本当に?


 脳裏に浮かんだ問いかけが、俺の思考を縛る。


「……レイト?」


 アリスの声が聞こえる。


「どうした?さっさと片付けねぇのか?」


 グレンが訝しげに俺を見る。


 そうだ。

 こいつは異形。

 倒さなければならない存在だ。


 俺が、迷う必要なんか――


 その時、異形が"動いた"。


「ッ……来るぞ!!」


 刹那が叫ぶ。


 黒い霧が、一瞬で俺を覆い尽くした。


「ッ……!」


 視界が歪む。

 空気が重くなる。


 ――このままでは"殺される"。


 そう理解した瞬間、俺の視界が――"赤く"染まった。


 視界が赤く染まる。


 "死の視界"。


 だが――異形は、死なない。


 黒い霧が俺の周囲を包み込む。

 まるで、俺を"取り込もう"とでもするように。


「――させるかよ!」


 俺は霧を振り払おうと腕を動かした。

 しかし、その瞬間――


 ――ズブッ……


 何かが"俺の中"に入り込んでくる感覚がした。


「……ッ!!」


 冷たい何かが、骨の奥まで染み込んでいく。

 意識が揺らぐ。


『――"お前も、同じだ"』


 どこかで、誰かが囁いた気がした。


「ッ……レイト!!」


 アリスの叫ぶ声が聞こえた。


「離れろ!!そいつに触れるな!!」


 刹那が警告する。


 だが、俺の身体は動かない。


 異形の黒い霧が、俺を覆い尽くしていく。

 まるで"融合"するかのように――


 俺の中で、何かが"目覚めよう"としていた。


『――"お前も、俺と同じ"』


「……違う」


 俺は、静かに呟いた。


 俺は"人間"だ。

 異形なんかじゃない。


「違う……!」


 強く否定した瞬間、"赤い目"が燃え上がるように輝いた。


 ――バキィッ!!


 黒い霧が、一瞬で弾け飛んだ。


「ンガァァァァァァァァァッ」


 異形が悲鳴を上げ、後退する。


 俺の身体から、霧が剥がれていく。


「……ハァ……ハァ……」


 息が荒い。

 だが、俺はまだ"俺"だった。


(……なんだったんだ)


「レイト!!大丈夫!?」


 アリスが駆け寄る。


「……ああ」


 俺は短く答える。


 異形は俺をじっと見つめていた。


 だが、先ほどまでとは違う。


 今度は――"畏れ"が混ざっていた。


「……やはり、"俺はお前とは違う"んだよ。俺はまだ人間の形をしてる。だが、お前はそうじゃない。これが俺とお前の決定的な”違い”だ」


 俺は、異形を睨みつけた。


 ――次の瞬間、異形が"消えた"。


「……逃げた?」


 刹那が銃を下ろす。


「異形が、自ら撤退するなんて……」


 アリスが驚愕の声を上げた。


 その異形は"戦うことをやめた"。


 まるで――"また会おう"とでも言うかのように。


 俺は、その場に立ち尽くしていた。


 心臓が、うるさいほどに鳴っていた。

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